死屍累々   作:峠坂

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セレスト(3)

 

 

 メアリー・セレスト号の商業エリアから少し外れた場所に併設された男子トイレ。

 そのうちの個室の一つに篭り、便器に跪くような格好で盛大に嘔吐した。

 

 精神の許容量を易々と超過して、限界に達したのだ。

 寧ろ、トイレまで耐えきったのを称賛されたいくらいである。

 

 暫くして、落ち着いてから個室を出る。

 葉射島で存分に嘔吐した後、船上レストランではコーヒー程度しか口にしなかったため、幸いなことに吐瀉物の量は大したことなかった。

 

 

 待たせている蒲牢と合流するために廊下を歩いていると、すれ違った男から声を掛けられる。

 

「どうしたんだ君。随分と顔色が悪いようだが、船酔いか?悪いことは言わないから部屋で休んだほうがいい」

 

 

 そんな気遣いの言葉に、表に出さずともひそかに感動する。

 

 

 男はすらりとした長身に身綺麗なスーツを着用していた。

 目元はサングラスにより視認できなかったが、微笑みや言動からこちらを思いやってくれたことは疑いようがない。

 

「お気遣いいただきありがとうございます。けど、大丈夫です。ちょっとびっくりすることがあっただけですから」

 

 しかし、一見物腰柔らかな紳士のように見えても、この船に乗船している以上、警戒の対象であることは変わらない。

 

「そうかね?まあ、この船は前から色々とアレだが、いつも以上に今回は特に異常だからな」

 

「……異常?」

 

 警戒の対象であるからこそ、早々に話を切り上げてその場を立ち去るつもりだった。

 

 しかし、思わぬ言葉につい反応してしまう。

 蒲牢によって見せられた光景ですら、自分からすれば異常極まりないものであったが、それを越えて異常ななにかがこの船にあるとでもいうのか。

 

「む?知らないのかね?商業エリア非合法(黒線)区分で開催される競売(オークション)のことを。普段こそ大したものは出品されないが、今回のは特異で狂気的な逸品ばかりだ。そしてそれらを目当てに、世界各地から異常者どもがこの船に集結している。まるで、腐敗した料理に群がる羽虫の如くな」

 

 特異で狂気的な逸品――通常に陳列されている商品を視認しただけで吐きそうな気分――実際嘔吐したのだが、それを越えた異常な商品であるというのか。

 そんな風に驚愕していると、男は苛立ちながら続けて語る。

 

「『柘榴秘食会(ざくろひしょくかい)』、『オヴィラプトル卵砕連盟(らんさいれんめい)』、『道化の玩具工場(ファクトリー・オブ・アルレッキーノ)』、『シュトルヒ怪盗団』、『自死のための幇助教会』など、クソッタレの厄ダネばかり――と、愚痴のようになってしまったね。申し訳ない」

 

 こちらの困惑に気づいた男は、すぐさま怒気を抑えて謝罪する。

 

「まあ、体調不良には十分に気をつけ給え。それでは、私はこれで」

 

 もともと歩いていた方向へと向き直り、別れの言葉を口にする男を慌てて引き留める。

 

「ま、待ってください!さっきの特異で狂気的な逸品って何のことですか?いったいどんなものがここに集められていると言うんですか!?それにザクロ……?あなたはさっきから一体何を!?」

 

 そんな絶叫のように発した問いかけを、男は落ち着いた様子で拒絶する。

 

「――これ以上、君に語るのはやめておこう。どういった経緯でこの船に乗船しているのか分からないが、どうやら君は()()()()ではないらしい。知らなくてもいい情報というのがこの世にはある」

 

 余りにもモノを知らない態度から、察せられてしまった。

 まさか住んでいた島が滅び、そのまま成り行きで乗船したんですなんて、向こうからすれば想像できるわけもない。

 

「大人しく部屋に戻って下船まで出てこないことを強く勧めるよ。奴らは異常者の集まりだが、何の目的もなしに一部屋ずつ巡って乗客を殺すなんてことはしないだろうからな」

 

 そうして遠ざかっていく背中を見据えながら、思考を巡らせる。

 

 蒲牢が言うところの裏社会――それらの人間たちが欲する異常物品。想像するのも嫌になるような、醜悪で悪趣味なものに違いない。

 

 そういえば、蒲牢は仕事があると言っていた。そのために、船に乗る必要があるのだと。

 彼女の言う仕事と競売の逸品たち。何か関係はあるのだろうか。

 

「諸々含めて、蒲牢――さんに、聞いてみないとな」

 

 さん、とつけるの悩むのは、自分のなかで彼女への評価がまだ定まっていないからだ。

 間違いなく命の恩人ではあるが、災禍の主と同じ屍霊術師でもある。

 

「いったいあの人は何が目的なんだ……?本当に……信頼していいんだろうか……?」

 

 そんな風に放った独り言は誰の耳に止まることなく、虚空へ消える。

 今はただ、ここで見聞きした全てをひとつ残らず取り零さぬよう努めるしかない。

 

 

◆◆◆

 

 

 商業エリア近辺に併設されたカフェテリアに蒲牢は座っていた。

 こちらからは彼女を視界に捉えているが、向こうは気づいていないようである。

 疑念と不信感を胸中に秘めつつ、ゆっくりと近づく――その足を思わず止める。

 

 蒲牢と白虎が座るオープン席に、六人の人影が近づきつつあるのが視認できたからだ。

 彼らは直ぐに彼女らの目の前まで到着して、見下すように睨みつける。

 

「こんなところで、出会えるとは思ってなかったぜ。未亡人《ウィドウ》ッ!」

 

 そのイマイチ凶悪性の欠いた渾名に、疑問を持つよりも早く――叫んだ男は指を鳴らす。

 それを合図に、彼の背後に直立していた大男が反応し腕を前方に構える。

 

 その時、ようやく彼らがただのチンピラの集まりではなかったことに気づく。

 六人のうち人間なのは半分の三人に留まり、残りの半分は継ぎ接ぎだらけの異形存在。

 即ち、屍霊術師《ネクロマンサー》達が駆使する屍体であった。

 

 屍体はそれぞれが特異的で非人道的、そして殺意を込めた形質へと改造されているようだった。

 

 例えば、ある屍体は四肢が刃物になっている。

 例えば、ある屍体は全身に刺さった五寸釘が、さながら釘バッドのようになっている。

 例えば、ある屍体は腹からガトリングガンが眼窩からハンドガンが、内側から穿ち飛び出るように装着されている。

 

 戦闘態勢に入ろうと構えている三体の屍体。

 それらのすべて、細部に至るまで悪趣味極まりない。

 人間が織りなす悪辣そのものを、一つの形として具現しているようだった。

 

「俺たちのことを覚えているかっ!」

 

「知らない。青春時代に僕に告ったけどあえなく振られた――とか?」

 

 激昂したまま叫ぶ男の一人を、蒲牢は臆することなく揶揄《からか》う。

 こっちはこっちで、別の意味で趣味が悪い。

 怒りに震える相手を敢えて挑発する必要もないだろうに。

 

「てめぇに仕事を邪魔されて以来、まったくもって美味い仕事にありつけなくなった。そのツケ払ってもらおうか――ッ!!」

 

 男達は怒りのまま、それぞれの屍体達へ指示を飛ばす。

 屍体達はそれぞれが最も得意とするであろう手段をもってして、蒲牢達へと襲い掛かる。

 

 戦いに割り込んでどうにか助けられないかと――そう考えていた矢先。

 

 白虎は悠然と動き出していた。

 振り降ろされる刃物、叩き落される釘の腕、構えられている銃口。

 蒲牢はそれらを見据えながらも、一切の動揺を見せずに薄く口を開く。

 何と指示したのかは聞こえない。

 

 しかしながら、それを受けた白虎は――――加速する。

 そして直後に、周囲に響く轟音。

 

 気づいたときには、ガトリングの銃身が折れ曲がった状態で壁にクレーターをつくりながら撃沈する屍体の姿がそこにはあった。

 

 ついでに巻き込まれたような形で、壁と屍体の間に一人の屍霊術師が挟まっている。

 

 挟まれるような形で両側から多大な圧力を受けた屍霊術師は抵抗する間もなく、その意識を失った。生きているかどうかすら定かではない。

 

「なにぃ――――ッ!?」

 

 釘腕屍体の使い手と思しき屍霊術師が、驚愕のまま声を上げる。

 そう反応するのも無理はない。

 

 遠目から観察していた自分でさえ、何が起こったのか理解できたのは動作が完全に完了してからだった。

 超至近距離で実際に相対している状況で反応できるとは思えない。

 

 白虎は目にもとまらぬ速度で接近し、一瞬のうちに銃身を殴り折ったのだ。

 あまりにも人間業ではない。これを成せるのは、彼女が術によって操られるだけの屍体だからなのだろうか。

 

「うおおお!!隙を見せたなぁッ!!」

 

 一組轟沈させて僅かに動きを止めた白虎に対し、臆することなく釘腕屍体を駆使する屍霊術師が吠える。

 勢いのまま釘腕屍体はその殺意に満ちた両腕を振り下ろす――ことはできなかった。

 

 その釘腕は根元から切断されていた。切断された腕は地面に転がり、胴体とは完全に分離してしまっていた。

 何が起こったというのか――そう皆が愕然としているなか、蒲牢だけは冷静な態度を崩さない。

 

「白虎――『虎徹《こてつ》』ッ!」

 

 その指示を受けて白虎は釘腕屍体に対して腕を振るう。

 

 彼女の指先が相手に触れた瞬間、その身体は引き裂かれバラバラに分離する。

 その凄惨な惨殺具合を視認し、ようやく理解した。手刀によって釘腕は両断されていたのだ。

 

「は、速すぎる……」

 

 そう弱弱しく呟いた屍霊術師に、一切の容赦なく白虎は掌底を撃つ。

 その一撃によって勢いよく壁に打ち付けられ、血反吐を吐きながら気を失った。

 拳でないぶん、貫通まではしていないようだが重症なのは疑いようもない。

 

「ふん、こいつらは前座だ。俺こそが本命よ」

 

 刃物屍体の使い手の屍霊術師が腕を振り下ろす。

 それに連動するように屍体も駆動し、白虎めがけて襲い掛かる。

 本命――その言葉が虚勢ではないことは直ぐに理解った。

 

 ときに舞うように、ときに風が吹くように、自然な流れで大胆に繰り出される斬撃の数々。 

 刃先に触れた床や壁、食器類などは一切の抵抗を許されずに斬り分けられていく。

 四肢の代替として装着された刃物が、無理せず戦闘に寄与している。

 

「ほらほらほらほらッ!!どうした!?未亡人《ウィドウ》!!手も足も出ないってか!」

 

 今度は挑発する側に周った男は嬉しそうに口を開ける。

 それに対し、白虎はすんでのところで回避するか受け流すかして、何とか斬撃を防いでいた。

 

 このままでは、いずれ刃は白虎を引き裂いて、その背後の蒲牢にも届きうるかもしれない――そう思った矢先。

 蒲牢はこれまで以上に挑発的な微笑みを浮かべて嘲笑う。

 

「僕を立たせることもできない奴が、随分と調子のいいことを言うね」

 

 その言葉に男は一瞬止まり――――直ぐに表情を憤怒に染めた。

 

 蒲牢の言う通り、彼女は襲撃を受けてから今のいままで、一瞬たりとも席を立ち上がっていない。

 彼女を守護する屍体があらゆる危険を防ぎきっているからだ。

 

 一見、攻め続けている刃物屍体が形勢有利のようでいて、事実として彼女たちに一撃たりとも当てられていない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 

「――ッ!!」

 

 余裕綽々の態度を崩さない蒲牢に対し、プライドが傷つけられた男が憤怒するのは至極当然だった。

 

 言葉にならない絶叫をあげながら、更に加速していく剣。

 舞や風を越えて――まるで剣の嵐へと化して、周囲を引き裂きながら白虎たちへ迫る。

 

 その時、不意に嵐が止む。何事かと思うと白虎が忽然と姿を消していた。

 勿論、跡形もなく斬り刻まれてしまったわけではない。

 

 動きが止まった刃物屍体。

 その右腕の刃先、細い切っ先に白虎は直立していた。

 あの剣の嵐のなか、刃の上に跳び乗っていたのだ。

 

「バカなバカなバカなバカなぁ!!そんな出鱈目があってたまるか――――ぁっ!!」

 

 絶望を多分に込めた雄叫びが周囲に木霊する。

 白虎は刃先から飛び降り、そのまま腕を構える。

 刃物屍体と屍霊術師を併せて貫くような位置関係で、躊躇うことなく掌底を繰り出した。

 異次元の膂力を思う存分に活用した掌底により、彼らは抗うすべもなく戦闘不能になる。

 

 時間にしてたった数分間の攻防。その内容は終始、蒲牢と白虎のペアが圧倒していた。

 襲撃を敢行した三組の屍霊術師達が、屍霊術師全体で見たときにどの程度の実力を持つのか、比較対象が少なすぎて完全には把握できない。

 しかし、先ほどの戦いを観察し思わずにはいられない重いがある。

 

――この二人は強すぎる。

 

 葉射島では花矢に対して技が使用されていたが、あれは弔いのために使用された面が強く、実際の戦闘を観察したのは今回が初めてだった。

 その驚異的戦闘能力に、ただただ愕然とするしかない。

 

 カフェテリア付近の壁や天井は見るも無残な破壊状況である。

 壁には無数の斬り傷がつき、床タイルの幾つかは砕かれ、無事な食器を探すことのほうが難しい。

 

 にも関わらず、彼女と白虎が座る席周辺のみ一切の傷がない。

 まるで、彼女らの席を中心に台風でも吹き荒れたように、明確に破壊状況に差がある。それだけ、彼らと彼女らに力量差があった、ということなのだろう。

 

 幸いなことに、怪我人は床に突っ伏して気絶している屍霊術師以外にはいないようである。無関係の誰かが巻き込まれて重傷なんて事態にはなっていない。

 

 ふと、こちらに気づいた蒲牢が微笑みながら手招きする。

 促されるままに近づき、彼女らと同じテーブルにつく。

 

「すまない、どうやら待たせてしまっていたようだね。ちょっとナンパされちゃってさ。人気者の辛いところ、なんて言うべきかな?」

 

 そんな風に茶目っ気いっぱいに語る蒲牢。

 態々指摘するまでもなく、嘘である。

 こちらを待っている間に戦闘になり、危うげなく勝利を収めた少女は本当ににこやかに微笑んだ。

 

 

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