死屍累々   作:峠坂

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セレスト(4)

 

 

「……これだけ大暴れしたら、従業員が飛んできますよ」

 

 破壊の惨状を横目にしつつ忠告する。

 それに対して、蒲牢はあっけらかんとしている。

 

「それは、大丈夫。ここの従業員は基本的には客同士のトラブルに関与したりしない。下手に対応に違いを付けちゃうと、かなり面倒なことになるケースも多いからねぇ。基本的に船内ではどう転んでも自己責任なのさ」

 

 その言葉に、呆れつつも納得する。

 従業員としてどうなんだ、なんていうのはカスハラ染みているだろうか。

 

 しかしながら、この船においては裏社会の重鎮や屍霊術師連中などマトモに相手なんてしたくないタイプが客としてごろごろいるのであろう。

 

 そんなメアリー・セレスト号において、過度に客に干渉しないというのは、第2第3のトラブルを未然に防ぐ処世術なのかもしれない。

 

「で、どうだい?少しは気が晴れたかな?」

 

「……一応、なんとか」

 

 こちらを気遣う様子の蒲牢に応答する。

 嘔吐の為に待たせていたことは、少し気まずい。

 

「それならよかった。さあ、続きを再開しようか。まだまだ君には教えないといけないことがあるからね」

 

「一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「いいとも。何でも聞きたまえ。僕に答えられる範囲ならなんなりと」

 

 先ほど、出会った男について隠すわけではないが敢えて言う必要はないだろう。彼女にとって、殊更に興味を引くような話題でもないだろうし。

 

 寧ろ聞きたいのは彼自体についてではなく、彼が語っていた内容についてだ。

 競売(オークション)、特異で狂気的な逸品、そして柘榴秘食会(ざくろひしょくかい)を始めとした――男が言うところの()()()()()()()()()

 

 それらについても聞きたいのはやまやまであったが、ひと先ずはもっと前提の情報を確認する。

 

「蒲牢さん、あなたが言っていた『仕事』っていったい何なんです?」

 

 その問いに蒲牢は少しだけ驚いたような表情をみせる。

 

「そうだね。本来なら聞かせるべき事柄ではないけれど、今回は僕の仕事を理由に保護した君をこんなところまで巻き込んでいる。説明しろといわれれば、可能な限り答えるのが筋だろう」

 

 目を細め少し逡巡したあと、観念したように表情を変える。

 

「僕は此度、この船で行われる競売(オークション)に参加するためにやってきた。出品される魔具が目的だ」

 

「魔具……?」

 

「基礎から説明しようか。 僕ら屍霊術師は基本的に、魔力だとか気だとか呼ばれる、自らの生命エネルギーを屍体に循環させることで操作する」

 

「つまり、家電を動かすのに電気が必要なように、屍体を動かすのにもエネルギーが必要……と?」

 

 蒲牢は微笑んで首肯する。

 屍体が死後に活動を続ける異常事態について、その外面のインパクトばかりに注目していた。しかし、少し考えてみれば至極当然の理屈だ。

 

 そう言えば、花矢の無力化案としてエネルギー切れまで隔離するなんて方法をさらりと語っていた気がする。

 屍体同士でもお構いなしに殺しあってしまう以上、葉射島の住民たち一人ずつに対し、囲いを作って互いを隔離してエネルギー切れを待つ――なんて遣り方はどう考えても現実的ではなかったが。

 

「洗練された使い手により適切に魔力操作が行われれば、より高度で複雑な動きをさせることが可能になる」

 

 そしてそのエネルギー循環は操作効率にも少なからず作用するもののようだ。

 より効率的な身体の動きが出来れば、パフォーマンスに差が出るというのも想像に難くない。

 

「故に、どれだけ強力な武装を積んだ屍体でも、その真価を発揮するには術者本人にもそれ相応の練度が必要になる」

 

「仮に最強の攻撃力を誇る戦闘機があったとしても、操作する側がポンコツじゃあ話にならないってことですか」

 

「その通り」

 

 豚に真珠のたとえがあるが、つまりはそういうことだ。

 屍体の操作にはそれ相応の、一朝一夕とは言えない研鑽が必要となるのだろう。

 これも、考えてみれば当然である。寧ろ、そうでなくては困る。

 

 

 改めて、周囲の破壊状況に目を配る。

 席を中心に台風が吹き荒れたような徹底的破壊。

 正に、台風の目が如くその中心は一切風による影響がみられない。

 

 

 そんな驚異的破壊を成せる者が、当たり前のように何人もいてたまるか――なんて内心悪態をつきつつ、安堵する。

 屍体を操れば誰もが、白虎のような異次元の破壊力と精密性を振るうようになるわけではない、そのことに心から安堵する。

 

 そんな風に納得していると、僅かに表情を硬くした蒲牢が続ける。

 

「その点、魔具は違う。条件さえ揃えば、どんなド素人でも十全にその効果を発揮できる。それに加え、ものによっては甚大な人的被害を引き起こしたケースも少なくない」

 

「――――は?」

 

 前提条件が崩れ去った。

 研鑽の浅い術師なら大して危険じゃないなんて舐めたことを考えていたわけではないが、遭遇してもやりようはあるかもしれない――そんな風に考えていた矢先だった。

 

「究極、誰でもいいんだよ。屍体を動かせるようになるには才能と鍛錬が必要不可欠だけれど、魔具は誰だっていい。誰が使ったって同じように破滅を齎す」

 

「破滅ってのは、具体的にどんな……?」

 

 そう、小さくか細い声で問いかける。蒲牢は――最近に発生したものばかりじゃないが――と前置きしてから答える。

 

「『ヨーク村集団失踪事件』は一夜のうちに確か70名が行方不明に、『ウェルカム・リバーの連続転落事故』は半世紀の間に225名が転落死もしくは溺死、『アメリカ・フランス・ドイツにおける同日同時刻の変死事案』は計41名が死亡、そして世界各国で行われた『些細なテロ』による被害人数は推定七千人が死んだ言われている」

 

「なッ!?」

 

 世迷言だと切って捨てることは、出来なかった。

 だって、今日、見聞きし確かに脳裏に焼き付いた現実だって、世迷言のように狂っていたのだから。

 

 大袈裟な例えになるかもしれないが、そんじゃそこらの学生や社会人が密かに弾道ミサイルを所有し、いつでも自由に発射できるとしたらどうなるのか。想像するだけでたまったものじゃない。

 誰かの癇癪で、あるいは気まぐれで殺戮が引き起こされる。そんなことを許容できるわけがない。

 

「当然それだけ強力な魔具を作成するには、恐ろしくコストがかかる。それこそ、高名な屍霊術師(ネクロマンサー)が死力を尽くし、なんとか完成させるような代物だ」

 

「だけど、それでも?」

 

「うん、使()()()()()()()()()()()()。幾つかの易しい条件を満たすだけで、大量殺人すら可能な最低最悪の兵器になりうる」

 

 強いて言うのなら、作成にコストがかかる分、使用する側のデメリットは殆ど帳消しになっているとも考えられる。無論、被害を被る側としてはたまったものじゃない。

 

 だが、疑問に感じる点もある。一体何故、そんなものを欲するというのだろうか。

 

「そんな危険な殺戮兵器、どこの誰が何のために欲しがるんです?」

 

「それは勿論殺すため。いま魔具を狙っていそうな組織といえば『自死のための幇助教会』あたりかな。幇助――なんて言いながら、あそこは自殺教唆にまで手を出しているって噂もある。『オヴィラプトル』あたりも狙っているかもしれないけれど――あの陰謀論者たちが手に入れたところで大したことが出来るとは思えない」

 

 廊下で出会った男が語っていた名称が不意に登場する。

 こちらの僅かな反応を、蒲牢は見逃さなかった。

 

「ん?なんだか妙な反応をするね。もしかして聞き覚えがあるのかい?」

 

「……さっき、廊下ですれ違った人から名前だけ教えてもらったんです。厄ダネ案件だって」

 

 誤魔化しても仕方ないので、正直に告白する。彼女は、感心したように頷く。

 

「へぇ、この船でそんな親切心をもった人間がいるんだね。かなりの珍種だ」

 

 そんな風に失礼な評価――いやこの船の大多数と違うというのは寧ろ高評価なのでは――を下す。廊下ですれ違った男を想起し、若干申し訳ない気持ちになる。

 

「まあそういうテロリストモドキどもは、一先ず無視して構わない。極めて好戦的な連中は入場できずに最初《ハナ》から弾《はじ》かれている筈だから。来ていたとしても、非戦闘員が主だと思う」

 

 テロリスト、その危なげな言葉に僅かに緊張する。

 ニュースになるような遠い国の出来事と、そう切り捨てるわけにはいかなくなっている。

 

「けれど奴らに魔具をとられるのは、何としてでも阻止しなくてはならないね。仮にテロリストどもに渡れば、世界のいつどこで災厄を齎すか知れたもんじゃない」

 

 蒲牢の言葉に素直に首肯する。

 

 そんな魔具、この世に存在してよいはずがない。誰の手にも渡らぬように破棄するか破壊するべきだ。そんな風に思考を巡らせていた時、蒲牢は一連の話題を締めくくるように言葉を発する。

 

「今宵、この船に集う魔具の数々、その中でも特に危険なものを余すことなく手に入れて雇い主まで持っていく、それが僕の仕事だ」

 

「――――()()()()()ね……」

 

 破棄するわけでもなく、破壊するわけでもなく、蒲牢は確かに持っていくと言った。それは、所持することとどれだけ差があるというのか。

 

 持っていく過程で、故意にもしくは過失で魔具を使用してしまえば、彼女が自ら語ったような凄惨な被害が発生するかもしれない。

 

 蒲牢自体は仕事を忠実に全うし、雇い主とやらのもとまで魔具を運搬したとしても、今度はその雇い主が魔具を使用してしまう可能性がある。

 

 いや、寧ろ使()()()()()()()()()()()()と考えるほうが自然である。

 殺戮兵器を、ただの戸棚や倉庫に飾るだけのコレクションのように扱うとは考えにくい。

 

 もしかしたら、悪党に所有され使用されるのなら、自分が責任をもって保管し抑止力として管理するなんて主張するのかもしれない。

 だが、こちらからすれば悪党も見ず知らずの雇い主とやらも、どちらも信用できない。安易に信じて、魔具を行使された時にはそれこそ取り返しのつかない被害を生んでしまう。

 

「おっと、そろそろオークションが開催される時間だ。遅刻のせいでお目当ての魔具が競り落とせないなんて腑抜けたマネは御免だしね」

 

 時計を見て、蒲牢はそそくさと席を立つ。それに恭しく追従する白虎。

 二人の背中を見据えながら、蒲牢の耳に届かないくらいの小さな声で呟く。

 

「――――回収して雇い主に渡す。その人を本当に信頼していいのか?蒲牢さんのことだって信頼していいのか?」

 

 命を救われたことへの恩義はある。不甲斐ない身に代わって、花矢に最期を届けてくれたことへの感謝もある。

 

 だが、それでも。

 あの地獄を、火炎と死者が蔓延る葉射島を見てしまったが故に。齎された災禍をたった一人生き延びたが故に。

 魔具が何処にいこうと気にしない、なんて言えやしない。

 

 それは、あの地獄を、あの災禍が再び地上に顕現する事を見過ごすことと同義だ。

 あの地獄をたった一人無様にも生き残った身として、見過ごすことなんてできやしない。

 

「どこの誰が競り勝ったとしても、どうにかして奪い取って海にでも投げ捨てちまうのが、一番の安全策なんじゃねぇか……?」

 

 そんな思想が脳裏をよぎるのを、止めることが出来ない。

 胸中に企みを秘めながら、二人の影を追ってオークション会場へと向かう。

 

 

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