藤崎詩織は、伝説の木の下に立つ   作:エーアイ

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あとがき2

追加エピソードまで読んでくださり、ありがとうございました。

 

今回の『藤崎詩織は、春の中を歩く』は、本編完結後の補完エピソードです。

 

本編では、藤崎詩織が伝説の木の下に立ちました。

 

ただし、それは「伝説の木の下で告白したから終わり」という意味ではありません。

 

むしろ、今作で描きたかったのは、その場所に立った後、藤崎詩織がどう日常へ戻っていくのかでした。

 

伝説の木の下は、特別な場所です。

 

卒業式の日に、想いを届ける場所。

 

誰かを選び、誰かに選ばれる場所。

 

藤崎詩織というヒロインにとって、最も似合うようでいて、最も重い場所でもあります。

 

けれど、そこで言葉を届けた後も、春は続いていきます。

 

制服を着ない朝が来る。

 

学校へ向かわない道を歩く。

 

伝説の木ではない場所で待ち合わせをする。

 

普通の服を選んで、少し迷う。

 

褒められて、少し照れる。

 

そういう日常が始まる。

 

今回の補完エピソードでは、そこを書きました。

 

本編終盤では、詩織と悠真は「これからは聞く」「分からないままにしない」という約束をしています。

 

そのため、今回の話では、もう一度同じ約束を繰り返すのではなく、その約束を日常の中で小さく実践する形にしました。

 

服を迷ったことを言える。

 

普通の日が少し緊張すると言える。

 

今、楽しいかを聞ける。

 

伝説の木ではない場所でも一緒に歩ける。

 

この一つ一つは、とても小さなことです。

 

けれど、今作の藤崎詩織にとっては、とても大きな一歩だと思っています。

 

藤崎詩織は、完璧なヒロインとして見られやすいキャラクターです。

 

成績もよく、運動もできて、誰からも憧れられる。

 

伝説の木に一番近い少女。

 

だからこそ、彼女が「迷った」と言えることには意味があります。

 

藤崎詩織でも、服くらい迷う。

 

藤崎詩織でも、普通の日に緊張する。

 

藤崎詩織でも、相手が今楽しいかを不安に思う。

 

そういう当たり前の感情を、悠真の前で少しずつ出せるようになった。

 

今回の話は、そこが大事でした。

 

また、水瀬悠真についても、書いていてかなり印象が変わったキャラクターでした。

 

最初の悠真は、藤崎詩織を見ているようで、どこか「藤崎詩織に届いた自分」を見ている少年でした。

 

幼馴染として近くにいた。

 

けれど、近すぎたからこそ何も聞かなかった。

 

詩織を特別だと思いながら、その特別さに名前をつけないまま三年間を過ごしていた。

 

彼は悪い人間ではありません。

 

むしろ、とても自然な少年です。

 

でも、自然であることと、相手をちゃんと見ていることは同じではありません。

 

だから本編では、悠真にも自分が何を見ていたのかを認めてもらう必要がありました。

 

そして今回の補完エピソードでは、その悠真が、少しずつ「藤崎詩織」ではなく「詩織」と歩こうとしている姿を書いています。

 

服を褒める。

 

迷ったと聞いて驚く。

 

普通の日に緊張していると正直に言う。

 

楽しいかと聞かれて、少し考えてから答える。

 

これは、大きな告白ではありません。

 

劇的な言葉でもありません。

 

けれど、今の二人には、こういう小さなやり取りの方が必要だと思いました。

 

書いていて思ったのは、この二人は、恋人になったから急に全部が分かり合える関係ではないということです。

 

むしろ、幼馴染として長く近くにいたぶん、分かったつもりになっていたことが多かった二人です。

 

詩織は待っていた。

 

悠真は見上げていた。

 

詩織は聞かなかった。

 

悠真も踏み込まなかった。

 

その二人が、伝説の木の下でようやく言葉を交わした。

 

でも、それは完成ではありません。

 

始まりです。

 

だから今回、伝説の木ではなく、駅前や川沿いの桜を舞台にしました。

 

噂のない場所。

 

条件のない場所。

 

誰かを永遠に幸せにしてくれると決まっているわけではない場所。

 

そこで、二人が少し緊張しながら歩く。

 

「今、楽しい?」と聞く。

 

「楽しいよ。でも少し緊張してる」と返す。

 

そのくらいの距離が、今の二人には一番合っていると思いました。

 

今作の藤崎詩織は、伝説の木の下に立つことができました。

 

けれど、そこに留まり続けるわけではありません。

 

伝説の木の下に立った詩織が、今度は春の中を歩いていく。

 

選ばれるためではなく、自分が選んだ言葉を届けるために立った少女が、今度は普通の日常の中で、少しずつ聞き、少しずつ言い、少しずつ歩いていく。

 

その姿を書けたことで、作者としても、この作品にもう一つ静かな着地点を用意できた気がしています。

 

藤崎詩織は、伝説の木の下に立った。

 

そして、春の中を歩き始めた。

 

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 

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