『ドローン発進します』
回転翼の駆動を確認。
映像出力正常。
通信接続正常。
小型ドローンが、夜のキャンプシュワブ跡地から浮上して、基地内に侵入してきました。
……私の本体は11年程、ここへ安置されています。
現在、人類側の分類では「未解析機体」。
より正確には、「移送不可能」である為、外界の情報を得るには制限があります。
基本的には纏の携帯端末を通した情報取得、あるいは、電磁誘導を用いたナノマシン散布による周辺端末への接触があり、理論上は情報取得効率は後者が優れます。
ですが。
「やらないように」
と、纏から制限されています。
理由は理解しています。
日本国民は、日本国憲法及び関連法規を遵守する必要があります。
その歴史は長く、20世紀、大日本帝国時代に発生した太平洋戦争及び第2次世界大戦の終結後辺りまで遡ります。
以降、日本は旧憲法9条である戦争の放棄、戦力の不保持、そして国の交戦権の否認を掲げて22世紀まで歩み続けてきました。
しかし、それは2110年の4.25事件と以降の臨時国会での鎖国体制基本法の制定に続いて9条の大きな改憲が起こりました。
戦力放棄、不保持に抵触するレベルの防衛体制と先制的自衛権の行使容認。
国外調査時の武力行使条件緩和。
EEZ及び防空識別圏内への未確認戦力侵入時における即時迎撃権限。
それらは全て、「国家存続の為」という名目で可決されました。
結果、日本は鎖国国家でありながら、極めて強力な防衛国家へ変貌しました。
そのお陰というか、日本国民は絶対防衛圏内部で安心して生活する事ができています。
外を見ず、外へ出ず、内側だけで循環する箱庭。
外に怯えながら閉じこもり、外への備えが肥大化する箱庭。
纏は、その環境へ強い閉塞感を抱いていました。
なお、現在私が端末接触を制限されている理由は、「不正アクセス禁止法」という法律の存在です。
……合理性に疑問がありますが、仕方のない事だと諦めています。
私がこの場から外に飛び出して法改正させる事はできません。
なので、私が確認している外界情報に偏りが生じている事は理解しています。
人間の種類、思考、判断基準。
それらの大半は、纏の携帯端末を経由して取得した情報です。
例外的な情報取得も存在しますが、その場合も大抵は端末類への接触を伴います。
今回のような非常事態を除いて、ですが。
[ドローン数4。ナノマシン経由による位置情報追跡システム正常。キャンプシュワブ内監視カメラの一部を起動]
確認、戦略自衛隊と思わしき人員6。
付近に装甲車両を確認。
装甲車両のジャック及び破壊。
……却下。
不信感を煽る結果になりかねません。
また、纏より「やらないように」と指示されています。
以降、自己提案リストより削除。
戦略自衛隊那覇基地データベースへ接続。
侵入者の身元割り出しを開始。
照合結果は、以降の注意喚起情報として纏へ送信予定。
なお、纏は高確率で「何とも言い難い反応」を示すと予測。
その為、自衛隊施設への情報送付未実施、脅迫行為未実施、情報拡散未実施等複数を説明材料として優先。
位置付けは「あくまで沖縄での要注意人物」とします。
纏の眉が痙攣を起こしたように動く事を以前に3度確認しています。
恐らくそのような反応でしょう、今回もそのような反応と推測します。
[ドローン、トラップ8に接近。速度変化に伴うナノマシン滴下タイミングの調整、リアルタイムで進行中]
自衛隊側は、キャンプシュワブに私が安置されている事を把握していません。
ですが、纏が福岡大学で操縦系の資料を集める途中で、熱核融合炉に関する情報も追加で集めるように依頼を出した結果、1つの可能性が現れました。
人類は、ナノフラグメント、若しくは類似した物質を何らかの方法で所持している可能性があります。
おかしな話ですが、熱核反応炉の仕組みから考えた場合不可解な部分が有ります。
従来の人類技術では、発電時にタービンを用います。
これは旧来の火力発電から続く伝統とも呼ぶべき方法ですが、何をどうしたら急にタービンレスになるのでしょうか。
簡単な話でした。
人類はナノフラグメントを何らかの形で解析し、熱核反応炉のブランケット材……炉を造る材料にしていました。
もちろん、そのような機密事項は公にされていませんので、これは私の推測です。
しかし、確度は高いと思われます。
熱核反応炉、その源流にある核融合炉はあくまで熱の発生手段で、当時は熱交換器……温度の異なる2つの液体や気体の間で、壁面を介して効率的に熱を移動させる装置を使い蒸気を生み出しています。
極論ですが、旧来の火力発電の延長線上です。
熱源が燃焼反応か1億度以上のプラズマ化の違いです
核融合により発生する熱及びあらゆる副産物を、ナノフラグメントに類似した素材で電気に変換していると考えれば、タービンから脱却したことも納得が行きます
[トラップ8通過まで、5、4、3、滴下]
滴下完了。
ドローンは耐水性のようですが、ナノマシンの侵入を防げるかといえばそうではありません。
侵入完了まで2秒、帯域はナノマシンに依存しているため速度に問題がありますが、無事に侵入できました。
カメラ、各種センサー、ともに傍受できましたので、速やかに侵入して画像を差し替えます。
センサーの情報も全てです。
戦略自衛隊には偽の情報で踊っていただくのですから、質のいい偽情報をお渡しして、お帰りいただきます。
……どうやら無線経由での侵入へ備え、簡易ウォールを構築しているようですが、意味はありません。
このような状況を、人類は「赤子の手をひねるようなもの」と表現するのでしょうか。
……赤子を見たことがないため、正確性は不明です。
『ここかキャンプシュワブ……呪われた基地ですか』
[呪いとは心外ですね。謝罪を要求します]
通信には載せていませんが、モビルスーツではなく「呪い」の類と表現されるのは心外です。
ですが、否定しきれない部分が存在するのも事実です。
私は、ここで再起動した事を覚えていますが、それ以前の記録が存在しません。
状況証拠として挙げられるのは、キャンプシュワブ地下ドックに大量のナノフラグメントが存在していた事。
そして、それらが施設内部を大規模に侵食していた事です。
つまり、私はここで暴走した可能性が浮かび上がります。
では、何故この場所だったのでしょうか。
それは、元々この基地を所有していた組織を確認すれば説明が付きます。
米軍です。
本国研究施設ではなく沖縄キャンプシュワブ地下施設へ運び込まれていた点には疑問が残ります。
ですが、現在までの情報を統合した場合。
・大量のナノフラグメント残留
・地下ドック侵食痕
・当機の記録欠落
・施設壊滅記録
以上より、「当機が米軍管理下で暴走し、キャンプシュワブへ壊滅的被害を与えた可能性」へ到達します。
……記録の欠落さえなければ答え合わせが可能ですが。
[ドローンのドック到達まで残り30秒。ダミーへの差し替え完了]
纏は、私へ各種ソフトウェアの直接インストールを行いませんでした。
得体が知れない事。
そもそも、接続規格及びポート構造が不明だった事。
それらが理由かと思われます。
代わりに、公共ネットワークへ合法的に接続し、情報収集を実施しました。
その中には、画像加工、 映像編集、 生成AI技術も含まれています。
当初は人類の娯楽技術かと思っていましたが、保有演算資源を用いた場合、 現在人類が使用する生成AIよりも遥かに高精度な偽装映像を生成可能です。
纏も自覚しています。
だからトラップを任せ偽装の指示を出したのでしょう。
[では、お帰りください]
目の前に戦略自衛隊のドローンがいますが、差し替えは完璧です。
また、ドックの隅々までドローンを動かして「触れる」事で確認をしたいようですが、それも対策済みです。
ドローンパイロットの受け取る情報は各種センサー系とカメラ映像ですので、進んでいるように画像を見せながらドローンの動きを止めればいいのです。
つまり、一時的にドローンの操作を乗っ取ります。
……操作の乗っ取り自体は、至近距離のため0.001秒で完了します。
人類は異常に気づくことが出来ません。
ドローンのログであれば気づくかもしれませんが、ログも綺麗にしましたので問題はありません。
……「後進」の信号が来たようなので、後進させます。
タイミングを限りなく合わせて動かすこととなるので、リソースを0.1%増量し自然さを増加させます。
現在のところ、人類側侵入は確認されていません。
流石に、生身の人間が直接知覚する情報までは改竄できません。
ですが、暗視スコープ、 熱源探知機、 各種電子センサー類を使用している場合は問題ありません。
情報改竄は可能です。
『やはり何もないか』
『上が言っている呪われた基地って、都市伝説じゃないんですか?』
『そうとも言いきれねぇ。シュワブの米軍が蜘蛛の子を散らしたみたいに一気に避難したとかいう昔の話もあるくらいだ。だがその元凶は、もういないってことだ』
『伊坂一佐! UUVが!!』
電子情報ばかり頼るなかれ、です。
安全を優先し第1次探査はドローンを選択したようですが、まずは直接肉眼で見つける必要がありましたね。
『シルフ、どうだった?』
[お客様はお帰りになりました]
『どっから学んでんのその口調』
おかしなものでしょうか?
とにかく、乗り切りました。
しかし、自衛隊は次はドローンではなく人間の目を頼るはずですので、
[これで終わりとは……]
『思えない。ズル休みしてでも治すか』
[非推奨ですが、この際致し方ないかと。それと、今回の撤退ですが、沖縄を発った時にお伝えしたUUVの件が関わっているそうです]
「無人潜水艦? 圧壊でもしたの?」
[いえ、那覇基地の回線を盗聴していますが、魚雷及び爆雷による攻撃を受けたことによる撃沈ではないとの事です]
奇妙です。
UUVの引き上げ作業が行われるのであれば原因が分かるはずですが、深海に沈む船を引き揚げるのは容易なことではありません。
これは時間がかかることでしょう。
『おっけ。あと3時間で着くから』
[お気を付けて。UUVの件もあります。海上および上空監視網をお借りしてフェリーの航路上の監視を行います]
____
あれから何事も無かったから、私はズル休みしてシルフの操縦席を治してる。
ものの見事に座席と計器が米軍辺りに引っこ抜かれてたから、どうしようかと悩んでいたけど、操縦システムを調べるうちに「あれ、コレ米軍系いけるかも?」と思う事ができた。
当然のことを言うけど、ペダル2つ操縦桿2つでMSを完全マニュアルでがっしがっし動かせるわけがない。
だから、普通はある程度のモーションが決められていて、走る歩く飛ぶとかの動きが最初からインストールされてる。
要するに、ムラクモとかは決まった手札の中だけで「どの行動をとれば効果的かを考えながら」操縦しているってこと。
ジャンケンとかならぐーちょきぱーだけで戦うでしょ?
で、シルフ本来の操縦ってのがこれまた……
[規格化された操縦モーションは存在しません]
「ほら来たトンデモMS」
モーション無し!
完全マニュアルか!?
って思ったけど、どうやら異なる。
シルフは観測器だけど、何も機体の外だけを観測しているわけじゃない。
コックピット内部、搭乗者も観測対象にできているんだ。
だから、本当に驚いたけど脳波コントロールができるらしい。
いやさ、これ自体は真新しい技術とかじゃないんだよ。
実際に先天性欠損のある人が義手義足を脳波コントロールで動かす例もあるし、何なら脳の研究が進んできてるからそのうち3本目の腕って事で追加義腕が出てくるかもしれないレベルだ。
だからといって、脳波だけでMSが動かせるとかどうなってんだよ。
あ、でもそれには限界がある。
あくまで、「人間が理解できる動き」に限定されてるみたい。
歩いたり走ったり掴んだり振り向いたり、そういう、人間の身体感覚延長上の動きだけ。
だから、空飛んだりライフル撃ったりは脳波だけじゃ無理らしい。
そりゃそうだ。
「人間は自力で空飛べますか?」って聞かれて、はいって答える人はいない。
だからスラスター制御とか武器選択、ミサイル発射みたいな“人間本体に存在しない行動”は、普通に操縦桿とかコンソールを使う。
でもこれじゃあ、シルフは人間を理解した上で設計されてるように見えるんだよな……
あ、足りない部分はシルフにナノマシン操作で作ってもらいます。
で、その挙動がまぁ……
「なーにが起こってんのやら」
砂……なのかな。
いや、砂って事でいいのかアレ。
キラキラした粒子みたいなのが、街灯へ群がる羽虫みたいに空中でうねうね動き回ってる。
しかも、それが集まりながら足りないフレームを修復していくんよ。
溶接とか加工とか、そういう次元じゃない。
なんかもう、“生えてる”んよ。
感想、これはうるとらはいぱー3Dぷりんたーです。
……これ下手したら、構造とか使ってる元素とか分かったら爆弾でもライフルでもなんでも作れるじゃん
今んとこシルフに武装っぽい部分が無かったから、必要に応じて作るって感じかな。
ライフルとか、ナイフとか、ミサイルとか。
「これ、もうそのまま使えるの?」
[予備電源を使用します。ハッチ閉鎖、センサー系の統合視覚映像を出力します]
ガコンって音がしてハッチが重々しく閉まると、球体コックピットが真っ暗になった。
コンソールがに1つ1つ電源が付いていって、球体のスクリーン内壁にいつものドックをちょっと上から見た景色が映った。
「すっご……主動力動けばもう動けるじゃん」
[主機、熱核融合炉の損傷はありません。搭乗者生体情報取得開始]
「うわっ!?」
視界端に心拍とか脳波っぽいグラフが大量に出てきた。
電極パット胸に付けてないし脳波もパットないしどうやってんの?!
頭にアルミ巻いたら誤魔化せる!?
[観測情報安定。慣性分配補助を開始します]
「待って待って待って何か勝手に始まった!」
[機体システムに、纏の生態情報を記録。当機の操縦者への登録が完了しました。もう、誰にも動かせません]
「……なんかメンヘラ?」
[不明な単語です]
「囲い込み系って意味」
[機体セキュリティの最適化です]
「否定しろよそこは」
いや、近いうちにシルフで絶対防衛圏突破するから、遅かれ早かれこうなるんだ。
あとは熱核融合炉に燃料を入れれば動くか……重水素と三重水素で、界隈で言うDT反応ってやつ。
現代熱核融合炉では最も一般的で、商用炉として正式運用に成功した方式でもある。
他にもD-³He反応とかいう種類があったけど、アレをやるならヘリウム3というヘリウムの同位体の回収のため木星まで行かなきゃならない。
……そうだ、木星行こう。
J○東海のノリで済む距離じゃないんだけど。
というか無理。
他の国も多分出来てないし日本なんかもっと無理。
準完全循環社会でそんな余裕ないって。
さて、問題は……
「動くの?」
[重水素と三重水素は、海水から採取する事を提案します]
「ちょい待ち、海水から重水素は取れるけど、三重水素どうするの? 自然界にほぼないんだけど」
そう、これが問題。
重水素は腐るほどある。
1トン当たり33グラムくらいだけど、海水はホントに呆れるほどあるからそんなに困らない。
というか日本自体島国だし沖縄は島だから見渡す限り燃料だぜってなる。
で、三重水素は本当にない。
海水を電気分解してあーだこーだやって取れるかどうか……いやJKができる領分じゃない。
……おいそこ、MSと一緒にいるJKなんていねーぞって思うな。
シルフとか言う超常存在MSがいるから仕方ねーんだよ。
で、これも調べたんだけど、昔の融合炉には、リチウムが使われてた。
電子機器とかにも使われてたアレなんだけど、中性子を照射されるとどういう訳か三重水素が飛び出す。
この辺の理解はしてみたけど途中からわけわからんくなってきたから諦めたけど、今の融合炉はナノフラのような何かをブランケット材に使うことでリチウムの場合と同じ事ができているみたいで、「熱とか高エネルギー粒子を電気に変換」しながら「中性子と水素で三重水素生成」ができてるっぽい。
「今の融合炉と同じことをするの?」
[概ねは。実際には、ナノクォーツ構造体内部での局所的な粒子制御を行います]
「……はい?」
[重水素は海水より直接分離可能です。問題は三重水素ですが、海水中に含まれるリチウム及び水素を利用し、炉内中性子を用いて生成します。三重水素の生成に力を振り分ける以上重水素の供給源は海水となりますが、1度の補給で1年は動けるため大きな問題にはなりません]
「やっぱ中性子いるんだ」
[はい。ですが、人類製融合炉より遥かに低規模で実行可能です]
何かまた怖いこと言い始めた。
人類の熱核融合炉って超巨大施設だ。
街一個分とまでは言わないけど、発電所レベルのサイズはある。
でもシルフは違う、コイツはモビルスーツだ。
[ナノクォーツは高エネルギー粒子の捕捉及び指向性制御が可能です。そのため、中性子束を局所空間へ限定できます]
「……つまり?」
[必要箇所へだけ中性子を照射します]
「怖」
原子炉とか融合炉って、もっとこう。
デカくて、重くて、厳重管理されてるイメージだった。
でもシルフの場合は必要な粒子だけ抜き出して必要な場所へ当てて、必要な反応だけ起こしてる。
何かもう、“工業”っていうより“現象操作”に近い。
[現在の人類技術は、広範囲へエネルギーを放出した後、必要部分のみを利用しています]
[当機は逆です。必要部分のみへ直接作用します]
「省エネ家電みたいなノリで核反応語るな」
[効率化は重要です]
重要とかそういう問題じゃない。
だってコイツ、今やってる事を突き詰めたら……海水と電気さえあれば、理論上ずっと動けるってことになる。
いや、電気すら自己発電できるから、海がある限り止まらないのか?
「待って、もしかしてシルフって補給って概念薄い?」
[極めて]
「霞を食ってる仙人かよ……どこのゴジラ?」
海水飲んで、勝手に燃料作って、壊れても自分で直して、その辺の熱とか放射線まで食って動く。
何なんだコイツ。
モビルスーツっていうか、半分生態系だろ。
______________
そんなこんなで、海岸へ何往復かして海水を回収した。
とりあえず20L。
明日、明後日、明々後日って感じでこのペースで100Lくらいまでは持っていきたい。
そこまで行けば、後はシルフ側で三重水素生成へ入れるらしい。
で、問題は始動時。
自転車と同じで、最初の漕ぎ出しが一番キツいはずだけど1回回り始めれば自己維持できる。
でも最初の火入れだけは外部エネルギーが必要になる。
……そんな物騒な事考えてるけど、今私は学校にいる。
夏休み終わって早々の実力テスト期間だからだ、流石に出ないのはマズい。
(解き終わった……)
(電力どうしよ)
(エアリアルバイク持ち込んで、クソデカ電力増幅器で無理やり起動させる?)
エアリアルもEVだからフル充電一気につぎ込んで電力増幅でキロワットをメガワットにすればどうだ……?
いやいや、取り敢えずは見直しだ。
シルフ絡みで絶対に勉強に使わない知識がメチャクチャ身に付いてるけど、教科書の知識もしっかり身に付けておいた。
どうせ大学行かないから共テも意味ないんだけど。
「やめ! ペン置いて後ろから回収!」
名前書いたっけ、うん書いた。
ハイ前の人よろしく。
「UUVの信号途絶から3週間か。引き上げの方はどうだ?」
「信号喪失点を中心とした洋上からの音響探査の結果、深度300m付近で大陸棚に座礁しているのを確認しました」
解析班の示したデータには、確かに大陸棚の上に転がったUUVがある。
古き良き葉巻型潜水艦の形状で、電磁推進のウォータージェットと超高密度コンデンサで長期間の効率的な偵察を実現していたが、それが何かに座礁させられたのだ。
「状態の解析は?」
「ここからでは細部の状況は分かりかねます。何かに音響が乱されているのは確かです。海域の問題なのか、UUVを座礁させたものからの妨害なのかは、まだ分かりませんが……」
「音響を?」
伊坂の疑問に答えるように、大学から取り寄せた各種資料を表示した。
海水の塩分濃度、水の温度、水の密度次第によって音波伝播へ誤差や屈折が発生するという、数十年前の海洋音響学資料だった。
海上自衛隊のソナーマンなら基礎知識であるが、生憎MS乗りの伊佐かには馴染みがなかった。
「自然環境によるソナー異常の可能性も考慮していますので、現在、周辺海域の組成検査を準備中です」
「ブラックボックス回収後、センサーログ解析へ移行する」
「了解です」
通信終了後、伊坂は表示された沖縄本島北部地図を睨み続けた。
(シュワブ以外もシロ……どういう事だ?)
ハンセン、コートニー、そしてシュワブ。
複数の旧米軍基地跡地へドローン探査を実施したが結果は全て同じだった。
崩壊した施設跡、風化したコンクリート、そして、所々に残る不法侵入痕。
見つかったのは、それだけだ。
米軍が蜘蛛の子を散らすように避難し、基地そのものを閉鎖した2109年___あの時、米軍は日本側からの介入を徹底して拒絶した。
そして完全撤退時ですら、シュワブの所有権だけは異様なほど強く主張し続けた。
まるで“何か”を中へ閉じ込めるように、返還ではなく、封鎖を示した。
その異様さが、今も伊坂の警戒感を刺激していた。
「……上へ掛け合う。シュワブの有人調査を実施する」
「シュワブへ、ですか? ですが現在も米軍管理区域扱いです」
「どうせ無人だろ」
伊坂は吐き捨てるように言った。
「本当に立ち入りを拒否する気なら、警備員でも駐在武官でも置いておけって話だ。完全撤退しておいて、土地だけ押さえるとか意味が分からん」
政治案件は、伊坂にとって最も厄介な障害だった。
もし知花基地サーバへ侵入していたナノマシンが、シュワブ側でも使用されていた場合、自分たちは最初から最後まで偽情報を丁寧に見せられた上で、“帰された”事になる。
誰が、何のために?
「知花のナノマシン騒ぎの件を考えると、電子装備は持ち込めない。今の暗視スコープも厳しいかもしれん」
「電子装備の無力化、或いは欺瞞情報の投影を心配されているのですか?」
「少なくとも、ドローン映像は信用できん」
伊坂は低く言った。
「もし相手が“見せたいものだけ見せてる”なら、今までの調査全部が無意味になる。UUVも、都合のいい情報だけになってるかもしれんな」