東京
首相官邸地下危機管理センター
「津堅島に異常!!」
上空からの偵察映像が、沖縄北西部に位置する一つの島を捉えた。
旧米軍の訓練場が残る無人島だが、今となっては何の変哲もない島だ。
無人が故に防衛優先順位が低く有人等防衛のために捨て置かれていたが、「奴ら」が上陸した瞬間に異様な現象が始まった。
「津堅島表面の組成が変化しています! ガラス……いや、結晶質の物体が侵食を始めています!」
衛星画像に映る地面は歪な結晶に覆われ始め、まるでアメーバのように大地を蝕んでいく。
無人島が幸いしたが、これが沖縄本島で行われれば____
人間が結晶の像になる未来が容易に予想できた。
道路、住宅地、学校、病院、そして逃げ惑う人々、立ち尽くした人々。
その全てが、あの結晶に侵食され置き換わる光景を。
その場にいた誰もが同じ想像をしてしまった。
誰も口には出さないが、脳裏には鮮明に浮かんでいた。
(岩手の事故をここで起こすつもりかッ!?)
「侵食速度は!?」
「解析中です! ですが衛星画像の比較から、上陸後わずか三分で半径100メートル以上へ拡大しています!」
「三分で……!?」
室内がざわめき、その事実に一種の恐怖心を植え付けられた。
延焼や津波のような災害ですらない、兎に角早すぎる。
まるで生物の増殖速度だ。
「組成分析は!?」
「採取サンプルがありません! 衛星観測のみです!」
「推定でもいい!」
「既存の鉱物データベースとの一致率は〇・二パーセント未満! 未知物質です!」
モニター上で、津堅島の海岸線がゆっくりと失われていく。
砂浜だった場所が白銀色の結晶へ変質する。
樹木は幹から結晶化し、葉は光を反射する板状構造へ置き換わっていた。
生態系そのものが書き換えられている。
そんな表現が最も近かった。
「生物反応は?」
「確認できません」
「動物は?」
「島内の鳥類を観測しましたが、侵食領域へ接触後、映像が途絶しています」
誰も続きは聞かなかった。
聞く必要がなかった。
仲原は黙ったまま映像を見つめていた。
あの沖縄北西海域を進む群体、そして津堅島、さらに名護上空へ向かった白銀の機体。
全てが一本の線で繋がっている気がした。
だが、その線の意味だけが分からない。
「総理、那覇基地のムラクモ隊が交戦を開始しました」
別のモニターへ映像が切り替わる。
海上、気持ち悪い位の晴天、そして「奴ら」の群れ。
だが仲原の視線は、その奥に映った白銀の機体へ向いていた。
翼のようなバインダーを広げながら飛行する、人類の技術体系から半歩外れた存在。
ガンダム_____22世紀の日本が抱え続けた最大の秘密。
そして今、その秘密が、人類の知らない災厄へ向かって飛んでいた。
______
「全機3点バースト3連用意!」
防衛大臣の口添えもあれば軽い事だろうが、予備機を借りこうして発進できたことに伊坂は本城に感謝した。
12機で構成された1個中隊が那覇基地を飛び出して5分、侵食に近い現象を受ける波堅島の情報を受け取っていた中隊は、各機に中遠距離からの銃撃戦を徹底する旨の指示が出された。
現時点で無機物有機物問わず侵食するこの未知の結晶は、ムラクモにとっても致命傷となり得る。
育成の難しいパイロットを失う訳にもいかず、手段を選んでいられない戦いになりうる可能性がある中でも「通常通りの戦闘」を展開する事となった。
『何で今まで探知できなかったんだよ!?』
『分からねぇ。日本海側での出現がメインだったのに北西から出るとか想定外なんだろ?!』
「つべこべ言うな!! 撃ち方用意! 撃て!」
ムラクモの実弾小銃が高カーボン鍛造弾を発射、3点バーストの3連射が「奴ら」の群れに飛び込み、その表面を砕いた。
だが砕いただけ、一射で仕留められていない。
『目標表面の損壊を確認! 超高ダーツ弾切替!』
ライフルの下部バレルに取り付けられたレールに回路が接続され、そのレールに挟まれた特殊弾頭が起動する。
とある事件で判明した「この敵」の構造は、細胞に近い物だった。
アクチュエータらしい部品も何もなく、コンピュータらしきものも無い。
ただし、装甲表面の組成と内部構造とは明らかに違う組成のパーツがあったのだ。
それが中枢____細胞核とも言える部分であり、初遭遇から数百回にも及ぶ戦闘で自衛隊が見つけている現状唯一の弱点だ。
『超高ダーツ弾、発射!』
ドンッ――!!
通常弾とは異なる重い反動。
射出された細長い金属杭が、露出した中枢へ突き刺さる。
次の瞬間、虫型個体の動きが止まった。
砕けるのではない、崩れるのでもない。
まるで糸を切られた操り人形のように、そのまま海へ落下した。
安心した、出現場所が違うなら別個体かと思ったが、どうやら弱点は据え置きの様だ。
「目標停止を確認」
『伊坂一佐! 県民の避難完了まで残り15分はかかるとの事でガガーーッ!!』
急な激しいノイズにヘルメットごとに耳を抑えた次の瞬間、紫の帯が群れに突き刺さり薙ぎ払っていった。
環境センサーには空気中分子の異常振動と、高周波ノイズの急激な上昇が記録されていた。
「なっ――!?」
伊坂の視界の端で、群れの一角が崩れ落ちる。
爆発ではない、貫通でもない。
結晶の外殻が一瞬だけ赤熱し、その直後に内部から泡立つように融解していた。
『熱源反応なし!?』
『何だ今の攻撃は!?』
『レーザーじゃないぞ! 実弾でもない!』
通信網が一気に騒がしくなる。
紫の帯は一秒にも満たない時間で敵群を横断し、その軌跡にいた個体をまとめて無力化__泡立たせて崩壊させた。
『上方に高エネルギー反応!』
誰かが叫び、伊坂は反射的に機体を上空へ向けた。
高度300メートル付近。
太陽を背にした白い影が浮かんでいる。
「……何だ、あれは」
白銀の機体。
翼のようなバインダー。
ムラクモと同規模の機体でありながら、その飛行姿勢は異様だった。
推力偏向ノズルも大出力スラスターも見当たらない。
それなのに空中へ殆ど静止している。
あり得ない、パイロットである伊坂だからこそ分かった。
あれは飛んでいるのではなく、浮いているのだ。
物理法則を無視したように、その場で浮いているのだ。
『識別信号なし!』
『IFF応答ありません!』
『所属不明機です!』
「所属不明だと……?」
伊坂の額に汗が滲む。
敵ではない、少なくとも今の一撃は敵を攻撃した。
敵なら先程の光は自分達を照らし、膨大な振動で崩壊させられていただろう。
だが味方でもない、あんな機体は自衛隊のデータベースに存在しない。
その時、また紫の光が迸った。
ブゥン――ッ!!
今度は伊坂にも見えた。
あれはSFとかでよく見るビームではない、空気そのものが震えながら灼けている。
それが海面を舐めるように走り、接触した結晶群を次々と崩壊させていく。
『対象群の活動停止を確認!』
『一撃で七体撃破!?』
『何なんだよあの兵器……!』
伊坂は息を呑んだ、人類は数百回の戦闘の中で弱点を見つけた。
三点バーストで装甲を割り超高ダーツ弾で中枢を撃ち抜く。
それがようやく辿り着いた対抗手段だった。
だがあの白銀の機体は違う。
まるで、最初から敵の構造を知っているかのように撃っている。
薙ぎ払うような、撃ち慣れていないような動きだが、少なくとも物理よりも圧倒的に効果的な武装を持っている。
そして、国家の隠し玉でも何でもない。
明らかに兵器らしい武骨で角張った見た目をしていないから、身内が造ったものでも何でもないだろう。
「所属不明機へ」
伊坂は通信回線を開いた。
「こちら戦略自衛隊第6機甲師団第2連隊連隊長、伊坂一佐。貴機の所属を示せ」
数秒の沈黙。
そして返ってきたのは、若い少女の声だった。
『あー……その、説明すると長いんだけど、民間人殺しはしないでね』
伊坂は思わず絶句した。
少女だった。
少なくとも声だけなら。
それも軍人ではない、そんな予感がした。
__________
「あー……その、説明すると長いんだけど、民間人殺しはしないでね」
『……女の、声?』
伊坂とか言うムラクモパイロットが通信を繋げてきた。
シルフが丁寧に通信解析してメーザーに散らされないようにしてくれたからクリアーだけど、クリア過ぎて困惑まで聞こえてくる。
……どう聞いても十代の女の子がMSに乗ってるなんて考えられないよね。
「政治官僚に聞いてみたら? 私はその辺の女子高生だった人で、今じゃ国家がガン見してる人だって言ってくれるよ」
[チャージ完了]
「全員どいて! 巻き込まれるよ!!」
[射線データを送信します。発射まで5秒]
『アレはまだ撃つな! 全機退避! 射線から離れろ!』
伊坂の怒号が通信回線に響いた。
『了解!』
『退避開始!』
ムラクモの1個中隊が一斉に散開する。
やっぱり軍人だ、何だかんだで状況判断が速い。
『退避完了を確認してから撃て! いいな!?』
「分かった!」
思わず返事をしてしまった。
分かってくれたのかもしれない、誰が敵で、誰が味方なのか。
少なくとも私は人類側で、自衛隊を撃つつもりなんてこれっぽっちもない。
……まあ。
今の私、本気で撃ったら自衛隊を殲滅できるかもしれない武器を持ってるんだけど。
それが余計に怖かった。
『いいぞ! 撃て!』
トリガーを引く。
ブゥン――ッ!!
紫色の帯が海面を薙いだ次の瞬間、海の一角が消えた。
正確にはそこにあった海水が、一瞬で白い蒸気へ変わったのだ。
その瞬間、シルフの音響センサーが轟音を__いや、爆発音ではなく猛烈な沸騰音をキャッチした。
数百メートル先の海面が白く染まり、巨大な蒸気柱となって空へ噴き上がる。
敵を巻き込んだ海域は泡立ちながら陥没し、その中心から立ち上る蒸気が上空で広がった。
キノコ雲。
そこまで大袈裟ではないが、歴史の教科書で見た水爆の写真を思い出すには十分だった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
敵は消えている___消えているけど。
押しちゃいけないボタンを押した、引いちゃいけない引き金を引いてたって感じがした。
『対象群の活動停止を確認』
シルフの報告が妙に遠く聞こえた。
「怖っ……」
自衛隊は装甲を割って、中枢を撃ち抜いて倒していた。
私は引き金を引いただけなのに、海ごと消し飛んでいる。
もしこれを街の上で撃ったら、もしこれを人の群れに向けたら、どうなるか容易に想像がつく。
想像しただけで背筋が寒くなった。
巻き上げられた海水の圧か何かで粉砕された破片が光ってる。
まるで綺麗な光景だった__それが数秒前まで敵だったことを忘れそうになるくらい。
吹っ飛ばされて蒸発しまくった海水が雨になっている。
大雨が降っている___気持ち悪い位の晴天を忘れそうになるくらいに。
観測器の筈だったシルフがこんな物を生み出している事に私は凍り付いている。
操縦桿が重い___観測器以前に、シルフは人類製ではない。
一度に複数破壊されても進行を止めない敵は進み続けている。
そうだ、敵はまだ諦めてくれない___諦める思考があるかだけど。
止まるなワタシ、フルパワーで撃つな、本当にヤバい。
パワーを絞っても十分倒せるんだ。
海に撃たなかったら多分気付くのが遅れてた。
陸に撃ってたら多分ドロドロに溶けるレベルですごい熱になると思うし、自分もヤバい事になってたと思う。
「シルフ! 撃墜時のデータ残ってるでしょ!? 最低限どれだけの出力で倒せるか計算して!」
[了解。メーザーライフル、待機モード。しかし武装はどうするのですか?]
「ナノクォーツ増殖で腕に付けるブレード造って! その場凌ぎにはなる! あとはッ!」
『所属不明機、発砲まだか?!』
「過剰威力過ぎる! 押させさえるからちょっと待って! それか武器あるなら頂戴!!」
無茶な要求だってのは分かってる。
民間人が__もう民間人じゃないけど、武器寄越せって言って自衛隊が大人しく渡すと思う?
こんな怪しいのを、信じるの?
『……所属不明機、聞こえるか』
伊坂の声が少しだけ低くなった。
さっきまでの警戒一辺倒じゃなくて、状況を見て判断しようとしてる声だった。
『今の攻撃で分かった。火力制限が必要なのは理解した』
「分かってくれる!?」
『だが、武器の受け渡しはできん』
ですよね期待してなかった。
自衛隊から見れば私は所属不明、機体も正体不明。
撃たれてないだけ奇跡だ。
『ただし近距離用の予備武装データは送れる。実物じゃない。仕様だけだ』
「仕様だけ?」
『その機体は自前で大抵のモノを作れるんだろう?』
一瞬、言葉に詰まった。
通信越しでも分かるくらい、伊坂は淡々としていた。
こっちがナノマシンで武器生成できるって見抜いてる。
いや、見抜いたというより、さっきのメーザー見て理解したんだ。
この白い機体は常識の外側だって。
だから現場判断で、情報だけ渡す。
「……分かった」
画面端に新しいウィンドウ。
武装データ。
高周波ブレードと簡易加速機構、近接防御用シールド展開パターン。
ムラクモの補助装備群だった。
「ありがと」
『勝手に死ぬな。ぶっ放して地上に被害を出したくないんだろう?』
少しだけ苦笑した。
軍人ってもっと固い返事するもんだと思ってたけど、案外、人間だった。
「シルフ、解析」
[受信完了。形状生成開始]
白銀の腕部装甲が微かに光る。
空気中へ薄く粒子が散り、ナノクォーツの自己形成が始まった。
手首外側に折り畳み式の長刃。
生成できた。
ブレードで巨大じゃない、必要最低限、名前の通りの補助兵装だ。
「よし」
ライフルのエネルギー表示を見た。
さっきの数割、いや、もっと下。
十分倒せる、十分壊せる、十分危険だ。
だから、よっぽどのことが無い限りはこれ以上上げない。
通信にノイズが走る。
一瞬だけ音が途切れて、その後、伊坂の声が戻ってきた。
『白いヤツ――いや、訂正だ。上から識別名が届いた』
私は目を細めた。
上から__つまり官邸か、防衛省か、情報統合側か。
伊坂は続けた。
『識別名、ガンダム』
空気が止まった気がした。
いや、止まったのは私の方か。
「……は?」
思わず声が漏れた。
『驚くな。俺も驚いてる』
通信越しに微かな笑いが混じる。
『どういう経緯でそうなったか知らん。だが現場呼称はそうなった。やっぱりそうだ。本城__防衛大臣と今の政府が隠してるのは、そのガンダムってやつだ』
ガンダム。
言葉だけ聞けば雑すぎる。
でも。
官邸で何かを見て、解析して、その名前を出した。
私はスクリーンの端に映る自分の機体を見た。
ムラクモとは似ても似つかぬその白銀の姿、兵器らしくない曲線主体のボディ、海を蒸発させるレベルのメーザーライフル、重力無視に近い機動を与えるバインダー。
どう考えても普通じゃないけど、政府がガンダムの名前を出したって事は、ガンダムを何かの方法で知ったのか__あるいは……
『来るぞ!』
「ッ!!」
咄嗟に身を捻ると上半身の合った空間を何かが飛んで行って海面に落ちた。
シルフがこれを見て解析してるけど、その正体はすぐに分かった。
「ナノクォーツ……おっさん! アレ地表に撃ち込まれたらヤバイ!」
『どうヤバいか簡潔に言え!』
「さっきの無人島と同じ事が起こる!!」
そう怒鳴ったらムラクモのおっさんが絶句して、私との回線をブチ切って僚機や基地との回線を開いて指示を出し始めた。
いま私達に足りないのは人手だ。
いや、人手っていうちょっとアバウトな言葉じゃなくて、武器が使える人だ。
MSとか戦闘ヘリとか、戦闘機とかドローンとか、陸海空戦略で動ける人だ。
『ガンダム! 勝手ですまんが君の機体位置を衛星でトレースさせてる。俺達は君の位置を常に把握できるし、そっちはそっちで勝手にトレースできるんだろう。常に互いの位置把握、射線被りを防げ! いいな?』
「はい!!」
[散布ナノマシン情報を用い、この空域のムラクモの位置情報をリアルタイムで取得。3次元マッピングを用い、纏をサポートします]
「よろしく!!」
……ぶっちゃけると、1歩間違えると戦場荒しになってしまうとこだった。
自衛隊VSナノクォーツのバケモノの構図が三つ巴になるとこだったけど、あの隊長さんが色々理解してくれて助かった。
あと、今思えば勢いの行動だったから結構迂闊だった。
戦線拡大待ったなしで、同じナノクォーツ製だから敵扱いされるかもしれなかった。
国外に出たらもっと慎重にならないと……
「あれ、これ……ホントに国外に行ける?」
[当初のプランは白紙になりましたね]
_______________
東京
首相官邸地下危機管理センター
「アレと同じなら、あの機体には熱核融合炉が確実に搭載されています」
「だからメーザー砲なんぞを撃てるのか。ムラクモ隊はどうだ?」
「沖縄県北西部海面上、海岸100㎞の地点です。ガンダムによる射撃で敵機の多数撃破を確認しています」
「超高ダーツ弾も使わずに、マイクロ波加熱1つで……」
「いえ、アレはそんな生易しい物ではありません」
分析官がモニターに表示したのは、観測衛星がとらえたメーザー砲発射時の温度分布図だった。
メーザーが通ったと思われるラインが白くくっきりと浮かび上がり、「マイクロ波観測カメラの上限」を振り切っている。
だがそれ以上に異常な部分がある。
「全く散乱していないんです。高エネルギーの収束は現在の技術では困難を極めます。例えば運動エネルギーやレーザーは必ずどこかでエネルギーの損失や散乱が起こりますが、あのガンダムはそれを起こしていません。発生させたマイクロ波を100%損失無しで射撃に余すことなく使ってるんです」
「やはりか……あの機体の系譜である事は間違いない。岩手に再度指示を。観測データを常にこちらに送るように。グラフ1本の変化すら見逃すな」
「分かりました」
仲原はそういうと瞑目し、あの事故を思い出した。
穀倉地帯にひっそりと建設されたあの施設、運び込まれた純白と赤のモビルスーツ、理解不能な操縦システム、兵器とは到底思えない程の設計思想とナノ素材。
そして、生きているかのように荒れ狂った結晶。
あの事故で、100名以上が結晶の像となった。
その生き残りであり、今は片手を機械に頼る仲原はその冷たい手をそっと撫でた。
「……航宙自衛隊に連絡。沖縄本島に航空艦を回せ」
「総理!?」
「時間がない。いざという時は沖縄を捨てる。関東の守りは外せん。中部方面隊から陸自師団借りて第15旅団の増援に回せ」
沖縄本島の放棄。
国家存続のためには避けられない選択肢だ。
だが、それは決して軽々しく口にしていい言葉ではない。
日本国の総理大臣だからこそ、誰かを見捨てる決断を、自らの口で告げなければならない。
「防衛大臣ッ!」
「はい!」
「首相命令だ。直ちに航宙自衛隊に、大和型航空艦の防衛出動を命ずる。中部方面隊から一個師団を抽出し沖縄第15旅団の応援に向かわせろ。最優先は避難民収容、その次に敵の排除だ」
________________
航宙自衛隊横須賀航空艦基地
第1航空艦泊地
「……了解しました。直ちに、発進準備に入ります」
『頼むぞ。第10師団の準備はこちらで連絡しておく。むさしは中部で第10師団を拾って追いかけさせる。やまとは先行だ』
「現在の沖縄の状況は?」
『既に、周辺の無人島への侵食が確認されている。動植物もお構いなしだ。それと、そちらに送った画像の未確認機体を、何とかして確保してもらいたい』
艦長____荒川元也1等
スラスターの光1つない挙動、マイクロ波を収束させて放つ大型ライフル、兵器にしてはひどく有機的な見た目、SFアニメの中からそのまま飛び出してきたかのような機体に、荒川は難しい顔をした。
「対象の機体名は?」
『ガンダム。現在は現地第15旅団のムラクモ隊と共闘しているが油断はするな。那覇基地CPからの報告では、民間人が乗っているそうだ』
荒川は思わず眉をひそめた。
「……民間人?」
『ああ。女子高校生だそうだ』
通信が一瞬だけ静まり返る。
敵味方どちらでもない。だが敵ではなく、言葉が通じるのなら、あの正体不明の群体より何百倍もましだ。
しかし_____あの異常な機体に乗っているのが、民間人。
その事実だけは、どうしても頭が追いつかなかった。
荒川はこめかみを押さえ、小さく息を吐いた。
「名目上は沖縄からの自力避難民の保護でよろしいですね?」
『苦しい話だがそうしてほしい。だが、ガンダムが我が国に対する敵対行動をとる場合は、分かっているな』
「……破壊も、辞さない」
『たとえ民間人が操縦しているとしても、軍事兵器並みの力を一個人が保有するのは危険すぎる。確保を最優先としろ。やむを得ない場合のみ、最終手段を許可する。私は陸総でモニターする。急ぎたまえ』
「了解しました」
通信が切れ、荒川は第1艦橋に投影される発進シークエンスの進捗を見つめた。
全長260メートル、基準排水量3万8,000トン。
一つの都市を賄える出力を誇る熱核融合炉を二基搭載した航空戦闘母艦。
人類が物理法則の延長線上で到達した空の頂点。
その艦名には、「
「主機熱核融合炉、発進出力を突破」
「浮揚補助システム、起動信号受信。リアクターより電力供給開始」
「イオンプラズマファン、起動準備」
「火器管制正常」
「艦載MS格納庫、異常なし」
「推進系統、異常なし」
「横須賀CPより発進許可下りました!」
「よし、錨上げェ!!」
艦首に鈍く光る鎖が巻き上げられ、引き上げられた大きな錨が艦首にガコンと固定された。
地震を留め置く物がすべてなくなると、やまとはゆっくりと泊地の岸壁から離れ始めた。
「取り舵五度、微速前進」
「取舵五度、微速前進!」
艦底部の電磁推進器が唸りを上げる。
呆れるほど大量の海水を吸い込み、強力な電磁場で加速させて艦尾から一気に噴射する。
プロペラという概念から脱却したその推進方式は、半世紀に及ぶ技術の積み重ねによって、今や三万八千トンの巨艦を滑るように動かすまでに進化していた。
「横須賀CPより、発進水路クリアとの報あり。浮上可能です」
「よぅし、主翼展開!」
「了解、トルクロック解除。展開アクチュエータ起動」
「左右主翼、同期展開開始」
それを知らぬ人が見れば、空母の甲板の様に見えるだろう。
だがこの航空艦___やまと型航空艦は違う。
水上航行から長大な主翼を広げることで、飛び上がる事ができるのだ。
姿こそ海面を翔ぶトビウオを思わせる。
だが、その飛翔は一瞬の滑空ではない。
3万8000トンの艦体を載せたまま、大空を巡航する。
やまと型航空艦____それは事実上の空飛ぶ要塞であり、この「地獄」を生き抜くために日本が築き上げた最大戦力だった。
折り紙のように折りたたまれていた黒いカーボン製の主翼が、ゆっくりと左右へ展開する。
次の瞬間、翼の後縁に並ぶ無数のスリットが青白く輝き、プラズマの尾が一直線に噴き出した。
大気を掴み、押し、持ち上げる。
揚力の発生と推進を一枚の翼で同時にこなす、やまと型航空艦最大の特徴だった。
「浮上可能揚力確保に成功、艦長、いけます」
「やまと発進! 目標、沖縄本島!!」