転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ   作:水色の山葵

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12「自覚」

 

 

『死霊の楽園:第五階層:中華風の城の中』

 

 そこには血色の悪い肌を持ち、顔に札を貼った『キョンシー』というモンスターが大量に生息(?)している。

 ここ数日の探索はずっとここに来ている。

 

 その理由は二つ。

 キョンシーの戦闘スタイルは俺に少し似ている。

 俺にはこいつらのような軽やかな動きはスキルなしじゃ到底無理だが、基本攻撃が殴る蹴るで構成されているこいつらの戦い方には学べる部分が多い。

 

 それと、キョンシーという種族には明確な弱点がある。

 顔に張り付けられたお札を剥がすと、反射速度から身体の使い方までキョンシーの動きは途端に悪くなる。

 あの札には脳機能を補助する効果でもあるんだろうか。

 

 とはいえ、キョンシーの札を剥がすことすら今の俺にはかなり難易度の高い話なんだけど……

 

「フォォォォォォォ!」

 

 笛のような音色の呼吸と共に、一体の女型のキョンシーが跳躍する。

 構えはライダーキックに近い直線だが、俺が回避すれば、着地と同時に逆立ちのような体勢になった挙句に回し蹴りを放ってくる。

 

「軟体動物かテメェ」

 

 腕を【鉄拳(アイアンフィスト)】で硬質化させて蹴りを受ける。

 女型は攻撃力だけならそこまででもないが、問題は……

 

「クソが、人のことサンドバッグ扱いしやがって!」

 

 俺の発想にはない動きが目の前で組み上がり、それに対応できたと思った次の瞬間にはさらなる想像以上の身体操作でガードを抜けられ、回避に追いつかれる。

 

「フッ、ホッ、ハッ、フォォ!」

「ガッ! っく! 痛っつ! あが!」

 

 しなやかな肉体から放たれる高速かつ読みにくい『連続攻撃』は、右フックかと思ったら組み付きながらの三日月蹴りに様変わりするし、踵落しかと思ってたらムーンサルトキックで顎を砕かれる。

 

「あとよォ、そのチャイナ服どうにかしろや。おおっぴろげに股開いて素足晒されると気が散るんだよ!」

「お兄様……」

「彩人……」

「ほら見ろ、召喚獣にまで残念な人見るみたいな目を向けられてんでしょうが。全部お前のせいだ! こんのっ!」

 

 【俊足(ステップ)】で加速しながらキョンシーに掴みかかるが、ひょいっと後ろに跳ばれるだけでいなされる。

 なんでだ……【闘気(バトルオーラ)】も使ってるから、速さだけなら俺の方が勝ってるはずなのに……

 

「スキルに頼り過ぎじゃ。速度で勝るだけで勝てるなら闘牛士という存在は成立せぬ。肉体の向き、予備動作、相手の思考、それを読み切れば相手の動きの先は見える。今のお主の攻撃なら、儂なら目を瞑っていても避けられるぞ」

 

 爺ちゃんと極美は俺の戦闘(タイマン)には参加していない。

 

 キョンシーはリビングアーマーやミイラに比べて数が少ない。

 だから爺ちゃんと極美に周囲のキョンシーを間引いてもらえば、一対一を成立させられる。

 

 多分、爺ちゃんに護ってもらえればキョンシーを退けて進むことも不可能ではないだろう。

 けど俺は、それを俺が強くなったとは認められない。

 俺が理想とする俺になるためには、俺一人でこいつを倒せるようになる必要がある。

 

「はぁ……」

 

 今までの身体能力任せの『怪物』共が相手なら、狂気と気合で勝り、相打ち覚悟で挑めばダメージを与えられた。

 けれど、武を修め、俺の攻撃に冷静で的確な対処をしてくるこういう手合いには沸騰した直線的な思考なんて手玉に取りやすいものでしかない。

 

 じゃあ俺も冷静になって、相手を分析して、正解となる身体動作を心がければいいのか?

 

 爺さんに修行を始めてもらって一週間も経ってない俺が?

 その土俵でこいつらに勝てるわけがねぇ。

 

「普通じゃ勝てねぇなら、普通じゃねぇことをするだけだ」

 

 全力、全開、全霊……

 

 覚悟キメろ。

 

「ふぅ……」

 

 俺は自分の右手で左腕を掴む。

 

「【闘気(バトルオーラ)】【鉄拳(アイアンフィスト)】」

 

 改めてスキルを発動させるが、力を込めるのは右腕だけに限定する。

 

 ギチギチギチ、ミチミチミチ、と俺の左腕から肉の切れる音が鳴る。

 

「っらぁぁぁああああああああああ!」

 

 【傷至戦蛮(ダメイジングパワー)】は傷が深いほど身体能力が向上する。

 腕一本千切れれば、その強化量は一気に最大へと跳ね上がる。

 

 自分で自分の腕を引き千切るなんてあり得ねぇと思ってたが……やりゃぁできるモンだな……

 クソ痛ぇし……死ぬほど血が出てるが……

 

「血色悪そうだからよォ、俺の血ィくれてやるよ!」

 

 引き千切った腕をキョンシーに向けて投げつける。死体と言えど、さすがにこんなモンいきなり投げつけられれば意識はそっちに向くだろ?

 

 そのまま俺自身は【闘気(バトルオーラ)】と【俊足(ステップ)】に【傷至戦蛮(ダメイジングパワー)】を発動させてその腕を追うように走る。

 

「フォ!?」

 

 いきなり最大値(フルスロットル)になった【傷至戦蛮(ダメイジングパワー)】込みの全力疾走だ。

 今までの俺とじゃ速度の次元が違う。

 

 しかもキョンシーの動きが硬い。【狂戦士(バーサーカー)】のレベル10で獲得した【現実的恐怖(テラーインパイア)】は、俺に対して恐怖を抱いた存在の動きを恐怖の量に応じて鈍くする。

 

「死体でもビビるって機能は残ってんだなァ!?」

 

 投げつけられた俺の腕を避けたキョンシーに右ストレートを放てば、今まで絶対に命中しなかった俺の拳がその頬を捉えた。

 

「【減速の刻印(スロウマーク)】!」

 

 それは三次職である【呪術師】に転職したことで獲得したスキル。接触した相手に刻む呪いの印。

 

 その刻印を刻まれた存在は、あらゆる動きを一割ほど低減される。

 時間そのものを操っているらしく、身体不全は起こらないようだが、それでもさらに速度の差は開く。

 

「【連打撃(インパクトラッシュ)】!」

 

 二発目を放つと同時に【殴打士(ナックラー)】のレベル20スキルが発動する。

 連続で同じ対象に打撃を叩き込むごとに、その威力が向上する。

 

 女を殴るってのは気分のイイ話じゃねェが、まぁ……敵は敵だ。

 

 刻印を二つ三つ付けられれば話は簡単なんだろうが、生憎【減速の刻印(スロウマーク)】は同じ対象に一つまでしか付けられない。

 

「もう逃がさねェ」

 

 キョンシーの顔面に向かって何度も拳を振り抜く。

 札が破け、動きはさらに鈍化し、普通の女くらいまで弱体化したそれの頭蓋を砕く感覚が拳に伝わって来た。

 

 そのまま馬乗りになって計二十発程度の拳を叩き込んだ後、キョンシーの肉体は消失を始める。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 キョンシーの身体は今まで戦ってきたどんな魔獣よりも人間に近い。

 骨だけでもなく、腐っているわけでもなく、死体ではあるが温度がないということを除けば姿はほとんど人間と同じ。

 

 俺は、その頭蓋を砕いた……

 

「ははっ……」

 

 乾いた笑いが口から洩れた。

 拳はずっと震えている。膝が笑って、俺はその場に尻餅を付いた。

 頭を満たしていた熱が急速に冷めていく。

 

「ようやった。案ずるな、お主は化け物ではない。お主は戦う相手を選択できる、れっきとした人間だ。大丈夫、大丈夫じゃ」

 

 爺ちゃんはそう言って、極美はなにも言わず、駆け寄って来て……二人は俺が落ち着くまでしゃがんで俺と同じ目線でいてくれた。

 

 

 止血可能な【回魔(ヒール)】のスキルがあっても、さすがに腕がない状態でキョンシーと戦うことは無謀という他なく、その日の探索はそこで引き返した。

 

 

 キョンシーを単独で倒せた喜びと、人に近い存在を殴り殺した罪悪感のようなものが同居したなんとも言い難い感覚は、自室の布団の上で目を閉じても尚、俺を中々寝かせてはくれなかった。

 

 今まで化け物には遭遇してきた。

 けど、あいつらは二足歩行ではあったけれど、その姿は明瞭に人間とはかけ離れていた。

 

 強いヤツも気持ち悪いヤツもいたし、不快極まる殺され方も何度もした。

 刺殺。斬殺。焼死。圧死。嬲り殺し。食われたし、引き裂かれたし、身体の中に大量の虫が入って来たこともあった。

 

 けど、そういう気持ち悪さとは別種の、よくわからない恐怖が俺の頭に湧いている。

 

 殺される恐怖じゃなく、殺す恐怖か……

 これもきっと俺が克服するべき感情なのだろう。

 とはいえ簡単な解決方法なんてあるわけもない。

 

「慣れるまで通うしかない……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 まったく慣れない。

 何度戦っても、何度倒しても、まったく恐怖が薄まらない。

 相手を殴る感触が気持ち悪い。

 洗っても洗ってもその肉片や血のようなものが手についているような気になる。

 

 

 けれど、そんな感情とは裏腹に、俺の身体はキョンシーの動きに慣れていく。

 爺ちゃんとの修行によって身体操作の基礎を学び、キョンシーとの実戦でそれをアウトプットする。

 それは極めて高い効果を発揮していた。

 

 回避できる攻撃が増えていく。命中する攻撃が増えていく。

 【転職(クラスチェンジ)】を繰り返したことによる膨大なマナがあれば、何度も【回魔(ヒール)】を使って継続的に戦闘ができる。

 

 一日に俺単独で倒せるキョンシーの数も増えていった。

 

 少しずつではあるが、俺の動きがよくなっていっていることが自分でもわかる。

 

 わかる。分かる。理解(わか)るんだ……

 武を知れば知るほど、キョンシーの動きが理想的な計算された動きだってことが理解できてくる。

 そしてその理解は、彼らの動きが極めて『人間的』だという事実に帰結する。

 

 極美にも生前の記憶があった。

 こいつらにはないと思う方が不自然だ。

 

 俺は、人間だったモノを殺しているのか……?

 

 

 そんな生活が一カ月ほど続き、家で夕食を摂っている時、爺ちゃんは唐突に口を開いた。

 

「彩人、お主はもう探索者をやめろ」

「は?」

「もしくは挑むダンジョンを変えるか、ゾンビやスケルトンだけを倒して生活費を稼げ。それでも十分に生きていけるはずだ。そもそもお主はすでに目的を達成している」

「目的を達成してる? どういう意味だよ爺ちゃん」

「地位や力に臆さぬ精神と力の保有。それがお主の目的だったはずだ。お主の固有スキルはダンジョン外でも有用で、それを使えば生活に必要な金銭を稼ぐことも難しくはないだろう。卓越とは言い難くも、お主は戦う力を手に入れている。今の武力でも人間相手の喧嘩程度には困るまい」

 

 そういやそっか……

 俺がダンジョンに来ようと思ったのは、情けない自分を変えたかったからだ。

 決して、人を殺せるような精神性を獲得したかったわけじゃない。

 

 自信のない自分を、なにもできない自分を、情けない自分を――変えたかった。

 

「けど爺ちゃんは俺に超えて欲しいって言ってたじゃん」

「それは儂の願いじゃ。だが儂はお主に好きなように生きよとも言った。儂はお主の手伝いはするが、その人生、その選択に責任を持つことはできない。それに、超えて欲しかったのは、お主の心がすさんでいるように見えたからだ。それが解決したのならば最早儂を超える必要はない」

 

 味噌汁を飲み干し、焼き鮭を平らげた爺ちゃんは箸をおいて手を合わせる。

 

「ご馳走様。彩人……喧嘩に勝つことが、相手を殺すことが強さのすべてではないように、儂はすでにお主に弱さを感じない。今のお主ならこれから先の人生も歩んで行ける。じゃから、少し考えてみてくれ」

 

 そう言い残して、爺ちゃんはカードの中に戻っていった。

 召喚獣はモンスターカードに触れることで、俺の『送還』の合図がなくても実体化を解除できる。

 

「お兄様、私からも少しよろしいでしょうか?」

 

 召喚獣は食事を摂る必要はない。

 爺ちゃんは娯楽として食ってるだけだ。

 極美に関してはレイスになったことで物理的な干渉力を無くしたから、食事をしよう思っても飲み食いすることはできない。

 

 けど、俺と爺ちゃんだけで食ってるのもなんとなく悪い気がしたから、家で食事を摂る時は極美も召喚して、今日明日のダンジョン探索について雑談するのが日課になっていた。

 

 だけど、極美は基本的に返事しかしない。

 こうして自分から話始めるのは結構珍しい。

 

「お前から話始めるのは珍しいな、どうした?」

「私は召喚獣になる前は『スケルトン』としてダンジョンにいたわけですが、そのさらに前には人間でした」

「あぁ、それは聞いたな」

「とはいえ、私が好き好んでスケルトンになったわけではございません」

 

 まぁ、あんな生きてるか死んでるのかもよくわからん、多分意志もほとんどない骨に成り下がりたいなんて思うヤツは中々に少数だろう。

 

「死んだ瞬間のことはあまり覚えていませんが、その直前の記憶では私はお兄様と同じようにダンジョンに入った記憶があります」

「生前は探索者だったのか……?」

「おそらく私が生きていたのは今より数十年前で、まだその職業名は存在しませんでしたが今風に言うのであればそういうことになるのでしょう」

 

 ダンジョン探索者が、アンデッドとしてダンジョンの魔獣になっていた?

 いやいや、ダンジョンで人は死なないはずだ。

 死んでも魔法陣で生き返る。俺の身体が証拠だ。

 

 じゃあダンジョンの外で死んだ?

 けど、だったらなんでダンジョンの魔獣になってる?

 

 よくわかんねぇ。

 つーか極美は結局なにを言いたいんだ?

 

「お兄様、お兄様がもし『死霊の楽園』のアンデッドを成仏(ころ)すことに罪悪感を抱いていらっしゃるのであれば、それは大きな間違い、勘違いです」

 

 なにかを思い出したような悲しそうな表情で、けれど少しだけ微笑んで、

 

「スケルトンだったころ、私に自我はなく、けれど意識だけは存在しました。自由はなく、ただ侵入者を殺すための装置のごとく私は迷宮に囚われ続けていた。少なくとも私はずっと誰かに終わらせて欲しいと願っておりました」

 

 極美が俺の手に自分の半透明な手を重ねる。

 

「たとえ私がお兄様に頭蓋を砕かれたとしても、骨を折り、肉体をバラバラにされたとしても、私はきっとお兄様に感謝しながら逝ったでしょう。他のアンデッドも同様だと思います」

「お前の推測が全部当たってたとしても、俺みたいな【召喚士(サモナー)】に使役される道もあるはずだ。アンデッドを殺すってことは、その可能性を断つってことじゃないのか?」

「召喚獣になる道が絶たれることなんて些細なことです。あそこでずっと過ごすことに比べれば……」

 

 俺の顔を覗き込み、嘆願するように言葉を終えた極美は、自分が重ねていた手を見つめ、恥ずかしがるようにひっこめた。

 

「と、とは言っても私はただアンデッドは終わりを望んでいるということを伝えたかっただけ。これからの人生をどう過ごされるかはお兄様が自らお決めになることです。私の伝えたいことは以上でございます」

 

 そう言って極美もカードに戻っていった。

 

 

「二人共自分の言いたいことばっか言って行きやがって……結局俺にどうして欲しいんだよ……いや、だから「好きにしろ」って言ってくれてんだよな……」

 

 

 一人になった部屋でそう呟きながら、俺は焼き鮭を口に運ぶ。

 もう冷めてるじゃん……

 

 

 なんのために俺は戦っているのか。

 なんのために俺はダンジョンに行くのか……

 

「俺は……」

 

 現実から逃げた。不幸とか、不運とか、自虐的な思い込みを重ねて、俺は現実に生きることを辛く感じていた。

 

 だから異世界とも呼べるダンジョンに逃げたんだ。

 

 けどもう逃げる必要はない。

 俺はきっともう現実で戦っていける。

 

 それでも、この後ろ髪を引かれるような思いを抱いているのは……

 

「そっか、俺はダンジョンって場所を……」

 

 死ぬことも、殺されることも、挑戦することも、乗り越えることも、未知を既知に変えることを……

 

「心底楽しいって思ってんだな」

 

 自分の心を自覚すれば、俺の感情はそんな極めてシンプルなものだった。

 

 だから俺は爺ちゃんに言われるまで、探索を止めるって選択肢を思い付きもしなかったんだ。

 

「じゃあ今度は逃げる場所じゃなく、挑み楽しむ場所として、ダンジョンに行こう」

 

 心を自覚し、言葉にし、それは行動に転じる。

 

 

 俺は今日もダンジョンに向かう。

 

 

 まだ人とほとんど変わらないモンスターを殺すのは少し怖い。

 

 けど、極美の言ったことが本当なのか……

 

 死霊(あいつら)の中にある魂が消滅を望んでいるのかを確かめたい。

 そしてもしその通りだった時は、人型でも関係ない。

 

 

 全員、俺が殺してやるよ。

 

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