転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
腹に穴を開け雷撃で焼け焦げたキョンシーが、目の前で消滅していく。
何度やっても、その光景を見ると少し指が震える。
それでも俺は相手にキョンシーを選ぶ。
武術的な技術向上の狙いがあるってことは今も変わらない。
けどそれ以上に、このダンジョンに巣くう死霊に極美と同じような意志があるのだとしたら、その姿が人とかけ離れているかは関係ない。
今までも、何百何千と俺は人としての意識を持つ存在を倒して来たと、そう自覚する必要がある。
別にそれ自体を後悔しているわけじゃない。
モンスターは問答無用で襲い掛かってくるわけで、それに対抗するために暴力を使うのは自己防衛の範疇だ。
どうせ俺がやらなくてもダンジョンの魔獣を間引いて、ダンジョンの魔獣が外に出てこないようにする必要があるんだから他の誰かが……国営の『ダンジョン管理委員会』とかがアンデッドを始末することになる。
問題は……なんでアンデッドが生きていたころの記憶と意識を持っているのかだ。
なんか理由があるなら知りたいし、解決できるならしてやりたい。
そして、その答えはきっとダンジョンの奥にしかない。
「つってもまぁ、こんな思考になるぐらいなんだからダンジョンに初めて入った時に比べれば余裕が出て来てるんだろうな……」
小さくそう呟いていると次のキョンシーが廊下の先から現れる。
俺は【
いわく「刀はすぐ折るじゃろうからダメじゃ」ということで、俺に与えられたのは西洋風の直剣だった。
剣なんてほとんど使ったことはなかったけど、爺ちゃんとの修行で多少は使い方を覚えて来たつもりだ。
刀と剣じゃ使用感は大分違うらしいけど、俺くらいの熟練度じゃ重さと重心の位置くらいしか違いはわからない。
それと、【呪術師】のレベルが上がったことで習得したスキルを発動させる。
「【
刻印を付けた相手の速度……というか肉体の時間そのものを意識を含めて一割ほど加速させる。
多分『寿命』を削ってるから連発はしたくないけど【
それに、今まで産廃だったこのスキルも意味を持つ――
「【
向上した身体能力に任せて突っ込み、武器にマナを込めることで斬撃性能や破壊力を強化するスキルを込めた剣を上段から振り下ろした……が……
「えっ」
キョンシーは俺の斬撃を身体を捻っていなし、剣を踏みつけ足場とし、そのまま俺の顔面に膝蹴りが見舞われ、痛みと衝撃で目を閉じたその一瞬でキョンシーの足裏が俺の鳩尾に突き刺さって身体を浮かし、数メートル吹き飛ばされた。
「カハッ……」
やば、息できねぇ……
それに剣落したし。
キョンシーが迫ってくる。
どうすればいい?
スキルを使う? どれを? 頭回んねぇ。酸素が足りない。
加速した意識の中であっても、思考が纏まらない。
防御系のスキル……クソ、もうキョンシーが目の前まで迫ってる、間に合わ――
「【
俺の鼻先に現れた光を纏う半透明の壁に、キョンシーが突き出した爪先がメリ込む。
音も殺気もなく、そのキョンシーの背後に横から跳んで来た爺ちゃんは通り過ぎ様にその首を刎ね飛ばした。
「【
後追いのスキル詠唱。
べちょり、とキョンシーの断面から溢れた血液が【
同じスキルを使っているはずなのに、俺とは攻撃のなめらかさがまるで違う。
「まだまだじゃな」
「実戦は初めてなのですから仕方のないことでございます」
「爺ちゃんの孫なのに、俺って才能ないのかな?」
「儂は才能というものを意識して研鑽したことはないから知らぬ」
「そういうモン?」
「己の才能を全うするために人生が存在するわけではないからな」
なるほどね……
まぁ、向いてるからってその道に進まなきゃいけないってことにはならないか。
「それにしても、本当にダンジョン攻略を続けるのだな?」
「あぁ、俺がそう決めたんだ」
「では儂から言うことはなにもないが、理由を聞いてもよいか?」
「このダンジョンにいる『アンデッド』って存在がどういうものなのか知りたいんだ。もし極美みたいに全員に意識があって、消滅を望んでるんだとしたら……」
「……だとしたら?」
「このダンジョンは、俺が【攻略】する」
俺がそう言うと、爺ちゃんは「ハッ」と、吐き捨てるように笑った。
ダンジョンには『攻略』という概念がある。
最深階層に到達し、『正規出口となる魔法陣』から脱出することでダンジョンは消滅する。
しかし、この世界には数百万個のダンジョンが存在しているが、ダンジョン発生して五十年経つ現在でも『攻略』されたダンジョンは千に及ばない。
現在も地球上のダンジョンの総数は増え続けていて、地表すべてがダンジョン発生にともなう魔法陣と神殿で埋め尽くされるという終末論を語る学者もいる。
だから『ダンジョン攻略』は国家に推奨された行為で、勝手にやっても咎められることはない。
「他者の……しかも自分を何度も殺した存在を憂いて偉業に挑むと? 正気か?」
「正気だよ。俺はこのダンジョンに感謝してる。俺を強くしてくれたアンデッドたちにも感謝してる。攻略がその返礼になるならそうしてやりたい」
ほとんど無尽蔵に湧いてくるこのダンジョン内のアンデッド全部を倒すなんてことは、きっと俺の生涯を捧げても不可能だ。
だけど、『攻略』なら可能性はある。
「然様か……ヒヒッ……」
爺ちゃんは、生きてる時から変わんない。
俺にはあんまり干渉してこなかったし、そもそも人と関わることを避けていたように思う。
普段は印象が悪いからと控えているのに、本当に嬉しい時にはクセのように出てくるその『引き笑い』も生前とまったく同じだ。
まぁ、なにが面白いのか俺にはよくわからないけど。
今日の探索にはデスペナや日銭を稼ぐ目的もあるから、二人には俺の負けが確定したら助けてくれって言ってある。
そのお陰でいつもよりずっと奥に進むことができた。
城の最奥には巨大な扉があった。外観から考えるに、城が混ざった中央地点に向かうための扉なのだろう。
そして、その扉の前には少し豪華な装いのキョンシーが一体立っていた。
「少し下がっておれ、
俺と極美を手で制し、爺ちゃんはそいつに向かって一人で歩いていく。
◆
彩人は……儂の孫は、やはり儂の孫だった。
いや、
他者のためを想った結果。金と女を失って、絶望を更新するという荒業で失意の中から復活を遂げた。
そこまでならただの阿呆じゃ。
じゃが、そんな失墜を知っていながら、それでもまだ他者のために……しかも今度は『死霊』などという己を殺し尽くした相手のために……探索者すら嫌悪する者共のために行動しようとしている。
もしかしたら、世界で一番の阿呆かもしれん。
その精神性はこのダンジョンに初めて入った時から根本的にはなにも変わっておらん。
同じ失敗をきっとお主は生涯に渡って繰り返すのであろう。
じゃが、今のお主にはそれを失敗にせぬような力がある。
たとえまた失敗しても、それを糧にして自分を高められる心がある。
死人たる儂は知っている。金も女も些細なことだ。
人生とは、最終的に『手前の行動に手前が満足できるか』だ。
なれば儂は、お主の愚かさを肯定しよう。
その愚行が成功に書き換わるまで刃を振るってやる。
「爺ちゃん?」
亜空間を開くスキルの鞘より手製の刀を呼び出す儂を、彩人は不安気に呼んだ。
「なんじゃ?」
彩人のスキルの影響で儂には多くのスキルがあるが、やはり儂の根底にあるのは『固有スキル』である【危機察知】だ。
儂に被害をもたらす存在を第六感のようなもので知覚できる。
それにはその存在の『強さの観測』も含まれる。
目の前にいるソレは、今までの死霊共とは明確に格が違う。
「爺ちゃん、もしかして一人で戦おうとしてんのか? けど爺ちゃんはロストしたらもう復活できないんだぞ!?」
「黙っておれ。お主を手伝うとは言ったが、願いの叶え方は儂が決める。それにお主との退屈な修練ばかりでは腕が鈍る」
「じゃあ俺も一緒に戦うよ」
「笑わせるな、お主が死ねば儂は強制的に送還されてしまうじゃろうが。それともお主を護りながら戦えとでも? お主の参戦は儂にとっては邪魔でしかない。黙ってそこで見ておれ」
「うっ、悔しいけどぐうの音もでねぇ……わかったよ。けどヤバそうだったら『送還』するからな」
「さて、そのような暇があるかのう……」
儂は彩人との会話の最中もソレから一切視線を離さず、観察を続けていた。
見た目は他のキョンシー共とあまり変化はない。
衣装が少し凝ったものに変わっていることくらいだろう。
それと、儂が見る限り、このキョンシーの肉体には性別が存在しない。
男と女の身体、その丁度中間のような肉体を有している。
「無性か両性か……何者か知らんが、そんな人型と戦ったことはないのう」
まぁ、祖父として彩人を手伝うという思いに嘘はないが……それ以上に……
一介の剣士として、無性に貴様を斬ってみたい。
――モンスター【