転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ   作:水色の山葵

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14「八つ裂き」

 

 死斑の沈殿も終わっていそうな青白い肉体を持った『殭屍導師(マスターキョンシー)』はその場で軽く飛ぶ。

 

 こつん、と靴底が地面に付いた音が儂の耳から抜けきるより早く、その姿は儂の目の前にあった。

 

「速いな」

 

 呟きと共に、構えた刀に加える力を強める。

 その刀は今、儂の心臓を狙っていた殭屍導師(マスターキョンシー)の爪を受け止めている。

 

「【闘気(バトルオーラ)】【敵視(タウント)】【体感加速(セツナビジョン)】【不介在の構え(デュエルスタンス)】」

 

 身体能力向上。攻撃対象限定。神経強化。一対一補正。

 オンオフ型の強化スキルを一斉に発動させる。それと彩人の【死霊能力向上(アンデッドブースト)】も発動している。

 とはいえ、これでもようやく身体能力は五分と言ったところだろう。

 

 そして次に、敵の弱みを見つけ出す。

 

「【急所解析(クリティカルインサイト)】」

 

 敵を観察すれば、顔の札と頭部が赤い光りを纏っているのが見える。

 彩人のお陰で儂は多くのスキルを手に入れた。

 もしもこのスキル群があったならば、儂は探索者として限界を感じることもなく、引退を決意することもなかったであろう。

 

 それほどまでに、彩人の固有スキルは強力無比だ。

 

「ホワッ!」

「【斬撃(スラッシュ)】」

 

 殭屍導師(マスターキョンシー)は爪を刀から離し、ローキックを放ってくるが、儂は足を一歩前に出しながらそれを受け、刃を振るう。

 打撃の基本的な理屈は推進力による威力の上昇だ。なら速度を得る前の段階で当てさせてやれば、威力のほとんどは死ぬ。

 

 儂の斬撃はヤツの爪で受けられるが、体感速度を加速させ反応速度を十倍まで拡張する【体感加速(セツナビジョン)】と今までの経験があれば相手の動きから次の動きを予測できる。

 ガードされたと確信を得た瞬間には、刃の進行方向を曲げ、首から腹へ狙いを変える。

 

 だが敵の動きも中々のもので、儂が軌道を変化させたことを見るや一歩下がることで刃を回避する――

 

「【飛翔斬撃(アークスラッシュ)】」

「ホッ……?」

 

 が、【侍】のスキルである【飛翔斬撃(アークスラッシュ)】は斬撃の範囲を拡張する。

 このスキルは剣の振りが速いほど魔力の刃の飛翔距離が伸び、発射速度も上がる。

 

 要するに剣速がイコールで射程になる。

 今の斬撃はフェイントを込めていた分、斬撃の拡張性はそれほどでもなかったが、五メートル程度は飛んだ。

 

 殭屍導師(マスターキョンシー)の腹に大きな一文字が描かれるが、そう多くの血は飛び散らない。

 何度もキョンシーを倒したことでわかったことだが、此奴(こやつ)らは死斑はありそうだが、身体を動かしているお陰が血液の溜まる部分が一定ではない。

 

 一気に血を噴き出す部位もあれば、まったく血がでない箇所もある。

 個体ごとに違うのは、使っている武術に微妙に差があるからだ。流派が異なるのだろう。

 

 キョンシーが使う武術に差があるというのは、極美嬢が言っていたという死霊の中に意識が残っているという話を裏付けているようにも思える。

 

「まぁ、儂にとっては知ったことではない」

 

 相手の意識など、ない方が不自然だ。

 モンスターも人間も動物も誰もが意志を持っている。

 人間は他の生物に比べて多少それが複雑なだけだ。

 

 意識があるから殺せないのなら、あらゆる生き物を殺してはいけないということになる。

 植物にも意識はあるとされる論もあるし、もしそれらすべてを殺傷してはならないという法を厳守したならばこの世の生物は全滅する。

 

 なれば、他者の命を奪わないことの方が『不自然』と言える。

 

 それが自然。それは生命。それが真理。

 

 そして、それは自分の命もまた天秤の上にあるということだ。

 

 故に――

 

「儂は貴様を斬り殺すことに一端の躊躇もないぞ。【炎弾(フレイムバレット)】」

 

 掌の上に炎の塊が浮かび上がり、それが胸から血を流す殭屍導師(マスターキョンシー)へ向かって飛翔する。

 儂は火球を目隠しに【俊足(ステップ)】を使って接近する。

 

 が、儂が放った炎の塊は唐突に進行方向を百八十度回転させる。

 

「ッチ……」

 

 舌打ちと共に発動させた【八艘跳び】のスキルによって跳躍したことで、反転した火球は儂の足下を抜けていく。

 そのまま空を蹴り、敵の右側へ回り込む。儂の身体を視線に収めるように身体の向きを回す殭屍導師(マスターキョンシー)へ、さらに【炎弾(フレイムバレット)】を二発放つ。

 

 今度は横移動中であるがゆえに、反転しても儂には跳ね返ってこない。

 それに、火球が前にないからヤツがなにをしたのか観察することができる。

 

「ハァ……ポッ!」

 

 頬が膨れるほどに大きく息を吸い込んだヤツは、空気砲のごとくにそれを火球に向けて放つ。

 炎の塊に密度の高い空気がぶつかっている。儂の火球より、ヤツの風の弾の方が指向性が強い。

 

 火の球と風の球が混ざり、燃焼力が強化された挙句に跳ね返されているわけだ。

 

 しかもそれは、決して儂の遠距離攻撃を封じるための技ではない。

 それは、単純に不可視の遠距離攻撃としての性能を有している。

 

 放たれた空気砲は視覚での察知の難易度が高く、呼吸と同じリズムで発射できるから数も多い。すべてを回避するのは至難の業だ。

 

 まぁ、【危機察知】がなければの話だが……

 

 それに儂には【八艘跳び】もある。これは足裏が触れている空気の密度を刹那的に凝縮し足場にする異能だ。

 連続発動回数は八回で、地面に着地することでその回数はリセットされる。

 

 このスキルがあれば、どれだけ数が多く、儂の回避先を予測するように放たれたとしても進行方向の切り返しで問題なく回避できる。

 いくつもの空気砲が、儂の後方にある城の壁を抉っているのが見えた。破壊力もそれなりのようだ。

 

 しかし、【危機察知】による回避を続けていれば儂の目も慣れてくる。

 密度の高い空気の弾丸と通常の空気の境目に光の屈折率の差で発生するゆらぎ。

 

 つまり、相手の空気の弾丸が肉眼で観測できるようになる。

 そうなれば、もはやその弾に意味はない。

 

「貴様のそれは身体能力ではなく、スキルだな」

 

 口内で造った空気の球で石器や木材を抉るような威力を出せるはずがない。

 そして、スキルであるのならば儂のこのスキルが刺さる。

 

「【魔断(リジェクション)】」

 

 それは魔力を断つ性質を斬撃に付与する【剣豪】のクラススキル。

 儂の一刀は、相手の魔法を切り裂くに至る。

 

 放った空気の球を切り裂かれたことに驚くように後退った殭屍導師(マスターキョンシー)へ【八艘跳び】を使って一気に距離を詰める。

 その間に放たれた空気の球をすべて斬り伏せながら、【八艘跳び】の速度を込めた刀を、殭屍導師(マスターキョンシー)の額を勝ち割るべく振り上げた。

 

 ガキン!

 

 だがしかし、儂の刀は石の『斧』に受け止められる。

 

「……その武器、一体どこから取り出した?」

 

 疑問の解消は一瞬だった。

 殭屍導師(マスターキョンシー)の足下の地面が円形に抉れている。

 

「なるほどのう、【武具作成(クラフトアームズ)】に近いスキルか……」

 

 周囲の材料を変形させ、武器の形を造り出す。

 

「じゃが、貴様の得意は格闘術であろう?」

 

 武芸百般という言葉もあるが、それは所詮精神的な教えだ。

 相手を殺すことが目的ならそれが可能な方法を一つ持てばいい。

 一つの武器を誰でも殺せる武器に仕上げるべきだ。

 

 無論、他の武術とそれが精通することもあるだろう。

 だが、磨くものは次第に限定されていく。

 武の道は険しく遠く、多くのものを並行的に修めるには『人生』ではあまりにも時間が足りない。

 

 そして此奴の……殭屍導師(マスターキョンシー)の最も得意な動きは格闘術だ。斧術の使い手の動きではまったくなかった。

 

 であれば、今更そんな二番目の武器を持って、そこからどうするというのだ?

 

「【斬撃(スラッシュ)】」

 

 攻める。今までより数段劣るその武器を手にした貴様に、儂は脅威を感じな――

 

「ホッ!!」

 

 殭屍導師(マスターキョンシー)が斧を振り上げた瞬間、【危機察知】がこの戦いで最大限の警戒を伝えてきた。

 儂はその感覚に従ってその場から飛び退く。

 

 瞬間、斧が叩きつけられた地面が一気に割れる。

 

 なんじゃこの威力……

 それに、今の動きは今までとはまるで……

 

 そんなことを考えている間にも、殭屍導師(マスターキョンシー)は奇妙な行動を続ける。

 斧をその場に捨てながら右手で地面に触れると同時に、地面の石材が三節棍に形を変える。

 

「なるほどのう、その性質故に、貴様には性別がないわけか……」

 

 すべて理解した。この殭屍導師(マスターキョンシー)が他の有象無象と異なる理由。

 性別のない肉体。圧倒的な武の練度。幾つもの武器をそれだけを鍛錬した者と同等の力量で振るう性質。

 

 そして、意識と共に生前の技量がその肉体に宿っているのだとすれば、答えは一つ。

 

「貴様、一体何人混ざっておる?」

「ホホッ、ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!!!!」

 

 高い技術、連続的に変化する武器、見切るのは難しい。

 危機察知と知覚系と身体強化系のスキルの併用がなければ……生前の儂なら確実に殺されていた。

 

 しかし、今なら避けるくらいはできる。

 

 三節棍の打撃が城の壁に亀裂を生む。

 空気砲の一発が壁に穴を開ける。

 薙刀の一閃が柱を切り裂く。

 斧の一撃が地面が割断する。

 

「じ、爺ちゃん! このままだと建物が崩壊する!」

「ッチ……」

 

 黙っておれ、どうせお主は生き返るんじゃろう。

 まぁしかし、彩人の死亡での幕切れはさすがに気分が悪い。

 

 古今東西の武術の連続的な切り替え。

 もう少し見ていたかったが、そろそろ彩人が瓦礫に叩き潰されそうだ。

 

 儂は殭屍導師(マスターキョンシー)が初めに立っていた場所に陣取る。

 その床には儂が与えた胸の傷から滴り落ちた血溜まりができていた。

 そこにあった瓦礫の一つを持ち上げ、血の付いた部分を舐めとる。

 

 ダンピールの種族特性【吸血強化】。

 自分以外の生物の血を吸収することで、儂の身体能力は一時的に強化される。

 

「悪いが主の(めい)だ。終わらせるとしよう」

 

 漫画やアニメではないのだから、剣技に必殺技のような名を付けることなどありはしない。

 しかし、この技はあまりには現実の剣術とはかけ離れているため、その動作そのものに名を付けて意識すべきだと判断した。

 

 固有スキル【八艘跳び】により敵の周囲を高速で飛び回り、剣速を調整した【飛翔斬撃(アークスラッシュ)】によって全方位から同時に斬撃が飛来する。

 

 それは斬撃の檻にして、不可避の八連撃。故に――

 

「一刀流【八双檻噛(はっそうおりがみ)】」

 

 着弾の瞬間が同じになるように発射速度を調整した八連撃。

 いくら早く身体を動かせたとしても、そのすべてを防ぐことは不可能。

 文字通り八つ裂きにされた殭屍導師(マスターキョンシー)は、肉塊となってその場に倒れた。

 

 

 ――【剣豪】がレベル20になりました。

 ――クラススキル【心頭滅却(アンシェイカブル)】を獲得しました。

 

 ――アイテム【青の鍵玉(けんぎょく)】を獲得しました。

 

 

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