転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
『死霊の楽園:第五階層:砂岩の城内』
極美が単身で『
ただ、極美には自信があるようだった。だから極美の実力をたしかめさせてもらう意味でここへやって来た。
ミイラを倒せないなら
それに、ミイラ相手なら俺と爺ちゃんが傍に控えていられる状況なら極美がピンチになったとしても容易に救助できる。
「それでは、ここからは私が負けたと思わない限りお兄様もお爺様も援護無用でお願いいたします」
「わかった」
「了解した」
現れたミイラへ向けて極美が杖を翳す。
その光景を眺めながら、俺は極美がさっき語った『ダンジョン以前の超常』について話、そして極美という『人間』の過去を思い出していた。
◆
この世界には『魔術・魔法・呪術』などと呼ばれる異能が存在し、それを扱う『魔術師・呪術師・陰陽師』などと呼ばれる異能者が存在する。
魔物の入れぬ結界の構築。少し先の未来の予言。魔物の退治。最近は減って来たが要人の暗殺など……
他にもいくつか仕事はあるが、世間に知られることもなくそれを遂行するのが魔術師の仕事であった。
私が生まれたのはそんな魔術を代々受け継ぎ、国に仕えてきた陰陽師の家系だった。
本家の血筋ではあったが、私は当主が気まぐれに作った妾の子。
母は魔術の隠匿を条件に手に入れた多額の金を使い、私が生まれてすぐにどこか知らぬ海の外へ行ったらしい。
父と顔を合わせるのは数年に一度だった。
私には腹違いの兄弟がいたが、母の違いは身分の違い。彼ら彼女らと私はいついかなる瞬間も同列には扱われなかった。
半分は本家の血筋であるということもあって、分家の者たちも私に近寄ってこない。
本家の人間は私に興味がない。兄弟たちも私に干渉はしてこない。優しくされることも、いじめられることすらない。
ただ、いてもいなくてもなにも変わらない。私はその家でそんな存在だった。
衣食住は与えられた。
教育を与えられた。
魔術師の家系ということもあって、形式的な最低限の魔術を習った。
きっと、自由はあったのだろう。
しかし、魔術の隠匿の理念から学校に通えなかった私は生まれて数回しか家の敷地の外に出た経験がなかった。
外への憧れはあったが、出ようと思うようには恐怖が勝った。
ただ日々が過ぎていく。
ただ歳を重ねていく。そんな青春時代だった。
私が十五を越えたころ、当主がある予言をした。
それは端的に言えば『ダンジョン発生』の予言。
予言は三年ほどで現実となり、その調査には私たちの家からも人員が導入されることとなった。
私は先遣隊に選ばれた。
誰かが私にそう言いに来たわけじゃない。
ただ、当主から一通の書状が届き、私はそれに従った。
数人の武芸者と分家の者たちを連れて、私はそれに挑んだ。
後に『死霊の楽園』と名付けられるダンジョンだ。
そこには地獄が顕現していた。
数多の骨人。これほどまでの大量の怪異が一度に同じ場所に集まっている光景を私たちは初めて目撃した。
十二人いた私たちは徐々に数を減らしていった。
どこまで進めば終わるのかもわからず、【
数体のスケルトンは倒せたが、誰もレベルアップはしなかった。
おそらくは人数が多すぎて、経験値が溜まらなかったのだろう。
進行が不可能にならない限り、引き返すという選択肢はない。できうる限りの情報を持ち帰るのが仕事だった。
しかし、私は家からほとんど出たこともないし、魔術師としての仕事もこれが初めてで、最初から上手くいくわけがなかったのだ。
誰もが……当主も家の者たちも、それはわかっていただろう。
あっさりと、私は槍を持ったスケルトンに心の臓を貫かれた。
私は自分の吐き出した血を眺め、痛みに涙を滲ませながら、ようやく自分の役割に気が付いた。
「そっか……そういうことか……」
私は、ダンジョンの怪異に魔術が通用するか確かめるための試金石だった……
苦しかったわけじゃない。辛かったわけじゃない。
ただ、無性に寂しかった……
私は死んだ。
そこからの私はさらに孤独だった。
いつの間にか私の魂はスケルトンの中にあったのだ。
身体は自由には動かない。声も発せない。
ただ、やってくる人間を相手に襲い掛かった。
殺された記憶は一度もないが、ただのスケルトンが常勝無敗なんてことはあり得ない。
おそらく、何度も死んでいるが『死んだことをなかったこと』にして魂がリサイクルされているのだろう。
そんな時間が何年続いていたのかわからない。
死の記憶をリセットされているのなら、体感時間にも意味はないだろう。
けれど、とてもとても長かった。
そんな日々が終わりを迎えたのは、お兄様と出会った時だ。
いつものようにダンジョンに人が訪れた。
それを見つけた私は、自分の意志とは無関係に彼に襲い掛かる。
だが、私は負けて、殺された。
けれど、記憶は消えなかった。
理由はすぐにわかった。
私は彼の召喚獣になったことで、ダンジョンの機能の外に出たのだろう。
魂のリサイクルの機能も消え、不死ではなくなった。
だが、そんなことはどうでもいいと思えるほどの幸福があった。
最初はただ恩を返そうと思っていた。
けれど彼は……お兄様は、私に危険なことはさせなかった。
いつも前にお兄様が立ち、私は後ろや横からスキルで攻撃するだけ。
いつもお兄様は自分の命よりも、私の安全を優先してくれた。
どんな形であっても、他人からそんな風に想われたのは初めてだった。
それに、お兄様はお兄様と呼ぶことを許してくださった。
それに、食事を共にし、共に働き、互いの努力を労う。本の中でしか知らないようなことをお兄様は私に体験させてくれた。
幸せだった。失いたくないと思った。だから私は私のことを話さなかった。
お兄様から『死に戻り』のことを聞き、魔術師としての見解が、『死霊の楽園』というダンジョンの
あのダンジョンは『内部で死亡した侵入者の魂をコピーして魔獣の肉体に張り付けている』なんてことを、お兄様に教えるわけにはいかなかった。
だからぼかして伝えた。
騎士や武闘家や魔術師の魂まで保管されているのは驚いたが、ダンジョンは『異空間』であり、距離や時間を超越している可能性がある。
あの空間が、そもそも『いつ』の『どこ』にあったのかまではわからないが、今の時代に似つかわしくない魂が保管されている以上、時代を跨いでいるのは間違いない。
それに騎士と魔術師の声は『セカイの声』と同一のシステムの上に乗っていた。それならば言語の統一も不可解なことではない。
でももういい。
私が私を隠すことでお兄様を傷つけるのは嫌だ。
腹を括ろう。
私が魔術師なんていう気味悪い存在でも、私が本物の人間の魂ではなく、コピーされた代物だったとしても……
お兄様に気持ちが悪いと思われたとしても、私はお兄様に尽くそう。
◆
ミイラが私に石板の本を構える。
そこから放たれんとする呪いの塊を……
「【
私は、発動前に潰す。
生前は魔術師だったとは言え、この身体では生前の魔術は行使できない。
魔術は先天的な異能であり、おそらく『固有スキル』は人間の潜在的な魔術素養を引き出した産物なのだろう。
私がレベルアップして固有スキルに目覚めないのも同じ理由だと思われる。
だが重要なのは、敵の使う技も魔術だということだ。
しかも、敵の魔術形式はかなり古い。
現代の魔術師と比べて致命的に発動速度が遅い。
術式が構築されるより、私の術式解析の方が先に終わる。
そして【
しかし、このスキルの厳密な効果は『敵の術式の脆弱性に自分のマナを押し込んで術式自体を不成立にする』というものであって、発動前の術式に対して行使できるのであればマナ量に差がなければ使えないという条件は存在しないに等しい。
「【
何度も発動されかけるミイラの魔術は、しかし完成には至らず消えていく。
そのまま私は空いた左手で別のスキルを発動させる。
魔法系のスキルには詠唱と呼ばれる工程がある。
詠唱が必要なスキルは他の詠唱が必要なスキルと同時には扱えない。
が、魔術師たる私は別だ。
魔術の並列処理。それもまた現代の魔術師にとっては必須の技術。
結界系の魔法スキルを複数同時展開した時はお兄様に勘付かれるかと思ったが、お兄様の察しが悪くて助かった。
「【
右手で敵の魔術を破壊し、左手で攻撃用の魔術を生み出し攻撃する。
大昔の魔術師相手であれば、こんな単純な戦術が刺さる。
「やるじゃん極美」
「いえ……ですが、気味が悪くはありませんか? 魔術師だったことを隠していた私が……偽物の魂でしかない私が……」
「気味が悪いとか言い出すならスケルトンなんか仲間にしねぇよ。そもそも他人のことを全部理解するなんてできやしないし、お前に俺が知らないところがあるなんて普通のことだ。それに必要になった今、お前は俺に話してくれた。問題なんかなにもない」
「そう……ですか……」
私はお兄様とは逆方向に身体を向け、口元を着物の袖で隠す。
にやけているのを見られたくない。