転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
「お兄様、私を信じていただけますか?」
極美は真っ直ぐに俺を見据え、問いかけてくる。
現状、
足手纏いにしかならないのなら、挑むのは極美単独ってことになる。
けれど極美は召喚獣で、一度死ねばもう復活できない。
「レベルを上げればいい。もっと多くのクラスを習得すればいい。お前が挑む理由なんかない。もっとラクに倒せるように修練してから挑めばいいだろ? 今日は帰るぞ」
極美なら
けど、やっぱりリスクが高すぎる……
「だからさ……」
「レベルを上げ、クラスを得て、そして出来上がったのが私という勝機です。これを使わないのであれば、私という召喚獣には存在価値はありません」
「そんなわけねぇだろ。お前は今までの戦闘でも十分役立ってる」
「……私はすでに死んだ身で器も中身も仮初の代物です。今更死ぬことに恐怖なんて……」
「俺が嫌なんだっつってんだよ」
俺はどうしちまったんだろう。
極美の言うことはなにもおかしいことじゃない。
極美は召喚獣だ。使い潰せばいい。
俺の【
魔術師の素養を持つ極美は多少レアリティの高い魂なのかもしれないが、それでも
極美も俺の能力の一部だと捉えるのなら単独で向かわせるべきだ。
けど……
「何故ですか? 私は……私という存在はそれほどまでに期待するに値しませんか?」
「そういうことを言ってんじゃ……」
そこまで言いかけたところで、俺と極美の間に刀が振り下ろされる。
「やめよ。お主ら喧嘩も結論も興味はないが、互いに互いの顔すら見ずに会話もなにもあるまい」
顔……?
極美は今にも泣きだしそうな表情をしている。
そんな極美は、爺ちゃんの言葉に従うように俺を見ると少し申し訳なさそうに俯く。
「お兄様、出過ぎたことを申しました。申し訳ありません……」
そう言って頭を下げる極美の姿を見て、俺の頭の熱は冷めていく。
ここまで熱くなった時点で、俺は極美をただの召喚獣だとは思えていないのだろう。
はぁ……認めよう……
「俺も悪かった。期待してないわけじゃなくて、ただ心配なだけなんだ」
「心……配……?」
俺は自然と首を抑えながら極美を横目に見る。
「兄貴が妹心配して、なんか変かよ?」
あぁ、照れくさい。
本物じゃないなんてわかってる。
けど、今の極美は魂も身体も本物じゃないんだ。
血縁なんて、今更なんの価値も意味もない。
重要なのは極美が俺を『兄』と呼んでいるということと、俺がそれを認めているということだ。
パチクリと目を大きく開いた極美の表情は驚きで満ちていた。
「だそうだ極美嬢、儂ももう死んだ身、今更孫が一人や二人増えようがさしたる問題もない。それで、お主はどうする?
「……わ、私は……それでも、だからこそ、お兄様を支えたいとそう思います」
「あいわかった。ならば儂も力を貸そう」
「爺ちゃん、なんか作戦でもあるのか?」
「アレを倒す策などないが、保険くらいにはなるかもしれぬ。儂が【
それは三人称視点で自分を見るスキルと、より遠くを見通すスキル。
「そうすれば極美嬢が敗北する前に送還することもできるやもしれん。まぁ、一撃で死ねば無関係ではあるし、魔法攻撃が弱点である極美嬢が負傷すればそうなる可能性は高いがな」
ボス扉の前は長い一本道になっている。さすがの
召喚獣の使役範囲は術者から半径二百メートル。廊下の長さとほぼ同じ。
俺たちが手前の曲がり角で待機しながら、爺ちゃんのスキルで極美の戦況を把握し、ヤバくなったらすぐ戻すってわけか……
「私はそれでも構いません」
「爺ちゃんは極美の味方をするんだな」
「あのような魔術師相手ではやる気も出ぬ。倒せるものならさっさと倒して先に進むに限る」
「……はぁ、わかったよ」
諦めながらにそう言うと、極美は俺に「ありがとうございます」と礼を述べた。
「期待はしてる、でも心配もしてる。……行ってこい。いつでも逃げてくれ」
「はい!」
◆
あぁ、私は幸運だ。そして幸福だ。
もう寂しくない。もう怖くない。
「二度目ましてですね。極美と申します」
目の前の玉座に腰を下ろす
その中にあったのは焼けただれた女性の顔面。ゾンビに似た醜い姿。
『其の方は魔術師か?』
「はい。五十年ほど前までは、この国『魔防』を執り行う家に席を置いておりました」
『そうか……其の方ならば少しは会話になりそうだ。このダンジョンの目的にも気が付いているのだろう?』
魔術的な理解と高い知性を持ってそこにいる。
自分の置かれた立場を分析し、何故そうなっているのかを魔術的に解読しようとしている。いや、おそらくその解読は完了しているのでしょう。
ダンジョンと呼ばれるこの構造はある特異点に集束するよう設計されている。
「不老不死の実験、ですよね?」
『惜しいな。人間を神にする実験だよ』
「神……そんなもの存在するのですか?」
『神でもなければ、こんな異空間を維持させ続けられると思うか? いや、もしも人間の魔術師がこんなことをしているのだとしても、
現代では、日本だけでもダンジョンの数は数十万あるらしい。
そんな膨大な数の異空間の扉を維持し続けるなんて、たしかに想像することもできない魔術だ。
そんなことができる存在が自らを神と名乗ったのならば、私はきっとそれを信じるだろう。
『我が方は、このダンジョンより外に出たことはないが予想はできる。我が方の時代よりも様々なモノが発達しているのだろう。魔術は稀有な才能であるし、隠匿することにメリットが多い故そうでもないかもしれぬが、科学は時間の限り発展し続ける性質だ』
「えぇ、色々なモノがありますよ。宇宙を旅する鉄の鳥。誰もが有する鉄の馬車。すべての人が文字を覚えられる環境など」
『然様か。だからなのだろうな。遥か昔、神は人の言葉を分けたという。ならばその試練が完遂された時、神は人に報酬を与えたのかもしれぬな』
現代の言語翻訳技術……
それを誰もが有することができる文明レベル。
その水準が神様の決めた規定値を超えたことで、ダンジョンが発生した?
『神と同じ領域へ立ち入る権利。それが
「ダンジョンを攻略すれば神になれると?」
『少なくとも、それを果たした存在はもう人間と呼べる存在ではあるまい』
ダンジョンで得られる固有スキルと宝物。
それを持ち帰った英雄が、地球上には数多存在する。
たしかに、人間以外の知性種がいたとして、それが私たちを観察すれば、英雄と普通の人間が同じ種族だとはきっと思わない。
それほどの差異が、攻略者とそうではない者との間に存在している。
『昨日の人間を含めて、人がダンジョンに訪れる理由も理解できるという物だ』
「いえ、お兄様は囚われた魂を解放するために尽力されておられます」
『なんだその馬鹿者は。ここにある魂はすべて模造品だ。そんなものを救ってなんの意味がある?』
「さぁ、でもきっとお兄様はそれで満足できるのでしょう」
『それは、気色の悪い人間だな』
「それは
私がそう言うと、彼女は自虐的な笑みを浮かべる。
『不老、不死、不滅……我が方もまたそれを目指す魔術師だった。しかし我が方は、道半ばで朽ち果てた。故にイマを生きる魔術師よ、この先に進みたくば我が屍を超えて行け』
魔術が開始する。
『――銀の狐、十一番目の夜、虚空の番犬、愛色の竜燐、千剣の黒乙女……我こそは、』
あまりに遅いその魔術は……
「【
奇跡を描くことなく――崩壊する。
『なにを……した……?』
「魔術というのは緻密な数式のようなものです。式の一部を書き換えるだけで瓦解するのは必定です」
『違う! どうして初見の我が方の術式を、完成まで見ることすらなく理解したのだと聞いておるのだ!』
「大昔は不可思議だった魔術にも今は法則性が見出されています。その公式を使えば術式の一部を見て全容を把握することも容易いことなのです」
だから現代の魔術師は魔術を術式を隠匿する術式と併用するのが基本だ。
マナ量も、術式の規模も、起こせる奇跡の量も、関係ない。
それが魔術という現象である以上、脆弱性は必ず存在する。
その脆弱性を叩き合い続け、アップデートされてきた現代魔術と古代魔術では『発動速度』も『術式防壁』もなにもかもが違う。
「【
『【
「【
『多重……詠唱……?』
疑問の声と同時に、私が放った氷の槍がその胴体を貫く。
術式の隠匿ができないものに魔術を使う資格はない。
そう教育される現代魔術師にとって、『多重詠唱』は基本技能だ。
「大昔の魔術師様と手合わせできる貴重な経験を授けていただきありがとうございます。まことに光栄でございました」
――アイテム【緑の