転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
俺の斬撃がゴブリンの首を掻き切る。
最初は首を跳ね飛ばす勢いで振るっていたが、そんなことをしなくても動脈を斬りさえすれば失血死するという爺ちゃんのアドバイスを受けたことで、思い切りがよくなった。
代わりに丁寧さが多少失われたけど、重要なのは『敵を殺した』という結果であって、どうやって殺すかは二番目だ。
天城が放った弾丸が命中したオークは、身体が白い粒子に分解され消失していく。
俺と天城がメイン火力。前衛後衛のバランスもいいし、天城の銃には反動がないから誤射も怖くない。つーか当たった時は当たった時だ。
戦力は足りているから、極美と爺ちゃんは奇襲への警戒に気を配ってくれている。
俺が踏もうとした地面に爺ちゃんが刀を突き刺す。するとロープが刀を縛り、樹上に引っ張ろうとしていく。
爺ちゃんはそれを切断しながら、刀を鞘に仕舞った。
俺の弱点1『注意力散漫』――
「ありがと爺ちゃん」
「あぁ、次は自分で気付け」
相変わらず厳しいことで……
「そういや天城、別に他愛もない雑談でしかないから真剣に答える必要はないんだけど、聞いてなかったと思って」
「うん」
「お前、なんで配信者になったの?」
アルソーヴァの連射速度が上がる。
木の上から飛び掛かって来た五匹のゴブリンは、攻撃を命中させるより早く天城の銃弾に打ち抜かれた。
「なんでって? 人間みんな、なにかしら仕事するもんでしょ?」
「お前学生じゃん。つーか、お前なら普通にプロなれるだろ」
探索者の素養の半分は『固有スキル』が決めると言われている。
遺伝なのか、幼少期の経験なのか、発現条件がまったくの
俺だって【
天城の能力は、少なくとも現時点では俺より上だ。
それに魔力量の向上によって威力が上がるから発展性もある。
当たれば即死級の銃弾に対応できるモンスターなんてかなり稀な部類だろう。
「別に、好きな男が配信者に現を抜かしてたからとかじゃないけど」
「おん、別に思ってねぇけど……だからどんな理由なんだよ?」
「……私が特別だって証明するため、なんだろうね、やっぱり……」
「相変わらず中二病全開の回答だな。けど、本当にそれだけなのか?」
特別さを体現するだけなら単純に実力で証明すればいい。
配信者というのは『人気』を求める価値観だ。
天城の
「あなたと出会った時の私は、誰かに乗せられた期待で動いてた。でも、今の私は私の意志で動いてる。それで気が付いたんだ」
「なにを?」
「能力の証明――」
白い弾丸が連続で打ち込まれトロルの足が吹っ飛び、俯せに倒れる。
「だけじゃなくて、魅力も人気も愛される才能も私にはきっとあるって」
倒れたトロルにさらに白い弾丸が撃ち込まれ、頭が爆発を繰り返す。
四度目の爆発で、トロルは消失を始めた。
「私ってさ、強くて
俺を振り返ってウィンクを決めた天城の長髪が爆風で揺れる。
自分を信じて疑わない力強い瞳。化物にも臆さない度胸。圧倒的な実力と実績。
力と可憐さを併せ持った天城は、全身から『無敵』を感じさせるオーラを纏っているようにも見えた。
こいつには俺にはない『自信』があった。
俺の弱点2『俺は自分に自信がない』――
「生意気だな。ちょっと上手くいってるからって調子に乗ると盛大にコケるぞ」
「もう転んだし」
「あー、そうだったな」
「でも別に何回転んだっていいの。私は立ち上がり方を知ってるから」
大きな瞳で俺をジッと見つめ、天城は微笑む。
「なんだよそれ、啓発本でも読んだのか?」
「似たようなものかな。でもあなたには内緒。ていうか、着いたよ」
【
石製の壁で囲われているため内部構造はよくわからないが、中心に聳える巨大な城の頂上だけがこちらを見下している。
「まぁ、このダンジョンの最初の難関ってところね。挑戦者に対する突破率は約10%。どうする?」
「お前も十階層までした来たことないんだろ? ってことはお前も残りの九割ってことだ。いいのかよ? そんな『普通』で」
「このダンジョンの攻略に特に力を入れていたわけじゃなかっただけ。こんな階層やろうと思えばいつでも突破できる」
「じゃあ俺も、ここで退き返す理由がねぇな」
「そうだね。それじゃあやろっか」
身体を伸ばしながら、天城と俺は並んで城へ歩ていく。
ある程度まで近づいたところで、門番のゴブリンが一斉に俺たちを認識する。
「極美は天城を護ってやってくれ」
「かしこまりました」
「爺ちゃんは遊撃、好きにして」
「承った」
「そんじゃあ始めようか。スゥ……」
大きく、俺は息を吸い込む。
この声が、この異能が、できる限り遠くまで届くように
「【
餓鬼共の視線が『俺たち』から、『俺』へ切り替わる。
「モテモテじゃん」
「嬉しかねぇよ。さっさと数減らしてくれ」
「あれ、そんなに私のこと頼りにしてるの?」
「頼りにしてるっつーか、俺たちよりお前一人の殲滅力の方が高いってのは、単なる事実だろ」
「まぁ、それはそうだね。いいよ、気分がいいからあなたの言うこと聞いてあげる」
「そらどうも」
気持ちのいい笑みを浮かべた天城は、その手の中に二丁の銃を召喚する。
「【
同時に俺は、ゴブリンの中へ駆ける。
華麗に全部避けるだとか、綺麗に致命傷を狙うだとか、そんな器用な真似が俺にできるわけもない。
一匹に集中すればそういうことも多少はできるかもしれねぇが、眼前の広がる敵の数は数十匹。城壁中から増援はいくらでも湧いて出てくる。
それに、斬れば斬るほど血油で切断性能は落ちていく。
だったら、俺にとってこの剣は、棍棒とか鉄パイプとか角材とかと大差ない。
斬るんじゃねぇ。ぶん殴れ。それが俺には似合ってるだろ。
「【
それは敵を斬ろうとはしていない。それは敵を叩くために振るわれた。
それは斬撃ではない。それはまぎれもなく殴打だった。
斬り裂かれた傷は浅い。代わりに、ゴブリンはバットで撃たれたボールのごとく数十メートルを吹き飛んだ。
「巧くできなくてごめんな、爺ちゃん」
誰にも聞こえないよう小さく呟いた独り言だった。
けど、爺ちゃんはわざわざ俺の背後を横切りながら、「それでいい」と短く返答をくれた。
華麗な剣技を持つ爺ちゃん。
魔術師としての緻密さを持つ極美。
圧倒的な固有スキルと自信を持つ天城。
じゃあ、俺にはなにがある?
ゴブリンがワラワラと俺に群がってくる。
最初は近付いてくるヤツを迎撃していたが、それができる数には限りがある。
大の大人と子供でも、プロの格闘家と素人でも、十対一にもなれば弱い方が勝つ。
最初は【
近接戦闘に意識を向けながら、後方から放たれる矢を避けるなんて視野はまだ俺にはない。
膝を撃ち抜かれると同時に、俺の走力は三分一以下になった。
囲まれて、身動きを封じられて、殴られ、蹴られ……俺にできることはどんどん逃げることと足掻くことだけになっていく。
けどこれでいい。今も天城や極美や爺ちゃんが敵の数を減らして行っている。
このパーティーにおける俺の役割は、気合と根性とスキルとで敵の攻撃を耐えること。
より多く、長くの時間を稼ぐことだ。
俺の目的は『死霊の楽園』の攻略。
そのためにここに来た。
人型、大勢、そんな性質を持つ相手との戦い方を学ぶため。
なのに俺は今、ゴブリンに囲まれ、何度も殴られ、傷を増やし、亀みたいに縮こまっている。
無様だ。
でも、そっか。これでいいんだ。
俺の相手は俺だ。
俺が知るべきは『俺』で、俺が見つめるべきは『俺』で……
俺が勝つために俺は俺の弱点を分析しなきゃいけない。
自分の不出来を分析する。
自分の頭の悪さを理解する。
自分を否定する――
「俺って、クソ弱いんだなぁ……」
それを自覚することこそが、俺が先へ進むための唯一の方法。
注意力の無さ、自信の無さ、範囲攻撃の欠如、動きのトロさ、剣術の稚拙さ、魔術の発動速度の遅さ、理想の動きを知らないこと、自分に合った動作ができていないこと、敵を見れていないこと、敵の分析ができないこと……
違う。いや、今挙げた弱点はもちろん克服するべきものだが……そういうことじゃなくて、もっと根本的に……
俺は、彼女にフラれてダンジョンに訪れた。
でも、そんなのは俺の問題。
俺がロクな人間じゃなかったから愛想を尽かされただけのこと。
恨んでもない。憎んでもない。ただ自分が嫌いになった。
死は、俺にとって贖罪だった。
辛さ、痛み、恐怖、それを感じることで俺は自分のダメさを許してもらおうとしていた。
こんなに辛いから許してください。
こんなに痛いから助けてください。
ダメ人間だけど、ゴミ人間だけど、何にも知らないし何にもできない人間だけど、苦しんでるから許してくだい。
って、俺は死ぬことで命乞いをしていた。
「くだらねェ……気持ち悪ィ……」
気が付けば、そんな感想しか出てこない感情だ。
でも、俺は今までずっとそんな感情に縋って生きてきた。
くだらなさも、気持ち悪さも、認めないと先に進めないのなら……
認めてやるよ。こっから先はちゃんと前向くよ。見ないふりせず、ちゃんと見るから……
「ギャ!?」
俺を囲んだゴブリン十匹が、一斉に刃物を俺に向ける。
波状的に連携の取れた動きで、俺への攻撃が始まる。
でも――
「あぁ、遅っそ」
一つずつ、丁寧に、俺はそれを避けていく。
殴られて、切り刻まれて、食われて……そんな痛みと苦しみが俺に言い訳をくれていた。
だからこそ、その環境が俺にとっては心地よかった。
でも、痛いからって見逃されるわけじゃない。苦しいからって助けてもらえるわけじゃない。
前を向き、幸福を願い、成功に手を伸ばす――
人は、それを『努力』と呼ぶのだから。
「頑張ってるアピはもうやめる。俺は勝つために生きる」