転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
思ったより数が多い……
私のアルソーヴァでも殲滅力が足りていない。
彩人の召喚獣はどっちも護りや受けが得意なタイプじゃなさそうだ。
ゴブリンの敵意が、攻撃のすべてが、彩人だけに向く……
「まずいでしょ」
撃てるだけの弾丸を放ちながら、自然とそんな言葉が漏れた。
それが聞こえたのだろう。
「問題ありません。あんなのいつものことですから」
私の隣で魔法系のスキルを連射している極美が、そう答えた。
「いつものことって普段どんな戦い方してるのよ」
「お兄様の目的は戦うことではなく、自分を鍛えることです。いつだってあの方は自分で自分を認めるために拳を振るう。皮が剥がれても、爪が剥げても、その痛みに喜びを見出す自虐の暴力」
「……変態じゃん」
「そうですよ。知らなかったのですか?」
まぁたしかに、普通だとは思ってはいなかった。
初めて出会った時から、彩人の言動は変だった。
あまりにもストイックなダンジョン探索は、最初に見た時はかなり驚いた。
「案ずるな、彩人には肉体を再生するスキルや防御力を上げるスキルがある。そう簡単にはくたばらん」
音も気配もなく、私の後ろに降り立ったダンピール。
二十代後半くらいに見えるけど彩人のお爺ちゃんらしい彼は、刃に付いた血脂を振り払いながらそう教えてくれる。
でも、いくら耐えるスキルがあったって痛いのは痛いだろうし苦しいのは苦しいだろうし、本人がそれでいいからって……
そもそも、そんな風に思えてしまうこと自体が……
「可哀想……」
その呟きを聞いて、二人は嬉しそうに微笑んだ。
「そう思ってくれる生者がいるだけで、私は嬉しいです」
「あぁ、そうだな。それに
そっか、この二人はそういうスタンスなんだ。
結局『召喚獣』で、結局『死者』で、だからこの二人は彩人と一線を引いて接している。
「……私は、独りで乗り越えられるものには限界があると思う」
「まぁ、どう思うかも彩人とどう接するかもお主の自由じゃ。じゃがまぁ、余計なおせっかいでしかないのかもしれぬが、彩人に嘘を吐いているお主が救えるとは思えんな」
「どういう意味……」
「知っているのだろう?」
私には持ち得ない武人の瞳で、お爺ちゃんは私を見つめる。
なにもかも、私の心なんてすべて見透かしていると言わんばかりに。
隣にいる極美は、お爺ちゃんがなにを言ってるのかわかっていなさそうで、すこし首をかしげている。
ってことは、このお爺ちゃんも少なくとも今の時点では誰かに言うことはないんだろう。
『ソレ』を知っているからってわざわざ『ソレ』を本人に知っていると言う必要はない。
でも、相手が勘違いしていることを理解しながら、それを修正しないことはたしかに『嘘』なのかもしれない。
「まぁ、好きにするがいい。どうなろうと、どうしようと、儂は常に彩人の味方をするだけじゃ」
「そう……ですか……」
「それに見てみよ。彩人が進化を始めたぞ」
顔を上げ、あいつの方を見れば、その動きは明らかに変化していた。
避けれている。それに、攻撃の正確性が上がっている。
今までは亀のように護りに入っていたのに、呼吸やリズムを完璧に把握しているみたいに完全な対応をしている。
無傷で敵を倒していく……
「なにあれ……」
「彩人の能力には致命的な欠陥がある。それは速すぎる成長速度だ。会得したスキルの数が増えれば増えるほど、あやつの身体は――狂う」
「狂う……?」
「反応、反射、認識、視野、速度、バネ、関節可動域、間合い。あらゆる感覚がスキルの会得と共に乗算で狂っていく。そんな状態で『武術』もクソもあるものか」
そっか。彩人の固有スキルは複数のクラスの習得。
手札が増えるってことはいいことばっかりじゃない。
取捨選択の重要度が上がるし、そもそも重ね掛けすればするほど肉体の限界が増していく。
その限界を引き出そうとすればするほど、彩人の動きはオーソドックスからかけ離れていく。
人間構造における理想的な動きが、あいつにとっては身体を縛る鎖になる。
しかも、
条件的に発動する身体強化系のスキルが多い。
リアルタイミングで上下する身体能力のコントロールって、きっと相当難しいことだ。
「最適が変化し続けるその状態では『術理』など毒でしかない。しかし、その矛盾は今解決したようだ」
「そんなの……どうやって……?」
「『変化し続けるという状態に慣れた』ということなのだろう。進化と強化を前提とした肉体の使い方。儂のように完成した術理の上では、上昇し続ける身体能力の最高値を引き出し続けることはできない。不完全だからこそ、
本当に嬉しそうに、お爺ちゃんは彩人を見ている。
本当に尊敬しているという眼差しで、極美は彩人を見ている。
「アレを極めれば、
「すごいです、お兄様」
この二人は彩人を本心から応援している。
あいつの望みを叶えようとしている。あいつが成長を望んでいるからその邪魔をしないようにしている。
でも、私の目にはあいつはやっぱり辛そうに見える。望みが叶うことと幸せなことは、少し違う気がする。
あいつは、壊れてたからああなったんじゃない。
あいつは、壊れちゃったからああなったんだ。
「ムカツク……」
誰にも聞こえない小さな声で、私はそう呟いた。
◆
あぁ、なんだこれ……
負ける気がしねぇ。
なにをすればどれくらい俺の身体能力が上がるのか、上がった先の俺になにができるのか。
完璧に想像できる。
世界が、俺の想定の先に行かない。
すべてが思い通りになる。
ゴブリンとか、最早紙くずでしかねぇ。
「グギギギギギギ!!!!!!」
多少でかいゴブリン。
鎧を纏ったゴブリン。
犬に乗ったゴブリン。
剣を持ったゴブリン。
矢を使ったゴブリン。
魔法を放つゴブリン。
色々いたが、あんまり関係ない。
視えているってことは要するに、俺の身体能力とあいつらの数と攻撃力の差の比較だ。
俺が勝ってる。
天城と極美と爺ちゃんの攻撃で敵の数はどんどん減っていく。
俺は回避に専念できるが、正直【
攻撃を敢えて掠めダメージを調整して、【
相手がゴブリンってのもあるが、今のところこの戦い方に弱点は見つからない。
「行ける」
調子にノってるわけじゃない。
死霊の楽園で俺に殺されてから、俺はずっと俺を見ることだけに必死になっていた。
第三者視点。自分を俯瞰して視る感覚が俺に教えてくれる。
俺とゴブリンの戦力差。どうやれば勝てるのか。
「【
頭の中にある爺ちゃんの綺麗な斬撃。
でもそれは俺のじゃない。俺にとっての最適じゃない。
俺という人間にとって『最適』とは流動的なものだ。
「【
真似るのは少しでいい。洗練しろ。
視るべきは、得るべきは、手段ではなく見据えられた目的。
敵を斬り殺せ。
速さじゃなくていい。受けられていい。今の俺なら力の差で圧倒できる。
トロルを倒した時に手に入ったスキルオーブ【怪力】は俺のパワーを瞬間的に激増させる。
大上段から放たれるのは【怪力】+【
剣技というより薪割りの延長線に近い動きだ。
けど、今の俺の身体を最適に使うならこの動きが一番いい。
「【
軽やかさなんていらない。慣れる必要なんかない。
土に塗れて転がって、起き上がり様に相手の足を斬り、ゴブリンが横に振るった長剣の斬撃を【
空中に出た俺に放たれた火球の魔法を、
「【
で撃ち落とす。
……あぁ、静かだ。
いつも殺し合いをする時は感情が爆発しそうだった。
怒りと自己嫌悪と闘争本能と、他にも色々とよくわからない感情がごちゃ混ぜになって闇鍋みたいな状態で戦っていた。
でも今は、周囲がよく視える。
視えるなら、相手の動きを計算できる。
そこに俺の動作で可能な最適な数値を入力し、計算結果を都合のいいものに変えていく。
これは戦いじゃない。
これは『駆除』だ。
いつのまにか、俺の周りにはゴブリンは一匹も残っていなかった。
散っていた奴らも天城の銃弾や極美の魔法で消えていく。
終わり。俺たちの勝ちだ。
「お疲れさま」
「あ、あぁ、お疲れ」
剣を【
高揚感はない。緊張感はない。疲れもそんなにない。達成感は少しある。
「ねぇ」
「なに?」
「あなたってさ、探索者向いてなくない?」
いつになく真剣な表情で、天城は俺にそう言った。