転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
加護欲を煽るような魅惑的な瞳。華奢な体付きと柔らかそうな白い肌。聞き心地のいい声。性能より見た目に拘って制作された露出多めの白いドレスのような派手な衣服。
好きって言っても、暇な時間に配信サイトを開いた時に偶然配信してる時だけなんとなく見てるってくらいのものだ。
ファンというには熱量不足な気がするけど、よく知らないというには視たくなる頻度は高い。
見間違いってことはなさそうだ。
だからやばいよなぁ……
配信者の目的は結局のところ『エンタメ』であって『攻略』ではない、とか。
実力不足を顔や声や衣装で誤魔化している、とか。
配信者に批判的な人間からそんな風に貶されるのはネットではよくあることだ。
でも……それを本人を目の前にして言っていいわけねぇ……
実際、目の前の大人気配信者は俺を見ながら驚いて固まってるし、なんなら相手のオーガすら止まってこっちの様子を窺っている始末だ。
「あぁ……今のはその……」
「あの、助けてくれませんか!?」
助けを請うか弱い女の子。そんな抽象概念を現実に落とし込んだような表情で彼女、
だが俺はこの人の戦闘能力を配信を通して知っている。
本人いわくかなり調子の良し悪しに左右されるらしいが、【
つっても、色々考えても意味ないか。
本人が助けてくれと言っているのだから、手を出して文句を言われる心配もないだろう。
「わかった」
スキルの口頭発動はしない。
十中八九配信中の人間が傍にいるし、そうじゃなくても初めて会った他人に固有スキルがバレるかもしれない言動をする気はない。
「ギィ……」
それにこいつ一匹相手に大したスキルは必要ねぇ。
【
同時に【
「グォォ!」
ヤツの武器は黒い鋼の棍棒。
初撃は縦の一閃。大振り。フェイントはなさそうだ。
腕力に任せた適当な斬撃。こいつの剣術はちょっと前の俺と同レベル。
コンパクトな動きで身体を逸らし、地面を打った棍棒を踏みつける。
そのまま長剣を軽く薙ぎ、切っ先でオーガの首を裂く。
血の噴出。けど即死じゃない。
「もう一発くらい打てるだろ?」
「グォォォ!」
瀕死のモンスターの最後の抵抗。
獣は手負いの方が手強いとよく言うが、生物である以上こいつも同様なのだろう。
足で抑えていた棍棒は軽々と持ち上げられ、今度は片腕で横向きに薙ぎ払われる。
身体を捻って躱すのは無理そうだが、ヒットタイミングは完璧にわかる。【
風前の灯。そんな様子でよろよろと俺を追ってきたオーガの腕を掴み、背負い投げの要領で地面に叩きつける。
「グ……」
オーガの消失現象が始まった。
俺は倒れた彼女の方を振り返る。
するとさっきまでの恐怖の表情はどこへやら、微笑みすら浮かべながら
「お強いんですね」
オーガと戦ってちょっと落ち着いた。
今は帝藍罹が目の前にいるという状況への驚きは残っていない。
「俺が倒しましたけど、先に戦ってたのはそっちなので魔石とかはどうぞ」
「いやいや、私はまったくダメージなんて与えてないですから、所有権はあなたにあります」
「そうすか? じゃあ遠慮なく」
「はい。わたくし、帝藍罹と申します。ありがとうございました」
「俺は……えっと……」
「あぁ、私今配信してるので本名は名乗らなくて大丈夫です。というか無許可で撮影してしまっているのですが、よろしかったでしょうか?」
「まぁはい。問題ないです」
「それはよかった。もしかしてここの探索に慣れてます? 一人で潜れるくらいだし」
「一人なのはそっちもじゃ」
「あ、たしかにそうですね! これは一本取られました」
ポカ、と彼女は自分で自分の頭を小さく叩く。
配慮。丁寧さ。話題提供。気さくな態度。近すぎず遠すぎない距離感。終いには驚き方すら……なんか、全部が可愛い。
けれど、天城の可憐さに比べるとこの人のそれは『正しい可愛さ』のような印象を受ける。
「あの本名じゃなくていいんですけど、なんてお呼びしましょうか?」
「呼び方……いや、俺もう行くんで別に」
「いえ、あなたは私の恩人ですから。あ、じゃあ今から配信をミュートにするのでこそっと下の名前だけでも教えてください。私綽名考えるの得意なんです」
そう言って、彼女はなにやら水晶を取り出し操作を始める。
配信者がよく使っている機材だ。
「はい。これでもう聞かれてません。あ、でもカメラは付いてます」
「なるほど」
「あの」
「はい」
「もしかして、女性になにか苦い思い出でもあるんですか?」
すげーな、トップ配信者ってのは……
まるでエスパーだ。
「まぁちょっと」
「そうですか。じゃあ私と話すときっと疲れますよね。ごめんなさい」
「あぁ、いや、謝るようなことはなにも」
そんな話をしていると、木々を抜けて天城が追い付いて来た。
「はぁ、やっぱりあなただったのね。帝藍罹……」
「あら、ヨナさんじゃないですか。お久しぶりです」
「挨拶とかいいから。私あなたのこと嫌いだし」
こいつもこいつでド直球具合がヤバい。
やっぱり配信者ってオカシイんだ。
「行こ、彩人」
「彩人さんとおっしゃるのですね」
「あなたには関係ないでしょ。こいつは配信者でも有名人でもなんでもないただの探索者。絡んでもあなたに得なんてないでしょ」
「それはわかりませんが、今お二人がこの配信から消えるのはよくないと思いますよ」
「やっぱ配信してんのね。どういう意味?」
「お二人のご関係を詮索するコメントで私の配信のコメント欄が三割ほど埋まっています。また炎上しますよ?」
「最初の火種のあなたが言うんだ」
そういや、天城が配信者として有名になったのも帝藍罹との出会いがきっかけだったな。
「あれはヨナさんの態度と見栄えが致命的に悪かっただけで……」
「まぁ、たしかにあの映像は初対面の人間への態度じゃなかったな」
「ッ……次からは気を付けるから……」
おぉ、意外と本人も気にしてるんだな。
そんな風に思っていると、帝藍罹は天城を見ながら目を見開いていた。
「あの、そろそろミュートを解除してもいいですか? お二人のことはうまく説明しておきますので」
信じていいものか……って考えは、さすがに人を疑い過ぎな気もする。
それに、この人がどうしようがそれは俺に止められるものじゃない。
「はい」
「うん」
「では」
極めて僅かな変化だった。
けれど、確実に帝藍罹の雰囲気が変わる。
「待たせてごめんねみんな。それでみんな気になってると思うんだけど、どうやらさっきの私の悲鳴にヨナさんも駆けつけてくれたみたい。まさか二人も来てくれるなんて、私は幸運だね!」
いつも通りなら数万人に見られているはずだ。
まぁ、カメラの前で喋ってるだけだから実感がないのはそうだが、それでも俺があそこで話せと言われたらぎこちない言動になることは間違いない。
別にそうなりたいとは思わないが、単純に凄いと思った。
「二人とも本当にありがとうございました!」
「いや、全然」
「まぁ、通り道だっただけだし」
「二人はこれからも
そう言って今まで話していた向きとは真逆のこちらへ振り返った彼女は、ウィンクを一つ俺たちに飛ばしてくる。
頷けってことなんだろう。
「はい、そうです」
「まぁ、そうね」
「そうですか。じゃあ私はお邪魔しても何ですからこの辺で失礼しますね。当然魔石はお譲りしますので、今回は助けてくれてありがとうございました! 私も二人を助けられるくらい今後も精進します!」
そう言って彼女は勢いよく頭を下げる。
俺は「いえいえ」と手を振る。
「それと最後に一つ、出会った人皆さんに聞いてることがあるんですけど簡単にでいいので答えてくれませんか?」
「なんすか?」
「あなたはどうして探索をするんですか?」
見たことがある。たしかに彼女はダンジョンで出会った人と毎回別れ際にそんな話をしている。
これもきっとエンタメの一つってことなんだろう。
別に、嘘を吐く意味もない。
「攻略したいダンジョンがあるんです。そのために今はここで修行中です」
「そうですか、すごいです! 頑張ってください! もし攻略できたらお話聞かせてくださいね!」
元気よくそう言った彼女は「それでは」と森の奥の方へ歩いて行った。
「あの女はああいうヤツなの」
「ああいうヤツって?」
「人から好かれる方法を知ってるヤツ。エンターテイナーとしてピンチの演出し、誰かが助けに来てくれれば『出会い』という物語になり、誰も来なくても『ピンチからの逆転』というショーになる」
「そりゃすげぇ努力したんだろうな」
「努力? バカね、あれはあなたとはタイプが違うだけで同じ狂人よ」
なんでっつーか、いつ俺狂人判定されたんだよ……
「か弱くて、護ってあげたくなって、一般論に限りなく近い倫理観で行動してて、誰にでも優しい。だからあいつの配信のコメントは『教えたがり』が沢山くる。探索なんてしたことないようなヤツの的外れの意見とか、『なんでこうしなかったんだ』って感じの高圧的なものとか色々ね……」
聞いてもない、信憑性もない。
そんなアドバイスなんて聞かされる側からすれば苦痛でしかない。
まぁけど、やらないけどちょっとはわかる。
たしかに、あの人には色々と言ってあげたくなる。
「でもあいつはそれに笑って答える。元気よく、好意的に、ありがとうって言うの。しかもその八方美人っぷりはコメントだけじゃなくて、絡んだ人にも同様に振りまかれる。あなただって今、あの子のことを可愛いって思ってるでしょ?」
「思ってる」
「ッチ……けど、あいつはそういう態度を何時間もブッ続けで取り続けられるヤツってこと」
「だから狂人ってことか」
「そういうこと。変に関わろうとかしない方がいいよ」
「しねぇよ」
けど、どうしてそこまでダンジョン配信者に拘るのか興味はあるな。
天城みたいに固有スキルが強いとか?
たしか配信では『自己回復』のスキルって言ってた気がする。
めちゃくちゃ効果量が高くて強力とか?
つってもさすがに死んだところは見たことないからわかんねぇな。
◆
「あぁ、嫌いだなぁ……」
ダンジョンから出て、配信を終えた帰りのタクシーの中。
私は小さくそう呟く。
私が生まれた時、私の目の前には死があった。
重度の先天性疾患。私の内臓は他人のソレより足りない。
両親から聞いた話だが、医師からは成人にはなれないと言われていたらしい。
基本的にこの国でダンジョンに入ることができるのは十五歳以上の人間だけだ。
だが例外もあって、たとえば現代医学での治療が不可能な病を持つ人間は幼い時でも医療目的でダンジョンに立ち入ることを許可される。
固有スキルで回復系のものが出て助かった例があるからだ。
私もその制度を使って小学生高学年の時にダンジョンに入った。
その時手に入れた固有スキルは【
他者に愛されるほどに、私の自己治癒力は強化される。
スタイリストだった母とアイドル事務所のマネージャーだった父の協力によって、私は『人から好かれる力』を手に入れた。
両親からの愛。それにクラスメイトからの好意によって、私は十五歳まで生きられた。
でも、それでも病気が完治したわけではなく、悪化速度こそマシになったが私の身体は刻一刻と死へ近付いていた。
最初は芸能界に入るという話があったが、それは父が拒否したらしい。なにか苦い思い出でもあったのだろう。
だから私は配信者になった。
配信を始めたのが十五になってすぐということや、それに向けて両親の協力のもと沢山準備したこともあって、私の人気は右肩上がりで伸びていった。
伸びるたびに私の臓器への負担は減っていった。今では普通の人とほぼ変わらないくらい、いやそれ以上に健康だ。
でも、もしファンが誰もいなくなったら、人気がなくなったら――私は死ぬ。
そして、沢山の人に愛してもらえないと生きていけない私には、誰かを愛する資格なんてない。
だから私は、今日会ったあの二人が嫌い。
彩人くんは、失敗したくらいで女性関係に奥手になっている。そんな強欲なところが嫌い。
ヨナさんは、自分の言いたいことを全部口に出す。誰かに好かれたいとかそんな思いなんてまるでなくて、ただあるがままに振る舞っている。そんな傲慢なところが嫌い。
でも、ヨナさんは多分彩人くんのことが好きみたいだし、彩人くんを私に惚れさせるのは難しくはないだろう。
そんな感じで全部グチャグチャにしたら、少しはストレス発散できるかな。
「はぁ……そんなリスクしかないことできるわけないけど……」
「ん、お客さんなにか言いましたか?」
「あぁいえ、途中でコンビニ寄ってもらってもいいですか?」
「かしこまりました」
今日はお酒を買って帰ろう。
少し疲れた。変なリスナーに粘着されるよりあの二人を見ている方が心にくる。