転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ   作:水色の山葵

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43「広く狭く」

 

 天城と二人、『死霊の楽園:第六階層』に続く薄暗い階段を降りていく。

 

 ダンジョンは攻略と共に消滅する。

 だとしたら、この階段を降りるのも今日が最後になるのかもしれない。

 

 地下深くへ続く薄暗いこの道は、きっとありふれた幸福には繋がっていないだろう。

 この先で待ち構える魔物たちを思い浮かべても、攻略後の面倒事を考えても、これから先の俺の人生は俺がこのダンジョンに入り始めた時に思い描いていたものとはまるで違う方向へ転じることになる。

 

 

 気を紛らわせたいだけだった。

 生きていけるだけの金があればよかった。

 

 

 それだけだったのに、なんで俺はここにいるのだろう。

 

 

 俺は俺のために生きるはずだった。

 その予定だった。そうするはずだった。それでよかったはずだった。

 

 なのに、極美と出会って、爺ちゃんと再会して、天城に絡まれて、数多のアンデッドと殺し合いを続けて……俺は思ってしまった。

 

 

 自分を支えてくれた他者に――なにかを返したい――と。

 

 

 俺は変われたのだろうか。

 わからない。でもきっと、その答えはこの先にあると思うから。

 

 

 階段を降り終わる――

 

 

「いくぞ」

「うん」

 

 

 階段の先にある広間には、多くのオレが待ち構えていた。

 椅子や机に座っているヤツや壁を背もたれにしているヤツらが、一斉に俺たち二人に視線を向けてくる。

 俺の隣に天城がいたことで驚いたような表情を浮かべた奴らが何人かいるが、すぐに平静に戻っていく。

 

 そして、オレたちと同じようにツギハギの肉体を持った二人の天城が新たに広間の奥の扉から出て来る。

 やっぱこのダンジョンで死んでるヤツは複製可能か。天城と俺以外のヤツは出て来てないみたいだが、ここ以外の階層のアンデッドの中に入ってるってことなんだろうか。

 

 まぁいい、どうせこのダンジョンで死んだヤツ全員のアンデッドが出てきたら勝ち目なんかないし、その可能性は排除して戦い方を決める。

 俺たちを見て様子を窺うオレたちに向けて、俺と天城はスキル名を発する。

 

「【召喚(サモン)】」

「【天凛銃アルソーヴァ】」

 

 呼び出された二体の召喚獣と二丁の拳銃を見るや、オレたちや天城の偽物も拳と銃を構える。

 

「案ずるな、お主が答えを見つけるまでの道筋は儂が斬り開く」

 

 そんなすべてを見透かしたような言葉を放つ爺ちゃんは、異空より刀を呼び出し抜刀する。

 

「お兄様、三分の一は私が殺します。おまかせください」

 

 そう言って極美は俺たちから距離を取る。普段なら俺たちの後ろに行くところを極美は敵に対して横へ移動していく。

 極美はあまり感情を表に出さない。その気質はここ最近さらに顕著になっている気がする。

 

「【精霊化】」

 

 呟きと共に極美の髪や眉、黒い衣服が白く染まっていく。

 その姿はまるで雪女のようで、どんな人間にも模倣できない神秘的な美しさを成していた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 私だけのあなただった。そのはずだった。

 

「【極大詠唱(マキシマイズマジック)】」

 

 世界にはあなたと私しかいなかった。

 

「【氷獄結城(コキュートス)】」

 

 結界術式に類似するそのスキルは氷の壁面を展開し、広間の三分の一ほどを氷の境界で覆った。

 精霊化により魔術の親和性を上げ、詠唱によって強化されたこの結界を破るのは並大抵の攻撃では不可能だ。

 しかしこのスキルには一つ、明確に弱点が存在する。

 

 その結界は内部に己がいなければ、術式自体を維持できない。

 結界は破壊できずとも術者が術式(スキル)を維持できない状態になれば、結界は自動的に瓦解する。

 

 でもそこがいい。

 

『いいのか?』

『こんなに視認性が悪いと』

『お前がピンチになっても』

『俺が送還で助けてくれないぞ?』

 

 だって結界内(ここ)には、私とあなたしかいないのだから。

 

「ご心配には及びません。それよりもご健勝のようでなによりでございます。お兄様方」

『おう。そっちこそ元気そうでなによりだ』

 

 当然のように彼らは私へ気さくに挨拶をしてくれる。

 毎朝のように、毎晩のように……

 

『オレたちの本体がこの階層に降りてきた時、オレたちは起き上がった。それからお前らがきっと実力や連携を磨いている間にオレたちも色々と考える時間があったんだ』

「なにを考えたと言うのですか?」

『オレたちに掛けられた行動制御は完璧だ。そんなオレたちに残せるものは俺自身を少しでも強くしてやることだけだった』

『だからさっさとかかって来いよ。オレの本体が折れねぇってことはわかってる。だから心置きなく、何千回でも殺してやるよ』

 

 そう言ってあなたたちは笑う。

 アンデッドを千切って捨てる、いつものあなたのように。

 

 その表情、その声、その性質……たしかにあなた方はお兄様だ。

 

 だから私はそんなあなたが――

 

「私の召喚獣(モノ)になってはいただけませんか?」

 

 欲しい。

 

『なに言ってんだ?』

「ダンジョンの魔物である以上、あなた方には召喚獣になる道があります」

 

 私がそう言うと、『なるほど』とお兄様たちは頷いた。

 

『たしかに可能性はあるのか……けど……』

『欲しいモンがあるなら自分で手に入れろよ』

『確認なんか必要ない。奪えばいいだろ』

『オレたちには人権もクソもねぇんだから』

「そうなりたいとは仰っていただけないのですか? 私の召喚獣にならないということは、あなた方の生涯はここで終わりということなのですよ?」

『『『バカかお前?』』』

 

 氷の結界に閉じ込められたおよそ百人のお兄様たちが、一斉に私を罵る。

 きっと普通の人間なら……天城代鳴のような人ならこういう時は怒るのだろう。

 けれど、私の中にはまったく怒りなんて湧いてこない。

 

『オレたちはもう終わってる』

『アンデッドになって、コピーに成り下がったからじゃない』

『このダンジョンに入った時すでに、オレたちはもう終わってた』

『そこから始まった余生ももう終わったってだけだ』

『今更その程度のことで喚くかよ』

『次への期待なんて必要ない。死にたかった俺が死んだだけだ』

 

 むしろ、真っ直ぐに私だけを見ていてくれることに嬉しさすら感じてしまう。

 

 あぁ、私はこんな私が嫌いだ。

 こんな私を誰かに、お兄様に飲み込ませていいわけがない。

 

 でも、だって、目の前にいるのは『偽物』で『死霊』で私と同じ『紛い物』なのだから、今くらい……この人たちにくらいは……

 

「お兄様たちこそバカですか? 私のして欲しいことをする以外にあなたたちに選択肢はないと、そう言っているのです」

『だからやらせてみろって、そう言ってんだよ』

 

 あぁ、やっぱりあなたはお兄様だ。

 偽物でもコピーでも死霊でも関係ない。

 だって私もそうなのだから、それでこそあなたと対等に接することができる。

 

「お兄様、ごめんなさい。たしかにお兄様の言う通りです」

 

 お兄様と一緒にいるとどんどん我儘になっていく。

 

 他の誰かと話さないで欲しい。他人の名前を口にしないで欲しい。私にだけ目線を向けて欲しい。

 

 

 私をあなたにとって『特別』だと言って欲しい。

 

 

 最初は自由になれただけで満足できていたのに……

 今はもう、こんな気持ちの悪いものを隠すだけで精一杯なくらい縛られている。

 

 お兄様に迷惑はかけられない。

 わかってる。わかってるから、この気持ちは自分で清算する。

 

「【氷像の僕(アイスパーティ)】」

 

 剣と盾を持った、

 杖を持った、

 本を持った、

 弓矢を持った、

 

 氷の兵士が四人、私の周りに現れる。

 

「お人形遊びと参りましょう。私はそれで、きっと満足いたします」

 

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