転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
「はぁ……」
すでにこの身は朽ち果てているというのに、運動を加速させれば酸素は身体から抜け、技量と思考は落ちていく。
死体と呼ぶには儂の身体はいささか能動的だ。
「ふぅ……」
複製体を斬り割くたびに、その身体から大量の血流が飛び出て、肉と内臓と骨の断片が床を汚す。
「くっ!」
気配と斬撃による痛みを感じ取り、後ろを振り返った儂は斬撃を見舞う。
しかし、儂の剣は空を切った。
相手に負わされた傷によって発生した痛みを返す【
複製体が死の間際に発動させたスキルによって伴う痛みの幻影が、儂に偽りの敵を認識させる。
感覚が狂っていく。
予測が惑っていく。
ツルン――
足が、床を濡らす血に取られた。
『あんたでも、そんな凡ミスするんだな!』
儂のその隙を見て、複製体はすかさず【
強いな……
最低でも五つ以上の強化スキルが重なっている。
それが五人……儂を取り囲む。
「一刀流【
【八艘跳び】によって空を蹴り、五体の複製体すべての急所をほぼ同時に斬り飛ばす。
儂の有する剣技の中で最速の八連撃。(今回は五連撃だが)
無論、そこにも【至天】や【覇斬】の効果は乗る。
だが、それでもまだ、儂は冥界に戻るわけにはいかない。
一度は死んだにもかかわらず蘇った理由――
それは、彩人の
『クソ』
『どんだけ強ぇんだよ』
『爺ちゃん……』
ここで負けることに臆する理由はない。
死ぬことは、儂にとって恐怖ではない。
儂が恐怖を抱くとすれば、今を生きる彩人が絶望を抱くこと。
「儂にはお前たちを導く義務がある」
『はっ、誰がそんなこと望んだよ』
『あんたに苦悩して欲しいから呼んだわけじゃねぇよ』
わかっておるさ。
ただこれは、儂が定めた儂にしか適応されぬ儂の法だ。
この
「さて、次だ」
立ち上がろうとすれば、視界が異様に速く感じた。
複製体の歩く速度が……いや、あらゆる速度が少し速い。
「そうか……触れられていたか……」
呪術師クラススキルの一つ【
触れた相手に刻印を付与し、速度低下の呪いをかける。
誰が発動したのか知らぬが、斬り捨てても尚発動するか……
いや、それでこそ『呪い』と呼べる代物か。
極美嬢なら解呪は可能だろうが、生憎と今は氷城の中だ。
このまま戦うほかあるまい。
◆
爺ちゃんが押され出した。
俺みたいな雑魚でもあれだけ数がいると爺ちゃんでも厳しいらしい。
それに、なんだか複製体たちの動きが良くなっているような気がする。
「【四封結界】」
爺ちゃんの周囲を囲むように立方体の魔力結界が展開された。
立方体の表面には、鳥、虎、竜、亀の紋章がそれぞれ描かれている。
陰陽師のクラススキルであるこいつは、不壊の上下の面と解き方の異なる四方の面を持つサイコロ型の防御スキルだ。
『『『【
結界に雷撃がいくつもの飛んでくるが、その攻撃方法では四面のどれを破ることもできない。
「すまんな。助かった」
爺ちゃんの傍に寄りながら、俺はその肩に手を置く。
俺の身体は俺の造った結界をすり抜けることができる。
「あぁ、【
爺ちゃんに掛かった減速の呪いを加速の呪いで相殺する。
最後に飛んで来た雷撃を手の甲で弾くと同時に結界を解除すると、爺ちゃんはゆっくりと立ち上がる。
「ヒールもいるか?」
「いや、必要ない」
「そうか」
多分、この戦闘は俺たちが勝つ。
ただここまでの戦闘を見る限り……こっちの戦力と相手の戦力を比べる限り、俺は俺の勝利を明確に思い描けている。
もし、これを覆せる可能性があるとすればそれはオレの――
『このままだと負けちまいそうだな』
一人、オレの中を掻き分けてオレが歩いて来る。
【
他のヤツに比べて魔力量が多い。
かなり後半に死んだ俺ってことだろう。
『あぁ、そうだ。それがわかる。なるほどな、仲間がいるとは言えお前がこの人数を同時に相手できている理由は……そうか……この感覚か』
「マズいな……」
爺ちゃんは短く呟く。
その額には珍しいことに汗が滲んでいる。
「なにがマズいって?」
「わからんのか? あの男が体に纏うマナの揺らぎが……」
マナの揺らぎ?
急に新しい要素を出すのはやめて欲しいんだが……
そう思いながら俺は現れた俺をもう一度よく観察する。
すると、少しわかったことがあった。
俺は戦闘中は常態的に複数の身体強化のスキルを纏っている。
条件発動系や固定値で能力が向上するタイプのスキルは威力をコントロールできないが、【
【
複数のスキルが複合的に混ざり、乗算的に俺の身体能力は強化されていく。
俺はその『変化し続ける感覚に慣れる』という奥義を得た。
それは、『自分の身体能力がどれほど強化されているのか自覚すること』であり、同時に『【
相手の動きを読むのは自己の知覚能力を相手を読むことに流用した結果だ。
だから俺は、この感覚を得てから常に【
それが爺ちゃんの言う『マナの揺らぎ』なのだろう。
そして、そんな俺とまったく同じ質のマナをこいつも纏ってるってわけだ……
「本当に俺かよ? ヤケに器用じゃねぇか……」
『ま、そもそも模倣する相手がオレ自身だからな。けどそういうことでもねぇか……。だってこの感覚はそもそもオレの今までの経験がもたらしたものであって、突然目覚めたってわけでもない。気が付きさえすれば、ここにいる奴らの二割くらいは得られる
あぁ、たしかにこれはその程度のものだ。
これはスキルでも魔術でも超能力でもない。
ただの『感覚』だ。
俺が俺のために封印してきた『本気』を解放する覚悟さえあれば、もっと早くにだって習得はできただろう。
『オレは許されたかったんだな』
「あぁ、そうだな」
『オレは助けて欲しかったんだな』
「あぁ」
『誰にそんなこと望んでたんだろうな』
「知るかよ」
けど、きっと誰でもよかったんだ。
この傷を癒してくれるならなんでもよかった。
俺にとってそれはこのダンジョンで、アンデッドたちで、死ぬことだった。
俺は自分のこの気持ちに気が付くまで、それらに依存して生きていた。
そうしないと、嫌なことばかり思い出すから。
俺はずっと『生きることから逃げていた』んだ。
でも、そんな風に甘えるのはもうやめた。
お前も、やめたんだな……
『気持ち悪ぃ……けど、わかっちまえば清々しい』
「そうだろうな」
『始めるぞ。こっからが本番だ』
爺ちゃんも天城も俺も、手応えの無い相手ばかり倒してきた。
爺ちゃんは選んで斬っていたみたいだが、それにしたって強いヤツの数が少なすぎだ。
視てたんだろう。俺の動きを。
分析して、自分にもできると踏んで、気が付いて、掴んだんだ。
『この感覚に名前はあるのか?』
「ねぇよ」
俺がそう吐き捨てると、複製体は爺ちゃんに視線を投げる。
『じゃあ爺ちゃん、名付けてくれよ。オレがこう思うってことはそっちの俺も必要だって思ってる』
まぁ、たしかにこの感覚は言葉として理解し、もっと強く意識して使えた方がいいモノだ。
「そうじゃな……奥義【
『【流】か……』
「悪くねぇじゃん」
俺とオレたちは、一斉に【