転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
オレの目の前では、わけのわからない規模の戦いが繰り広げられている。
喧嘩じゃない。戦争だ。
戦車とかミサイルとか、そういうもので引き起こされるような現象が、人間一人の肉体能力によって成し遂げられている。
そして、それができる人間がこの空間には何人もいる。
オレ――『一番最初に死んだ斑鳩彩人』からすれば、その光景は超常現象の類いだ。理解するなんてできっこない。
正直戦況なんてまったくわからない。
だが、あんな化物共と戦闘になればオレなんて首を撫でられるだけで殺される、ということだけは間違いない。
『死んでも復活するって話だったのに、こんな姿と扱いじゃ、まるっきり詐欺じゃねぇか……』
いたる場所にツギハギのラインが入った自分の腕を眺めていると多少の怒りも湧いてくる。だが、オレ自身がもう死んでいると事実は痛感するしかない。
どうやらオレは魂を複製された存在らしい。
オレの役割はこのダンジョンの守護らしい。
やる気はねぇが、この命令は絶対順守させられるようだ。
今のオレがこうやって戦闘を眺められているのは、「あそこにオレが突っ込んでも即死するだけだから様子を見よう」という考えがダンジョンの守護という目的と相反していないからだ。
最終目標となる『ダンジョンの防衛』のためという言い訳ができれば、ある程度身体の自由は利くらしい。
それにしても、大層強くなったんだな。
オリジナルの俺も、ここにいる他の複製されたオレたちも……
あいつにフラれて、あの男に見下されて、騙されて……弱かったオレに比べれば目の前で意味不明な規模の戦いを繰り返すこいつらはずっと強い。
『けどな……成長してるとは言い難いよなぁ……』
誰だその隣の女は……
ありゃ爺ちゃんだろ? 随分見た目が若ぇけど、なんで生き返ってる?
それにあの幽霊みたいな召喚獣はなんだ?
『結局、他人に頼って生きてんのかよ。うぜぇ……あんなの未来のオレだなんて、信じたくねぇ事実だぜ』
とはいえ、オレにできることはなにもない。
あの戦闘に飛び込んでもオレにできることはなにもない。
ただ殺されるだけだ。
それにオリジナルの方が勝てばおのずとオレも死ぬ。
けど、複製が勝ったところでどうせオレはもう死んでる。
まぁいいか、どうせオレの人生にはオレの満足以上に満たしてぇ欲求なんてないんだから。
ここで終わるのはちと残念だし、未来のオレがあんななんて信じたくねぇ事実だが、それでもオレにはなにもできない。
さて、物見遊山といくか……
そう思い、壁際にあった椅子の一つに腰かけた。
その瞬間、声が響いた。
――やぁ、最初の斑鳩彩人の
なんだこれ……どこから喋りかけてる?
他の奴らには聞こえてないのか?
つーか誰だ?
――僕はこのダンジョンの主、ラスボスだよ。
声に出してねぇのに……伝わってんのか?
――あぁ、創造主たる僕には君の考えていることはすべてわかる。
そりゃ隠し事もクソもねぇな。
それで、その創造主様がなんの用だよ?
――彼、オリジナルの斑鳩彩人がここを突破すると困るんだ。でもどうやら彼は想像以上にレベルアップしているみたいでさ。だから君に彼を倒して欲しい。
だったら頼む相手を間違えてるだろ。
オレにはなんの力もねぇぞ?
――それがいいんだよ。空っぽってことはそこに詰め込むことができるってことなんだから。
言ってる意味がよくわからねぇ。
もっと具体的に話せよ。
――そうだね。今から君に魔力を注入する。君にわかりやすく言うと『経験値』を注入するってことだ。
経験値……?
そりゃモンスターを倒して稼ぐものだろ?
ゲームみたいで笑っちまう話だけど、そんなファンタジーが今は現実だ。
――君たちにとってはそうだろうね。君たちの魔力観測技術はまだ稚拙だ。だから答えを言うと、魔力っていうのは極小の生き物だ。微生物よりもう少し小さいそれらは他生物に……より強い生き物に『寄生』する本能を持っている。
こいつの話し方は自分がオレよりも上位の存在であることを疑っていないかのような傲慢なものに聞こえる。
話の内容に対して異質な気さくさがアクセントになって余計にウザくて、不愉快だ。
――酷いな。
けど、金も女も命すら……なにも残っていないオレにとってはこういう悪役の言葉の方が真理に近い。
――共感を得られるのは久しぶりだ。そして、そういう人間は大抵、自分のことしか考えていない愚か者だったよ。
正解だよ。
――いいね。まぁ魔力の性質は今言った通りだ。で、僕はそれをある程度コントロールできる。とはいえ他人の魔力はかなり不快なものでね、そうだね……君の身体にハチミツを塗りたくって虫を集める、みたいなところかな。
想像しちまったじゃねぇか。
そんな不愉快なことをオレにしようとしてんのかよ。
――そうだね。でも君ならその程度の不快感には堪えられるだろう? それにいいのかい? このまま、あのオリジナルの君が勝つのは嫌なんじゃないのかい?
オレの本心もお見通しってわけか。
そうだよ、嫌だ。
あんな腑抜けた俺が勝つなんて許せない。
誰かに頼らないと生きていけないって……そんな自分が嫌だからここに来たハズだ。
なのに、今のあいつはそんな信念忘れましたって顔で誰かを護って護られている。
そんな未来、認められるか……
オレは一人で完結する強さが欲しかったはずだ……
――君が彼を殺したとしても彼はまたダンジョンの外で蘇るだけだ。あの未来を否定できるわけじゃない。でも、僕が協力すれば八つ当たりくらいはできるよ。どうする?
なんでそんなこと確認してくるんだよ。
お前が創造主って言うなら勝手にオレに処置して、命令すりゃいいだろ。
――子供が全員親の言うことに従うわけじゃないだろ? 契約には同意が必要なんだよ。
話しながらもずっと、ジッと、オレはオリジナルと複製体の戦いを眺めている。
オリジナルの拳は複製体を慮るように振るわれる。
その様はまるで聖職者が死者の鎮魂を願うようだ。
複製体も似たようなものだ。最後に気持ちよく終わりたい。自身の先を視て、ソレに納得して終わりたい。表情からそんな思いが透けて見える。
気に入らねぇ。気に食わねぇ。
人間は最終的に一人の存在だ。
他者との交流を尊んでも相手の意志一つでそれは簡単に崩れていく。
そんなものに希望を託して投資するなんてバカのやることだ。
そう学んだはずだ。
忘れてんなら思い出させてやるよ。
まぁ全部、オレのためだけどな。
『同意してやる。力を寄越せ。オレがあいつを殺してやるよ』
――君ならそう言ってくれると思ったよ。
――レベルアップしました。
――自動的にクラスが付与されます。
――キャンセルされました。
――固有スキル【
――以下より一次職を10個、二次職を5個、三次職を3個、四次職を1個、選択してください。
目の前には辞書でも作れそうなくらい膨大な量のクラスが選択肢として表示されている。
セカイの声でこれを話し切るには数時間か数十時間かかるだろう。
だから声ではなく、視覚情報として表示したんだろうが、それにしてもあまりにも膨大だ。
――ダンジョンには侵入者から魔力を徴収するシステムがある。魔力にも色々な個性があるんだ。その個性をダンジョンのシステムでは『クラス』や『スキル』と呼んでいる。君に注入したのはそんな徴収された魔力の束。だから君には……
なるほどな……今までこのダンジョンで死んだことのあるすべての人間のクラスが選択肢として表示されてるってわけか。
――その通り。そして選ぶといい。君にはそのための力があるだろ?
あぁ、そうさせてもらう。
◆
俺と爺ちゃんと天城はまだ誰も死んでいない。
相手も【
いくら俺の動きという手本があるとはいえ、所詮俺の学習能力じゃ即座に習得して使いこなすなんざできるわけもない。
俺がそんなに器用な人間じゃないってことは、俺が一番知っている。
『ま、俺に負けるならこれが最後でも悪かねぇ……それに、なんだか解放された気分だ』
そう言って複製体は消えていく。
こいつらが本当に俺と同一の記憶や感情を持っているのなら最後まで死に物狂いで抗ってきそうなものだが、そういうヤツは少ない。というかそういうタイプは天城や爺ちゃんと戦ってるみたいだ。
俺に挑んで来るのは比較的後に死んだヤツらだ。
どいつもこいつも満足そうに消えていく。
自分がアンデッドでありすでに死んでいるという自覚が、こいつらにそうさせるのだろうか。
それとも俺自身、やっぱりまだ内在的には過去というストレスから解放されたいと願っているのだろうか。
一人倒せば次のヤツが挑んで来る。
四天王方式が成立しているのは、近くに爺ちゃんと天城がいることでそっちの対応に敵の数が割かれていることが原因だ。
それに、俺と複製体の戦闘を見ることで技術を盗もうとしているヤツもかなり多い。
実際、倒せば倒すほど敵の技術は上がっていっている。
そもそも発動している強化スキルの数で……つまり身体能力では負けてるんだ。
このまま技術力が向上し続けると逆転される可能性もある。
俺が剣の柄を少しだけ強く握り込むと同時に、複製の一体が接近してくる。
右拳のフック。脇腹を開けて俺の斬撃を誘発。気合と身体強化で堪えながら捨て身で俺に一撃入れようと【
うん、視えてる。
『【
目くらまし目的の電撃。【
複製体は右手を背中に回した体勢で走って来る。そのまま俺の目前で【
なるほど、背中に隠した手から【
つーかどこで剣拾った? いや、この部屋かなり物が乱雑に置かれてるから剣とかあっても不思議じゃないか。
「まぁけど、」
キン、と複製体の剣が地面を打った。
まだ避けられる。
周りを囲んでる奴らの加勢は【
まぁ、俺のスキル構成的にそれ以外の遠距離攻撃手段はほぼないしな。投擲くらい?
けど、【
それを察知すれば角度と発射弾数は割り出せる。
今の俺なら、それらすべてを回避しながら戦うことは可能。
けどなんだ……なにか、嫌な予感がする……
徐々に処理速度が落ちてる。
集中力が切れてきたってより、処理しなきゃいけない情報が増えていってる感じだ。
けどそれは敵の能力が戦闘時間に比例して上がってるから仕方ない。
それにそれでも着実に敵の数は減ってるわけだから、全力で敵の動きの把握に努めればまだ問題なく視えてる。
問題はないはずだった……
いや、なかったんだ……
俺の戦闘に関しては……
自分の戦闘に集中していたから、気づくのが一瞬遅れた。
「彩人……ごめ……」
いつもの、自信に溢れたソレとはまるで違う……か細い声……
俺に向けるその視線は、なにかを耐えるように辛そうで……
パタリ、と音を立てて天城が前のめりに倒れた。
その背中、白い衣服を赤い色が汚していく。
天城の背中には、一本のナイフが突き立っていた。
「【
『させるかよ!』
「チッ!」
回復させる前に、複製体が俺に斬りかかって来る。
さすがにこの攻撃を捌きながら【
というか、距離が遠すぎて発動させられない。
近づこうにも邪魔される……
爺ちゃんは……いや、俺よりずっと多くの複製体を相手にしてるんだ。天城を気遣う余裕なんかあるわけない。
「ちょっと待ってろ! すぐ行く!」
それは天城に向けた言葉だったが、それに応えを返したのは天城ではなかった。
『お前ら全員くだらねぇんだよ。他人に期待なんかするから、こうやって窮地に陥る。そう学んだはずだろ?』
地面を這いずる天城の後ろから歩いて来たその複製体は、本当に俺なのかと疑いたくなるほど残忍な表情でそう言った。