転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
このダンジョンに初めて訪れた時、俺にはなにもなかった。
死にたかった。殴られたかった。痛みが欲しかった。
忘れたかったんだ。辛いこと全部。
でもそういう欲求は、元を正せば全部自分の不甲斐なさに起因する。
つまり俺は、自分を認められるようになりたかったんだと思う。
力、度胸、召喚獣、仲間、師匠、家族、友人……自信……
だから俺は救われた。傲慢かもしれないが、救いたいとも思えた。
もしも、そのどれも得られず、得る機会すら与えられることがなかったとしたら、俺はどうなっていたのだろう。
『ま、オレもくっちゃべって解決させる気はねぇよ。
その答えが目の前にある。
他者との関係を極限まで否定する生き方。
俺がそうなっていた可能性は大いにある。
けれど俺はそうならなかったんだ。
だから俺には、最初のオレに今の俺を証明する責任がある。
「なに言ってんだ? お前が俺に勝てるワケねぇだろ。戦いの経験なんてほとんどねぇクセに」
ダンジョンのボスから力を得たとは言え、それは所詮借り物かつ初見の力。
【
それに、爺ちゃんから武術を習っていないこいつは技術も稚拙。
そんな俺に負ける道理は存在しない。
『まぁ普通に考えりゃそうだよな。けど、オレにはあってお前にはねぇものもあるんだぜ?』
ハッタリってわけじゃないだろう。
観察されてた分情報のアドバンテージは向こうにある。
それに、あいつの横にはスキルを使えなくなった天城がいる。
正直、あいつの立場的にも性格的にもほぼ『無敵の人』って感じだし、なにやってくんのか想像つかん。
『オレにとって生物とは、同条件下において一定の反応を示すという観点において区別するに値する存在ではない。が、お前だけは例外だ』
今の俺には理解のできない、しかし確実に以前の俺の中にはあった思考。
それを言葉にしながら、複製体は手の平を俺に向ける。
すると、複製体の周囲の地面から魔法陣が浮き上がる。
数は全部で十個。四つと六つで魔法陣の形式と色がかなり違うように見える。
魔法陣の中からなにかが姿を現す。
『【
現れたのは黄金の剣、弓、槍、盾。誰かが使う必要なく独立して動くらしく、浮遊したまま構えが動いている。
どうやら俺を警戒するように立ち回ってるようだ。
それに加えて黒い兵士が六体。剣と盾を持った鎧騎士が一体。馬に乗った槍持ちが一体。本を持ったヤツが一体。大盾を持ったヤツが一体。ティアラを頭に乗せた杖持ちが一体。王冠を被り、剣だけを持ったヤツが一体。
人間とはかなり異なる外見で、どちらかというと人形みたいだ。
なんかこいつらの装飾、チェスの駒っぽい。
「自分で戦う力がねぇから召喚に頼るか。まぁ、作戦として悪くはないんじゃねぇか?」
『オレもそう思う。こいつらの良いところは自動操縦ってところ。それと、物質扱いってところ――』
俺は小さく跳ぶ。
「ふっ」
着地と同時に、一気にスキルを起動する。
身体強化系のスキル込みの【
『だ……?』
吹き飛んでいく。
剣を持った騎士が、腹に拳大の凹みを作って、空を飛ぶ。
殴った音は遅れて響き、ガシャンとそいつが地面に落ちる音と重なった。
そのまま剣士は壁際まで滑っていった。
「随分と柔らけぇな」
要するにこいつら、極美や爺ちゃんから『成長性を抜いた』感じの召喚獣だろ?
感触も、木材を多少硬くした感じだ。
耐久力も反射速度もパワーも、俺より数段劣る
それにこの人形共に人間的な意識は感じないし、動きも単調だ。
【流】で見とけば行動パターンはほぼ把握できる。
「お前じゃ俺には勝てねぇよ」
王様みたいな人形を蹴り折り、王妃みたいな人形の首を斬り飛ばす。
そのまま一気に奥へ、最初の複製体に向かって走る。
最初の複製体の視線が俺を追えている。
身体強化を重複発動している俺の動きを捉えられているということは、こいつもそれなりの数の身体強化や神経強化を持ってるってこと。
けど、そんなのは今までの敵と比べれば最低ラインだ。
『【
女の顔を持った鋼鉄の像が最初の複製体の隣に姿を現す。
アイアンメイデン、その名前の通りにその像は身体を扉のように開く。
また召喚か?
開いた中には、拷問器具らしい鋭い針がいくつも見える。
『そんじゃあ始めるぞ? お前の弱さの証明を』
最初の複製体が、転がった天城の襟元を掴み、持ち上げる。
「あ? なにしてやがる……」
そのまま、天城の身体を【
やはり身体強化があるんだろう。投擲距離は十分。
このままだと天城があのアイアンメイデンの中に入って、針に……
「テメェ!」
俺は爪先を向ける方向を最初の複製体から、天城の方へ変える。
直線で走れば、天城がメイデンに飲み込まれる前にギリ間に合う。
天城の身体を抱き留めた瞬間、俺の肩に魔力でできた矢が突き刺さった。
召喚された【
「ごめ……」
「いい、黙ってろ」
魔力で作られた矢は魔獣の消失現象と似たような反応を示して消えていく。
消えたことで、俺の肩の出血が強まる。
「【
傷を治しながら最初の複製体に視線をやれば、あいつは俺が天城を庇っていた間にかなりの距離を取っていた。
一手先を取られた感は否めないが、それは天城があいつの手の中にいたからだ。
取り戻した以上、もう遅れは取らん。
「っと、この短刀がお前の力を抑えてる原因だろ? すぐに抜いてや――」
『【
天城が、俺の手の中から消えた。
「は?」
『おらどうした? こっちだこっち』
俺が抱きかかえていたはずの天城が、いつのまにか最初の複製体の手の中にいた。
天城の襟元をショッピング袋みたいに持ち上げた最初の複製体は、その身体をまた投げる。
今度は浮遊する剣の召喚獣の方向。
振り上げられた斬撃が、天城の頭へ向かって――
「【
天城を奪い返す、と同時に最初の複製体の声が聞こえた。
『【
その呟きと同時に、俺の手から天城の姿が掻き消える。
また、あいつの手の中に天城がいる……
『三次職【
「対象
天城に斬りかかろうとしていた剣の召喚獣を圧し折りながら、俺はそう返す。
天城が受けそうになっていた斬撃を庇ったせいで、俺の肩口が少し斬れた。
『はは、理性の欠如』
回復する余裕を与えてくれるわけもなく、また……
『四次職【
天城を掴むのとは逆の手に呼び出された短剣が、天城の腕に突き立てられる。
『この短剣によって発生する痛みは十倍になる』
「あっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
目を見開き、涎を垂らし、絶叫する天城を見て……ブチンと頭の中でなにかが切れる音がした。
「ブチ殺してやるッ!!」
『効率的に、理性的に、思慮深く考えろよ? こいつはどうせ生き返る。死ぬことにデメリットはない。むしろ生かし続ける方が邪魔。だからお前のやるべきことはこいつを見捨てること。こいつを無視してオレに突っ込んでくることだ』
「うるせぇんだよゴミ野郎」
『オレはお前を殺すためにクラスとスキルを選んだんだ。オレの想像通りの反応じゃどうやったって勝てやしねぇぞ?』
だから、うるせぇんだよ。知るかよんなこと。
【
肩の傷で【
これまでの戦いでマナを使ったことで条件を満たした【
今の一連の動作でお前の速度は大体わかった。
俺の全速力なら、天城を投げたお前が逆側にダッシュしたとしても両方に追いつける。
『ほら、次だ』
俺が接近を始めると同時に複製体は天城の身体を投げ飛ばす。
その先にはまた前面を開いた【
狙い通り。
「どっちかしか選べないなんて道理はねぇだろ、両取りだ!」
天城を空中でキャッチし、抱えたまま反転。
勢いよく地面を蹴り、複製体の方へ突進する。
俺の筋力ならこいつの首くらい圧し折れる。
触れればほぼ勝ちだ。
『言ったろ。お前の能力は把握してる。【
複製体の姿が掻き消える。
複製体が俺の後方に現れる。
『【
俺の手の中の天城が掻き消える。
複製体の手の中に天城が現れる。
『射貫け』
俺の背中に魔力の矢が刺さる。
『走り方一つとってもオレとお前には差がある。身体能力で勝つなんてこっちはハナから諦めてる。だから距離と時間の
うるせぇ。うぜぇ。勝手に言ってろ。俺はお前のために生きてねぇんだよ。
お前の失敗の清算を俺に押し付けんな。
怒りが【
現実が視えて来る。
俺のやり方じゃこいつに勝てない。
こいつは昔の俺だ。
まだ自分の失敗の整理がついてない時。誰かのせいにしたい思いと、自分が悪いという思いが入り混じった俺。
昔の……一年前の俺は身体を動かすよりボードゲームの方が好きだった。
視えない限界に挑むのではなく、視えていることの中から正解を導く。
将棋囲碁チェスサークルとか入ってたしな。
こいつに盤上のゲームで勝つのは今の俺じゃ多分無理だ。
だから俺は俺の長所で挑むしかない。
こいつが持ち得ない俺の熱気。
こいつの嫌いな我武者羅とかいう根性論と……殺意……
「……思ったより強いなお前。こっからは本気で行くわ」
『なんだ? まだ見せてないスキルでもあるのか?』
「もちろんあるが、この状況をどうにかできるようなモンはねぇよ」
『じゃあどうする?』
「知らねぇよ。けど、どうにかするさ。ずっとそうやって来た」
『はぁ?』
【流】。
それは俺の到達点。
すべてを把握し、すべてを使う。
こいつの理屈とも通ずるところのある、俺の身体操作の極意。
「好きなだけ転移してみろ。全部潰してやるからさ」
身体強化――
今の時点で可能なすべての能力向上スキルを起動。
目についたヤツ――浮遊する弓――まで跳躍し、圧し折る。
着地と同時に地面を蹴り、浮遊する盾を殴り壊す。
召喚された兵士を蹴散らし、先へ進む。
「どうせお前じゃ人間殺す勇気なんてねぇだろ」
『あぁ、オレはこの女を殺さない。殺したらお前が自由になっちまうし、お前の進歩にもならないからな。けど、痛みは与えられる』
またあの短剣だ。
痛みを加速する赤い短剣が、天城の太ももに突き刺さる。
「ぐっうぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
さっきより絶叫は小さい。
天城の視線が俺と合う。
堪えているのだ。俺が躊躇しないように。
ごめん、とか思うこと自体が失礼か。
今の天城は出会った頃とは違う。
探索者として、配信者として、覚悟のある人間だ。
この状況を俺のせいにするようなヤツじゃない。
だから、俺が今思うべきことは。
「そのまま堪えてろ。すぐ行く」
『ッチ、【
天城を抱えたまま複製体の姿が掻き消える。
現れた場所にすぐに身体を向き直し、途中にいる召喚獣を蹴散らしながら走る。
『力技すぎんだろ!』
俺とお前の明確な違い。
それは身体能力だけじゃない。
ダンジョン、クラス、スキルというものへの慣れ。
つまり、スキルの『発動速度』の差だ。
お前は今のところ一度も無詠唱でスキルを使ってない。
スキル名の発声は、スキルに慣れていない時ほど必要なものだ。
今日手に入れた初見のスキル。
しかも一度に大量に手に入れたことで使い分けの処理が脳内で複雑化する。
今のお前は、初めて触ったキーボードを打鍵しているようなものだろう。
その速度は、俺に比べればたかが知れている。
転移スキルの連続発動速度。それに他スキルとの併用。
負荷を掛けて、処理を増して、その差分で追い付く。
天城は見捨てない。そしてこいつも倒す。
そのために俺に必要なのは、走り続けること!
「いずれ追い付く!」
『なんだそのクソみたいな回答は!?』
複製体が驚くように叫ぶと同時に、天城が顔を上げた。
その表情は今までの辛そうなものでも申し訳なさそうなものでもない。
いつも通り、自信に満ち溢れ、自分を特別だと信じて疑わない傲慢な表情――
◆
まただ。また私は彩人に助けて貰おうとしている。
こいつに騙されたのは私のせい。
こいつに捕まったのも私のせい。
私が無力なのも、全部私のせい。
なのに、
いつものように、理不尽とか不条理とか不可能とか、そんな言葉は自分の辞書には存在しないとでも言いたげに走り出す。
その姿は正直少しかっこいい。
でも、同じくらいムカツク。
悔しくて情けなくてたまらない。
あぁそっか、わかった……
これが
最初の複製体は言った。
他人は、景色や風と同じで、所詮は『現象』でしかないのだと。
だけど、あなたが出会ってきたその他人ってのは『私』のことじゃない。
その認識が……私という存在が有象無象の人間たちと同じに扱われたことが、この上なくムカつく。
それは私の生き方じゃない。
必要以上の親密性を求めず、物理的な繋がりだけで他を捉える生き方。
でも、私の前じゃそんなことはさせない。
行動だけじゃなく、目的や指針までに私の存在が介在する……そんな……
私は、私の存在が誰かの心を変えるような人間になりたい。
それが私の目指す『特別』だから。
そう思えば、私の心の中に反論の余地はなかった。
それが私の定義する『特別』という言葉の意味だ。
――条件を達成しました。
――ユニーククラス【
――ユニーククラスが付与された場合、既存のクラスとクラススキルが消滅します。
――実行しますか?
「はは、やっぱり私は特別だ」
――ユニーククラス【
――クラススキル【
この小説そのうち書籍化するらしいです。
いつ頃かはまだ細かくわからないですが、出たら買ってくれると喜びます。