転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
それは、端的に言えば『レーザービーム』だった。
幅は多分トラックくらい。
やや上、俺の顔面を狙って放たれたその一発は発射速度も相当なもので、回避の選択肢はハナからなかった。
「【
俺に取れる手はそれだけだった。
けど、その青い煌めきは俺の持ちうる力とはそもそも桁が違う。
この空間に漂う複製体たちの魔力が混合されている以上、俺一人に操れる魔力をどれだけ上手く使ってもその規模には絶対的な差があった。
宛がった手の甲はその煌めきの先頭の僅かばかりを弾くが、それに続く圧倒的な魔力の奔流が拮抗の暇すらなく俺の上半身を包み込んだ。
質量とも熱とも言い難い。
けれど、攻撃的な力であることは明確なそれは、俺の上半身、武器、衣服、それらを区分することなくすべて消滅させていく。
その場に残ったのは、俺の腰から下、下半身だけだった。
『我ながら馬鹿な話だ。最終的にお前を殺したのは、この場で消えた他の複製体の魔力を合わせた一撃。オレが狙って作ったわけでもない偶発的な勝利。はぁ……』
そう言って、最初の複製体は残念そうに溜息を零す。
それを俺は観測している。
すでに俺の身体は半分が消滅している。
俺の肉体は完全な死を迎えている。
なのに、俺は見ている。聞こえている。
ダンジョンの入り口に戻されることなく、空中から、死した俺自身の身体を含めた全体を俯瞰して視ている。
この状態は……
「やぁ」
目の前に……いや、俺の身体じゃなくて精神的な、魂的な方の目の前に、金髪のガキが立っていた。
いや、空中なのだから立っていたという表現は適切ではないような気がする。
目の前に現れたそいつ……このダンジョンの主『ウィリアム・ノヴァ』は以前会った時と同様の笑みを浮かべていた。
「このダンジョンで死ぬとどうなるか、君はもうわかっているよね?」
「……俺はコピーの方ってことか」
「まぁ、そういうことになるかな。今から君は僕のものになる。それがこのダンジョンの本当のデスペナルティ」
「ってことは、今頃このダンジョンの入り口で俺のオリジナルが復活してるってことか?」
「いや、それはこっちの処理が終わった後だよ。君の身体もまだあそこにあるだろう?」
ウィリアムは、俺の足の下にある上半身が消し飛んだ俺の身体を指差した。
あれが消えるまでは、まだ処理の途中ってことなんだろう。
「それじゃあ、君も今日からこっち側だね」
ウィリアムの背中から漏れ出た黒い魔力が枝分かれし、蜘蛛の足のように俺に向かって来る。
それは首元へ纏わりつき――
「なに……これ……」
崩壊し、霧散した。
「なるほどな、スキルはちゃんと機能してるみたいだ」
「スキル? 君の、魔力の情報を復元する能力のこと? それで、いったいどんな能力を獲得したって?」
魔力の情報を復元する能力?
俺の【
こいつ、極美やあのミイラの魔術師に比べても上位の知識を持っていそうだし、魔術的な解釈だとそうなるってことなのか?
まぁ、聞いてもよくわかんねぇし、今はどうでもいい。
「本当はお前のために取っておくつもりだったんだぜ? けど、最初のオレが思ったより強かったから、仕方ねぇ」
初心に帰るってヤツだ。
実際、今の俺は周りに恵まれている。
気を緩めると依存してしまいそうなくらい、極美も爺ちゃんも……天城も俺に良くしてくれる。
だから、忘れそうになってたところもあるかもしれない。
俺の初心。『人は一人で生きている。』
他人との関係はその上にのみ健全に成り立つ。
それを思い出させてくれた最初の複製体には感謝してる。
このスキルはその対価……にしちゃ少し安いくらいだな。
「今俺に発動してるスキルの名前は【
九度の死を蓄積し、十回目の死を無効化する。
ここに来る前に、九度の死は【亜人の頭開樹海】で済ませている。
「ウィリアム・ノヴァ、俺はお前のものじゃねぇ。すぐに会いに行くから、ちょっと待ってろ」
「なるほどね、楽しみにしておくよ」
足下にあった俺の身体が再生を始める。
今の俺は幽体のような状態だったんだろう。
俺の魂は自分の身体の中へ吸い込まれていく。
「戻った」
『再生……いや、復活か? なんでもアリだなテメェ……』
「お前が言うなよ」
ウィリアム用の切り札が消えた。
しかも、ここまでの戦闘で流石に魔力が尽き始めている。
まぁ、複製体と召喚物も合わせれば四人で三百近い敵を倒してるんだ。当たり前だな。
それに、魔力がないのは
「今の一撃、自分の魔力も相当使ったみたいだな?」
『あぁ、それに転移ってバカみたいに魔力食うからそもそもガス欠だったし。使ってねぇスキルはあるが、魔力がねぇんじゃしょうがねぇ』
俺と複製体は同時に己の拳を握り込み、構える。
「お前、喧嘩とかしたことあんのかよ?」
『小学校の時が最後じゃねぇか? お前も知ってんだろ』
あぁ、知ってる。
そもそも俺は、別に紛争なんか好きじゃなかったんだ。
けど、今は多分俺もこいつも戦うべき瞬間があることを理解している。
「くたばれやぁぁああ!」
『死ねやぁぁああああ!』
殴り合う。
クラスもスキルも関係ねぇ。
身体に込めるのは魔力じゃなく気合だけ。
分があるのはどっちだろう。
俺はこの一年、それなりに筋トレしてきた。
殴り合いの戦いにも慣れてる。
こいつは、そもそも身体がバトル用に改造されてる。
つっても魔力ありきの戦闘想定だろうから、こんなバカみたいなインファイトにどれくらい意味があるかは疑問だ。
つーか、わかんねぇ。
どっちが勝つかなんて、終わってみねぇとわかんねぇに決まってる。
だから、そういうことじゃねぇだろ。
考えるべきことは、ただ一つ。
「俺が勝つ!」
『くッ……!』
正しい構えもクソもないストレートパンチを、複製体の顔面に叩きこんだ。
複製体の身体が浮き上がり、仰向けにぶっ倒れる。
俺はその上に馬乗りになって、さらに拳を振りかぶる。
『クソ……クソ……!』
涙を流しながら伸ばされた複製体の手を押さえつけると、諦めたように複製体の身体から力が抜けていった。
『こんなことなら、俺もこの一カ月だけでも筋トレしとけばよかった』
振りかぶった拳を、最初の複製体の顔面に叩きこむ。
もう一度。
もう一度。
もう一度。
動かなくなっても。
その身体が消滅を始めても。
俺はただ、殴り続けた。
「もう死んでおる」
爺ちゃんが俺の肩を掴んでくれたことで、俺の動きはやっと止まった。
もう、俺の下にはあいつの身体はなくなっていて、いつのまにか俺は地面を殴っていた。
俺はあいつに、自分の成長を見せてやれたのだろうか?
「爺ちゃん……無事でよかった」
「あぁ、幻覚の痛みと本物の痛みを見分けられるようになったのでな、あれさえなければ今のお主など何人いようが大した敵ではない」
さすが……
けどちょっと凹むな。
俺が立ち上がると同時に、氷の城が形を崩し始める。
「お兄様、こちらは完了いたしました。……どうやらそちらも終わったようですね」
「あぁ」
その中から出てきた極美は、どこか切ない表情をしているように見えた。
俺は頬に飛び散った血を拭いながら、極美に問いかける。
「モンスターカードは手に入ったか?」
「いえ、誰一人として私の召喚獣にはなっていただけませんでした」
「そうか。じゃあ約束通り、こいつはお前のだ」
俺が殴っていた地面に落ちていた一枚のモンスターカード『最初の斑鳩彩人の複製体』を俺は極美へ手渡す。
「これは……」
そのカードを一瞥し、何故か天城の方も一瞥した後、極美は悲しそうな表情で俺に視線を合わせる。
「はい、私は死者なのですからこれで満足……」
「そいつ、結構捻くれてるから俺の時みたいに助けてやってくれ。あぁけど、あんまりそいつに構ってばっかりいると俺が嫉妬しちゃうからほどほどに頼む」
カードを差し出すと、極美はポカンと首を傾げた。
「俺の時みたいに……ですか?」
「あぁ、このダンジョンに来て俺が初めて喋ったのがお前でよかった。できればいなくならないでくれると嬉しい」
自分の顔を隠すように、着物の袖を顔に当てながら極美は下を向いた。
「かしこまりました」
極美がモンスターカードを受け取る。
「極美、天城のヤツを治してやってくれ。多分全身ボロボロだから」
「はい、すぐに」
極美が天城に駆け寄っていく。
なんか「よかったわね」「はい。想像もしていなかった答えでした」と、よくわからないことを話している。
盗み聞きもほどほどに、俺は【
「爺ちゃん、この先のヤツ勝てると思うか?」
「さぁな。ただ、儂はあの少年に強さを感じなかった。儂では測れぬほど力量に差があるのやもしれぬ」
「それに加えてこっちは全体的に満身創痍だしな……」
俺の魔力は尽きた。
復活も使っちまった。
爺ちゃんも体力魔力共に疲労が見える。
極美だって魔力の補完が出来ているとはいえ、複数のスキルを同時にあれだけ使い続ければ脳の方の疲労は溜まってるだろう。
天城も魔力効率がいいとは言っても無限じゃない。
「お待たせいたしました」
「行けるよ」
二人は、まったく臆した様子もなく俺にそう声をかけてきた。
俺が考えている間に治療は終わったらしい。
この先に【
それで負けた時は、またこの階層からやり直しだ。
いや……全部意味ない想定だな。
行ってみないことにはどうしようもない。
「うし、行くか」
部屋の奥にあった扉の前に立ち、俺はそう宣言した。
多分、この先がこのダンジョンの最奥だ。
俺の直観がそう言ってる。
俺たちは【死霊の楽園】の最終階層に足を踏み入れた。