転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
死霊の楽園第六階層。
自分のことをこのダンジョンの主だと名乗った『ウィリアム・ノヴァ』と初めて出会ったその場所。
の、さらに奥へ続く扉を開けた。
「あれは無理でしょ……」
「お兄様、逃げましょう」
「彩人、彼奴には勝てぬ」
三者一様に、その部屋の最奥に鎮座していた存在を目撃した瞬間に怯えを見せた。
当然だ。その反応が自然となるような……人間が立ち向かってはいけない存在がその部屋には鎮座していたのだから。
「……なんだあれ」
部屋は長方形に近い形をしていた。
奥行きが長く、左右の幅は七、八メートル程度。
左右の壁は棚がぎっしりと置かれていて、向かって右側の棚にはホルマリン漬けにされた生物の身体の一部が大量に保管されている。
左側にも似た容器が並んでいる。けれど俺の目には、その中には透明な液体が満たされているだけで、なにかが入っているようには見えない。
その部屋の中央にはコの字型の机があって、その中心にある椅子には少年が――ウィリアム・ノヴァが座っている。
机には大量の実験器具や資料が広げられていて、ウィリアムはいくつもの試験管の中身を混ぜたり測ったりとせわしなく動いている。
が、そんなことはどうでもいい。
俺がそのどうでもいい部分に目をやったのは、この部屋の一番奥で鎮座するあの獣を認識するのをできうる限り遅らせたかったからだろう。
狼……だろうか。
黒い体毛に全身を覆ったそれは、部屋の奥で身体を丸め、いびきを掻いている。
丸まっているせいでわかりにくいが、頭部の大きさを考えると全長は三メートル以上ありそうだ。
けど、巨大さとか見た目とか、そういう次元じゃなく人間に刻まれた生存本能が叫んでいる。
あれと敵対するべきではない。すぐにこの場から逃げろと……
多分、
あいつから溢れるそれは、本来専用のスキルがなければ感じ取れないはずのマナを直感的かつ本能的に認識させる。
それほど濃密で、圧倒的な魔力量。
モンスター換算で俺の魔力量は大体ランク4~5くらい。
俺の複製体を【
ランクが一つ上がると魔力量の最低ラインは大体五倍くらいになる。
天城がダンジョン管理委員会にいた時に持っていた計測器の数値と照らし合わせた結果だから間違いないはずだ。
で、あいつから感じる魔力が、じゃあどれくらいのランクかって話だが……
「彩人、多分あいつランク10くらいあると思う」
「俺もそう思う。送還」
俺は一先ず爺ちゃんと極美をカードに戻す。
「どうする? 逃げる?」
「いや、逃げてもなにも好転しない。けど、お前は先に帰ってもいいぞ」
扉を戻って階段を上がれば【
「冗談でしょ。あなたが行くなら私も行く」
「ははっ」
「なに笑ってるの?」
「いや、なんでもない」
俺は一歩踏み出す。
最奥の獣が起きる様子はない。
「はぁ……帰ってはくれないか。まぁこの程度でビビる人間なら、そもそもここまで辿り着けるわけもないよな」
作業を中断することはなく、視線すら俺たちに向けず、ウィリアムは話し始めた。
「安心しなよ。あれは死んだ回数が二回以下の侵入者にしか噛みついてくれないんだ」
「どういうことだ? お前が造ったモンスターだろ?」
「違うよ。あれは僕のじゃない。このダンジョンで僕が蘇った時からいた『なにか』だ」
「なんだそりゃ?」
「なんなんだろうね。けど、神の使いみたいな強さだってことはわかるでしょ?」
このダンジョンはダンジョン内で死んだ人間の魂を複製してモンスターに変える。
ならば、このダンジョンの最も簡単な攻略法は『一度も死なずに最奥まで到達する』ことだ。
けど、あの獣があいつの言う通りに動くなら、その攻略法は使えなくなる。
てか、
ダンジョン攻略には『多大な幸運』が必要、というのが今までの攻略者のほとんどが言っていた共通項だ。
俺の攻略のやり方もそういう意味じゃ幸運だったのかもしれない。
「僕がこのダンジョンで目覚めた時からアレはあそこで眠っていた。特にコミュニケーションを取ることもできない。ただ……死んでない、もしくは一度しか死んでいない探索者だけを殺してくれる」
最低でも、自分自身と一対二での戦いを強制されるってことか。
俺より強い探索者なんて沢山いるだろうに。
このダンジョンがまだ攻略されていない理由もそれが原因なんだろう。
「誰が僕を復活させたのか。僕の意志や術式と繋がったこのダンジョンはなんなのか。僕も正直よくわかってない。でも、それでも僕のやるべきことは変わらないんだ」
「不老不死、だったっけ?」
「時間と場所と動く体があるのなら、それが人が目指すべき場所だ」
そう話す間も、ウィリアムの手は止まらない。
「昔見た漫画か映画で、人は死を恐怖するから努力して発展する、なんて言葉を聞いた気がする」
「ハハッ、誰だよそんなバカなこと考えたヤツ。いや、恐怖が努力の源泉だっていうのは否定しないよ。でも、このダンジョンで君は疑似的な不死を知ったはずだ。それでもその状態で君は努力し続けて、成長し続けた。つまり不死になっても君の中に恐怖はあったってことだ」
俺は怖かったのか。
あぁ、たしかに恐かったんだな。
また同じ失敗を繰り返すのが怖かった。
自分が弱いままいることが怖かった。
俺にはこの世界に存在する価値がない。
そんな風に思っていた瞬間もあったような気がする。
「死を克服すれば、より上位の恐怖がやって来るだけだよ。愛欲を満たせないこと。他者に認めてもらえないこと。自己を証明できないこと。そんな恐怖と戦って人は発展し続ける」
「それが死ぬより怖いことだって?」
「死ななくなればそう思うようになる。実際、君の生きる平和な国ではそれが手に入らないから自ら命を絶つ人間が大量に湧いているじゃないか」
死ぬことより上位の恐怖……というか、死が怖くなくなった後の恐怖か。
まぁ、それはあるんだろうな。
俺がこのダンジョンに入った理由ともそう離れていない気がする。
「人類にとっては不老不死だって通過点の一つでしかないけれど、その夢を叶えない限りは次の夢は見れないって、それだけのこと」
チラリと、ウィリアムは俺を見て首を傾げた。
「君たち、聞きたいことがあるなら答えるよ。他にはなにかあるかい?」
「私はいいよ。彩人は?」
天城は黒狼をずっと見ている。
ウィリアムの言葉をそこまで信用してはいないのだろう。
「第五階層にいた騎士や魔術師はなんだ? やけに古風に思えたが、この時代の魂なのか?」
「いいや、あれは僕が生前に集めていた魂だよ。精神力の強い騎士とか、多くの知識を持つ魔術師とか、結構レアなんだ。でもそっちの研究は終わってるから門番をしてもらってた」
「神様から与えられた使命とか言ってたな。あれは、あの
「まぁそれもあるけど、僕らでは認識不可能な事象の呼び名を『神様』って言語化しただけだよ」
小さく、ウィリアムは笑みを零した。
「神様が人間を創ったとするなら、その気持ちが僕にはわかる。まずはそれに行動原理を付与する。僕が君の複製体に与えたような『侵入者を排除しろ』みたいに、自分を護れ、繁殖しろ、発展しろ、楽を求めろ。そんな感じに生存本能を付加する」
静かに、諦めたように、けれど動かす手を止めることなく、ウィリアムは話し続ける。
「逆にその程度の行動原理しか設定しないのは被造物に進化を望んでいるからだ。僕が死体と死霊を利用して不老不死を実現しようとしているように、神様は人間が進化することで己がより高次になる要素を発見してくれることを求めている」
「……」
「っていうのが、僕の神様に対しての仮説。どう?」
「知らねぇよ。俺は無神論者なんだ」
「ダンジョン、スキル、クラス、世界の声、これだけ不可思議な要素があってまだそんなことを言うのかい? いや、そんなものなくてもこの世界が存在する理由を誰も知らないのに、神様はいないなんて確信できる君を僕は妄想癖だと評価するよ」
「あぁ、そうかい」
「僕からすれば、この
前に会った時はもっと気だるげなヤツだった。
自分の邪魔をするな。お前らはバカだ。さっさと消えろ。
そんな感情が明け透けに見えるヤツだった。
けど今は、その時よりかなり親切に感じる。
いや、聞いてもない持論を聞かされるのはやっぱり少し不快だが、以前はそういう『自分だけが知っていればいいこと』をわざわざ他人になんて話すヤツじゃないように見えた。
「お前さ、もしかして時間稼ぎしてるのか?」
「あ、バレた?」
俺たちの会話を聞いていた天城が無言で銃を呼び出す。
「いやおかしいだろ。お前には何十年も時間があったはずだ。今更俺とこんな話までして数分稼いでなんの意味がある?」
「僕は死体使いにして死霊使い。でも、僕の用意した駒はもう全部突破された。そもそも僕は研究職であって戦闘職じゃないんだ。君らに勝てるはずもない。だから僕は僕にできることをするだけだ」
「できることってなんだよ?」
「一秒でも時間を稼いで、その間に研究の完成を目指す。それが今の僕にできること」
この部屋に俺が来た時からずっと、こいつの手は一秒も止まっていない。
「たった数分で完成するところまで進んでるのか?」
「いいや、でも可能性はゼロじゃないだろ? それだけで賭けるには十分だ。そう考えられないヤツが、不老不死の研究なんてすると思うかい?」
そうか……そうだよな……
俺だってこいつになにを言われても生き方を変えたりしない。
俺は前に進む。
ウィリアムの後ろに回り込み、手の届く位置まで近づく。
こいつが俺を騙そうとしている可能性はあるから、警戒して進んだ。
けど、未だになにも起こらない。
「あぁそうだ。報酬の話をしてなかったね」
時間稼ぎだ。
「一つは君の召喚獣……極美だったかな? その魂に名前が返還される。アンデッドは名前まで複製しようとするとコストが重いから基本的に奪ってあるんだ」
何十年も、いや生前も含めれば何百年と続けたであろうその研究が、今この瞬間の数分で完成するかもしれないという可能性に期待してこいつは話し続ける。
「名前がそんなに重要なのか?」
「あぁ、固有スキルを使えるか使えないかに関係するからね」
「けど、名前を失ってた
「
「なるほどな」
「極美という召喚獣が真名を取り戻せば、固有スキルも使えるようになると思うよ」
頷いていると、ウィリアムが俺に見せる様に机の端に桃色の液体が入った小瓶を一つ置いた。
「それとこれ、名前は……そうだな【人間薬】とでもしようかな。不老不死の研究の失敗作でね、端的に言えば人間を正常な状態に戻す薬だ。飲めばどんな傷も病も治り、人としての基本的な機能は完全に復元する」
完全回復役ってことか。
よくゲームとかであるよな。
最後まで出し渋って結局クリアまで使わないヤツ。
「これ……もしかして魔道具じゃなくて【宝物】なのか?」
「宝物……?」
「魔道具はダンジョン内でしか効果を発揮しない品。宝物は外でも使えるもののことだ」
「なるほど、空気中の魔力を利用しているかどうかってことか。それならこれは【宝物】だよ。この液体自体に込められた魔力自体に効果があるからね。仮にダンジョン内で飲んで外に出たとしても、この秘薬で得られた効果は保持される」
たとえば、ダンジョン内で付けられた傷はダンジョンの外に出れば完治する。
けれど、ダンジョンに入る前に付いた傷は、ダンジョン内で治癒系のスキルを使って治したとしてもダンジョン外に出ると元の状態に戻る。
例外は固有スキルと宝物だけだ。
その法則に当てはめれば、この薬はたしかに【宝物】だな。
「けど、不老にはなれないんだな。お前は不老なんだろ?」
「僕の使っている不老の技術には常態的な処理が必要になる。そもそもダンジョンの魔力を使って成し得ていることだから、永久機関でもなんでもないよ」
なるほど、攻略にダンジョン自体が破壊されるんだから不老の技術の再現は不可能ってことか。
まぁ別に不老になりたいってわけじゃないしいいけど。
「それと君たち二人には固有スキルが一つ追加で与えられると思う。僕を倒し、ダンジョンが消滅すれば、溢れた魔力は攻略者である君たちに向かうだろう。その過剰魔力は君たちの次なる術式を目覚めさせるだろうね」
爺ちゃんと俺はスキルオーブによって固有スキルを一つ増やしている。
だが、ネットを見た限りスキルオーブの入手率はかなり低いらしい。
それに内容もクラススキルと大差ないようなものばかり。
ダンジョン外で使えるというのは有用だが、俺はそもそもクラススキルもダンジョン外で使えるし、あまり期待はしないでおこう。
「後は……僕の研究資料も上げてもいいけど、いる?」
「要らねぇ……あぁいや、やっぱ貰うわ」
「意外だ。君は僕を否定したいんじゃないのかい?」
「俺がお前を否定しようが、お前に利用された魂が存在した事実は変わらない。そいつらを無意味にしないためにも、お前の研究成果は残しておくべきだと思う」
「そうか、これに纏めてあるから持っていくといい」
ウィリアムは小さく微笑み、一冊の本を【人間薬】の隣に置いた。
「うーん、もう特に君の興味を引けるような話題は思い付かないなぁ。質問、もうないの?」
「俺も思い付かねぇな」
「そっか」
「薬、できそうか?」
「いいや、試したい理論はいくつもあるけど時間も素材も足りてないって感じ」
「そうか……」
こいつにとって『不老不死』ってのは重要なことなんだろう。
他のなにを犠牲にしてでも叶えるべき夢。
けど、俺の納得や満足とは両立しない考えだった。
だから俺はこいつと戦っている。
ダンジョン攻略の報酬とか、そういうのは実はどうでもいい。
俺はこのダンジョンに捕らわれた魂を消滅させる。
そのためにここに来た。
「俺はお前のことが嫌いだ。勝手に人の魂を弄ぶから」
「僕も君のことは嫌いだよ。感情的だからね。それに比べて『最初の君』はよかったな。あっちの君となら友達になれそうだった」
「無理だろ。お前が造ったゾンビなんだから」
「……そうだね」
俺は、俺がここに来た理由を実行する。
「じゃあな。【
「期待してるよ人類。いつか僕の夢を叶えてくれ」
小学生くらいのそいつの身体を、俺の手の平から放たれた雷撃が焼き焦がしている。
しかし、ウィリアムの肉は最初に会った時と同じように蠢き、再生を始める。
「やっぱダメか。悪い天城、頼んでいいか?」
「うん」
天城が寄って来て、銃をウィリアムへ向ける。
俺はその銃身を抑えた。
「いや、やっぱり俺がやる。俺にやらせてくれ」
「……わかった」
天城から受け取ったアルソーヴァの銃口を、ウィリアムに向け、引き金を引く。
音も反動もなく、放たれた魔力弾がウィリアムに吸着し、爆発する。
何発も撃ち込んで、何十発も撃ち込んで、その数だけ爆発が繰り返される。
こいつ、どんだけの魔力を持ってんだ……
いや、こいつはこのダンジョンと繋がってる。
魔力量だけで見れば、あの黒狼より多くても不思議はない。
結局、魔力全損によるアルソーヴァの消滅は発生せず、爆発がウィリアムの身体をバラバラにしていく。
蠢く肉片も小さくなるに連れて動きを止め、最終的にウィリアムの身体は百を超える肉片に変わった。
人間の身体が焼ける不快な臭いに顔をしかめていると、グラリ、とダンジョンが大きく揺れた。
「きゃっ」
「大丈夫か?」
俺は机の上にあった【人間薬】と資料を【
「ありがと、これって大丈夫なヤツだよね?」
「知らん。ダンジョン攻略なんてすんの初めてだし」
揺れがどんどん大きくなっていく。
同時に、周囲の壁や天井、地面がモンスターが死んだ時のように消失を始めている。
それはこの部屋の最奥にいたあの最強モンスターも同じだ。
目覚めることはなく消えていく。
周囲の物質のテクスチャが剥がれるように消失していき、宇宙空間のような黒い空間が周囲を覆っていく。
◆
――ダンジョン『死霊の楽園』が攻略されました。
――攻略者名は『斑鳩彩人』および『天城代鳴』です。
いつもの神殿……じゃないな。
空地みたいだ。
いや、ダンジョンの攻略に伴って神殿が消滅したのか。
辺りを見渡すと、景色は神殿の外と酷似している。
てか、アナウンスされてたな……
いや、自分事じゃなさすぎてスルーしてたけど、そういや何回か聞いたことあるアナウンスだ。
つーことは、もしかして世界中に通知された?
「外、出れたみたいだね」
「あぁ、そ――」
うだな、と続けようとした瞬間、目の前に魔法陣が出現する。
数は五つ。
すぐに、その上に人影が現れる。
天城が以前着ていたダンジョン管理委員会の白い制服に似たデザインの黒い制服に身を包んだ集団。
全員が深いフードやマスクで顔を覆っているせいで、顔立ちはよく視えない。
転移の固有スキル?
もしくは宝物?
相手は五人。
全員がダンジョン外でも有用な固有スキルを持ってる可能性が高い。
その五人の真ん中にいたヤツが、胸に手を当てながら一礼する。
「斑鳩彩人さま、それに天城代鳴さまとお見受けいたします」
声的に女……けどかなり歳を取ってそうだ。
喪服と魔法使いのローブを掛け合わせたようなデザインの衣服で完全に顔が隠れててわからないが、かすかに見える目元の皺を見る限り結構な婆さんっぽい。
天城を手で制しながら、俺は彼女と目を合わせる。
「そうっすけど、どちらさまっすか?」
「ダンジョン攻略おめでとうございます。