転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ 作:水色の山葵
俺たちがダンジョンを攻略した日から三日、天城が配信してくれた日から二日が経った。
俺はこの二日間、一度も家の外に出ていない。
天城の配信によって俺の家の前に陣取っていた報道関係者のほとんどはいなくなったが、まだ俺の家を監視するような視線をいくつか感じる。
俺の気のせいかとも思った。
けど爺ちゃんに確認したら、似たような気配を感じるということだ。
報道関係者だかそれ以外だか知らんが、どちらにせよ監視されているのはたしかだ。
監視されている以上、家の中でもスキルを使うべきじゃないと判断して、極美や爺ちゃんを出すのは控えている。
この二日でやったことは二つ。
一つはダンジョン攻略によって得られたものの確認だ。
まずは俺の【
名称は【
固有スキルもコピーできるから、今は爺ちゃんの【危機察知】をコピーしてある。
切り替えてから二十四時間経過すると次の切り替えを行うことができるようになる。
切り替えなければ、コピー元の召喚獣が死ぬことがない限り、効果は永続的に維持され、コピーしたスキルは何度でも使用できる。
次に極美の覚醒した固有スキル。
名称は【転ノ印】。どうやら極美が生前使っていたという魔術と同一の名称のようだ。
効果は異能管理委員会の婆さん、ヤタが使っていた転移スキルに近い。
予め刻印を付けていた場所に瞬時に移動できる能力。
刻印の最大設置数は11カ所。
ちなみに極美は本当の名前を思い出しているようだが、少しの間だけ召喚して聞いても教えてくれなかった。
『私は極美です。それ以外の誰でもありません』
とのことだ。
実際そうだ。あの婆さんと極美のスキルが似ていることや、あの婆さんの目元に既視感があったことなんて、特に俺が気にするべきことじゃない。
この二日、天城とも何度か連絡を取って、天城の目覚めた固有スキルも聞いた。
スキル名は【
詳細はわからないが、ダンジョン内にいたのと違って喋ったりとかはしないらしい。
単純に天城と同等の能力を持つ人形って感じらしい。
次に手に入ったアイテム。【人間薬】はまだ異能管理委員会から返還されていない。
問題はウィリアムから受け取った資料の方だ。
まず、日本語じゃないから読めなかった。
スマホで調べた限り複数の言語が入り乱れているようで、かなり暗号めいている。
かと言ってこれを解読できて信用のおける人物の心当たりなんてない。
ひとまず極美に預けておいたので、今はモンスターカードの内部空間に保管される形になっている。
極美が死んだらカードも消えるから、そうしたら資料は未来永劫誰も読めないな。
まぁ、極美を殺させる気はまったくないから実質リスクなしだ。
極美の召喚獣となった『最初の俺の複製体』だが、ダンジョンが崩壊しても健在だった。
俺はまだ一度も話していない。
極美に名前を聞いた時についでに聞いてみたが、カード内の空間で会話しているらしい。
最初の複製体は会話を拒否するようなことはなく、極美もコミュニケーションに困っているような様子はなかった。
あいつの性格的に状況は受け入れているはずだ。
受け入れた上で自身の徳を求めるなら、召喚獣となった今の状況は極美に協力するのが一番利が多いとすぐに気が付いたんだろう。
あいつはムカつくヤツだが、能力自体は有能だし、俺と同じ【
今後、別のダンジョンを攻略することになった場合は大きな戦力となるだろう。
けど、極美があいつの話をしている時、ちょっとイラっとしたんだよな……
以上が俺がこの二日で確認した内容だ。
もう一つ、この二日の間に俺は『引っ越し先』を調べていた。
貯金も多少はある。
この世間に知られた家に住み続けるのは、リスクが高すぎる。
それに、俺と爺ちゃんと極美……と、まぁ最初の複製体もたまに出て来るかもしれないってことを考えるとこの部屋はかなり手狭だ。
一件家とは言わないが、もう少し広い家がいい。
できれば都心からは離れたい。
それとダンジョンの近い家がいい。
そんな要望で、いくつか不動産屋のサイトを見ていた。
目星は付けてあるからいくつか内見して決める予定だ。
引きこもり三日目。
玄関のチャイムがなった。
まずは覗き窓から外を見る。記者だったら居留守だ。
けど、玄関前に立っていたのは異能管理委員会の婆さん……ヤタだった。
宝物の返品に来たんだろう。
俺が扉を開けるとヤタは、
「お待たせいたしました」
と、一礼した。
「いえ、もう鑑定は終わったんすか?」
「はい。それで内密のお話もありますので、少し、ご同行いただいてもよろしいですか?」
と、彼女は俺に握手を求めるように手を伸ばした。
転移の能力を使わせろということなんだろう。
俺が握手に応じると、ヤタは一歩前に歩み寄り、背後の扉を閉める。
その瞬間、俺とヤタの足下に魔法陣が出現し、一瞬で景色が切り替わった。
以前も来た応接室だ。
部屋の中央にある机の上には、俺がダンジョンから持ち帰った小瓶……【人間薬】が置かれている。
「効果は傷と病の完全回復。人間を自然な状態に戻すという効果だそうです」
ウィリアムが言っていた効果とほぼ一致するな。
「それに加えて多少の若返り……というか、肉体を全盛期に近付ける効果があるようです。最大でも増減は五歳程度のようですが」
「なるほど、死霊の楽園のボスには『不老』の能力があったんで、そういう効果があっても不思議じゃないっすね」
姿が子供だったことを考えると何度も若返りを繰り返したとも考えられる。
「そうですか。では次に政府からのご提案なのですが」
そう言ってヤタは、【人間薬】の隣に小切手を差し出す。
「は……っ?」
俺を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
ゼロの数が見たことないほど多い。
一万、百万、十億……
「二十七億円……?」
「はい。政府の決定として、この薬にはこの額での取引を提示させていただきます。これはオークションなどに先行して取引を行わせていただいておりますので、色は付けさせていただきます」
「普通に売るより高値で買ってくれるってことですか?」
「こちらで算出した市場価値では二十億程度だと想定されています。しかし飼い主にのっぴきならない事情があればその限りではないでしょう。ですので、この宝物の使用方法はあなた次第です」
普通に売れば二十億程度。
けど、都合よく不治の病に罹った資産家でもいればその限りじゃない。
ヤタの言ってることはそういうことなんだろう。
けど、俺は金とかどうでもいい。
大金を貰っても、普通の生活ができるならそれ以上の使い道は思い付かない。
まぁ、なんかあった時に貯金が多い方が安心感があるとか、その程度のものだ。
俺は、顔の下半分が隠れたヤタへ視線を向ける。
「なぁヤタさん」
「なんでしょうか」
「あんたは売って欲しいか?」
「それは、私の立場は政府側ですので当然……」
「あぁ、いや、聞き方が悪かった」
「……?」
ヤタが小首をかしげる。
俺も自分がなにをしたいのかよくわからん。
けど、この人の目元を見ていると極美の顔が浮かぶ。
まぁ、多分そういうことなんだろう。
「もし、あんたの言うことを俺がなんでも一つだけ聞くって言ったら、これを売らせることに使うか?」
俺の問いに、ヤタは首を傾げ……そして明瞭な意志を持った瞳で首を横に振った。
「いいえ、もしあなたにその意志があるのなら、私はもっと残酷なことをあなたに望むでしょう」
「なんだ、人でも殺して欲しいのか?」
冗談交じりのその問いに、ヤタの目は一切笑みを浮かべず答える。
「そうですね。殺して欲しい人間はいます。けれど、今更殺してもきっとあの男は満足そうに死んで行くでしょう。だから意味はないのです」
誰のことを言っているのだろう。
極美の過去の話を踏まえるなら、こいつの家の当主とかだろうか。
いや、極美と目の前の女が同一人物だとしても、そこには五十年近い時間の開きがある。
その間に、殺したいほど憎い相手ができたとしても、不思議はない。
「それに、イザという時に逆らう勇気もきっと私にはない」
「……」
「けれど、この薬はその男が望むものでもありますから、むしろ売らないでいただきたいというのが本音でございます」
そう言って、ヤタの目元は少し笑った。
「そうか。じゃあ売らない。それと、あんたの個人的な頼みなら一つくらいは聞いてもいい。なんかあったら電話してくれ」
「私の願いを聞く? あなたがそのような提案をする理由はなんですか? あなたが拙い敬語を止めた理由となにか関係はありますか? もしかして、どこかでお会いしたことでもありますか?」
敬語……あぁ、無意識だった。
途中から極美と喋ってる感覚になってたから。
「会ったこと、いやダンジョンを攻略した時に
「意味がわかりません」
「……まぁ、頼みがないなら無理になんか言う必要はないから、要らないなら捨ててくれ」
近くにあったメモ用紙に電話番号を書いて、机に置く。
隣にあった【人間薬】を回収し、俺は部屋の扉を開ける。
「帰りは一人でいい。ちょうど買い出ししたいと思ってたとこだから」
二日も引きこもってたから、冷蔵庫の中身はほぼ壊滅してる。
「じゃあな」
ヤタから連絡がない限り、俺たちが会う理由はもう一つもない。
家に帰って来た俺は、それから数日掛けて引っ越し作業を進めた。