ゾンビの魔法少女   作:井戸水0ml

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夕暮れの出来事

 太陽が沈み、逢魔時がやってくる。民家は皆戸を閉め、灯を消し、来たる悪魔に備えるのだ。

 

 この街で、いや世界で、十数年前の最初の侵略以降、どの街でも夕暮れの時は灯を消すようになっていた。

 

 そんな言い伝えを信じなかった愚か者が二人、公園のブランコで揺れている。

 

「ねえ、もう五時だよ。帰ろうよ。怒られちゃう」

 

「馬鹿、ビビってんのか? あんなの迷信だって。」

 

 わるい子は親の言いつけを聞かない。小学生の二人はなんでも反発したいお年頃のようだ。

 

 

 当然、わるい子には罰を与えるべきである。

 

 

 突如、二人の頭上が夜になった。黒い毛から落下する虫の雨がこどもの肩を打ち、見上げた先の存在を認識した。

それは巨大な蝙蝠だ。ビロンビロンに伸びた汚らしい膜、遊具一個丸呑み出来そうな大口が、鼻も目も押しのけて潰していた。胴体の皮が捲れ上がり、赤黒くなっているのを見て、父の革財布を思い出した。脚は枝のように細く、よく目を凝らさないと見えないものだった。真っ赤に充血した小さな眼は三日月形に歪み、巨口からは白く粘った唾液が垂れ、ブランコの鉄から煙が出ていた。

 

 それから直ぐ、一人が消えた。

伸びた皮の奥で、こどもが暴れてる。手のひらの形が口に浮き出て、静かになったかと思うと、もう口の中には何も無かった。

 

「キキキッ」

 

「ひいいっ」

 

 蝙蝠は目線をこちらに向けて笑っている。こどもは自身の運命を悟った。脚はもう言うことを聞かなくなって、唇に付着した布に見入っていた。

 後のことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「一足遅かったか。」

 

 真っ黒な外套を羽織り、頭に先の尖ったペストマスクを装着した人間が足下に落ちたボロ切れを見てボソリと呟いた。

 こどもの叫び声と血の臭いがして急いだが、既に事は済んでいた。

 

 いったいどうやってここまで誰にもバレずに侵入したのだろう。こんな雑な食い方じゃ直ぐにあいつらに気づかれそうなものだが。

 

 蝙蝠はまだ食べ足りない。あの小さい肉じゃ腹なんてそうそう膨れないのだ。蝙蝠は恍惚としていた。こどもの血の匂いで大きな肉が釣れたのだから。

 

 蝙蝠は翼膜を翻して勢いよく外套へ突貫した。獲物の味にありつけるのはもう一秒もかからないだろう。

肉を食む食感を想像して涎が口から溢していた蝙蝠は完全に油断していた。

 

「ギョエッ⁉︎」

 

 それ故に、罠にかかるのだ。

 地面から突然茨が生え、蝙蝠の体を締め付けた。呆気に取られた蝙蝠がじたばたと暴れる。その度に茨は更に強く締め付けられ、棘が体中に突き刺さった。肉と棘の隙間から到底生物ではあり得ないような青色の血液が漏れ出ている。蝙蝠の顔に苦悶の表情が浮かび、傷口がじゅくじゅくと悲鳴をあげた。

 しかし蝙蝠も悪魔。そう簡単に倒せる様な甘い存在ではない。唾液を茨にひっかけて溶かし、拘束から抜け出した。体毛を逆立たせて、両翼を大きく広げている。巨大な翼は太陽を隠して、辺り一面が夜に変貌する。だんだん翼の先端から輪郭が曖昧になり、いつのまにか蝙蝠の姿が見えなくなった。

 

「なるほど。誰にもバレずに街へ入って来れたのはこの魔法か。」

 

 魔法。それは人智ならざる力。悪魔による侵略で猛威をふるったそれは、多くの人間を屠り、大陸の幾つかが消失する惨禍を起こし、今では悪魔の象徴として恐れられているものだ。

 

 耳を澄ます。微かに風の切る音が私の頭上を回っている。すっかり警戒しきっているようだ。

 

 もう無駄だと言うのに。

 

 

終わらない旅路(スブヴェニ・ミヒ)

 

 

「ギエッ⁉︎」

 

ドサリ という音と共に蝙蝠が墜落した。

 

「ケへッ ケヘッ ゴポッ」

 

 咳き込むように頭を揺らして肺に詰まった血を吐き、口元が真っ青に染まっている。咳き込んでいるうちに体内の皮が剥がれたようだ。先程より更に息がつらそう。眼球は真っ白に濁り、赤黒い肌が土色になり、やがて暗緑色へと変色して腐っていく。

 

「ギエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛」

 

 蝙蝠の肥えた腹が裂け、中から衣服のボタンと、歯の矯正器具、携帯電話が出てきた。いくら肉を一瞬で溶かすような強い消化液でも、金属は時間がかかるらしい。

 それから十数秒、体を引っ掻き回しながら暴れて、そして動かなくなった。

 

 蝙蝠の体から肉が灼ける音がする。腐臭と焦げる臭いが混ざってつい鼻を覆った。

 

「やっぱり慣れないな。もう何回も嗅いできたのに。」

 

 灼ける先を見ると、ボロボロに穴の空いた翼に文字が浮き出ていた。それは奴隷(ゾンビ)の烙印であった。

 

『上空で待機しろ』

 

 奴隷は壊死した体をのそりと立ち上がらせ、たびたびよろめきながら飛んで行った。血はまだ垂れていたが、夕日の赤のせいで青色が真っ黒に変色していた。

 

「よし、用は済んだ。早く帰らないと。あいつらに見つかる前に......っ!?」

 

 死角から突然襲ってきた火焔を咄嗟に避ける。最悪だ。少し目立つ行動をした自覚はあったが、よりによって彼女が来るとは。

 

 真っ赤な髪を肩で切りそろえた髪型に同じ色の目の少女、白色を基調としたドレスに身を包んで、手には火焔を纏った剣が握られている。

 

 魔法少女。彼女達は悪魔に唯一対抗できる人類の兵器。魔法少女は精霊という存在と契約をし、悪魔だけが使えるとされた魔法を操ることができるようになった幼い少女たちだ。

 彼女達は人類の未曾有の危機に突如現れ、それまで変わることのなかった人類の劣勢を覆した。人間の生活圏を取り戻し、今でもこの国家の守護を行っている。

 

「待ちなさい! あんたここで何をしていたの!」

 

そう言うと同時に火焔を纏った剣が振るわれる。

 

「聞くか攻撃かどっちかにして!」

 

 懐から取り出したナイフで剣を受ける。ぐっ、熱い。たった一回止めただけだというのにもう刃が融けてきている。避けに徹するしかない!

 

「私は敵じゃない!」

 

「そんな怪しい格好でよく言うわ! 潔白を証明したいならまずその奇抜な仮面をとったらどう?」

 

「格好を指摘されたら何も言い返せないな! この格好には事情があるの! っと」

 

 剣の火焔がより激しくなって刀身が伸びた。大きく振り上げた斬撃を体を捻って間一髪で避けた。

 

「ちょこまかとお!!」

 

 だんだん苛ついてきているらしい。剣戟が荒くなってきた。

 

「うっ」

 

 今度はナイフで受け流す。苛ついて体重を乗せすぎたのか体勢が崩れた。

 私はその隙に背中を向けて全力で逃げた。

 

 

 『静謐(グラキエス)

 

 

地面が凍っていく。地面に着いた足から氷が伝播して凍らされた。

 

「くっ」

 

「ナイス! ヒマリ!」

 

 火焔が目前に迫る。狙いは私の首か!

 

『守れ』!

 

 轟音が鳴り響く。火焔と私の間に一人の兵士(ゾンビ)が現れ、盾で剣を受けた。

 

「魔法⁉︎」

 

 彼女の目が見開かれる。

 

「あんた悪魔なのね! なら容赦しないわ!」

 

「私は悪魔じゃないよ!」

 

「少しはマシな嘘をつきなさい! 精霊もいないのに魔法が使えるわけないでしょ!」

 

 攻撃がより苛烈になる。火焔の猛撃と氷の足止めでだいぶ苦しい。何か打開策はないか?なにか……何か……

 

「『来い』! 蝙蝠!」

 

 空気に腕が掴まれる。瞬間体が浮く感覚がした。透明な蝙蝠は翼を振って飛び立つ。

 

「!? 浮いた!?」

 

 飛ぶことを予想していなかったのか驚愕の顔で固まった。蝙蝠は私の意思に忠実に働き、遠くへと私を運んだ。

 

 

 

 

 

「きいいぃぃ悔しい!!」

 

 ペストマスクをつけた悪魔の姿が見えなくなった後、取り逃がした悔しさが込み上げて思いっきり叫んだ。

 

「うるさい。いいから帰って本部に報告するよ。ホムラ。」

 

 毛先が膝近くまで長い水色の髪色。左目は蒼い瞳、右目には眼帯をつけている。黒色のゴスロリを身に纏った少女が気だるげに言う。

 

「別にいいじゃんちょっとくらい誰もいないんだから。はああぁ......行こ。ヒマリ。」

 

 既に太陽は地平に隠れ、街灯の白い灯りがポツポツと水たまりを作っていた。

 

 

 

 

 逃げ切った私は廃病院もとい隠れ家に辿り着いた。この廃病院は壁に穴が空き、蔓や雑草が根を張り、すっかり病院の原型を失っている。ここが病院だとわかるのは、壁に薄ら残っている小児科の文字や埃の被った妙な機械、そして、ここがまだ経営されていた時に私は来たことがあるからだ。

 

 洗面所の所々が曇った鏡のまだ少しマシな部分に顔を合わせて仮面を取る。その顔は生気の無い蒼白。長く伸び切った髪には枝毛が見え、黒目だった瞳はは濁り灰色に、隈が酷い。衣服を脱ぐと、乳房の膨らんだ青白く官能な裸体が顕になる。しかし、その蒼白の綺麗な素肌を汚すように青紫色の死斑が浮かんでいる。

 

「服が焦げてしまった……。」

 

 彼女、烏羽ツグミはゾンビである。

 

 

 

 

 

 

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