※魔法のルビをカタカナからローマ字に変更しました。
私は戦争で死んだ。悪魔の魔法と魔法少女の魔法の応酬が常に繰り返される惨禍の中、爆風で舞う砂埃の中、負傷し斃れていく少女達を救出し、担ぎあげて撤退を繰り返し続ける日々がついに終わった。死に際に助けた子はちゃんと逃げられたのだろうか。私は自分の死よりもそのことばかりが気がかりだった。
これも、私が全く別のことを願っていれば状況はもっと良いものだったのかもしれない。『隠す』だけしか能の無い魔法じゃ無かったら。たくさん悪魔が殺せて……。いや、こんなことを考えるのは意味が無い。私はこの魔法で、何十人も何百人も撤退させたんだ。それで十分なんだ。それで……。
「いやー残念残念。こんなに呆気なく死んでしまうとは」
私の死体の前で、誰かが笑いながら話しかけてくる。
誰? 私は死んだんだ。放っておいてくれ。
「あなたの人生は中々に可笑しいものでしたから、ずっと観ていたんでいたんですがねぇ、どうにもオチがつまらない。」
男は死体に向かってまだ喋っている。いや、何故私は声が聞こえている?
「おや、起きましたね。わたくしとお話ししましょう?」
目を開くと、天井で光る白い蛍光灯が目を眩ませた。私は戦争で、照つく喧しい太陽の下で死んだ筈だ。此処は何処だ? はじめ、私は自分の知らぬ建物の一室かと思った。しかし、床は土、周りには森林が広がっていて、空だけが人工物なのだった。
「おはようございます。烏羽ツグミさん?」
話しかけてくる誰かを見た。それは人ではなく、烏であった。一メートル程の巨躯で、頭部が三つ付いている。
私は其奴を見て直ぐその悪魔に魔法を放とうとした。
しかし、魔法は発動せぬままに、一瞬の静寂を齎した。
「あなたはもう魔法を使えませんよ。あなたが死んだ時点であの偏食家との契約は切れています。」
「お前は誰だ、此処は何処だ!」
私らしくなく冷静さを失って怒鳴った。
「私は烏です。そして此処は……まあ、巣とでも言っておきましょう。」
余りに曖昧な返答で、酷く腹がたった。
「烏だと? お前の様な烏などいるものか。」
「いいえ。いますとも。あなたも良く知っている鳥です。戦場の上空で旋回していた彼らのうちの一羽です。」
「その巨体に三つ首で、おまけに人語を喋るお前が、唯の烏なわけがないだろうが。」
悪魔は顔をニヤつかせながら言う。
「たしかに私は他の烏とは見た目が違うでしょう。しかし、私の羽毛は真っ黒で、目も嘴も真っ黒なのに、どうして私が烏でないと言い切れるのでしょうか?」
また怒鳴る声が出そうになる。喉につっかえる苛立ちを抑える為にため息を吐いた。まったく呆れたことだ。此奴は質問にまともに答える気が無いんだろう。
悪魔は笑った表情を改め、それぞれの首が私を見つめて、言った。
「私はあなたと契約がしたいんです。」
「契約?」
つい聞き返してしまった。まさか契約を持ちかけてくるとは思っていなかった。
「あなたが良く知っている契約です。悪魔と契約して、また魔法を使ってもらいたいのです。」
「悪魔とだと? 私は悪魔と契約したことなどないが。」
「契約していましたよ。もっとも、彼らは自らを精霊などとのたまっていましたがね。」
「……は?」
此奴はなんと言った? 精霊は悪魔?
「魔法が使えるのは悪魔とその契約者だけですよ。精霊というのも存在しません。」
「じゃあ、なぜそいつらは人間に力を与えるんだ。人間に侵略しているのに、抵抗できる力を与えるのは、本末転倒じゃないか。」
「彼らは己の私利私欲の為に契約しているだけです。悪魔は一枚岩では無いんです。あなた達こそ、手を取り合えば良いのに。」
悪魔の煽り文句を無視して言う。
「そいつらは契約で何を求めている?」
「さあ? ただ、彼らは偏食家とだけ。」
「…………」
「話が少々逸れてしまいましたね、改めて、私と契約をしましょう。ああ、ご安心を。彼らとは違って、あなたは契約について十分に検討する時間がありますから。」
「お前と契約する気は無い。」
少ししか会話をしていないが、此奴に対しての信頼というのは既に地に落ちている。悪魔を信じるというのも馬鹿馬鹿しいことではあるが。
「まあまあお話だけでも、私はあなたに魔法を与えたいだけなのです。勿論、公平な契約を。」
「お前と契約して私に何の利益がある。お前も偏食家とやらと同じように私を騙そうとしているのだろう?」
「まさか。私は彼らの様に嘘がつけません。この世界で嘘がつけるのは人間程度しか存在しませんよ。」
「その言葉が嘘か嘘でないかどうやって判断しろと言うのか。」
私は少し嘲りを込めて言った。
烏の表情が少し困ったように首を動かした。
「……たしかに、私はそれを証明する術を持ち合わせてはいません。しかし、この契約はあなたにとって損は無いと思いますがね。」
烏はどこからともなく突然現れた真っ黒な布と白い奇抜な仮面を嘴で器用に摘み上げた。
「私が望むことは二つ。一つはこの外套と仮面を着用して生活すること。二つ目はこの仮面を人前で外さないこと。それだけです。あなたが魔法を望めば、直ぐにでも契約します。その他に望むことがあっても、私は実現させましょう。天秤が傾かぬ限りは。」
……たしかに、私にとって損は無いように思える。だが、この悪魔の意図が理解らない。何を企んでいる?
「その布と仮面に何か小細工をしているのか?」
「いいえ、していません。」
嘘を言っているようには見えなかった。
「なぜ私とそんなに契約したがるんだ。これでお前に何の利益があるんだ。」
「目的は大したものじゃありませんよ。あなたの人生が面白かったからです。それよりも、あなたはこの契約を求めているのではないかい? 望んでいたでしょう。今までよりもっと強い魔法を。」
「……っ!」
心の内を見透かされた。……そうだ……私は強い魔法が欲しい。……憎き悪魔共を皆殺しにできる、そんな力が、欲しいんだ。
「……ああ。そうだ。欲しいよ。」
烏は大声で笑った。
「やはり! さあ! 契約をしよう!」
烏は黒い翼を私の前へ差し出した。
「…………一つ聞かせろ。翼を持った人間は、お前が作ったものか?」
「いいえ? 唯、彼女たちは自らの意思で鳥になることを望んだのですよ。」
「……そうか。」
翼を掴んだ。
『
最悪な目覚めだ。汗ばんだ体には砂がべっとりと張り付いていて、その上を一匹の蟻が這い回っている。体の重さと全身の痒さが、ニュースを聞くまでもなく今日の運勢の悪さを告げていた。
「……『あなたは自らの意思で鳥になる。』……彼女も、鳥になることを望んだのだろうか。」
視線の先。盛り上がった砂山に問いかけた。