インフィニット・ストラトス×家庭教師REBORN!―雪零の守護者―』 作:suzuki00
職員棟の廊下。
資料に目を通していた千冬教諭の前で、足音が止まる。
「千冬教諭」
顔を上げると、白崎零士が立っていた。
いつも通り、力の抜けた立ち姿。
だが、その視線は無駄なくまっすぐだ。
「……何だ」
短く返す。
零士は一拍置き、淡々と口を開く。
「今回の件、表に出さない判断――ありがとうございます」
言葉は丁寧だが、過剰なへりくだりはない。
「俺は非常勤の立場ですし、余計な波風を立てるつもりはないんで」
あくまで“立場を弁えた上での発言”。
だがそこには、単なる遠慮ではない、
状況を正確に理解した上での線引きがある。
「助かります」
それだけ付け加える。
千冬教諭は数秒、無言で零士を見る。
その意図と温度を測るように。
「……当然の判断だ」
返答は変わらず簡潔。
「不要な混乱は避ける。それだけのことだ」
感情は乗せない。
あくまで“職務上の処理”。
零士は小さく肩をすくめる。
「そう言ってもらえるとありがたいですね」
軽い調子に戻る。
だが、それ以上踏み込む気配はない。
「……なら、その姿勢を崩すな」
千冬教諭の声がわずかに低くなる。
「ここは教育機関だ。例外が目立てば、それだけで歪みになる」
遠回しな警告。
零士はあっさりと頷いた。
「承知してますよ」
一拍置いて、
「臨機応変にやります」
その言葉は変わらない。
だが――拒絶も、反発もない。
「……行け」
それで十分だと判断する。
零士は軽く会釈し、踵を返した。
足音が遠ざかる。
千冬教諭はしばらくその背中を見送り――
静かに視線を落とした。
(……線は守る、か)
完全に従うわけではない。
だが、無秩序に動く人間でもない。
「なら――」
小さく呟く。
(観るだけだ)
教師としてではなく、
監督者として。
その結論は、変わらない。
午後の実技訓練。
アリーナに緊張感が張り詰めている。
「――本日の訓練内容を変更する」
千冬教諭の一言で、空気が変わった。
ざわめきが広がる。
「二人一組での対人戦闘訓練に移行する」
生徒たちが一斉に姿勢を正す。
その中で――
観客席にいた白崎零士が、わずかに視線を上げた。
(……来たな)
何かを察したように。
千冬教諭は一度、全体を見渡し――
わずかに声を落とした。
「なお、ここから先の内容については――」
空気が引き締まる。
「専用機持ち、生徒諸君に緘口令を敷く」
ざわり、と動揺が走る。
「非常勤講師の白崎零士だが、こいつはISには操作出来んが、疑似技術で乗れるらしい。この件だけは専用機持ち、生徒諸君緘口令だ」
一瞬、理解が追いつかない。
「……は?」
一夏が思わず声を漏らす。
セシリアが目を見開き、
「ISを操作できない……?それで、乗れる……?」
鈴は眉をひそめる。
「意味分かんないんだけど……」
シャルは困惑しながらも零士を見る。
「疑似技術って……そんなこと出来るの?」
ラウラだけが、静かに零士を見据えていた。
(……なるほど)
その目は、むしろ納得している。
零士は小さく息を吐いた。
(そこまで開示するか)
千冬教諭の意図を理解する。
“情報を与えた上で、どう反応するかを見る”
完全に試されている。
「織斑」
「は、はい!」
「お前は単独だ」
一夏が目を丸くする。
「単独……ですか?」
「そうだ」
迷いのない即答。
そして――
「相手は――白崎零士」
空気が止まった。
一瞬の沈黙。
生徒たちの視線が一斉に観客席へ向く。
零士はゆっくりと立ち上がる。
「……千冬教諭、それは」
口を開くが――
「教育の一環だ」
即座に遮られる。
「非常勤講師である以上、指導補助の義務はある」
正論。
逃げ道はない。
だがそれ以上に――
“意図的に試している”
零士はそれを理解していた。
「ただし」
千冬教諭が続ける。
「武装制限を設ける」
視線が交差する。
「実弾・高出力兵装は禁止。近接のみ」
つまり――
“制御できるか見せろ”という意味。
「……どうする」
問う。
試すように。
零士は数秒、沈黙した後――
小さく肩をすくめた。
「分かりましたよ」
軽く答える。
「“教育の一環”ですからね」
アリーナへと降りる。
その動きに無駄はない。
一夏が緊張した面持ちで構える。
「え、えっと……よろしくお願いします!」
「気にすんな」
零士は片手を軽く振る。
「普通にやれ」
その一言。
だが――
その瞬間、空気が変わる。
(……来る)
千冬教諭は見逃さない。
零士の立ち位置。
距離。
重心。
“戦う者”のそれ。
(疑似技術、か……)
その実態を見極めるための試験。
次の瞬間。
一夏が踏み込む。
スラスターを噴かし、一気に間合いを詰める。
だが――
「遅い」
零士の身体が、僅かに動く。
それだけで、
一夏の攻撃は“当たらない位置”へとズレる。
回避ですらない。
“そこにいない”。
「っ!?」
一夏が驚愕する。
追撃をかけるが――
当たらない。
触れられない。
セシリアが息を呑む。
「これが……疑似技術……?」
鈴が歯を食いしばる。
「違う……これ、技術だけじゃない……!」
ラウラの目が鋭く光る。
(機体ではない……操縦者側の問題だ)
千冬教諭は目を細める。
(いい反応だ)
生徒たちの理解度も同時に測っている。
零士は一切、攻撃に転じない。
ただ、避ける。
誘導する。
崩させる。
「織斑、焦るな」
千冬教諭の指示が飛ぶ。
「相手の動きを見ろ!」
「は、はいっ!」
一夏が立て直そうとする。
その動きに合わせて――
零士が初めて、踏み込んだ。
一瞬。
死角からの接近。
手刀が、一夏の首元“寸前”で止まる。
完全な詰み。
だが――
「……そこまでだ」
千冬教諭の声。
同時に、零士の動きが止まる。
ピタリと。
一切の遅れなく。
「……了解」
そのまま手を引く。
一夏は理解する。
自分が“いつでも落とされていた”ことを。
「……今のが差だ」
千冬教諭の声は冷静だ。
「見て理解しろ」
一夏が息を整える。
零士は何も言わない。
ただ元の位置へ戻る。
⸻
(……なるほど)
千冬教諭は内心で整理する。
命令には従う。
制限も守る。
過剰な力も使わない。
だが――
(疑似技術だけではない)
あの動き。
あの間合い。
あの制御。
(本質は別にある)
そして同時に――
(生徒への刺激としては十分以上)
視線を上げる。
「……白崎」
呼ぶ。
零士が振り返る。
「今の対応、悪くない」
評価を与える。
だがその目は鋭い。
「だが次は、もう一段階踏み込む」
意図的な試験は終わらない。
むしろ――
ここからが本番だ。
零士は一瞬だけ目を細め、
「了解です」
とだけ返した。
その声音は変わらない。
だが――
確かに、千冬の“試し”に応じる覚悟があった。
訓練の空気が、まだ完全には緩んでいない中――
千冬教諭が再び口を開いた。
「……次に進む」
その一言で、場の緊張が戻る。
「白崎」
「はいはい」
軽く応じる零士。
だが視線は鋭いまま。
「条件を追加する」
一拍。
「――防御行動を禁止する」
ざわり、と空気が揺れた。
「はぁ!?」
一夏が思わず声を上げる。
セシリアも目を見開く。
「防御を……禁止……?」
鈴が顔をしかめる。
「それって……避けるのもダメってこと?」
千冬教諭は即答する。
「回避は許可する。だが“受ける防御”は禁止だ」
つまり――
“装甲・シールド・技術的防御に頼るな”
純粋な機動と判断だけで対応しろ、という意味。
そして同時に――
(白銀の装甲を使わせないつもりか)
零士は内心で理解する。
氷槍も、大鎌も、長刀も。
絶対零度結界も――
使えば“過剰”になる。
「……なるほどね」
小さく呟く。
「教育的には正しい」
そして軽く肩を回す。
「やりますよ」
あくまで非常勤講師。
指導補助の範囲内で応じる。
そのスタンスは崩さない。
⸻
再開。
一夏が再び構える。
だが、先程とは違う。
(防御させない……?)
意味は分からない。
だが――
「行きます!」
踏み込む。
今度は迷いがない。
連撃。
角度を変え、速度を上げ、連続で叩き込む。
だが――
「だから、遅いって」
零士の姿が、ぶれる。
いや――
“消える”。
当たらない。
軌道が合っているはずなのに、
その先にいない。
(何だこれ……!?)
一夏の思考が追いつかない。
さらに加速。
だが――
届かない。
触れられない。
一切。
セシリアが息を呑む。
「防御していない……」
鈴が低く呟く。
「全部……避けてるだけ……?」
ラウラが断言する。
「違う。あれは回避ではない」
視線は鋭い。
「“当たる位置に存在していない”」
シャルが震えた声で言う。
「そんなこと……出来るの……?」
⸻
その時。
一夏の一撃が、ついに“届く”。
確実に当たる軌道。
逃げ場はない。
だが――
「そこ」
零士が、ほんの僅かに身体を傾ける。
それだけで、
刃は“触れる前に”外れる。
完全な空振り。
「っ!?」
一夏のバランスが崩れる。
その瞬間――
零士が背後にいる。
いつの間にか。
手刀が、再び首元へ。
「……はい、終わり」
止める。
寸分違わず。
「……そこまでだ」
千冬教諭の声。
零士は即座に手を引いた。
⸻
沈黙。
誰もすぐに言葉を発せない。
やがて――
セシリアが口を開く。
「……あれが、疑似技術……ですの?」
鈴も続く。
「いや、違うでしょ……どう見ても……」
ラウラが静かに言う。
「機体性能ではない」
断定。
「操縦者の問題だ」
視線が零士に向く。
シャルが恐る恐る聞く。
「ねえ……それって結局、何なの?」
零士は少しだけ考えてから――
あっさりと言った。
「ボンゴレだ」
一同、沈黙。
「は?」
一夏が間の抜けた声を出す。
零士は肩をすくめる。
「あそこは、現代科学とかそういう枠で考えない方がいい」
軽い口調。
だが内容は重い。
「ISもすごいけどな」
一拍置いて、
「それでも、あっちは“別枠”だ」
それ以上は語らない。
線を引く。
⸻
千冬教諭は、そのやり取りを静かに見ていた。
(……やはりな)
疑似技術。
確かに存在する。
だが――
(本質はそこではない)
あの動き。
あの判断。
あの“間”。
(人間側が異常だ)
そして――
(制御は効いている)
命令には従う。
制限も守る。
過剰な力は使わない。
だが、確実に“上”にいる。
「……白崎」
呼ぶ。
零士が振り返る。
「お前はあくまで非常勤講師だ」
釘を刺す。
「教育環境を乱すな」
静かな圧。
零士は軽く笑う。
「分かってますよ」
そして――
「だから、この程度で抑えてるんです」
その一言。
軽い。
だが――
重い。
⸻
千冬教諭は結論を更新する。
(……危険だが、有用)
そして同時に――
(決して、手放してはならない駒だ)
視線の先。
白崎零士は、何事もなかったかのように立っている。
だがその存在は、
確実にこの場の“常識”を壊していた。
訓練場。
アリーナの青空の下、静寂が張り詰めていた。
「……では次だ」
千冬教諭の声が、冷たく響く。
「防御は禁止。回避と機動のみで凌げ」
一瞬、空気が止まる。
「さらに——」
わずかに間を置き、告げた。
「専用機持ち、白崎零士に攻撃を仕掛けろ。“遠慮は不要だ”」
「……え?」
セシリアが目を見開く。
「本気で、ですの……?」
「命令だ」
拒否権はない。
その言葉に、鈴が舌打ちしながら構える。
「……後で文句言わないでよ」
ラウラは既に武装展開済み。シャルも一歩引きながら射撃位置へ。
そして——
白崎零士。
白銀の装甲を纏ったまま、静かに立っていた。
「……なるほど」
小さく息を吐く。
「“攻撃させる”ですか」
視線だけで千冬を見る。
一瞬の沈黙。
そして——
「後悔しないでくださいね」
その言葉が、静かに落ちた。
次の瞬間。
——全員が動いた。
■第一波
「撃ちますわ!!」
セシリアのブルー・ティアーズが展開。
無数のビットが零士を包囲し、一斉射撃。
同時に、
「はぁぁっ!!」
鈴が近接距離まで一気に踏み込む。
ラウラは背後から高出力射撃。
シャルは側面から援護射撃。
四方向同時攻撃。
普通なら、回避不能。
——だが。
「遅い」
零士の姿が“消えた”。
音すら置き去りにする瞬間加速。
次の瞬間、すべての弾道が空を切る。
「なっ……!?」
セシリアのビットが追従する前に、
零士は既に“別の場所”にいる。
「どこ!?」
鈴が振り向く。
その背後——
「後ろだ」
「っ!?」
だが斬撃は来ない。
あくまで回避のみ。
しかしその“余裕”が、全員の神経を逆撫でする。
■第二波
「包囲しろ!」
ラウラの指示で陣形が変わる。
完全包囲。
逃げ場を潰す戦術。
だが——
零士は動かない。
ただ、立つ。
「……なるほど。連携は悪くない」
その瞬間。
空気が“凍る”。
「え……?」
シャルが気付く。
温度が下がっている。
いや違う。
“空間そのものが固定され始めている”。
「疑似技術……?」
セシリアが呟く。
零士は、静かに告げる。
「質問されたら答えましょう」
わずかに笑う。
「ボンゴレだ。あそこは現代科学を超えてる」
その言葉と同時に——
空間が完全に“静止”した。
■第三波(限界)
「撃てぇ!!」
ラウラの号令。
全火力集中。
ビーム、実弾、斬撃。
すべてが零士に収束する。
その瞬間。
零士の手に——
大鎌が現れる。
白銀の刃。
「……一撃だけです」
低く呟く。
「本気寄りでいきます」
振る。
ただ、それだけ。
——だが。
その一振りで、
空間が“裂けた”。
凍結。
停止。
圧縮。
すべてが同時に発生する。
攻撃は、触れる前に“止まり”
そのまま——砕けた。
「な……!?」
「ありえませんわ……!」
衝撃波すらない。
ただ、“消えた”。
そして、
一瞬遅れて——
圧力だけが来る。
「ぐっ……!!」
専用機全員が吹き飛ばされる。
直撃ではない。
余波だけ。
それでも、機体が悲鳴を上げる。
警告音が一斉に鳴り響く。
■静寂
風が止む。
零士は、何事もなかったかのように立っている。
大鎌は消えていた。
「……だから言ったでしょう」
静かに言う。
「後悔しないでくださいね、と」
誰も動けない。
理解が追いつかない。
ただ一人。
千冬教諭だけが——
微動だにせず、見ていた。
「……なるほど」
その目が、僅かに細まる。
「——規格外だな」
観察は、ここから本格的に始まる。
扉が閉まる音が、やけに長く残った。
完全な静寂。
白崎零士は、その場から動かなかった。
数秒——いや、数十秒。
やがて、ゆっくりとソファに腰を下ろす。
「……」
右手で額を押さえる。
わずかな疲労。
だが、それ以上に——
「……やっぱり来たか」
小さく呟く。
当然だ。
あれだけの戦闘を見せた。
疑問を抱かない方がおかしい。
天井を見上げる。
無機質な白。
その向こうにあるものを、知っている目。
「……マフィア」
口には出さない。
ただ、思考の中で言葉が浮かぶ。
(白の犯罪組織……)
一括りにすれば、そうなる。
だが実態は違う。
秩序も、論理も、歴史もある。
——それでも。
「……これだけは、話せないんだよ」
小さく、誰にも届かない声。
「すまないな」
セシリアも、鈴も、ラウラも、シャルも、箒も。
頭の中に浮かぶ顔。
ほんの一瞬だけ、視線が揺れる。
だが——
すぐに消える。
「その時になるまでな」
線は引く。
絶対に越えさせない線。
守るための、距離。
静かに目を閉じる。
その奥で——
別の光景がよぎる。
血。
炎。
そして——
“死”を告げる炎。
(……もし、あれが出てきたら)
思考が一瞬だけ鋭くなる。
(その時は……)
ゆっくりと目を開く。
「話すしかないか」
低く、確信を持って呟く。
それは——
境界線。
この世界と、向こう側が繋がる合図。
そこまで来たら、もう隠せない。
「……それまでは」
再び静寂。
外では、何も変わらない夜。
だが——
この部屋だけは違う。
確実に、“何か”が動き始めていた。
白崎零士は、ただ一人。
その中心にいた。