インフィニット・ストラトス×家庭教師REBORN!―雪零の守護者―』 作:suzuki00
臨海学校当日:青い空、白い雲、そして消えた先生】
臨海学校当日。
学園の正門前に並んだ大型バスの車内は、これから始まる夏のイベントへの期待で、出発前から異様な熱気に包まれていた。
「ふふ、ついに臨海学校ですわね! 織斑さん、わたくしの水着姿、楽しみにしていてくださいまし!」
「ちょっとセシリア、朝から一夏にベタベタしないでよ。一夏、海に着いたら一緒に泳ぐある!」
「う、おう、二人とも声が大きいって……」
バスの後部座席。いつも通りセシリアと鈴に挟まれて縮こまっている一夏。その少し前の席では、箒が腕を組んで窓の外を睨むように見つめ、シャルルとラウラが並んで座っていた。
バスのエンジンが静かに始動し、引率の織斑千冬が前方で出席を取り始める。その様子を何気なく見ていたシャルルが、ふと、ある「違和感」に気づいて小首を傾げた。
「……あれ?」
「どうした、シャルル」
隣のラウラが怪訝そうに尋ねる。
「ううん、ちょっとね。……ねえ、箒ちゃん、セシリアさん、鈴ちゃんも」
シャルルが少し声をひそめて呼びかけると、一夏を引っ張り合っていた面々が動きを止めた。
「何かしら、シャルルさん?」
「うん。……今日、零士の姿が見当たらないな、と思って」
その一言に、女子たちの動きがピタリと止まった。
「そういえば……」
箒が座席から少し身を乗り出し、バスの前方や、窓の外の教職員たちの集まりに視線を走らせる。だが、どこを探しても、あの端正で冷徹な、けれど誰よりも目を引く非常勤講師の姿はなかった。
「おかしいですわね。零士さんはわたくしたちのクラスの非常勤講師として同行されるはずですのに」
セシリアが扇子を口元に当てて眉をひそめる。
「……まさか、置いていかれたのか?」
ラウラが不穏な単語を口にし、シートから立ち上がろうとする。
「一夏、一大事だ。零士がいない。これは何者かの陰謀、あるいは誘拐の可能性が――」
「いやいや、待てラウラ! 零士がそんな簡単に誘拐されるわけないだろ!」
一夏があわてて宥めるが、女子たちの間には早くも不穏な、というよりは「お目当ての人がいない」という明確な不満の嵐が巻き起こりつつあった。
「(……もしかして、お仕事で来られなくなっちゃったのかな?)」
シャルルが心細そうに眉を下げる。水着売り場で、あの熱い眼差しで「よく似合っている」と褒めてくれた零士。彼に砂浜で本物の水着姿を見せるために、どれだけ準備してきたか。それはセシリアも、箒も、ラウラも、鈴も、全員同じ気持ちだった。
車内の空気が急速に冷え込んでいく中、教壇……ではなく、バスの最前列でマイクを持った千冬が、わざとらしいほど大きな咳払いをした。
「コホン。おい、そこ、騒ぐな。……白崎のことが気になるようだな」
一斉に、女子たちの鋭い視線が千冬へと集中する。そのプレッシャーたるや、並の男なら気絶しかねないレベルだったが、千冬はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「安心しろ。あの男なら、ISの予備重機材や調整用機材を運ぶという名目で、自分の車で先に向かった。今頃はもう、現地の滞在先に到着している頃だろうさ」
「えっ……車、ですか?」
シャルルが目を丸くする。
その瞬間、セシリアの脳裏に、あの日のショッピングモールの駐車場で見た、圧倒的な威容を誇る漆黒の車体がフラッシュバックした。
「……ロールスロイス」
ぽつりと、セシリアが呟く。
「な、何!? ロールスロイスって, あの最高級の!?」
事情を知らない箒と鈴が驚きの声を上げる中、セシリアは「あーーーっ!」と淑女らしからぬ声を上げて立ち上がった。
「ずるいですわ! 零士さん、そんな快適な高級車で一人優雅に先回りするなんて! わたくしもその助手席に乗せていただければ、ナビでも何でもいたしましたのに!」
「ボクだって、零士の隣でドライブしたかったな……」
シャルルが頬を膨らませて本気で悔しがり、ラウラにいたっては、
「……チッ。教官の助手席(正妻の特等席)を確保する絶好の機会を逃したか。不覚。あまりにも不覚……!」
と、拳を握りしめてガチで悔しがっている。
「おいおい、みんな何怒ってんだよ……。零士は仕事で行ったんだろ?」
相変わらず全く状況が分かっていない一夏が緊張感のない声を出すが、女子たちの耳には届かない。
「(……やっぱりな。教えておかなくて正解だったぞ、白崎)」
バスの前方で、千冬は静かにガッツポーズをしながら、心底呆れたようにため息をついた。もし零士が車で行くことを事前にバラしていたら、今頃このバスの座席は半分空になり、全員が零士の車の助手席を奪い合って流血沙汰になっていたに違いない。
「いいからお前たちは大人しく座っていろ。あと数時間で嫌でも顔を合わせることになる。……現地に着いたら、精々その有り余った体力をISの訓練にぶつけるんだな」
千冬の冷徹な一言で、バスはついに発車した。
窓の外を流れる青空を見つめながら、セシリア、シャルル、ラウラ、そして箒たちは、早くも脳内で「現地に到着した瞬間、いかにして最初に零士の元へと駆けつけるか」という次なる作戦を練り始めるのだった。
【同時刻:高速道路にて】
「――ハァ、クシュンっ」
よく晴れた高速道路を、心地よいエンジン音を響かせて疾走する一台の車があった。
漆黒のロールスロイスではなく、今日零士が選んだのは、鮮やかなライトニングレッドのボディが目を引くスポーツカー――TOYOTA 86だった。
現地での機材搬入ルートや、海岸沿いの狭い砂利道を想定し、今回は取り回しの良いこの鉄馬を選んだのだが……先ほどからどうにも、背筋に奇妙な悪寒が走って止まらない。
零士はハンドルを握り直すと、ルームミラーに映る自分の顔をチラリと見て、フッと皮肉げに口元を緩めた。
「……まぁ、そんなことだろうな」
今頃、学園を出発したバスの車内がどんな大騒ぎになっているか、想像するのは容易かった。
千冬先生が自分の単独行を告げた瞬間、あのじゃじゃ馬たちがどんな顔をして、どんな声を上げたか。事前に情報を遮断しておいたのは、非常勤講師としての自分の平穏のためであり、学園の秩序を守るための極めて合理的な判断だったと確信している。
「それにしても、女が三人集まると姦(かしま)しい、だっけか……」
ふと、日本の古い諺が脳裏をよぎる。
零士は片手をシフトノブに添え、窓の外を流れていく緑豊かな景色を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「なら、あいつらが四人、五人と集まったら、一体なんて言うんだっけな……」
姦しいの上をいく言葉。もはやそれは『狂騒』か、あるいは『天災』か。水着選びの時のあの熱量を思い出すだけで、スポーツカーの冷房を効かせているはずの車内が、少し暑くなったような気のせいすら覚える。
「……まぁ、現地に着くまでは考えないでおくか。俺はあくまで仕事をしに行くんだ」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、零士はアクセルをほんの少し踏み込んだ。
TOYOTA 86は、遮るもののない青空の下、至って順調に、何事もなく高速道路を滑るように進んでいく。
「……まぁ、現地に着くまでは考えないでおくか。俺はあくまで仕事をしに行くんだ」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、零士はアクセルをほんの少し踏み込んだ。
TOYOTA 86は、遮るもののない青空の下、至って順調に、何事もなく高速道路を滑るように進んでいく。
この先に待ち受ける、水着姿の少女たちによる『分別』の防衛戦。その幕が開ける前の、これが最後の静寂であることだけは、流石の零士もまだ気づいていなかった。