インフィニット・ストラトス×家庭教師REBORN!―雪零の守護者―』   作:suzuki00

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セシリアの場合


五つの助手席、第一の記憶(セシリア・オルコットの場合)

五つの助手席、第一の記憶(セシリア・オルコットの場合)

 

1. 英国の調べは泥に塗れて

それは、本当に些細な違和感から始まった。

「……あら?」

放課後のIS学園。機体調整を終えて夕闇の廊下を歩いていたセシリア・オルコットは、教員用駐車場の向こうへと歩いていく臨時講師――白崎零士の背中を偶然見かけた。

いつもなら、織斑一夏を巡るライバルたちとの喧騒の中にいるはずの彼女が、なぜかその時は、彼の纏う「完全な静寂」に目を奪われた。

学園での彼は、無愛想で、どこか生気のない目をしている。だが、今の彼の足取りには、まるでこれから獲物を屠りに行く獣のような、冷徹なまでの『意思』が宿っていた。

(……どこへ行かれるのかしら?)

普段なら気にも留めないはずだった。けれど、臨海学校でのシルヴァリオ・ゴスペル戦以来、セシリアの胸には彼に対する言いようのない不気味さと、それ以上の好奇心が燻っていた。

気がつけば、セシリアは自身の専用機『ブルー・ティアーズ』の待機リングに触れ、隠密性を高めた長距離追跡の態勢を取っていた。英国の名門貴族として、そして代表候補生としてのプライドが、「あの男の不審な動きを見過ごせない」と自分に言い訳をさせていた。

しかし、それが『地獄』への片道切符だとは、この時のセシリアは知る由もなかった。

零士が学園の敷地を出て、人気のない旧湾岸道路へと向かう。

セシリアが距離を保って空から追う中、零士は懐から奇妙な『金属製の立方体(匣)』を取り出した。

――ゴォッ。

夜の闇に、不自然なほど冷たい、だが圧倒的な熱量を持つ白銀の炎が灯る。

零士がその炎を立方体に注入した瞬間、空間が歪み、そこから一台の車が現れた。

(……え? 車……? いえ、今、空間から……!?)

セシリアが息を呑む。現れたのは、美しくも禍々しい艶を放つ漆黒のポルシェ911。

ISの展開(シフト)に似ているが、決定的に違う。あれはエネルギーの粒子ではない。もっと悍ましく、完成された「裏の技術」の匂いがした。

ポルシェは夜の帳を切り裂くような重低音を響かせ、猛烈な速度で走り出す。セシリアもまた、ブルー・ティアーズの出力を上げ、必死にその黒い影を追った。

2. 生身の死神

辿り着いたのは、湾岸エリアの最果てにある、錆びついた巨大な廃倉庫だった。

ポルシェから降りた零士は、迷いのない足取りで中へと入っていく。

セシリアは物陰に身を潜め、ISのセンサーを最大に広げて倉庫内を盗み見た。

そこで彼女の目に飛び込んできたのは、IS学園という「恵まれた箱庭」では決して見ることのない、世界の底辺の濁流だった。

「ひっ、う、動くな! 動くとこのガキどもの命は――」

怒号。そこにいたのは、亡国機業の末端と思しき、武装した十数人の男たち。彼らの背後には、頑丈な鉄籠に閉じ込められ、怯えて泣き叫ぶ幼い子供たちがいた。

人身売買、あるいはIS適性を持つ素体の強制拉致。国家の警察すら容易に手を出せない、法の外側の領域。

「人質か。……意味のないことを」

零士の声には、怒りも、正義感も、一片の感情すらもなかった。

男たちが引き金を引くより早く、零士の首元で白銀のロザリオが輝く。

――展開(リリースカスタム)。

次の瞬間、倉庫内の空気の「熱」が完全に奪われた。

零士の全身を包んだのは、IS(インフィニット・ストラトス)などという兵器ではない。それは、世界を沈黙させるために鋳造された、白銀の死神の装甲――『VIS』。

「マフィアの猟犬がァ! ナメんじゃねぇぞ!!」

絶望的な威圧感に押しつぶされそうになった男たちが、狂ったように叫ぶ。彼らの指には、裏社会で密売された粗悪なリングが嵌められていた。

――ゴオォッ!

引き金を引くと同時に、銃口から放たれたのは通常の弾丸ではない。赤黒く濁った、分子を分解・破壊する不完全な『嵐の炎』。さらに男の一人が、デッドコピーの匣を開き、炎を纏ったロケットランチャーの直撃弾を放つ。

ブルー・ティアーズのセンサーが、ISのシールドを内側から腐食させかねない異質なエネルギー数値を検知し、セシリアは恐怖で思わず目を瞑った。

だが、爆音は響かなかった。

「な……なんだこれ、弾頭も、俺たちの炎も……凍って……!?」

目を開けたセシリアは、己のセンサーが弾き出した数値に戦慄した。

着弾の瞬間、零士から放たれた絶対零度の『雪の炎』が、不完全な嵐の炎を、爆薬の化学反応(熱量)ごと完全に『中和』し、そのまま空間ごと静止(フリーズ)させたのだ。物理法則を無視した、圧倒的な不条理。

「ひっ、バケモ――」

言葉は最後まで続かなかった。

零士の手にした大鎌が一閃する。

それは戦闘ではなく、ただの「剪定」だった。

血飛沫すら舞わない。大鎌の刃が触れた瞬間、男たちの肉体は細胞の数一レベルで完全凍結され、叫び声をあげる暇すら給われず、ガラス細工のように音を立てて砕け散った。

「あ、ああ、ああっ!?」

リーダー格の男が腰を抜かし、後ずさりしながら引き金を乱射する。だが、放たれた弾丸は零士の数センチ手前で白銀の霜を纏い、カラン、カランと虚しい音を立てて床に転がるだけだ。

熱も、運動エネルギーも、殺意すらも、すべてが置き去りにされて『静止』していく。

「オメルタを破り、境界線を越えた。……それがお前たちの死因だ」

感情の抜け落ちた死神の宣告。

命乞いをする時間すら無慈悲に奪い去り、大鎌の切っ先が男の胸元をかすめる。次の瞬間には、男の身体はサラサラと音を立てて白銀の粒子へと変わり、夜の闇へと消滅した。

後に残されたのは、主を失って床に転がる、歪んだ金属リングと銃器の残骸だけ。

ほんの数十秒前までそこに存在していた十数人の人間が、まるで最初から存在していなかったかのように、文字通り「無」に帰されたのだ。

「あ……あ、あ……」

物陰で、セシリアは自身の歯の根がガチガチと鳴るのを止められなかった。

恐怖。圧倒的な、本物の『死』。

自分が今まで「最強の兵器」だと思って誇っていたISが、どれほど生温い世界の玩具であったか。この男が日常の裏側で、どれほど冷酷に、跡形もなく命を間引きしているか。

粗悪とはいえ生身で炎を操るマフィアの異形さと、それを一瞬で無に帰した零士の圧倒的な絶対性。

その現実の重さに耐えかね、セシリアの膝がガクガクと崩れ落ちた。その拍子に、背後の鉄パイプがカラン、と高い音を立てて転がる。

「――誰だ」

ゾク、と総毛立つような殺気がセシリアを射抜いた。

気がつけば、白銀の死神が、一瞬で彼女の目の前に音もなく着地していた。

3. 漆黒の助手席と、世界で一番冷たい優しさ

「セシリア・オルコット……。なぜここにいる」

装甲が解除され、現れた零士の顔は、いつもの冴えない非常勤講師のものだった。だが、その瞳の奥にある冷徹な闇に、セシリアは声も出せない。

「わたくし、は……その、あなたが、不審な動きを……」

涙が溢れそうになるのを、名門のプライドだけで堪える。しかし、地面に消滅させられた男たちの痕跡と、鉄籠の中の凄惨な光景を見て、ついに限界を迎えた彼女は、その場に嘔吐しそうになり口を抑えた。

世界は美しくない。

英国の高貴な淑女が知る由もない泥水が、すぐ足元を流れている。

零士はそんな彼女を蔑むことも、哀れむこともしなかった。ただ、静かに子供たちの檻を壊し、懐から端末を取り出して短く告げた。

「雲雀(ひばり)。湾岸の第三倉庫だ。素体候補を含めて一ダース、保護を急げ。――それと、迷い込んだ野良猫が一名。俺が処理する」

通信を切り、零士はセシリアの腕を無造作に掴んで立たせた。

「……来い。堅気(お前)が見ていい場所じゃない」

引っ張られるまま、セシリアは倉庫の外に停められた漆黒のポルシェ911へと連れて行かれた。

重厚なドアが開けられ、助手席へと押し込まれる。

ガチャン、と閉まったドアの向こう側は、先ほどの地獄が嘘のように、静かで、高級な革の匂いが漂う完璧なプライベート空間だった。

「白崎、さん……。あなた、は……」

「喋るな。オメルタ(緘黙の掟)だ。本来なら、お前は今ここで消されていても文句は言えなかった」

冷たく言い放ちながら、零士はマニュアルのシフトレバーを滑らかに入れ、アクセルを踏み込む。

ポルシェは夜のハイウェイを、恐ろしいほどの安定感で滑走し始めた。

セシリアは、助手席の深く沈み込むシートの中で、小さく身を縮めていた。まだ身体の震えが止まらない。

そんな彼女の様子を横目で一瞬だけ捉え、零士は無言のまま、車のエアコンの温度を少しだけ上げた。

「……怖かったか」

しばらくして、エンジン音だけが響く車内に、零士の低い声が落ちた。

「……怖かった、ですわ。あんなの、わたくしの知る世界ではありませんもの……」

セシリアは膝を抱え、ポルシェの窓ガラスに映る自分の情けない顔を見つめた。

「あの方たちは、消されて当然の悪人だったのでしょうけれど……それを、あなたは息をするように……。あなた、毎日あんなことをしていらっしゃいますの?」

「それが俺の仕事だ」

零士は前を見据えたまま、淡々とハンドルを捌く。

「綺麗事で世界が回っていると思うな、オルコット。お前たちがIS学園で一夏を囲んで暢気に笑っている間にも、あの檻の中の子供たちのような現実が、この世界の裏には無数に転がっている。――俺は、それを片付けているに過ぎない」

その言葉には、自己誇示も、悲壮感もなかった。

ただ、世界の歪みを一人で受け止め、誰に褒められるでもなく闇を処理し続ける、圧倒的な『孤独』だけがあった。

セシリアはその時、気づいてしまった。

この男は、冷酷な死神などではない。誰よりも世界の残酷さを知っているからこそ、その手を血に染めて、ギリギリのところで世界の境界線を守っているのだと。

(ああ、わたくしは……なんて浅はかだったのでしょう)

一夏への恋心や、代表候補生としての誇り。それらが、この男の背負う果てしない闇の前では、どれほど小さく、愛おしい子供の我が儘であったか。

「……でも、あなたはわたくしを助けてくださいましたわ」

セシリアは、シートの背もたれに深く身を預け、零士の横顔をじっと見つめた。

「『堅気(お前)が見ていい場所じゃない』って……。あれは、わたくしをあの地獄から引き剥がすための、あなたなりの優しさなのでしょう?」

零士の眉が、わずかにピクリと動いた。

「……フン。お前ようなじゃじゃ馬に、学園内でピーピー騒がれるのが面倒なだけだ」

「嘘つき」

セシリアの唇に、ほんの少しだけ、いつものお嬢様らしい気品ある笑みが戻った。

まだ恐怖は完全に消えていない。世界の裏側を見てしまったショックもある。

けれど、この漆黒のポルシェの助手席だけは、世界で一番安全で、世界で一番温かい場所に思えた。

「白崎さん」

「なんだ」

「……わたくし、今日のことは誰にも言いませんわ。あなたの言う『おめるた』でしたかしら? 英国貴族の誇りにかけて、秘密は守ります」

零士は何も答えなかった。ただ、アクセルを踏み込む足に少しだけ力が入り、ポルシェはさらに速度を上げて、IS学園の光が見える方向へと夜を駆け抜けていく。

セシリアは心の中で、静かに誓っていた。

自分はまだ弱い。彼の隣に立つ資格など、到底ない。

けれど――もし、彼がこの先もずっと一人でその孤独な闇を走り続けるというのなら。

(わたくしが、もっと強くなって……その左手を、支えられるようになりますわ)

これが、白崎零士の助手席に深く関わっていくことになる少女たちの、最初の「記憶」だった。

4. 動き出した歯車

翌朝、IS学園の食堂は、いつも通り一夏を囲む少女たちの騒がしい声に包まれていた。

「一夏、私の作った卵焼きを食べるがいい!」

「一夏、こっちのクロワッサンも美味しいよ?」

普段なら「ちょっとお待ちなさいお二人とも! わたくしの特製サンドイッチを――」と真っ先に割って入るはずのセシリアが、その日は優雅に紅茶をすすりながら、どこか遠い目をして微笑んでいた。

「……セシリア? どうしたんだよ、今日はおとなしいな」

不思議そうに顔を覗き込んでくる一夏に、セシリアはそっと微笑みを返す。

「ええ、何でもありませんわ、一夏さん。ただ……わたくしたちがこうして暢気に笑っていられる日常が、どれほど愛おしく、そして『誰か』の孤独に守られたものであるか、少し考えていただけですの」

「? よく分かんねぇけど、セシリアってたまに大人っぽいこと言うよな」

一夏は呑気に笑っている。

 

だが、その様子を横目で見ていたシャルロットとラウラだけは、セシリアの視線が、非常勤講師――白崎零士の後ろ姿に向けられていることに気づき、微かに目を細めた。

 

セシリアの瞳から「盲目的な恋」が消え、代わりに、世界の深淵を知った者特有の『大人の覚悟』が宿っている。

 

この日を境に、セシリアは一夏への執着をピタリと捨て、アルコット家の情報網を駆使して「世界の裏社会(マフィア、ボンゴレ、匣兵器)」の隠密調査を開始する。すべては、あの漆黒の助手席に、もう一度胸を張って座るために。

 

そしてこの最初の記憶が、やがて他の少女たちをも裏の領域へと引き摺り込み――あの激戦の果ての、リボーンをも巻き込んだ「4人の重婚容認(零士ファミリーの結成)」という最高に熱く騒がしい大団円へと繋がっていくのである。

 

(第一の記憶・セシリアの場合 ―― 完)

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