インフィニット・ストラトス×家庭教師REBORN!―雪零の守護者―』   作:suzuki00

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シャルの場合


五つの助手席、第二の記憶(シャルロット・デュノアの場合)

五つの助手席、第二の記憶(シャルロット・デュノアの場合)

 

1. フランスの密偵、夜の綻び

「……やっぱり、何か隠してる」

IS学園の女子寮、その一室でシャルロット・デュノアは私服に着替えながら、日中、技術ドックで見かけた白崎零士の姿を思い出していた。

フランスのIS企業『デュノア社』の令嬢であり、学園には当初「シャルル」という男装の身分で潜入していた過去を持つ彼女は、情報収集能力と人間の「嘘」を見抜く観察眼において、他のヒロインたちよりも頭一つ抜けていた。

だからこそ、気づいてしまったのだ。

零士がISの機体調整を行う際、モニターに表示される「エネルギー残量の慢性的な低下」という数値。学園の技術陣はそれを単なる「機体の不調」として片付けていたが、シャルロットの計算によれば、それは意図的に作られた『完璧すぎる偽装データ』だった。

(あのデータを作ったのは、IS学園の人間じゃない。もっと、世界の常識を何年も先取りしているような……別の巨大組織の影を感じる)

そもそも、シャルロットが男装という嘘を暴かれ、実家に見捨てられて明日をも知れぬ絶望の淵にあった時、彼女を戸籍ごと、母親の形見ごと完璧に救い出し、学園への在籍を裏から保証してくれたのは、イタリアの『ボンゴレ』と呼ばれる規格外の組織だった。そして、その実務を担ったのが、目の前の冴えない臨時講師――白崎零士だったのだ。

恩人の『本当の姿』を知りたい。その一心で、彼女は零士が誰にも告げずに深夜の街へと消えていくのを、自身の探知システムで捉え、追跡を開始した。男装時代に培った隠密技術を駆使し、専用機『ラファール・リヴァイヴ』の出力を極限まで絞って、彼の後を追う。

街外れのジャンクションの影。

零士が懐から取り出した『匣(ボックス)』から、白銀の炎と共に現れたのは、夜の闇を映す流線型のボディ――漆黒のポルシェ911。

(あれが……彼の『真実』の片鱗……!)

シャルロットは息を呑み、ポルシェが放つ微かな熱源を追って、夜のハイウェイへと深く滑り込んでいった。

2. 生身の死神

辿り着いたのは、廃墟と化した旧化学プラントだった。

プラントの最奥、有害物質のドラム缶が転がる不気味な空間に、マフィア界の反乱分子――亡国機業の息がかかった武装組織が拠点を構えていた。彼らの目的は、デュノア社をはじめとする欧州企業のIS違法コピーデータの売買。

「誰だ!?」

闇を切り裂いて潜入した零士に、男たちが一斉に銃口を向ける。

だが、シャルロットが加勢に動く暇すら、そして敵が絶望する時間すら与えられなかった。

――ボンゴレギア・雪のロザリオ、解放(リリースカスタム)。

ゴオォッ……!

空間の「熱量」と「運動エネルギー」を一瞬で奪い去る、絶対零度の白銀の炎が燃え上がる。

零士の全身を包んだのは、ISなどという兵器ではない。世界を沈黙させるために鋳造された、白銀の死神の装甲――『VIS』。

「マフィアの猟犬がァ! ナメんじゃねぇぞ!!」

狂ったように叫ぶ男たちが、指のリングから濁った『嵐の炎』を放ち、分子分解を狙った弾丸を乱射する。だが、そのすべてが零士の数センチ手前で白銀の霜を纏い、ピタリと空間に固定された。

熱も、破壊の衝動も、すべてを置き去りにして『静止(フリーズ)』させられたのだ。物理法則の崩壊に、敵の顔が恐怖で歪む。

「終わりだ」

感情の抜け落ちた死神の宣告と共に、手にした大鎌が一閃する。

それは戦闘ではなく、ただの無慈悲な「殺戮」だった。

血飛沫すら舞わない。大鎌の風が触れた瞬間、男たちの肉体は細胞レベルで完全凍結され、悲鳴をあげる時間すら奪われて、ガラス細工のように音を立てて砕け散った。

「ひっ、あ、悪魔め! 来るな、来――」

命乞いをするリーダー格の男の胸元を、大鎌の切っ先が容赦なくかすめる。次の瞬間には、男の身体はサラサラと音を立てて白銀の粒子へと変わり、夜の闇へと消滅した。

後に残されたのは、主を失って床に転がる金属リングと武器の残骸だけ。数十人の人間が、文字通り「無」に帰されたのだ。

(……すごい。これが、世界の裏側を刈り取る力……)

物陰で見ていたシャルロットは、その圧倒的な蹂躙劇に震えながらも、目を背けなかった。

零士は大鎌を消すと、無言のまま奥の倉庫の鉄扉を素手で引きちぎった。そこには、ISの実験素体として拉致されてきたと思われる、各国の少年少女たちが囚われていた。

「もう大丈夫だ。……すぐに迎えが来る」

零士の声は冷たかったが、怯える子供たちを温めるように、白銀の炎の残滓をそっと部屋に灯していた。悪を完全に、冷酷に絶滅させることでしか、この子供たちの「明日」を守れない。残酷なまでの冷徹さの裏にある、不器用すぎる彼の『優しさ』。

「……やっぱり、あなたは素敵な人だね、零士」

物陰から歩き出してきたシャルロットに、零士は鋭い殺気を向けたが、それが彼女だと分かると、ひどく面倒くさそうにため息を吐いた。

「……デュノア。お前まで俺を嗅ぎ回っていたのか」

「ごめんなさい。でも、どうしてもあなたの戦いが見たくて」

シャルロットは微笑んだ。かつて自分をあの地獄のような実家から救い出してくれた男が、今もこうして、誰に褒められるでもなく世界の闇を処理し続けている。その孤独な背中の真実を、彼女は確かに目撃した。

「フン……。堅気がいつまでもこんな血生臭い場所にいるな。乗れ」

零士はシャルロットの腕を引き、漆黒のポルシェの助手席へと促した。

3. ポルシェの助手席、花嫁としての覚悟

ガチャン、と重厚なドアが閉まり、ポルシェ911が夜のハイウェイへと滑り出す。

遮音性の高い車内には、心地よい水平対向6気筒のエンジン音だけが響いていた。

「怖くなかったのか。俺は、お前たちがIS学園で学ぶ『生温いルール』の外側にいる男だぞ」

ハンドルを握る零士が、前を見据えたまま静かに問いかける。

「うううん、全然」

シャルロットは助手席のシートに深く身体を預け、零士の横顔を愛おしそうに見つめた。

「私ね、知ってるんだ。世界は綺麗事だけじゃ回らないってこと。私の実の父親だって、裏で汚いことをたくさんしていたわ。……でも、あなたは違う。誰も助けてくれない裏社会の底辺で、泣いている子供たちを一人で救い出している。その手を血に染めながら、誰も恨まず、誰にも誇らずに……」

シャルロットはそっと胸元に手を当てる。そこには、ボンゴレの手によって取り戻された、亡き母親の形見が輝いていた。

「あの時、行き場をなくした私を完璧に守ってくれた時から、私のヒーローはあなただけだよ、零士」

「……ただの任務だ。お前を保護したのはイタリアの十代目の意思であり、俺個人の感情ではない」

不器用にはぐらかす零士の言葉に、シャルロットはクスッと小さく微笑んだ。

そして、助手席のシートから少しだけ身を乗り出し、零士がシフトレバーを握る左手に、自分の小さな手をそっと重ねた。

「任務でも、仕事でもいいよ。……でもね、零士。私は決めたんだ」

「何をだ」

「あなたのその孤独な背中を、私に支えさせてほしいの。あなたが世界の裏側で、どんなに冷たい雪の炎を燃やしていても……私が、その隣で、あなたをずっと温めてあげる」

それは、一夏への憧れとは全く違う、「この男のすべてを愛し、共に地獄へ落ちても構わない」という、一人の女性としての強烈な『愛の告白』――いや、『花嫁としての覚悟』だった。

零士は一瞬だけ目を見開いたが、重ねられたシャルロットの手を振り払うことはしなかった。ただ、少しだけ照れ隠しのようにアクセルを踏み込んで速度を上げ、ポルシェは夜の帳へと溶けていく。

4. 動き出した歯車

翌朝、IS学園の食堂は、いつも通り一夏を囲む少女たちの騒がしい声に包まれていた。

「一夏、私の作った卵焼きを食べるがいい!」

「一夏、こっちの特製サンドイッチを――」

普段なら「一夏、私のフレンチトーストも食べてくれるかな?」と優しく微笑みながらお弁当を差し出すはずのシャルロットが、その日は一夏の後ろの席で、静かにスープを口に運んでいた。

「……シャルロット? どうしたんだよ、今日はお弁当ないのか?」

不思議そうに顔を覗き込んでくる一夏に、シャルロットはいつもの聖母のような笑みを浮かべ、首を振る。

「ううん、何でもないよ、一夏。ただね、私はもう、守られるだけの女の子でいるのをやめようって思っただけ」

「? よく分かんねぇけど、シャルロットって時々大人っぽいよな」

一夏は呑気に笑っている。

だが、その様子を横目で見ていたセシリアだけは、シャルロットの視線が、食堂の入り口を通り過ぎていく非常勤講師――白崎零士の後ろ姿に向けられていることに気づいた。

二人の少女の視線が、一瞬だけ交錯する。

言葉は交わさない。しかし、互いの瞳に宿る『大人の覚悟』と、世界の深淵を知った者同士の連帯感が、そこには確かに存在していた。

(セシリアさんも、気づいていたんだね……)

(デュノアさん、あなたも……あの助手席の温かさを知ってしまいましたのね)

シャルロットの瞳から「盲目的な恋」は完全に消え去っていた。彼女はすでに、デュノア社の残存ネットワークを裏から掌握し、ボンゴレの intelligence(情報部門)として零士をサポートするための隠密行動を開始していた。

すべては、あの漆黒の助手席で、今度は「最愛のパートナー」として彼の左手を握るために。

 

 

 

 

(あなたがマフィアの死神なら、私はその死神の『花嫁』になる。……経済的にも、魂も、全部あなたに買われちゃったんだから。絶対に、あなたを一人になんかさせないんだからね)

 

漆黒の助手席で、白崎零士のふたつめの「生涯の花嫁」になる覚悟を決めた少女の、第二の「記憶」。

 

(第二の記憶・シャルロットの場合 ―― 完)

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