インフィニット・ストラトス×家庭教師REBORN!―雪零の守護者―』   作:suzuki00

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鈴の場合


五つの助手席、第五の記憶(凰鈴音の場合)

五つの助手席、第五の記憶(凰鈴音の場合)

1. 幼馴染の限界と、届かぬ咆哮

IS学園の学区外、激しい雷雨に晒される臨海コンテナターミナル。

中国の代表候補生、凰鈴音は、自身の専用機『甲龍』のコクピットで、激しい息の乱れとともに操縦桿を握りしめていた。

 

「なんで……なんで一夏は、あんなに遠くに行っちゃうのよ……!」

 

ここ数ヶ月、学園の様子は明らかにおかしかった。セシリアも、シャルロットも、ラウラも、そしてあの箒までもが、一夏を巡る恋の戦いから完全に「降りて」しまったのだ。それどころか、彼女たちは一夏をどこか哀れむような目で見つめ、臨時講師の白崎零士の影へと付き従うようになっていた。

 

焦燥感に駆られた鈴は、一夏に追いつきたい一心で、中国軍の伝手から手に入れた「機体出力の強制解放コード」を甲龍にインストールしてしまった。だが、それは裏社会から流出した非合法の『嵐の匣(ボックス)』のデータを、軍が粗悪にコピーした禁忌のプログラムだった。

 

『警告:コアの熱運動が限界値を突破。制御不能』

 

「くっ……止まれ! 止まりなさい、甲龍!」

 

鈴の叫びを無視し、甲龍の肩部衝撃砲(龍咆)から、ドロドロとした禍々しい『嵐』の分解の炎が、制御を失ったエネルギーの奔流となって周囲のコンテナを次々と塵へと変えていく。暴走するISの負荷が、パイロットである鈴の肉体と精神を焼き切ろうとしていた。

 

激しい雷雨の中、孤独な暴走を続ける赤き機体。

幼馴染の特権すら、今の学園の「不気味な闇」の前には何の役にも立たない。誰も助けに来てくれない。一夏すら、この嵐の向こうにはいない。

 

「一夏……一夏、助けて……!!」

 

彼女が絶望に瞳を閉じ、過負荷で意識を失いかけたその瞬間――

バキィィィン!! と、激しい落雷をもかき消す、空間が物理的に「凍結」する轟音が響いた。

 

「――身の丈に合わないオモチャを振り回すな。死にたいのか、お転婆娘」

 

嵐の雨粒すらも空中ですべて『静止』させ、硝烟の向こうから歩み寄る影。

仕立てのいい黒のスーツの首元に、白銀のロザリオを輝かせた男――白崎零士だった。

 

2. 嵐を止める白銀の死神

「白崎……先生……? なんで、生身で……」

 

鈴が朦朧とする意識の中で見たのは、いつも学園で見せる気怠げな姿とは完全に異なる、本物の「死神」の姿だった。

 

――展開(リリースカスタム)。

 

零士の言葉とともに、彼の全身に絶対零度の白銀の炎が爆発的に吹き荒れ、死神の装甲『VIS』が形成される。その手には、巨大な白銀の大鎌。

 

暴走する甲龍が、自動防衛システムによって零士を「排除対象」と認識し、最大出力の龍咆(りゅうほう)から空間を分解する熱線の弾幕を放った。並のISなら一瞬で消滅する破壊の嵐。

 

だが、零士が大鎌をただ一文字に振るった瞬間、世界の法則が書き換わった。

 

「凍れ(フリーズ)」

 

一言。それだけで、甲龍が放った熱線も、暴走する嵐のエネルギーも、降り注ぐ激しい雷雨さえもが分子の熱運動を完全停止させられ、真っ白な氷柱へと変わっていく。

物理法則すらも足元に跪かせる、圧倒的な静寂の暴力。

 

「あ……」

 

甲龍の接続が強制解除され、地面へと真っ逆さまに落ちていく鈴の身体を、零士は生身の腕でしっかりと、無造作に受け止めた。

過負荷から解放された鈴は、零士の胸元で激しく息を荒げながら、恐怖と、それ以上の「圧倒的な強さ」への畏怖に身体を震わせるしかなかった。

 

「……立て、凰。軍の不始末はお前が背負うものじゃない。……行くぞ」

 

零士は動けない鈴を抱え上げ、豪雨の夜闇に佇む、白い『トヨタ・ソアラ』の助手席へと彼女を滑り込ませた。

 

3. 白いソアラと、守られた恋心

ガチャン、と重厚なドアが閉まる。

ソアラの車内は、外の激しい雷雨が嘘のような、高級クーペ特有の完璧な静寂と、心地よい暖気に包まれていた。

 

「う、うう……私は、ただ、一夏に追いつきたくて……なのに、あいつは何も見てくれなくて……」

 

シートの奥深くに体を沈め、タオルで濡れた髪を拭きながら、鈴は子供のように声を上げて泣いた。一夏の最初の幼馴染というプライドも、強がりも、世界の真実を前にしてすべて剥ぎ取られていた。

 

零士は何も言わず、滑らかにシフトレバーを入れ、ソアラを夜の国道へと滑らせた。

ダッシュボードから、温かい缶のコンポタージュスープを取り出し、鈴の膝元に置く。心理カウンセラーの技術(メンタルケア)による、押し付けがましくない静かな救い。

 

「……あいつの隣は、茨の道だぞ」

しばらくして、街灯の光が流れる車内に、零士の低い声が静かに落ちた。

 

「知ってるわよ……! あいつ、信じられないくらい鈍感だし……。でも、私はあいつが好きなの! セシリアたちみたいに、先生の後ろに隠れて、一夏を見捨てるなんて、私にはできない!」

 

鈴は涙を拭い、助手席から零士を睨みつけた。

その言葉に、零士は驚くこともなく、ただ前を見つめたまま、ほんのわずかに口元を緩めた。

 

「それでいい」

 

「え……?」

 

「あいつらは、俺の住む世界の『闇』を知り、自らそちら側へ歩む覚悟を決めた。だが、お前は違う。お前は、織斑一夏という『光』の隣に立つべきだ」

 

零士は淡々とハンドルを捌きながら、言葉を続ける。

 

「お前が手を出した非合法プログラムの証拠は、俺がすべて凍らせて、イタリアの本部に『ただの機体エラー』として処理させた。お前の実家にも、中国軍にも、一切の手出しはさせない。だから……」

 

零士は一瞬、バックミラー越しに鈴の真っ直ぐな瞳を見た。

 

「お前は明日からも、あの呑気な学校で、あいつの幼馴染として、全力で一夏のケツを叩いてやればいい。裏の泥水は、俺たちだけで十分だ」

 

その言葉が、鈴の傷ついた心に、温かく、深く染み渡っていった。

 

(なによ、これじゃまるで……本物の、大人じゃない……)

 

セシリアたちがこの男に狂信的な愛を捧げる理由が、鈴にも分かってしまった。冷酷な死神の癖に、自分を闇に引き摺り込むのではなく、自分の「一夏への恋心」を守るために、すべての泥を一人で被ってくれたのだ。

 

「……先生って、本当に最悪で、最高にずるい大人ね」

 

鈴はスープを両手で包み込み、窓の外の夜景を見つめた。その顔は、悔しさと、少しのときめきで真っ赤に染まっていた。

 

「重婚相手(ハーレム)にはなってあげないんだから。私の本命は、ずっと一夏なんだからね」

 

「フン。お前のようなじゃじゃ馬に懐かれたら、俺の胃が持たない。お断りだ」

 

零士は小さく息を吐くと、アクセルを踏み込んだ。白いソアラはさらに速度を上げ、IS学園の光が待つ場所へと夜を駆け抜けていく。

 

鈴は心の中で、零士への確かな「信頼」と、一人の大人への「憧れ」を刻んでいた。

私は、こちら側の闇には染まらない。でも、この不器用な死神が守ってくれた私の恋(光)を、私は絶対に手放さない。

 

4. 光を追う少女、闇を往く死神

翌日の放課後、IS学園の食堂。

 

「よぉ、鈴! 聞いたぞ、昨日の訓練で機体がエラー起こしたんだって? 大丈夫か?」

一夏がいつも通り、呑気に心配そうな顔をして声をかけてくる。

 

「もー、心配するのが遅いのよ、一夏! 私はピンピンしてるわよ!」

鈴はいつものように、一夏の背中をバシバシと叩きながら、元気いっぱいに怒鳴りつけた。

 

その様子を、遠くの席から見つめるセシリア、シャルロット、ラウラ、箒の4人。

彼女たちの間には、すでに一夏の入る隙のない「零士ファミリー」としての共犯関係が完成している。

 

「あら、鈴さんは『あちら側(光)』に留まることを選ばれましたのね」セシリアが微笑む。

「うん、鈴らしくていいと思うな。先輩も、きっとそれを望んでたしね」シャルロットが優しく笑う。

 

4人の少女たちは、自分たちとは違う道を歩む鈴を、どこか温かく見守っていた。

鈴は一夏に文句を言いながらも、ふと窓の外の廊下を通り過ぎる、気怠げな黒スーツの男――白崎零士の背中を一瞬だけ見つめた。

 

(ありがとう、先生。私、絶対に一夏を振り向かせてみせるから!)

 

重婚の輪には入らない。しかし、あの白いソアラの助手席で交わした「秘密の約束」は、凰鈴音の心を誰よりも強く、大人へと成長させていた。

世界の裏側で4人の妻たちに囲まれて胃痛に悩まされる死神の後ろ姿を、彼女は表の世界の「幼馴染」として、いつまでも眩しく見送るのである。

 

(第五の記憶・鈴の場合 ―― 完)

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