『REBORN! × IS ―雪零の守護者―』 作:suzuki00
夜の廃倉庫街。
風が、やけに冷たい。
「……ここ、だよね」
シャルロット・デュノアは、小さく呟いた。
通信で得た情報。
違法薬物。
人身売買。
そして――反ボンゴレ側マフィアの拠点。
「……やだなぁ」
本音が漏れる。
戦闘は慣れている。
ISも扱える。
だが――
“こういう現場”は、別だ。
(人を守るための戦いと、人を壊すための場所……違う、全然違う……)
倉庫の中から、
かすかな声が漏れている。
怒号。
笑い声。
何かを引きずる音。
「……まだ、始まる前……?」
そう判断した瞬間だった。
――音が、消えた。
不自然なほど、急に。
「……え?」
次の瞬間。
倉庫の中から――
絶叫が上がった。
「ぎゃあああああああッ!!」
「な、なんだこいつ――!!」
「やめろ、来るな、来るなああああ!!」
金属がぶつかる音。
何かが倒れる音。
そして――
湿った、嫌な音。
シャルの身体が硬直する。
「……っ」
足が、動かない。
(なに……これ……?誰かが、殺されてる……?違う、そんな簡単な言葉じゃない……)
でも。
行かなきゃいけない。
(逃げたい……でも、ここで逃げたら……僕は何のために来たの……?)
ドアに手をかける。
ゆっくりと、押し開ける。
軋む音。
そして――
「……っ、ぁ……」
息が、止まった。
そこは、地獄だった。
床に広がる血。
倒れていく男たち。
必死に逃げようとして、
それでも逃げられず、
次々と崩れ落ちていく。
「た、助け――」
その声が、
途中で途切れる。
赤が、広がる。
「なんだよこいつ……化け物か……!」
震える声。
恐怖に歪んだ顔。
その中心に――
いた。
白崎零士。
炎を纏い、
大鎌を振るう。
一切の躊躇なく。
一切の迷いなく。
ただ――終わらせていく。
(どうして……そんな顔で……そんな風に……)
「……やだ……」
シャルの声が震える。
見ちゃいけない。
そう思うのに、
目が離せない。
(止めなきゃ……でも、止めていいの……?あの人たちは……悪いことをしてる……でも……でも……!)
「ひ、ひぃ……許してくれ……!」
男が膝をつく。
命乞い。
だが――
零士は止まらない。
一瞬。
ほんの一瞬で、
その声は消えた。
静寂。
残るのは、
血の匂いと、
崩れた身体。
「……っ……」
吐き気が込み上げる。
口元を押さえる。
でも――
目を逸らさない。
(逸らしたら……全部なかったことにしちゃう……それだけは、嫌だ……)
零士が、ゆっくりと振り向く。
シャルを捉える。
「……来たか」
いつもと変わらない声。
そのギャップが、
余計に現実を歪める。
(どうしてそんなに普通なの……?今、こんなことをしたばかりなのに……)
「……これ……全部……」
震える声。
問いになっていない。
零士は短く答える。
「任務だ」
それだけ。
(任務……それだけで……こんなことが……許されるの……?でも……僕だって……戦ってる……)
「……っ……」
言葉が出ない。
怖い。
でも――
それだけじゃない。
(怖いのに……目を離せない……この人のことを、知りたいって思ってる……どうして……?)
その時。
零士が視線を外す。
「こっちだ」
短く告げて、歩き出す。
シャルは反射的に従う。
(ついていっていいの……?でも……行かなきゃ……このままじゃ終われない……)
別の倉庫。
扉を開ける。
中には――
人がいた。
縛られ、
怯え、
震えている人たち。
「……あ……」
その光景に、
シャルの呼吸が止まる。
(助けられる人が……いる……まだ……間に合う……)
「もう大丈夫だ」
零士が言う。
淡々と。
だが、その言葉に――
人質たちの表情が崩れる。
安堵。
涙。
嗚咽。
(同じ声なのに……さっきと同じ人なのに……どうしてこんなに違って聞こえるの……)
「動けるか」
ロープを切る。
一人ずつ。
確実に。
「外に出ろ」
短い指示。
だが優先順位は明確だった。
殺すべき者と、
守るべき者。
その線引きだけは、
一切ブレていない。
(この人の中では……全部、決まってるんだ……迷いなんて、最初からない……)
零士は通信機を取り出す。
「……完了」
短く。
「人質は解放済み」
一拍。
「座標送る」
それだけで終わる。
シャルが見つめる中、
零士は続ける。
「雲雀財団が回収する」
簡潔な報告。
無駄はない。
「……助かるんだよね……?」
思わず聞く。
(お願い……せめて、この人たちだけは……)
零士は頷かない。
だが――
「間に合っている」
それだけ言った。
(それだけで……信じていいの……?でも……この人は嘘をつかない気がする……)
シャルは、
その言葉を噛み締める。
目の前には、
さっきの地獄。
でも、
ここには――
助かった人たちがいる。
「……そっか……」
小さく呟く。
涙を拭う。
それでも震えは止まらない。
怖い。
無理。
こんなの、受け入れられない。
でも――
(それでも……この人は、守った……確かに……守ったんだ……)
「……ありがと……」
気づけば、
そう言っていた。
(怖いのに……どうしてお礼なんて……でも……言わなきゃいけない気がした……)
零士は何も答えない。
ただ、
再び歩き出す。
シャルは、
その背中を見つめながら、
一歩、
また一歩と、
ついていく。
(この人の隣に立つには……僕は、どうすればいいんだろう……)
優しさは、
こんなにも痛いのかと、
初めて知りながら。
血の臭いは、まだ濃く残っていた。
崩れ落ちた男の指先が微かに痙攣し、やがて完全に動きを止める。倉庫内に響いていた断末魔も、今は静寂に呑み込まれていた。
「……っ……」シャルロットは口元を押さえ、吐き気を堪える。視界に広がるのは、あまりにも現実離れした光景――床一面に広がる血、折り重なる死体、そしてその中心に立つ一人の男。
まるで、何事もなかったかのように。
「終わった」
短く告げる声は、驚くほど静かだった。
俺は血の付着した手袋を外し、ポケットへと押し込む。そして、倉庫の奥へと視線を向けた。
「……人質は?」
震える声で、シャルが問いかける。
「安心しろ。別の倉庫に拘束されていた連中は、すでに解放済みだ」
その言葉に、彼女の目が大きく見開かれる。
「ボンゴレには連絡済み。じきに……雲雀財団が来て保護する」
「……そう、……」
張り詰めていた緊張が、わずかに緩む気配。
だが――まだ終わりではない。
「ここに長居は無用だ」
そう言って、俺は倉庫の外へと歩き出す。夜風が、血の臭いをわずかに薄めた。
外に出ると、静まり返った廃倉庫街の中で、ただ一つ異質な存在がある。
「……え?」
シャルが小さく声を漏らした。
俺は無言で、腰の筺に手をかける。
「――開匣(かいこう)」
淡い光と共に、空間が歪む。
次の瞬間、そこに現れたのは流線型のボディを持つ一台の車――PORSCHE 911カエラ。
静かにエンジンが唸りを上げる。
「乗れ」
短く告げる。
「え、で、でも……」
戸惑うシャルに、俺は運転席のドアを開きながら続けた。
「学園から無断外出は良くないからな。――“保護した”って体で戻る」それと、今のは見なかった事にしてくれ。
一瞬、間を置いて。
「深夜だしな」
その一言に、彼女はわずかに苦笑する。
「……強引ですね。本当に」
そう言いながらも、シャルは助手席へと乗り込んだ。
ドアが閉まる。
静寂の中、エンジン音だけが低く響く。
「シートベルト」
「あ、はい……」
確認すると同時に、アクセルを踏み込む。
タイヤが夜のアスファルトを噛み、車は闇の中へと滑り出した。
バックミラーに映るのは、血に染まった倉庫。
だが、それもすぐに視界から消える。
「……あの人たち、本当に助かるんですのよね」
不安げな声。
「問題ない。雲雀財団が動いてる」
断言する。
「なら……よかった」
小さく息を吐く音が、車内に溶ける。
しばらくの沈黙。
やがて、シャルは窓の外を見ながら呟いた。
「あなたって……何者なんですの、本当に」
その問いに、俺は答えない。
ただ、夜の道を走り続ける。
エンジンの低い鼓動だけが、二人の間を満たしていた。