ダンジョンで日銭を稼ぎ、訳あり聖女と飯を食う 作:へたれ裂きイカ
ダンジョンの危険は大別して三つある。
まず魔物。ダンジョン内に唐突に湧き出し、階を徘徊している。
次に罠。誰が仕掛けたが知らないが、恐ろしい無数の罠が仕掛けられているのだ。
そして同業者。時として彼らはこちらに牙を向く。
その全てを避けられるならば、どれだけ快適にダンジョンを歩けるだろうか。
俺の【糸使い】ならば、それが可能である。
とはいえ、魔物を倒さなければならない時もある。
素材が欲しいときなんかはもっぱらだ。
「よっと」
「ぎゃあん!?」
今回、欲しい素材を持っていた石モグラを狩る。
俺の糸が、彼らの首を切り裂いたのである。
どくどくと流れる血。このままでも遠からず死ぬだろうが……。
「ごめんな」
「ぎぃい……!」
宙で十字を切ってからザクリ、とナイフで心臓を一突き。
そのまま石モグラは動かなくなった。
欲しいのは背中の甲羅。これがなんとも加工しやすく、それでいて一定の強度がある。
もっとも石モグラの肉はそこそこ美味いし、皮もそこそこ弾力があって使いやすい。
つまるところ、捨てるところがない素敵な魔物である。
俺は血抜きを済ませると、石モグラの死体をまるごと道具袋に入れた。
「こんなもんか」
この道具袋、重量はそのままだけど、容量は見た目以上なんだよなぁ。
高い金を出して買っただけはある。
さて、血のついたナイフをくるりと回し、呪文を唱える。
「”洗浄”」
すると嵌めていた指輪が一瞬輝き、ナイフの血はすっかりとれた。
それもこれも、ダンジョンの探索を便利にするための魔導具というやつである。
「さて、帰るか」
これで討伐した石モグラは三体。依頼されていた素材量にも見合うはずだ。
加えてここは三層。日が沈んでくると、危険な魔物が出現しやすくなる。
突然出現する魔物は、さすがに【糸使い】でも回避できないからな。
「やっぱこの異能、チートだよなぁ」
【糸使い】は見えない糸を、重力を無視して創り出せる。
つまり宙に浮いた糸が無限に出せるのだ。
その反応を確かめることで、周辺に魔物がいるか、罠があるか、同業者が来ているか……。
大体であるが調べることが出来る。当然ながら、オートマッピングも何のそのだ。
俺が糸を伝って階段まで戻ると、わいわいと騒がしい冒険者パーティがいた。
たしか中層を探索している、最近売れっ子の連中だったかな。
連中は俺を一瞥するなり、何かヒソヒソと話し出した。
「見なよ、例のおっさんだ」
「三十近いのにいつまで冒険者続ける気かしら」
「低層から進んでないし、そもそもパーティも組んでないよな」
「ノウハウはあるみたいだけど……冒険者として終わってるよな」
「どうかしてるよね」
言ってろ。俺からしたらこんな時間に中層に向かうほうがどうかしてるね。
けどまぁ、先人として一応忠告しておくか。
「おい」
俺の言葉で、連中が振り向いた。
腰の武器に手をかける者までいる。同業者でも襲ってくる奴はいるので、正しい判断だ。
メンバーも魔術師、神官、重戦士に軽戦士とバランスが良い。
油断しなければ、ドンドン伸びていくだろうに……。
「この時間から潜る気か? 夜出てくる魔物は昼と比べ物にならないぞ」
「それぐらい知ってるよ」
「低層の魔物ぐらい、昼だろうが深夜だろうが関係ないね」
「おっさんとは出来が違うんだよ」
「そーですか」
中層までその心づもりでいるなよ、と言いたかったが余計なお世話だな。
ただ、一言だけ言っておいてやるか。
「二層の中央、ちょっとやばそうな奴が出現してるから気をつけろよ」
「はぁ?」
俺は片手を上げて、その場を後にした。
まったく、命がけでダンジョンに登ろうなんて奴らはどうかしてるぜ。
リスクってもんを知らねぇ。
「お疲れ様です、ジェイトさん。相変わらずお早い達成ですね」
「まぁそういう依頼だったからな」
冒険者ギルド。いつもの賑やかしい酒場を通って、奥の役場へと向かう。
そのさらに奥の解体場に石モグラを三匹置いた。最近入った新人の受付嬢ちゃんは、少しばかり眉をひそめたが、淡々と手に持ったボードにメモをしつつ俺に労いの言葉を駆けてくれた。
今回の依頼はなるべく早く持ってきてほしいとの商会からの依頼だった。おそらく緊急のオーダーが入ったのだろう。それゆえにわざわざ仕事の早い俺にギルドから指名が入ったのである。
「ジェイトさん、やはり一つ星では不足だと思います」
「昇格しろってか? ソロなのに?」
俺は肩をすくめてみせる。冒険者の評価はパーティ単位だ。
俺一人で二つ星ってことは、同格のパーティ数人分を一人で賄えると言っているに等しい。
「ジェイトさんなら、しっかりしたパーティに入ればすぐだと思うんですけど」
ぴょこぴょこと受付嬢の兎耳が跳ねる。なんとも可愛らしい。
しかしその提案はごめんこうむるものがあった。中層ともなれば、索敵が間に合わない魔物や、索敵を回避する魔物、俺には感知できない罠なんかが増えるだろう。つまり安全じゃなくなる。
ただでさえ多少のリスクを受け入れているのが今なのだ。
これ以上リスクを増やすのは、夢のない俺にとってはごめんこうむるところだった。
「ま、いい相手がいれば考えておくよ」
「了解です。また探しておきますね」
「そこまではいいよ。あんまり乗り気じゃないし」
俺がそう言うと、露骨に耳が垂れた。
うう、これだからこの娘はちょっとばかしやりにくい。
「ジェイトさんってあんがい人見知りですよね……」
「別にそんなことはないと思うぞ」
俺は結構喋る方だと思っている。ソロなのは裏切られるリスクとかの防止と……。
俺みたいに低層で満足しているベテランなんてなかなかいないからである。
それをこの、人懐っこいウサギ娘は勘違いしているようだ。
「あ、それとジェイトさん。これが報酬の銀貨三枚になります」
そう言って、ウサギちゃんが俺に銀貨を手渡してきた。
へへ、こちとらこれだけが楽しみよ。
「おう、助かる。これだけあれば一週間は食っていける」
「緊急だと言うのにやや少ないですが……」
「まぁしょせん低層の魔物だからな」
急ぎじゃなけりゃあ初心者でもできる簡単な依頼だ。
三匹じゃ本来銀貨一枚にもならないだろう。
しかしウサギちゃんはへんにょりとうつむいて島田、
「やはり昇格したほうが……」
「俺は適当に稼いで適当に暮らしたいんだよ。冒険者に夢なんて持ってないの」
「珍しいスタンスです。やはり異能持ちは考えていることが違う」
「まぁな。異能なんてなければもっと普通の仕事してるだろうし」
ある意味、異能に振り回せていると言っても過言ではない。
しかし【糸使い】を最大限に活かせる仕事と考えて、思いついたのがこの冒険者なのだ。
実際、今日に至るまで【糸使い】が俺の期待を裏切ったことは一度としてない。
「それでは改めてお疲れさまでした。この後はどちらに?」
「疲れたから夕飯買って帰るとするよ」
「酒場で食事でもしていけばよろしいのに」
「うるさいのはあんまり好きじゃないんだ」
「やっぱり……人見知りなんじゃ……」
違うって。おっさんって静かに飯食いたいことがほとんどなの。
あと俺、わりと人に気を使って話す方だし。
この娘にはそういう機微はわからないのかもしれない。人懐っこいし。
「ああ、そういえば中央通りで肉を切り売りしていましたよ」
「切り売り?」
「文字通り、切り捌いて売ってました」
「へぇ、美味そうだな」
ちょうど帰り道だし買っていこうかねぇ。
そうして俺はギルドを後にした。
すっかり月夜になり、夜の人々が街を歩きだす。
世間は十月頃。少しばかり吐く息が白くなるような、そういう時期だ。
前世住んでたところじゃ、まだまだ暑いぐらいだったけどな。
予定通りウサギちゃんのおすすめの屋台で肉を切ってもらい、持ち帰る。
俺が住んでいるのは中央通りから少し離れたアパートメント。
多少治安が悪いが、裏通りほどじゃあない。男の一人暮らしにはもってこいだ。
「俺は全然、この生活で満足ですよ……っと」
手には今日の稼ぎである銀貨二枚と小銭がチャラチャラ。
一枚はさっき夕食代に使って崩したのだ。
残りの二枚は今後の生活費やら老後の資金やらだ。
とりあえず、一人暮らしする分には困っちゃいない。
「結婚するにも相手がいねぇしな……」
なんて言いながら、外階段を登っていると、少女が一人座っていた。
いわゆる修道服で、頭から頭巾を被っているが、青く染まった髪が垂れている。
長さ的に腰まであるようだ。齢は……十四か、そこらってところだろうか。
しかし普通の修道服は黒いはずだ。
こいつのは汚れなど一切感じさせない純白そのものだった。
「………………」
少女がこちらを青い双眸でじーっと見て、一言ポツリと呟く。
その声はさながら天使のさえずりのようで、一つの楽器のような音色であった。
「……腹が減った……」
「………………」
俺の手には、買ってきた肉が入った袋。既に焼かれている。
どうにも優しさが出てしまい、俺はついそれを少女に向けてしまった。
「食うか?」
その言葉が、俺の人生を一変させるとは露知らずに。