うちの子は天使です   作:きさまち

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魔女修行

 双子の名前を決めた翌日、予定通りガブリゼルさんが迎えに来てくれた。

 諸々の準備を終えた私は金の卵と一緒に彼の所有する飛行船に乗りむ。

 

「ありがとう…行ってきます」

 

 1年とちょっと旦那様と過ごした我が家、そして思い出の詰まった浮遊島が遠ざかって行く。

 本当にいい所だった。あそこで暮らせて私は幸せだったよ。

 涙で視界が歪みそうになるのをグッと堪えた。

 

「島の管理はお任せください」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 私名義となった浮遊島はガブリゼルさんが管理をしてくれることになった。

 家もそのまま残してくれるそうだ。心遣いが嬉しい。

 いつか、子供たちと一緒にあの島を訪れることができたらいいな。

 そうなるように頑張ろう。

 

 飛行船は小一時間ほどで目的の場所へたどり着いた。

 岩だらけの不毛な大地が広がる浮遊島、その最北端に環状列石(ストーンサークル)が存在している。

 サークルの中心には巨大な魔法陣が描かれており薄っすらと赤く光っている。

 

「あれが転送ゲート?」

「そうです。あれを使えば下界まで一瞬で戻ることが可能です」

 

 便利な物があるんだなあ。

 私が天界に来た時は、空を飛べる旦那様が自力で運んでくれた。

 しかし、それは非常に危険な行為だった。

 

 地上と天界は結果層と呼ばれる力場で隔てられており、地上から天界の存在を隠蔽しているのだ。

 結界層は浮遊島を見えなくさせる効果だけでなく、地上からの意図せぬ侵入者を排除するフィルターの役割もある。

 無理に強行突破しようとすれば『死に至る』と聞いた時は肝が冷えた。

 私が無事だったのは全て旦那様のお力によるものだ。

 さり気なく防御障壁を展開して私を守ってくれていたのは、さすがである。

 

「兄上は無茶が過ぎる。生身のまま結界層を抜けるなど正気の沙汰とは思えません」

 

 地上と天界の往来は、転送ゲートを利用するか専用の飛行船を使うのが常識。

 生身で自由に行ったり来たりするのは極一部の『能力も頭もおかしい奴』だとガブリゼルさんは言う。

  

「もう、旦那様ったらお茶目さん♪」

「この話を聞いてそのリアクション。さすがです姉上」

 

 飛行船を着陸させ、転送ゲートまでやって来た。

 後は魔法陣の中心まで行けば天界とはおさらばだ。

 

 ここで私はお別れをしなくちゃいけない。

 昨日の夜も心の中で散々リハーサルをしたのだけど、今からやるのが本番だ。

 まだ体も心も震える。全然平静を装えない。

 

「ごめんね…ミカエリアス、ルシフェルト…お母さん、行かないといけないの」

 

 あなたたちと離れるのは本当に辛い。

 今でもこの選択しか出来なかったのかと、心底後悔している。

 

「約束するわ。この先、どんなに辛いことがあっても私は挫けない」

 

「あなたたちに再び会うその日まで、強くなってみせるから、立派な母親になれるよう頑張るから…」

 

 私のことを忘れないでほしい。

 母親だと認めてほしい。

 こんなダメダメな私を許してほしい。

 

 ああ、違うな。そうじゃない。

 自分の気持ちなんかよりも、二人が無事に成長してくれるなら…

 私はそれだけで満足だ。

 

「ちゃんと元気に生まれて来るんだよ。待ってるからね」

 

 子供たちへの愛はどんなに語り尽くしても足りない。

 伝えたい思いはこうしている今も溢れて来る。

 

 しかし、そろそろ切り上げないといけない。

 ガブリゼルさんたちを待たせてしまっているのだ。

 

「お待たせしました」

「もう、よろしいのですか?」

「はい。これ以上は切りがありませんから」 

 

 胸に抱えた卵をガブリゼルさんに手渡す。

 ガブリゼルさんは恭しく卵を受け取り、両手でしっかりと抱え込んだ。

 

「二人とも叔父さんの言うことをよく聞いて、良い子にするのよ」

 

「ガブリゼルさん、この子たちのことをどうか、どうかよろしくお願いします!」

 

 もう何度目かになるお願いをする。

 本当にくれぐれも頼みますよ。信じてますからね。

 

「誓いましょう。このガブリゼル身命を賭して甥たちを守ってみせますとも」

 

 力強く自信に満ちた返答。

 彼ならきっと大丈夫だ。だって旦那様の弟ですものね。

 

「ご安心を、我らも誠心誠意お仕えします」

「なあに、主だけにいい格好させませんよ」

「ぜ、絶対に素敵なお子様に成長なされますぅ」

「コラお前たち、姉上の御前で好き勝手言うんじゃあない!」

 

 ガブリゼルさんの誓いと共に、従者たちも子供たちを守ると口々に言ってくれた。

 いい人たちだな。

 彼らにも子供たちをお願いしますと告げて頭を下げた。

 私と旦那様の宝物を頼みますね。

 なぜかメチャクチャ感動された。

 あの、跪いて『下僕にしてください』とか言うのやめて。

 

 名残惜しいがそろそろ出発の時だ。

 

「転送ゲート、オープン!出力、座標共に問題ありません」

 

 従者たちが魔法を使いゲートを起動させた。

 魔法陣の輝きが一層強くなり『いつでも行けるぜ』と主張している。

 

 私は最後にもう一度だけ卵に触れ自分の額を突き合わせる。

 卵をホールドしたガブリゼルさんは空気を読んで黙っていた。

 

「愛してるわ、ミカエリアス、ルシフェルト」

 

「あなたたちは私の生きがい、命そのものよ」

 

「じゃあ、行って来るね」

 

 私の思い、少しだけでも伝わってくれると嬉しい。

 卵の感触を忘れないよう何度も優しく撫でる。

 もう行かなくちゃ、せっかく我慢しているのにまた泣いてしまいそう。

 

 卵から手を放し魔法陣の中心へ立つ。

 ガブリゼルさんと従者さんたち、それと金色の卵が私を見送ってくれる。

 

「姉上!どうかお元気で!再び会える時を心待ちにしておりますから」

「ガブリゼルさん。本当にありがとうございました」

 

 魔法陣の輝きが最高潮に達する。

 

「ミカエリアス!ルシフェルト!……またね!」

 

 光に包まれ視界が白く染まる。

 その瞬間、私は確かに聞いたのだ。

 

 『母さん…』『ママ…』

 

 私を母と呼ぶ二人の声を。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 気付くと私は見知らぬ場所にひとり立っていた。

 

「地上に、戻って来たの?」

 

 朽ち果てた遺跡らしき建物の内部、床に描かれた魔法陣は微かな光を放っている。

 埃っぽい建物から外に出ると、草木生い茂る森の中だった。

 いや、森というかこれ…ジャングルだよね。

 

「なんだかジメジメして暑い…」

 

 遺跡の階段部分に腰掛けて辺りを見渡す。

 前世の熱帯雨林でしか見ないような植物群に、どこからか謎の獣が出す遠吠えが聞こえる。

 天界にジャングルは存在しない。

 やはりここは地上で間違いないようだ。

 

 それにしても、さっき聞いた声は…

 やっぱり子供たちだったのか?

 私に声をかけてくれたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 

 ずっと我慢していた涙腺が遂に決壊する。

 最後ぐらいはしっかりしようと気丈に振舞っていたが限界だ。

 もういいよね、誰も見てないし、我慢しなくていいよね?

 

「ミカエリアス、ルシフェルト……寂しい、寂しいよぉ…う、ぁぁ…」

 

 初日からこれだというのに、今から20年。

 20年の時を私はひとりで耐え抜かないといけないのだ。

 寂しくて苦しくて辛くて、どうにかなってしまいそう。

 

 子供たちを思い、不安を抱えたまま私はひとり泣き続けた。

 

 ●

 

 どれぐらいそうしていたのだろう。

 私は遺跡の階段に座ったままで、未だ動けずにいた。

 しばらく泣いては放心状態になり、また泣く。

 それをずっと繰り返している。

 ジャングルの奥地、ひっそりと佇む遺跡で泣き続ける不気味な女。

 傍から見たらメッチャ怖いな。

 

「おやまあ、随分と泣き虫になったもんだ」

 

 誰?

 こんな場所で不審者な私に声をかける人がいるだなんて…

 ハッとして顔を上げると、そこにはひとりの老婆がいた。

 黒いローブ姿の老婆はジャングルとひどくミスマッチに思える。

 なんだこのババア?ジャングルの妖怪か?

 

「なんだいその顔は?まさかお前、このアタシを忘れただなんて言わないだろうね?」

 

 妖怪ババアが睨んで来る。

 忘れたと言うか、お前なんか知らん。

 

「カァーッ!嘆かわしい。女になって頭の中身も空っぽになっちまったのかい」

 

 失礼なことを言われたのでムッとする。

 …………ちょっと待て?

 このババア、私が女になった元男だと知っている、だと!?

 

「お前のことはよーく知ってるよ。古い友人からも聞いているからね」

 

「天魔王ベルゼクティオに見初められ番になった上に、子供まで作った大バカ者」

 

「そしてアタシの不肖の弟子さね」

 

 子供たちと別れて傷心の私に大バカってひどくない?

 そして弟子とはなんぞや?

 

「まだわからないのか!お前に調薬を教えてやったのは誰だと思っているんだい〖クロウ〗」

 

 クロウと呼ばれた私の脳裏に電流が走る。

 知っている。私はこのババアを知っているぞ!

 

「ししょ……ババア!生きとったんかいワレ!!」

「なんで言い直した!?今師匠って言いかけたぞ、そのまま行けば正解だったのに。偉大なる師匠様と呼んばんか!クソバカ弟子がぁぁ!」

 

 私に薬の作り方を教えてくれた師匠(ババア)との再会であった。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「へぇー、師匠は旦那様とお知り合いだったんですね。世間は狭いなぁ」

「腐れ縁さね。若い頃アイツとは命のやり取りも何度かしたさ」

「え?師匠、そんなに強かったんですか?まじヤバくね」

「そうだよ。お前が想像している百万倍強い魔女なのさ。理解したなら、ちったぁ敬え!」

「はいはい。おばあちゃん強い強いww」

「コイツ…なめ腐りおってからに」

 

 久しぶりの師匠との再会、おまけに師匠はこちらの事情を把握済みだ。

 死期を悟った旦那様は弟のガブリゼルさんだけでなく、師匠とも連絡を取っていたのだ。

 私が地上に戻った後のことも考えて…ありがとう、旦那様。

 

「しかしまさか〖薬売りのクロウ〗が〖メス堕ち未亡人経産婦〗に成り下がるとは、さすがのアタシも想定外だよ」

「おい!成り下がったとか言うな」

「メス堕ちうんぬんにツッコまないところに狂気を感じるねえw」

 

 メス堕ち上等!その辺の葛藤はもう乗り越えたから平気へっちゃら!

 だって、女になったおかげで旦那様と結ばれて、可愛い双子まで授かったんだよ?

 人型ウンコに感謝……なんか絶対にしてやらないけど!

 私は女になったことに後悔はないんだ。

 

「女の悦びを知った顔するんじゃないよ。気色悪い!」

「ハッキリ言われると傷つきますよ?」

 

 うん、まあ、TSに理解がない人もいると思うから、師匠の物言いは受け入れるしかない。

 別にいいんだ。旦那様はこんな私を好きになってくれたのだから…

 子供たちはどう思うかな?『キモッ』とか言われたら自ら穴掘って生き埋めになる。

 

「で?アンタ一体誰にやられたんだい?」

「旦那様にヤられました////(*´▽`*)」

 

 もう何言わせるのよ////

 自分には縁のない話だからって、弟子と猥談しようとする師匠が哀れでならない。

 

「そうじゃないよ!誰に性転換させられたか聞いているんだ!」

「犯人は喋るウンコです」

「ハンッ!黒幕は邪神の眷属に堕ちたクズ聖女だったのかい。そりゃあ災難だったね」

「なんでわかった!?」

「なめるんじゃないよ。アタシはこれでも【永劫の魔女】と呼ばれる女さ」

「初めて聞いた!すごい!師匠カッケー!」

 

 喋るウンコで邪神の関与まで見抜く師匠に脱帽。

 師匠ってすごい人だったんだなあ。

 旦那様の友人なのだから当たり前か。

 

 師匠は私が犯罪者となり死んだとされる事件を調べてくれていた。

 そして、あのクソ村長と聖女リリアナが共謀して私を陥れた事を知った。

 

「知っていたなら、私の冤罪を晴らしてくれても良かったのでは?」

「バカ言うんじゃないよ。聖女至上主義のレシアン王国で『犯人は聖女』なんて抜かしてみろ。あっという間に処刑台送りさね」

「ですよねー」

「それにアタシは魔女だ。魔女を悪と断定し、聖女を盲目に崇める王国人は誰も耳を貸さないよ」

 

 師匠の言うことはもっともである。

 俺の祖国、レシアン王国は聖女びいきが他国よりも顕著なのだ。

 そして、魔女に対する嫌悪感も激しい国である。

 これが他国だと、また話が違って来るのだけどね。

 

 聖女リリアナが極悪犯罪者でも裁かれることはない。

 クソを守るクソみたいな国、それがレシアン王国だった。

 あんな国で暮らしていた自分が恥ずかしいわ。

 

 私はリリアナがいかにクソであるか力説した。

 あいつ絶対に…ゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 

「そのクソに騙されたバカがアタシの目の前にいるよw」

「人生最大の汚点です。あいつのせいで私は前にも増してお酒が飲めなくなりました」

 

 リリアナは俺を拉致する際、ワインに睡眠薬を仕込んだ。

 それがトラウマとなり、私の体は酒を受け付けなくなったのだ。

 旦那様とほろ酔い晩酌とか、酒の勢いでベッドインとかしたかったのに!

 本当にあの汚物はどこまでも私を苛立たせる。

 ファラリスの牡牛で焼かれたらいいのに。

 

 そうだ、人型汚物がこの世のものとは思えない程の悪臭を放つ原因、師匠ならわかるかな?

 ウンコだからじゃね?と言われたら納得しそう。

 

「確証はないが推測はできる。アンタは性転換した際にある種の才能に目覚めたのさ、魔力を嗅ぐ能力にね」

 

 魔力を嗅ぐ?

 魔力って臭いがあるの?

 

「共感覚とでも言うのかい。例えば、文字に色が見えたり、音に味を感じたりする奴が極まれにいる。アンタは相手の魔力を感じ取ると同時に臭いも感じるようになったのさ」

 

 共感覚、ある一つの感覚刺激に対して、本来とは異なる別の感覚が自動的に引き起こされる認知特性。

 それを私が獲得してしまったと?

 でも、私が臭いを感じるのはリリアナだけなんだけど?

 

「アンタはそのリリアナを心の底から憎悪し嫌悪したんだろうね。その激しい感情が共感覚と結びつき、リリアナの魔力に対してだけ強烈な悪臭を感じるようになった……まあ、そんなところだろう」

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理論か。

 師匠の考えに私も賛同する。

 奴を嫌い過ぎて、私の嗅覚が『リリアナ魔力=メッチャ臭い』と自動で判断するようになった。

 それだけだ。あいつに近づかなければ何も問題ないね。

 

「汚物よりも、アンタが飲まされた聖遺物とやらの方が気になるね」

「そうなんですよ!アレは結局何だったのか?」

「性転換に関わっているのは間違いないとして、そんな薬はこの私でも聞いた事がない。邪神が生成した秘薬の類か、もしくは全く未知の物質とも考えられる」

 

 聖遺物、あの銀色の液体については旦那様も『知らん』の一言だった。

 長命種の旦那様や同じく長生きしている師匠も知らないとは…

  

 アレは私の性別を変えただけなのか? 

 他にも何か体をいじられてると思うと不安になる。

 一応、旦那様に調べてもらって健康に問題がないと太鼓判を押されているけど、気になるなあ。

 

「今は考えても仕方ないさね。一応、アタシの方でも調査は進めておくよ」

「よろしくです。苦しい時そんな時頼りになるババア……略してクソババアですねw」

「アンタいい性格になったね。しばくぞコラ」

 

 久しぶりに師匠に会えたから甘えているのです。

 可愛い弟子のジョークぐらい受け流してくださいよ。

 

 ●

 

「クロウ、アンタこの後はどうする?」

「師匠、私のことはコルニクスと呼んでくださいね。次間違えたらタイキックの刑です」

「わかったわかった。それで、これからどうするか決めているのかい?」

「しばらく師匠に寄生して生きていくつもりです。ちゃんと養ってくださいよ」

「本当にコイツは…はぁ…男だったアンタが懐かしいよ」

 

 転送ゲートで地上に降りてすぐ師匠に出会ったのは偶然ではない。

 事前に何らかの方法でガブリゼルさんが師匠に連絡を入れてくれたのだ。

 つまり、師匠は私に力を貸してくれる気があるって事だよね。

 本当にお世話になりまーす。

 

「アタシは穀潰しを飼う趣味はないよ。自分の食い扶持は自分で稼ぎな」

「専業主婦だった私にひどい言い草ですね」

「それと、アンタに修行をつけてやるように言われている。ガキどものために強くなりたいんだろう?」

「はい!師匠より強くなりたいです。旦那様レベルに鍛えてください」

「天魔王レベルって…世界征服でもするつもりかい?」

 

 子供たちのためならば世界征服だってやってやりますとも!

 なんかこう、平和的に話し合って統一国家とか作れない?ダメかな?

 とりあえず世界征服の暁には人型汚物を駆逐しようと思う。

 

「師匠…私、強くなれますよね?」

「さあ、興味ないね」

 

 そんな元ソルジャーみたいな反応しないでよ!

 愛弟子に興味を持ってくれよ~。

 

「ベルだけじゃなくガブにも頼まれちまった。気は進まないが、一応修行はつけてやる」

 

 師匠、旦那様のことベルって呼ぶんだ。

 そして、ガブリゼルさんをガブと…

 なにこれ嫉妬しちゃうわよ!

 私より付き合い長いマウントを取る師匠が大人気ない!

 

「コルニクス、お前は魔女になりな」

「はい!私魔女になります」

「即答かw少しは悩んだりするもんだがねえ」

 

 強くなるためなら私は魔女になっても構わない。

 これがもし聖女になれとか言われたら躊躇するよ。

 だって、人型汚物と同じ職業とか絶対嫌だもん。

 

「魔女になるリスクは承知しているんだね」

「もちろんです」

 

 迫害され忌み嫌われ、狩りの対象とされてしまう例もある。

 レシアン王国では生き辛いことこの上ない、それが魔女という存在だ。

 それがどうした?

 生まれ育った国とはいえ、自分を犯罪者認定した上に汚物を褒め称える国にも故郷にも未練はない。

 

「まあ、王国なんぞサッサと捨てて他の国で暮らすのが正解さ」

 

 他国では魔女に対する偏見や差別がほとんど見られないと聞く。

 これは善良な魔女たちが長い年月をかけ地道に社会貢献を果たして、自分たちは有能で役立つ存在だとアピールし続けた結果だ。

 むしろ魔女を尊敬し好待遇で迎え入れる傾向にあるのが、西の大国ムール帝国と南の大国サマリー共和国である。

 魔女という優秀な人材を確保し、その力で国が発展しているのだから帝国と共和国の方針は正しいと思う。

 聖女ばかりをもてはやす、レシアン王国の国力が徐々に低迷しているのは自明の理である。

 

「王国にいる魔女はなんなんですか?ドMですか?」

「人には事情ってもんがある。金銭的な理由で故郷を離れられない奴もいれば、魔女狩りのスリルを楽しむアホだっているんだ」

「師匠はどうして王国に来たんですか?」

「暇つぶしだよ。たまにお前みたいな掘り出し物が見つかるからねえw」

 

 王国在住の魔女は訳アリかアホということでOK?

 師匠がアホだったおかげで、私は調薬の技法を学べたから良しとしよう。

 

「言っとくが魔女になるのは楽じゃないよ。修行の途中で命を落とす奴だってゴロゴロいる」

「……怖いですけど、覚悟しています」

「本当にいいんだね。ただの一般人として穏やかに暮らす道だってあるのに」

「私は!強くならないと、いけないんです」

 

 もう誰にも奪われないために、子供たちに胸を張って再会するために。

 どんな障害も跳ねのける力が欲しい!

 

「わかった。ガキどもをみなしごにしたくなかったら精々気張るんだね」

「はい!よろしくお願いします、師匠!」

 

 こうして私の魔女修行が始まったのだ。

 ミカエリアス、ルシフェルト、お母さん頑張るからね。

 

 ●

 

 私が師匠と再会した場所はサマリー共和国に存在する広大なジャングルだった。

 知らぬ間に故郷から遠く離れていたんだな。

 

 師匠の隠れ家で共に生活をしながら修行に明け暮れる日々。

 何故か家事と雑用の全てと師匠の身の回りの世話までやらされた。

 

「あの、私は介護士じゃなくて魔女になりたいのですが?」

「うるさいねぇ。弟子が師匠の世話をするのは世間の常識だろうが、文句言う暇があったらサッサと働け!」

「くたばれクソババア!」(はい!師匠)

「本音と建て前が逆になっとるわボケェ!!」

 

 一人暮らしが長かったのと専業主婦をしていた経験により、家事とババアの介護はそれなりにこなせた。

 問題は魔法の修行だ。

 男だった頃、ババアからは簡単な付与魔法と薬の知識しか教えてもらっていない。

 女になってからは旦那様に魔法の指導を受けたが、旦那様の説明が高度過ぎてほとんど理解できなかったのだ。

 つまり、私が本格的に魔法を習うのはこれが初めてって訳よ。

 当然の如く難航した。私って物覚えが悪かったのだと、悲しくなった。

 

「コルニクス、魔道具は使うんじゃないよ」

「そんなぁ、これが無いと私ただのクソ雑魚未亡人ですよ!」

「チートアイテムに頼ってて修行になるかぁ!全部没収だ」

「ひぃぃぃん…」

 

 旦那様から頂いた大切な魔道具たちをババアに取り上げられてしまった。

 私が修行を途中で投げ出すようなことがあれば、売り飛ばすと脅された。

 なんてひどいババアなのだろう。

 今度、風呂のお湯をスライムに変える魔法で復讐してやる。

 

 数年後・・・・・・

 

「よし、及第点だ」

「ありがとうございました!」

「まだまだ荒削りだが形にはなった。後は自分で試行錯誤するんだねえ」

「はい!」

 

 魔法の基礎を嫌という程叩き込まれ、ようやくまともな戦闘をこなせるようになった。

 今ではジャングルに生息するモンスターも片手間に倒すことができる。

 これで私は魔女の資格を得たことになるんだね。

 

「何言ってんだい。お前はまだ魔女じゃない、ただの魔導士になっただけだ」

「は?修行したら魔女になれると言ったじゃないですか?……騙したな!」

 

 よし、嘘つきババアを殴ろう。

 そして今日の夕食はババアの分だけデスソースを混入させてやる。

 

「早とちりするのはアンタの悪い癖だねえ。魔女になるにはね、更なる試練をクリアする必要があるのさ」

 

 知らんがな。

 そういう重要な情報を小出しにするのやめてよね。

 更なる試練とやらが何なのか、情報開示請求します!

 

「あれは遠い遠い昔、まだアタシがピチピチギャルだった頃…」

 

 ピチピチギャル…人の口から初めて聞いた単語に戦慄を覚える。

 何千年前の話ですかね?

 

「私とベルは大いなる暇を持て余していた。それ故に世界に八つのダンジョンを作り上げたのだ」

 

 うん、意味が分からないね。

 暇すぎてダンジョン作るってどういうこと?

 これがババアひとりの話だったら、ボケが始まったと思い切り捨てるけど、旦那様が関係しているのなら話は変わって来る。

 あの人なら、遊び感覚で洞窟とか塔とか作りそうだもん。

 

 ダンジョンとは、世界中に存在する遺跡や謎の建造物群の総称である。

 その内部には多数のモンスターが生息し大変危険である。

 しかし、その危険なダンジョンを攻略することに己の人生を賭ける者たちがいる。

 冒険者などはその筆頭である。

 目的はダンジョン内部でのみ採取できる貴重な資源類、モンスターの遺骸から取れる各種素材、そして数多の財宝たち。

 人はダンジョンに夢を見て、ダンジョンに挑み続ける。

 

 そんなモノを旦那様と師匠は八つも作ったらしい。

 バカか?

 

「自画自賛になるが、我ながら凄いモノを作ったと思うね。今じゃ八大迷宮だなんて呼ばれてる」

 

 八大迷宮!

 さすがにそれは私でも分かる。

 伝説や歴史書にも登場する八つの超有名なダンジョンで、その最奥には精霊が存在し訪れた者に力を授けるのだという。

 他にも古代文明が作った不思議な武器や防具、値段の付けられない魔道具も数多く発見されたらしい。

 

 しかし、八大迷宮は優秀な冒険者チームによりに全て踏破されてしまい、ギルドも『完全攻略宣言』を大々的に発表したはずだ。

 それが15年ぐらい前の話、私がまだやんちゃ坊主だった頃だ。

 資源や財宝はまだ残っているらしいが、精霊は確認できなかったと報告が上がっている。

 

「はっ!冒険者どもが踏破した気でいるのは迷宮の表層にすぎん。実際は半分も攻略しておらぬのになww」

「なん…だと…!?」

「八大迷宮、その正体は真の強者を育成するための修行場よ。精霊に導かれ、最深部にまで到達した者に恩恵(ギフト)を授ける。そういう風に作った。精霊たちもノリノリじゃったよ」

 

 それが真実ならばギルドの発表した『ワイら完全攻略したったで!』宣言がバカみたいだ。

 当時の冒険者パーティ、勇者とか呼ばれてませんでしたか?

 幼馴染のロックが彼らに憧れて、勇者ごっこに付き合わされた私もバカみたいだ。

 

 ダンジョンをクリアして喜んでいたら、実は裏ダンジョンがあったという…

 こんな事が世間に知られたら、冒険者ギルドは赤っ恥もいいところだ。

 

「もしかして、魔女というのは…」

「そうだ。魔女は八大迷宮を本当の意味で攻略し、精霊の力を授かった者たちだ」

 

 なるほどね。話は理解したよ。

 師匠は私にダンジョン攻略をして来いと言うんだね。

 

「八つの中からどれか一つ選んで、サッと行ってパパッと攻略して帰って来い。そうしたら魔女として認めてやる」

 

 簡単に言ってくれるなあ。

 八大迷宮って熟練の冒険者チームでも油断すると死ぬって聞いたのだけど?

 しかもそれの裏ダンジョンに行けとか、死んで来いって言っているようなものだ。

 私、師匠に嫌われてるのかな?

 スライム風呂がお気に召さなかったのだろうか?

 

「ジャングルのモンスターは余裕で倒せるようになっただろ?それなら問題ないさ」

「えぇ…(´Д`)」

 

 ジャングルの大人しいモンスターと、ダンジョンの凶悪モンスターを一緒にしないでほしい。

 

「アレを大人しいと思える、お前の頭はどうかしてるねぇww」

 

 そりゃあ最初は苦労したよ。

 全身傷だらけになったし、何度も死にかけた。

 血反吐は当たり前のように吐き、骨も折れてない所の方が少なかったぐらいだ。

 モンスターの群れに追われ続けジャングルの奥で遭難した時は、本気で死を覚悟した。

 食料も底をつき、水すら確保困難な極限状況、モンスターだけでなく大自然すら私に牙をむいた。

 

 それでも私が生き残れたのは、子供たちの存在があったからだ。

 もうダメだと思い、挫けそうになる度にあの子たちの名前を呼んだ。

 ミカエリアス…ルシフェルト…

 あなたたちに会うその日まで私は死ねない。死んでたまるものかよ!

 

 私は生きる、絶対に生き残る。

 

 そう強く願って、地獄のサバイバルを生き抜いたのだ。

 師匠が探しに来てくれなかったら死んでたな…

 

 まあとにかく、死ぬ気でやれば意外と何とかなるよ。

 その経験が八大迷宮で通用すればいいが…不安だなあ。

 

「お前、このジャングルが何て呼ばれているか知ってるかい?」

「くそでかジャングル!」

「全然違う!……【惨死の密林】だよ。このジャングルに入った奴の平均生存時間は1時間弱、ほとんどの人間は1時間以内に死ぬ。それも碌な死に方じゃあない」

「師匠が何を仰りたいのか意味不明です」

「本当にバカ弟子だね。アンタは自分が思っている以上に強くなっているんだよ!」

「あ、はい。そうっスね…」

「反応薄っ!?弟子のテンションが不安定で怖い!」

 

 強くなったとか言われてもあまり実感がない。

 私はただ、とにかく必死だっただけだ。

 ババアの介護で忍耐力だけは鍛えられたとは思うけどね。

 

 魔女になるため、私は八大迷宮の裏ダンジョンを攻略しなければならない。

 もの凄く行きたくないのだが、これも強くなるため、子供たち良き母となるためだ。

 やるしかないと言うのなら、やってやるよ!

 

「師匠のおすすめ迷宮はどこですか?」

暗闇の宮殿(ダークパレス)、あそこの裏ダンは自信作だぞ!途中で天井と床が逆さまになるから絶対に酔う!」

 

 マジで行きたくねぇー!!

 

 ●

 

 また数年後・・・・・・・・・・・・

 

「バカだとは思っていたが、まさかここまでとは…」

「久しぶりに会ったのにひどくないですか?」

 

 八大迷宮を攻略して来いと言われた私は世界中を奔走した。

 

 宝石だらけの洞窟、標高の高すぎる岩山、分厚い氷に閉ざされた迷路、マグマの煮えたぎる火山、キラキラ輝く古代神殿跡、真っ暗で逆さまのお城、螺旋階段地獄の塔、ジャングルよりウザい迷いの森……

 

 私は無事に八大迷宮を攻略して、師匠に報告したのである!

 私頑張った!本当にメッチャ頑張ったよ!

 褒めてくれてもいいのよ?

 

「誰が八つ全部攻略しろって言ったよ!一つでいいんだよ!どれか一つ攻略した時点でもう立派な魔女なんだよクソボケェェ!!」

 

 良かれと思って全クリしたら、キレられたんだけど?理不尽じゃね?

 一つより二つ、二つより八つの方が絶対いいに決まってる。

 

「八大迷宮の全てを攻略したのはアンタが初めてだよ。前人未踏の快挙おめでとう!」

「…はぁ、そうっスか…」

「もっと喜べやぁ!アタシでも苦労するダンジョンをたった数年で……本当にこのバカ弟子は…」

 

 褒めたりバカにしたりと忙しい師匠だ。

 もうかなりの高齢者だし、ボケが始まっているのかもしれない。

 

「しかもお前、ひとりで行っただろ?ソロ攻略とか頭湧いてるのかぁ!」

「いや、あの先輩たちと一緒にダンジョンとか無理~」

 

 師匠は私のために姉弟子たちをサポートに付けてくれた。

 【岩砕の魔女】【暴風の魔女】【氷絶の魔女】【爆炎の魔女】

 土、風、水、火、の基本四属性のプロフェッショナルの先輩方だ。

 この四名に私を加えた五人でパーティを組み迷宮に挑むつもりだったのだが…

 

 先輩たちのノリに私は全然ついて行けなかった。

 

 もうね、とにかく私を可愛がりまくるのよ。

 頭を撫でられれたり抱き着かれるぐらいならいい。

 キスしようとしたり、おっぱい揉みしだくのはアカンやろ!

 あまりにしつこいので『百合なんですか?』とストレートに聞いたらさ、

 『私たちはノーマル』『コルニクスが可愛すぎるのが悪い』と来たもんだ。

 このままでは寝込みを襲われて百合地獄に引きずり込まれると思った私は、先輩たちから逃げた。

 追いかけて来る先輩たちをあらゆる手段で妨害し迎撃し、逃亡しながらダンジョンを攻略したのだ。

 ハッキリ言って、ダンジョンのボスモンスターより先輩たちのほうが怖かった。

 私は旦那様一筋のなんじゃい!

 

「人選をミスった師匠が悪いと思います」

「……うん、これに関してはアタシが悪いわ」

 

 己の非を認め師匠は謝ってくれた。

 先輩方には後で師匠から教育的指導が入るそうな。

 

「やれやれ、ベルの目に狂いはなかったか…」

「旦那様は最高なんですよ。狂ってるはずがありません」

「ああ、狂ってるのはお前の方だったな!」

 

 そうやってすぐ私をイジメる。

 もう師匠ってばツンデレさん♪

 

「いいだろう。【永劫の魔女】バルダーナの名において、コルニクスお前を魔女と認める!」

「ありがとうございます!ばるだーなって何ですか?」

「お前はアタシの名前も知らんのかぁ!?」

「え?ババアが本名だと思ってましたけど」

「よし分かった。最終試験を追加する、表に出ろ!」

「えぇ……(´Д`)」

 

 最終試験が追加されてババアと戦う羽目になった。

 ババアは本気で襲って来たので、こちらも全力で戦った。

 戦闘中に若返るとかズルくない?

 

 ババアにボコボコにされた。

 でも、私もババアをボコボコにしてやった。

 お互い今まで蓄積された恨みがあったんだね。

 ああクソ、痛ったいなぁ…

 

「ぜぇ…はぁ…ふふふ、やるじゃあないか…コルニクス」

「うるせぇ死ね」

「お前なぁ…師弟対決後の感動シーンが台無しだろ」

「うるせぇ死ね」

「今のお前をガキ共が見たら泣くぞ」

「大好きな師匠!ご指導ご鞭撻ありがとうございましたぁ!」

「こんなのが母親の子供が不憫!」

 

 ムカついたから口が悪くなった。反省しまーす。

 子供たちにはガラの悪い私を見せないよう気を付けよう。

 

「今日からお前は【夢幻の魔女】コルニクスだ」

「夢幻?どういう意味が込められているのでしょうか?」

「意味はない、何となくカッコイイからだ!」

「わーい!物凄い適当~(´▽`)」

 

 厳しい修行と試練を乗り越え、私は遂に魔女になることができた。

 その名は〖夢幻の魔女・コルニクス〗

 少しは強くなれたかな? 

 

 

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