うちの子は天使です   作:きさまち

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リベンジャー

 過酷な修行を終え八大迷宮を攻略した私は師匠から【夢幻の魔女】という称号を授かった。

 10年かかってしまったが、私はようやく魔女として独り立ちをするのだ。

 

「お世話になりました」

「はいよ。一生アタシに感謝するんだね」

 

 感謝ならいつもしている。

 師匠がいなければ魔女になるだなんて夢のまた夢だったのだから。

 

「己の力に驕ることなく精進を続けな。そうすれば、アタシと肩を並べる日も来るだろうさ」

「はい!師匠の寝首を掻けるよう努力します」

「今のは誤用か?それとも本気か?どちらにしろバカヤロウ!」

 

 師匠ぐらい強くなって、子供たちのことを守れる母親になってやるぞー!

 

「いつか子供たちを連れて会いに行きます。それまで長生きしてくださいね」

「ハッ!ガキどもはお前に似ていないといいねww」

「私に似たら、お年寄りを大切にする優しい子になります」

「お前それ本気で言っているなら今すぐ病院へ行け、頭の!」

 

 予想では二人とも旦那様似の超絶イケメンになってくれると思う。

 愛しい息子たちを師匠に自慢できる日が楽しみだ。

 

 師匠【永劫の魔女・バルダーナ】は自由を愛する人だ。

 世界をフラフラと気の向くままに放浪するのが趣味だという。

 そんな師匠が何年も私の修行に付き合ってくれた。本当にありがたいことだ。

 いろいろと憎まれ口を叩いてしまったが、長生きしてほしい気持ちは本当だよ。

 

「じゃあ達者でな。縁があればまた会おう」

「はい。お元気で…私、師匠の弟子で良かったです。ありがとう、バルダーナ様」

「やめろ、湿っぽくなるだろうが」

「あ、今ちょっと感動しましたね?ね?」

「うるせぇ!お前なんか早く行っちまえ」

 

 それなりに充実していた師匠との生活も今日でお終い。

 私たちは魔女として、それぞれの別の道を歩むのだ。

 さらば師匠!また会う日まで…

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 【永劫の魔女】は去り行く弟子の背中を見送っていた。

 何が楽しいのかバカはスキップしながら歩みを進めている。

 途中で立ち止まったバカは振り返り、ジャンプしながら大きく手を振って来た。

 

「師匠~!ありがとう~!」

 

 ガキかよ!

 お礼はもう耳にタコができるほど聞いたっつーの!

 

 見た目も行動もガキみたいな奴だが、あのなりで二児の母親なのだという。

 シッシッと手を払って『早くどっか行け』と促すとバカは満足そうな笑みを浮かべた後、元気よく走って行った。

 

 コルニクス…あそこまでぶっ壊れた奴だとは、この【永劫の魔女】の目を持ってしても見抜けなかった。

 男から女になった時点でもう大分おかしい存在なのだが、歴代の弟子の中でもあいつは…

 

「最も愚かで、最も優れた弟子だったよ」

 

 自分はとんでもない魔女を世に解き放ったのではないかと少々、いや、かなり心配になって来た。

 まあ、やっちゃたもんはしょうがない!

 あのバカ弟子が何かやらかしても、全部あいつ自身の責任だ。

 あたしゃ知らないからね!

 

 あんなと夫婦になった亡き友を思い、ベテラン魔女は独り言ちた。

 

「これで義理は果たせたかい、ベル…」

 

 ●

 

 師匠と別れた後、達成感と解放感に満たされた私は軽い足取りで走り出した。

 10年間の修業で鍛えた足腰には自信がある。

 か弱い魔女だと思ってなめないでほしい。

 心のおもむくまま進んでいると広い街道に出た。

 ジャングルでの生活が長いと、こういうまともな道を見るだけでも心がホッコリする。

 

 偶然通りかかった馬車にすかさずヒッチハイク!

 交渉して近くの町まで乗せてもらえることになった。

 馬車の持ち主は気のいい商人さん。

 今日は隣町で商品の仕入れをして来た帰りらしい。

 ただで乗せてもらったので、道中でモンスターが出たら全力で守ってあげちゃう。

 

「へぇ、あんた魔導士なのかい?」

「はい。修行を終えたばかりの新米魔導士です」

 

 自分から魔女だとは言わないでおく。

 私はただの一般モブ魔導士ですよ。

 

「だったらひとつ忠告だ。この街道の遥か先に【惨死の密林】と呼ばれるジャングルがあるが、あそこには絶対に近づくな。密林に踏み込んだら最後、命の保証はできねぇ」

「ソウデスカーコワイデスネー」

 

 何年もそのジャングルで暮らしていたのですけどね。

 

「魔女が住み着いたって噂もあるんだ。興味本位で行ったりするんじゃないぞ」

「あはは、肝に銘じます」

「その顔は信じてねえな。若い女の絶叫を聞いた奴もいるってのに…」

 

 その絶叫を上げたのは私だよ。

 師匠のしごきが厳しすぎて何度泣き叫んだことか…

 

 町に到着して商人さんにお礼を言って別れ、私はすぐさま宿を取った。

 食事付きのちょっといいお宿で今夜はリラックスしよう。

 八大迷宮攻略の途中でお宝もいっぱい手に入れたから、お金は結構持っているんだ。

 

 師匠に没収されていた魔道具類は修行完了時に全て返却してもらっている。

 私は鏡型の魔道具〖ヤタ〗を起動させた。

 

 便利機能満載なヤタは通信機としても利用できる優れもの。

 これを使えば遠く離れた相手と文章や写真のやり取りができるのだ。

 その気になればリアルタイムでの映像通信(ビデオ通話)も可能だが、送信側の魔力負担がべらぼうに高いので緊急時以外は使わないようにしている。

 通信するには相手側にも同等の機能を持つ魔道具が必要になるけど、そのような魔導機が一般家庭に広く普及するまではもう少し時間がかかりそうだ。

 技術大国のムール帝国では高級品として販売されているらしいが、ヤタの性能には遠く及ばないだろう。

 

 定期連絡は……よしよし、ちゃんと来ているな。

 

 天界にいるガブリエルさんからの定期連絡が来ていた。

 月に一度、彼からは子供たちの状態を教えてもらっている。

 天界と地上の長距離通信、これもヤタというぶっ壊れ魔道具の力があってこそだ。

 

 修行中も定期連絡の確認だけは許してもらっていた。

 師匠にジャンピング土下座でお願いした甲斐があったな。

 

「うん、元気そう…だね」

 

 近況報告のメッセージに金色の卵の写真が添付されていた。

 毎日魔力を大量に吸っていて、卵のサイズが少しづつ大きくなっているらしい。

 着実に成長しているようで嬉しくなる。

 

 孵化予定日まで残り10年か…長いな…

 可能であれば今すぐにでも会いに行きたいが、ガブリゼルさんの邪魔はしたくない。

 何でも、卵の所有権を巡って一部の上位天使たちが難癖を付けて来ているらしい。

 そういう不届き者に対処するため忙しく動き回っている最中なのだと教えてくれた。

 今私が天界に行っても情勢が余計に混乱するだけだ。

 我慢しよう、あとたった10年だ…

 やっぱ長いなぁ…

 

「私は元気でやっていますよ。子供たちも元気そうで安心。何かあれば知らせて……これでいいかな」

 

 いつもの定型文を送って、ヤタを腕輪に戻した。

 

「ミカエリアス、ルシフェルト…」

 

 あなたたちに会う日が待ち遠しいよ。

 清潔なベッドに寝転がり瞳を閉じる。

 今日も子供たちの夢が見られますように…

 

 ●

 

 またまた数年後・・・・・・

 

 魔女となった私は師匠に倣い世界中を放浪しながら悠々自適に暮らしていた。

 

 八大迷宮以外のダンジョンを攻略してみたり、魔女仲間を探してみたり、行く先々で人助けをしてみたり、冒険者パーティにゲスト加入してみたり。

 家庭教師や学校の先生をやっていた時期もある。

 

 最近のマイブームはもっぱら狩りだ。

 獲物はかつて私を酷い目に遭わせた【殉教団】とかいう秘密結社。

 小賢しいことに、こいつらは世界中で暗躍して多くの悪事に加担していた。

 目障りなので見つけ次第駆除することにしている。

 結構な数のアジトを潰してやったのだが、それでもまだ息の根を止められてはいない。

 無駄にしぶといのも大ッ嫌いだバーカ!!

 

 人型汚物に与するような奴らは許さない。

 殉教団め…震えるがいい、この私がお前らに死を運んでやるぞ!

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 そんなある日、私は知ってしまったのだ。

 故郷の村で私の事業を奪い取ったクソ村長がぼろ儲けをしている事を…

 新聞を読んでいるとき『世界の成功者100人』という特集記事を見つけたのだが、そこにあのクソ村長のインタビュー記事が載っていた。

 心にもない美辞麗句を並べ立て、世のため人のために薬を作ったとか抜かしよる。

 

 私の中で何かが切れた。

 いつやるの?今でしょ!!

 これは是非とも、お祝いしてやらねばなるまいて!

 やられたらやり返す。人として当然の礼儀だ。

 

「故郷の村よ!私は帰って来たぁぁーー!!」

 

 そんな訳で故郷に帰って来た。

 俺がひとり暮らしをしていた家はとっくの昔に取り壊され更地になっている。

 幼少期に暮らした村長宅は改築が行われ、趣味の悪い豪邸へと変貌して見る影もない。

 村は以前より発展しているようだが、それと比例するように治安も悪くなっている。

 長閑で牧歌的な雰囲気の村だったのはもう過去の話…

 

 幼馴染のロックとセリスの一家は随分と前にどこかへ引っ越してしまったらしい。

 きっと、大人になった二人が家族を呼び寄せたのだ。

 一体どこに行ってしまったのか?…もう一生会うことはないのかも。

 まあ、今の私に会ったところで〖クロウ〗だと気付いてくれないよね。

 少しだけ…寂しい…

 

 情報取集を行った結果、クソ村長の性根は腐りきったままであることが判明した。

 

 工場や薬草畑の従業員を低賃金で奴隷のように酷使している。

 ポーションの材料に粗悪品を使った上、効能の薄い薬を高値で販売して利益を上げている。

 成金クソ村長一家は毎日繁華街で豪遊する等して贅沢な暮らしを謳歌している。

 〖薬売りのクロウ〗が持っていた薬品レシピを自分が考案した物として特許申請をした。

 裏社会の人間と共謀し、幻覚作用のある薬を製造する計画を進めている。

 

 罪状の一例を挙げただけでこの始末。

 もう反省を促すとか改心させるとか、そういうレベルではない。

 あいつは根っからの悪党だ。

 誰かが天誅を下さねばならない。

 誰もやらないなら、私がやる!

 

 村はずれの墓地、そこに埋葬されている両親と前村長。

 久しぶりに会いに来た私を見て、あの世で驚いている事だろう。

 

「私、結婚したんだよ。子供も生まれたの、見ての通り今は女でさ…はは…本当にこんな未来は予測してなかった…」

 

「父さん、母さん、村長(善)…見てて、悪は私が成敗する!」

 

 墓前に手を合わせ、私は決意を固めた。

 

 ●

 

 レシアン王国のとある村で誘拐事件が発生した。

 被害者は村長の男である。

 

 屋敷の使用人曰く、彼は昨夜遅くに市街地まで飲みに行くと言ったきり朝になっても帰って来なかったらしい。

 行きつけの店には訪れておらず、繁華街や別の酒場でも有力な目撃情報は得られなかった。

 

 被害者の村長は新薬のレシピ開発に成功し莫大な富を築いた人物である。

 薬を作る大規模工場を立ち上げて村の発展に尽力したとして村民たちから慕われていた。

 その資産は長者番付に名を連ねる程であり、近年の王国内で最も成功した起業家として有名だった。

 そのため、身代金目的の誘拐という想定で捜査が開始される。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 事件発生の翌日、被害者を発見。

 白目をむいて気絶した状態で見つかる。

 

 見つかった場所はレシアン王国首都の王城、その城門である。

 堅牢かつ荘厳な作りの城門は王国の偉大さを象徴した、言わばこの国のシンボルだ。

 城門前広場は市民や観光客の憩いの場であり、毎日多くの人々が往来して大変賑わっている。

 

 その王国屈指の観光スポットである城門直上に、被害者が吊るされていた。

 

 一糸まとわぬ姿、裸の状態でだ!

 

 たるんだ肉体の熟年ジジイが荒縄で縛られ。

 全裸のまま吊るされていたのである!

 

 正確には城門塔の一角から固定されたロープが伸ばされ、ジジイがちょうど城門のド真ん中に位置するようセットされていた。

 

 さらに、ジジイの臀部はとんでもないことになっていた。

 

 尻に異様な程ぶっとい大根が突き刺さっていたのである!!

 

 グロすぎるッッ!!

 

 王国始まって以来の異常な珍事件!

 この衝撃的な光景は城下町を阿鼻叫喚の地獄へと変えた。

 ジジイが発見されたのが、最も人の往来が激しくなる時間帯だったのも最悪だった。

 怒号と悲鳴が響き渡る中、多くの目撃者が吐き気を催しトラウマを抱える事態となった。

 殺到したマスコミが魔導カメラで、見るに堪えないジジイを撮影しまくっていたが…

 そんな汚ねえ写真、当社の新聞に載せてたまるか!

 

 幸いと言ってよいのか甚だ疑問だが、被害者の命に別状はなかった。

 社会的には死んだも同然だが…

 

『…ああ、あ、まじょ…まじょが、く、来るなぁぁぁぁ!!』

 

『ワシは最低のゴミクズ野郎です、ごめんなさいごめんなさいごめ許して許して許して許して…』

 

『やめ、そんなの入らな………アッー!』

 

 病院に搬送された被害者に事情聴取したものの、錯乱が酷くまともな返答は得られなかった。

 相当恐ろしい目にあったらしく心を病んでしまったようだ。

 何度も発狂しては暴れるので、近々精神病院への移送が決定している。

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 被害者が発見された同時刻。

 衛兵の詰所、自警団、王国騎士団、冒険者ギルド、そして複数のマスコミ各所に匿名からの封書が届いていた。

 

 手紙には吊るされた村長は極悪人であり天誅を下したと書かれてあった。

 村長が行っていた悪事の数々が克明に記録された資料の他に、裏帳簿のコピーまでが同封されていたので、各組織も動かざる得ない。。

 手紙に指示されていた場所を捜索すると物証も次々に発見され、村長とその家族、悪事に手を染めた関係者全員が芋づる式に逮捕される運びとなった。

 

 この一連の騒動は国内外に大きな反響を呼び『闇の仕事人』の存在がまことしやかに噂された。

 

 今回の凶行を企てた人物は一体何者なのか?

 その正体は依然として不明のままである。

 

 城門を警護をしていた兵士によると、村長は何の前触れもなくいきなり出現したらしい。

 誰も全裸のジジイ(汚い)が吊られる瞬間を目撃してはいないのだ。

 

 捜査に加わった王国魔導士長によると、かなり高度な隠蔽魔法が使用された形跡があるとのこと。

 

 魔法で自分とジジイの姿を消した何者かは、誰にも気付かれることなく城門塔へと登り、無惨な姿のジジイを吊り下げた。

 そして最も人が集まる時間帯を選び、全裸ジジイの隠蔽魔法を解除したというこだ。

 

 犯人は魔法の扱いに長けた危険人物であると推測される。

 犯行の凶悪さから、あの忌まわしき【魔女】が関わっていることも考えられた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 この珍事に聖女リリアナ様は深く心を痛めておられる。

 

『悪は神の名の下に法で裁かれるべき、私刑による天誅など許されることではありません』

 

 と、コメントして下さった。

 聖女らしい清らかなご意見に感銘することしきりだ。

 程なくして市民たちも落ち着きを取り戻すことだろう。

 

 追記…

 

 10年以上前、村長が薬品工場を立ち上げた際、その事業資金を持ち逃げした人物がいることをご存知だろうか?

 逃亡の末、彼は自殺を謀り死体も発見されている。

 村長の悪事が暴かれた今、彼の死に村長が関与している可能性が浮上した。

 あれは自殺ではなく、仲間割れをした末に村長が殺害したと考えるのだが妥当だろう。 

 

 ※過去の事件については再捜査を行わないものとする。

 

 ●

 

 サマリー共和国南部の都市、冒険者ギルド。

 

 多くの冒険者たちが集うギルド内は本日も活気で満ちている。

 ずらりと並んだテーブル席のひとつに賑やかな集団がいた。

 

 冒険者パーティ【飛燕】

 

 メンバー全員がB級以上の冒険者であり、共和国では知らぬ者のいない有名パーティ。

 ダンジョン攻略実績は国内トップクラス、持ち帰った財宝は数知れず。

 かつて八大迷宮を踏破した勇者パーティの再来だと期待されている。

 

 そんな彼らは食事をしながら、次にどのダンジョンへ挑戦するかを検討していた。

 

「なあ、そろそろ八大迷宮に挑んでみないか?今の俺たちなら十分やれるはずだ」

「さすがに無理じゃない?あそこはマジで地獄だって言うし…」

「私も反対~。命あっての物種じゃん」

「万全の状態でどこまで行けるか試してみたくもある。リーダーはどう思う?」

「……ああ、うん。好きにしたらいいんじゃね」

「話聞いてねぇなコイツ!」

 

 仲間たちが話し合いを続ける最中、リーダーと呼ばれた男は上の空だった。

 彼の目は今朝発行された新聞に釘付けだ。

 

「ねえねえ、リーダーどうしたん?」

「さあ?帝国にいる元カノが結婚でもしたんじゃね?」

「あいつは元カノじゃねーよ!」

「うわ、それには反応するんだw」

 

 聞き捨てならない部分にだけツッコミを入れ、男はニュース記事を読む。

 読み進めて行くうちに男はワナワナと震え出した。

 

「く…くくく…クハッ!アーッハッハッハッwww!」

 

 突然、狂ったように大きな笑い出す男。

 リーダーの異常な行動に【飛燕】のメンバーは顔を見合わせ、

 『コイツまた変な物食ったのか?』と訝しんだ。

 

「やりやがった!あいつ…やりやがったぞ!!」

「ちょ、リーダー落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかぁ!酒だ、ありったけの酒を持って来い!今日はめでたい日だ!祝勝会をするぞー!」

「「「「誰の何を祝うんだよ!?!?」」」」

 

 夢とロマンを追い求める炎の魔剣使い。

 A級冒険者〖ロック〗は久しぶりに心の底から笑った。

 

 同時刻・・・・・・

 

 ムール帝国、魔導兵団駐屯地、第七小隊の執務室。

 

 部屋で大量の書類を捌いていた女は、ひと息入れるためにティーカップに口を付けた。

 小一時間前に淹れた紅茶はスッカリ冷めてしまっているが別に気にしない。

 喉を潤せれば何でもいいと女は考えていた。

 

 何とはなしに新聞を手に取った彼女は、以前暮らしていた故郷の名を目ざとく見つける。

 そのまま記事を読んで行くと、レシアン王国で珍事件が発生したと書かれていた。

 被害者の惨状を記した文面を読んだ瞬間、彼女の手からティーカップが滑り落ちた。

 

「ウソでしょ…」

 

 陶器の割れた音を聞いて、彼女の部下が執務室に飛び込んで来た。

 普段ならノックぐらいしろと怒鳴るところだが、今の彼女はそれどころではなかった。

 

「隊長!今の音は?一体どうなされたのですか?……隊長?おーい」

「………」

 

 部下の問いかけに隊長と呼ばれた女は、心ここにあらずといった感じで放心している。

 いつもの凛々しい姿を知っている部下からすれば、彼女の様子は明らかに異常であった。

 

「大丈夫ですか?まさか、共和国にいる元カレが結婚でもしたのですか?」

「あいつは元カレなんかじゃない!」

「あ、聞いていたんですね」

 

 聞き捨てならない部分にツッコミを入れ、女は新聞記事を読み進める。

 文章の一言一句を頭に叩き込み考察し、すぐに結論を出した。

 

「今すぐレシアン王国に腕利きの調査員を派遣して」

「は?無理に決まってるでしょ。外交問題に発展するような真似は控えてくれと、上から注意されたばかりですよ」 

「使えない奴らめ!ならば私自ら直接乗り込む!出張費の捻出よろしくね!」

「おいバカやめろ!誰かぁ!隊長が乱心したぞー!助けてくれーーッ!!」

 

 精鋭揃いの魔導兵団、その中でも第七小隊は他の追随を許さない、驚異的な任務達成率を誇っていた。

 実力はあるが性格に難がある隊員たちをまとめ上げ、的確な指揮を執る隊長の手腕は帝国軍内だけでなく、皇帝陛下からも高く評価されている。

 

 無慈悲で冷徹、戦う姿は流麗にして苛烈、魔法戦のエキスパートでもある第七小隊長〖セリス〗

 氷の女帝という異名で恐れられる女の胸中は、かつてないほどの高揚感が渦巻いていた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 それは若かりし頃の記憶。

 とある村の幼馴染三人はいつもつるんでいた。

 

 三人組の中に一風変わった男いる。

 そいつは小さい頃から妙に達観していた。

 平穏と安定を望み普通が一番だと豪語する、夢のない男だ。

 気を許した相手以外には無口で無愛想、ガタイは良い癖に臆病で、虫も殺せないような性格。

 大人びている癖に、時々妙に子供っぽい行動をする、本当に変な奴。

 

 でも、知っている。

 本当のあいつは誰よりも勇気があって、誰よりも優しい奴だってことを…

 

 両親が死んでも、育ての親が死んでも、あいつは全然泣かなかった。

 次の日には何事もなかったかのように農作業に従事していたのだ。

 悲しんでいないわけではない、それはそれとして自分に与えられた仕事はやり遂げる必要があるのだと言ってのけた。

 自分だったらとてもじゃないが真似できない。

 

 年下の子供が熱を出した時、村の誰かがケガをした時、誰よりも最初にあいつが行動していた。

 薬の材料が足りなければ、モンスターの徘徊する場所へ丸腰で探索に出かけた事もある。

 ひとりで行くなと何度も注意したが『平気だ』としか言ってくれない。

 人の心配はする癖に、心配はされたくないのだ、こいつは。

 

 将来の話をした時も、あいつは村に残ると言った。

 こんな狭い場所で終わっていいはずがないのに…

 ここがいい、ここで十分だと言う。

 

 村の外に出たいと話すと、苦言を呈しながらも応援してくれた。

 

『俺はここで待っている、だから出世して帰って来い』

 

『その時は何かうまいものでも奢ってくれ。約束だからな』

 

 そう言ってあいつは笑った。

 

 そんなあいつにも腹の立つことはあるようで、育ての親の弟、新村長のことは毛嫌いしていた。

 住んでいた家を追い出された挙句、相続人から勝手に外された事は別にいい。

 それよりも、村の改革を強引に推し進める事が許せないと怒りを露わにしていた。

 

『あいつマジで最悪。いつか復讐してやる』

 

 興味本位で、どんな復讐をしたいのか聞いてみた事がある。

 

『そうだな…裸にむいてからロープで縛り、目立つ場所に吊るしてやろうと思う』

 

『もう少しインパクトがほしいな…うーん…』

 

『そうだ!極太の大根を汚ねぇケツに突っ込んでやるのはどうだろう?きっと泣いて喜ぶぞw』

 

 何言ってんだコイツ?

 とりあえず、世界中の大根農家に土下座して謝れ。

 

 この時は、いつもの愚痴でただの冗談かと思った。

 

 大人になって幼馴染たちは離れ離れになった。

 故郷で待つあいつの所へ、たまには顔を出してやろうなんて思っていた。

 

 そしてあいつは…

 不名誉極まりない犯罪者として死んだと聞かされた。

 事業資金を横領した上での自殺……そんなわけない。

 あいつがそんなことをするはずがない!

 

 あいつは無罪だと、何かの間違いだと散々訴えた。

 誰も耳を貸してくれなかった。

 独自に調査するも、上手くいかず時間だけが過ぎた。

 

 あいつを悪く言う村人にも国にも、無力な自分にも心底ガッカリした。

 祖国を捨て家族を呼び寄せる決断をしたのは正しかったと思う。

 

 そうして10年以上の時が流れ。

 故郷の記憶が薄れ始めた頃……それは起こった。

 

 あのクソ村長が、全裸で城門に吊るされたのだ!

 

 しかも、尻に極太の大根が刺さっていたらしいwww

 

 犯人は誰かすぐにわかった。

 あいつだ、あいつしかいない。

 あの時に話した復讐方法そのまんまで笑ってしまった。

 

「生きてやがったな、この野郎!…なあ、クロウ!」

 

「死んだフリだなんていい度胸ね、クロウ。まあ私は最初から気付いてたけど!」

 

 大人になった少年と少女は、違う場所で同じことを考えていた。

 

 あいつは今どこで何をしているのやら?

 

 ●

 

 幼馴染たちの反応などつゆ知らず。

 クロウ改め、コルニクスは復讐をやり遂げて満足していた。

 

「これにて断罪完了!」

 

 クソ村長の悪事が明るみになり奴の人生は終了した。

 精神病院送りになったのは計算外だったけど、檻付きの場所に行ったのなら結果オーライだよね。

 悪党には相応しい末路だ。

 命を取らないで勘弁してやった私はなんて優しいのだろう。

 

「でも、黒幕は野放しのまま…」

 

 クソ村長の件は片付いたけど、人型汚物は今ものうのうと生きている。

 

 私が天界で暮らしている間に、リリアナは王国の第二王子と正式に結婚し男児を産んだらしい。

 更にその翌年、再び妊娠したリリアナはまたしても男児を産んだのだとか…

 マジかぁ…汚物の血を継ぐ者が誕生していたことがショックで堪らない。

 しかも、私と同じ男の子二人…被せて来るなよぉ。

 

 汚物から産まれた兄弟たちは、容姿端麗かつ文武両道の秀才らしい。

 第一王子を差し置いて、次期王位継承者として嘱望されているのだとか。

 それもあってか、リリアナは聖女という肩書に加えて今では【聖母】と呼ばれる事もあるという。

 調子に乗りやがって…何が聖母だ!キメェんだよ!!

 あいつの本性を知っている私からすれば嫌悪感しか湧かない称号だ。

 

 クソ村長を始末しても、リリアナはノーダメージだった。

 事件の真相は闇に葬られ〖薬売りのクロウ〗の冤罪が晴れることはこの先もないだろう。

 一矢報いてやりたいのは山々だが、今のリリアナは王城の中で暮らしており王太后気取りの生活を送っている。

 前にもまして身辺警護は強固なモノになり、近づくこともままならない。

 おまけに奴の息が掛かった私兵たちも王城にわんさか居て、物理的にも魔術的にも守られている。

 

 さすがの私も簡単には手が出せない。

 生まれて来る子供たちのためにも、玉砕覚悟で突っ込む訳にはいかないのだ。

 

 それに、あんな奴でも母親だ。

 リリアナを断罪すれば、残された若き兄弟たちは悲しむに違いない。

 何も知らないであろう、第二王子と息子たちは汚物の哀れな被害者なのである。

 仇敵とはいえ、その家族まで不幸にするのは私の本意ではない。

 

「仕方ない…見逃しやる」

 

 少し悩んだが、リリアナに手を下すのはやめておいた。

 クソ村長を成敗したことで多少は溜飲が下がったのだ、今はこれで良しとしよう。

 

 恨みつらみも後回し。

 何よりも優先すべきは愛する子供たち。それを忘れてはいけない。

 決めた。あの汚物から関わって来ない限り手を出さない方針で行こう。

 

 一番の復讐は自分が幸せになる事だよね。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 故郷の村のその後だが、近隣の村々と合併された上で国から新たな統治者が派遣される事で落ち着いた。

 今度のまとめ役は王国内でも比較的まともな第一王子派閥の人間なので、あのクソ村長よりはマシだと思う。

 

「こんなにたくさんの寄付を…本当によろしいのですか?」

「ええ、あの墓地にはお世話になった知人が眠っているのです。このお金を役立ててください」

「わかりました。頂いた寄付金は神に誓って、大切に使わせていただきます」

「信頼していますよ。どうかよろしくお願いします」

「はい、必ずや。心優しきあなたに聖女リリアナ様の加護があらんことを…」

「失望しました!やっぱり寄付やめます!!」

「なんで急に!?」

 

 墓地を管理している教会に多額の寄付をして『お墓をよろしく』と、お願いしておいた。

 まだ若い神父は誠実そうだったので、彼に後を任せても大丈夫だろう。

 しかし、汚物の加護を押し付けようとしたことは余計だ!

 臭いがうつったらどうしてくれる?

 

 父さん、母さん、村長(善)…どうか安らかに眠ってね。

 

 ●

 

 私は旦那様から膨大な数の魔道具を譲り受けた。

 その中でも特に有用なアイテムがある。

 

『どこでもホーム』テレテレッテレ~♪

 

 名前で察してくれていると思うが説明しよう!

 これは好きな場所に家を建て即日入居できる上、手軽に持ち運ぶことも可能な超々便利アイテムなのである。

 

 さっそく実践してみよう。

 魔法の収納鞄『異次元バック』から手の平サイズの四角い立方体を取り出す。

 不思議な光沢のある表面には複雑な幾何学模様が描かれていて神秘的だ。

 このキューブが『どこでもホーム』の収納携帯ね。

 

 こいつをなるべく平らな土地の上に置いて、私の魔力をたっぷり流します。

 魔力が足らないと起動すらできないので注意しましょう。

 キューブに魔力が貯まったら点滅を始めるので、その間に安全な距離まで離れておく。

 みるみるうちにキューブが大きくなって行きます。

 待つこと3分、巨大なキューブの外装が弾けて粒子となり消えていきました。

 

 後に残ったのは、こじんまりとしていながらも立派な一軒家。

 『どこでもホーム』が本来の姿を取り戻しました。

 これで完成です。ね?簡単でしょ?

 

 生活に必要な家具と魔導機はもちろん完備。

 2LDKで風呂とトイレは別にしてある。

 オール電化ならぬ、オール魔導化住宅なので魔力さえあれば生活に困らない。 

 逆に魔力に乏しい人だと最低限のインフラすら整わないので苦労することになる。

 

 『どこでもホーム』があるおかげで、私の旅時はすこぶる快適なのである。

 旦那様には感謝してもしきれない。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 クソ村長への復讐を果たし、レシアン王国を出発して半年後。

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 私は『どこでもホーム』のキッチンで鼻歌まじりに料理を作っていた。

 今日の晩御飯は旦那様も大好きだったカレーにした。

 肉も野菜もいっぱい入れた、食べ応えのある具沢山カレーが好きだったんだよね…

 こうしてカレーを作っていると、嬉しそうなあの顔を思い出してしまう。

 

『うまい!うまいぞ!何杯でも食える!コルニクスは料理上手だな』

 

『今日のカレーはまた一段とうまいな。牛肉と玉ねぎにトマトの酸味が絶妙な…』

 

『え?これカレーじゃないの!?バカな…ハッシュドビーフ…だと…』

 

 旦那様、私が何を作っても美味しいと言って褒めてくれた。

 嬉しかったなあ……本当に幸せだった。

 いけない、玉ねぎが目に沁みたみたい。

 

 ちょっと涙ぐみながらもカレーが完成した。

 

 味見をして美味しく出来ているのを確認。

 このカレー、子供たちにも食べさせてあげたいなあ。

 一緒に食卓を囲む日を夢見て、私は今日も生きています。

 

「あれ?どうしたんだろう?」

 

 左手に装着した腕輪が小刻みに震えている。

 これは誰かから連絡があった時の知らせだ。

 すぐさま腕輪に魔力を通し、本来の姿である鏡型の魔道具『ヤタ』を顕現させた。

 

 通信用の魔道具を所持していて、私のアドレスを知っている人物は限られている。

 師匠と先輩魔女たちと後は…天界のガブリゼルさんぐらいか。

 

 案の定、通信はガブリゼルさんからだった。しかも、珍しくビデオ通話だ。

 急ぎの用事だろうか?

 月一の定期連絡はまだ先のはずだよね。

 妙な胸騒ぎを感じながら、応答のマークをタップする。

 

「姉上ぇぇぇ!大変!申し訳ありませぇぇんんん!!」

「いりなり何事!?」

 

 涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにした義弟の姿が映し出された。

 せっかくのイケメンが台無しである。

 ビックリしてヤタを落としそうになったが、何とか堪えた。

 

「私のせいで、あの子たちが…あんな暴挙に出たのは、私が、私が悪いんですぅぅぅ!」

「一体何があったんですか?わかるように説明してください」

 

 あの子たち?

 え、ちょっと待って、まさか、私の子供たちじゃないよね?ねぇ?

 

「申し訳ありません!此度の失態、腹を切って詫びる所存でございます」

「いや、それよりも説明を!ああもう、土下座とかいいですから詳細を早く!」

 

 ガブリゼルさんが謝ってばかりで話が進まないよ。

 この謝罪っぷり尋常ではない。

 絶対に何か良くない事が起こっている。

 それも、私に深く関係のある事件だ。

 

「姉上から託された大事な子供たちが…」

 

 やっぱりか!あの二人に何かあったのだ。

 

「ミカエリアスとルシフェルトの二人が、天界から脱走してしまいましたぁ!!!!」

 

 今、何て言ったの?

 脱走?逃げた?何が何で?

 卵が勝手に移動したってこと?

 それとも誰かに卵を盗まれたとか?

 

「違うのです。卵は既に孵化していたのです」

「は?」

 

 孵化して…いた、だと?

 き、聞き間違いかな?そんなわけないよね。

 

「卵がかえって双子が生まれたことを、姉上に黙っていました!誠に、誠に申し訳ございません!」

「はぁぁぁぁぁぁ??」

 

 聞き間違いじゃなかったぁ!

 おい!ちょっと待てや。

 話が違うじゃねーか!

 何かあったらすぐ知らせてくれる約束をしていたよね?

 

「全くの予想外でした。半年ほど前に突然卵が割れて、二人が出て来てしまったのです」

「そんな大事なことを、どうして黙っていたんですか!!」

 

 半年前…子供たちが卵から孵化していた時、私はクソ村長の尻に大根を突っ込んでました。

 何やってんだ私のバカ!

 

「生まれて来た二人の力はあまりにも強すぎた。このまま姉上に会わせても、危険だとしか思えなかったのです」

「それを私抜きで判断するのはおかしいでしょう!」

「ごもっともです。ですが、あの二人は本当に…」

「言い訳は聞きたくありません!」

 

 言葉が荒くなるのを止められない。頭の中がグルグルする。

 ガブリゼルさんに裏切られた気持ちと、何も知らずにいた自分がどうしようもなく情けない気持ちでいっぱいだ。

 

「子供たちは今どこに!」

「わかりません。ただ結界層を抜けて地上へ下りたことは確かです」

 

 地上に、今この空と大地のどこかに子供たちが来ている!?

 やっと会える、子供たちに会えるのだ。

 

「姉上…二人はきっと、いや絶対に、あなたの所へ向かったはず」

「……っ!!」

 

 カレー作ってる場合じゃなかった!

 あの子たちが、この私に会いに来ているんだなんて…

 そんなの、迎えに行かない選択肢はない。

 今動かなくてどうするよ。

 ここで躊躇するようなら私は母親失格だ。

 

「ダメです姉上!闇雲に出かけるのは危険です!もっと情報を集めてからでも!姉上!お待ちください、あねうぇぇええ!!」

 

 ガブリゼルさんとの通信を強制終了。

 事と次第によっては、私は彼をぶん殴らないといけなくなる。

 だけど、今はそれどころではない。

 

 魔道具と薬品類の詰まった収納鞄を引っ掴み、私は家を飛び出した。

 

「ミカエリアス、ルシフェルト、どうか無事でいて…」

 

 待ってて二人とも、お母さんが今行くからね。

 

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