うちの子は天使です   作:きさまち

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姪っ子フィーバー

 予想より早く生まれて来た、ミカエリアスとルシフェルト。

 双子の姪たちは叔父である私(ガブリゼル)の下で暮らすようになった。

 

 私はそれなりの敷地面積を誇る邸宅に住んでいる。

 元々部屋数の多い家なので、姪たちの部屋が増えたところで問題はない。

 仕事が忙しく私が構ってやれない時間は、住み込みで働いてくれる使用人たちに世話を頼むことにした。

 初めて双子を紹介した時は使用人たちの歓声が上がったものだ。

 それほどまでに姪たちは愛らしい。

 

 天使は成人の姿で卵から生まれて来るのが普通なので、子供の天使という希少存在どう扱ってよいのか正直わからない。

 もちろん私も子育てなど未知の領域である。

 これに関しては、他種族の子育て経験者に知恵を借りるしかない。

 幸いにも使用人の中に赤ん坊から我が子を立派に育て上げた者が何人かいたので、彼らを中心に姪たちへの接し方を学んでいくとしよう。

 

 家族のためを思って尽力する、中々に大変であるが幸せな事だ。

 私は兄上と姉上から幸せを分けてもらったと思っている。二人には感謝しかない。

 姪たちをしっかり教育することが、姉上たちへの恩返しになると信じて頑張ろう。

 

「叔父さん、母さんにはいつ会えますか?今日ですか?明日ですか?」

「天界にママはいないの?じゃあ、こんなところにいたくない!ママを探しに行くよ」

「二人とも…説明はしただろう?姉上は下界で修行中の身だ、今邪魔をしたら一緒に暮らせなくなるよ」

「嘘つくのやめてもらっていいですか?」 

「う、嘘ではない。熾天使は嘘をつかないんだぞ」

「ガブおじー、目が泳いでるよ?」

 

 姪たちは毎日母親に会いたいと駄々をこねる。

 気持ちはわかるが、それを許すわけにはいかない。

 彼女たちがキチンとした良識を身に着け、自身の力を律する事ができるようにならなければ…

 

「しっかり学んで立派な天使にならないと、姉上が悲しむよ。いいね?」

「むぅ…母さんのためなら仕方ありません」

「ブーブー!」

 

 なんとか言い含めているが姪たちが不満を募らせているのは明らかだ。

 教育も大事だが、偶には遊びに付き合ってストレスを発散させてあげよう。

 使用人たちには苦労をかけるが、どうか二人のことをよく見ておいてほしい。

 

 姪たちを引き取って二日目、ルシフェルトが邸宅を脱走した。

 少し目を離した隙に空の彼方へ飛び去ってしまったらしい。

 邸宅の周囲には飛行を阻害する結界を張っていたのだが…

 ルシフェルトの力が強すぎて、私の張った結界など何の意味もなかったのだ。

 

 数時間後にルシフェルトは発見された。

 空腹で行き倒れていたところを天軍の警備隊に保護され、詰所でのんきにご飯をもらって食べていた。

 連れ帰ったルシフェルトへ真面目にお説教をしたのだが、本人は全く反省していない。

 それどころが冒険が出来て楽しかったと、ミカエリアスに自慢していた。

 

 その日から、ルシフェルトは度々脱走を繰り返すようになえう。

 遥か遠くの街や浮遊島に行っては遊んでいるらしいが、何をしているのか詳しくは教えてくれない。

 彼女が姿を消す度に、大捜索が開始されるのが我が家のルーティンとなりつつある。

 見張りの数増やして行動も制限したが、まるで堪えた様子がない。

 どれだけ手を尽くしても、ルシフェルトはその全てを突破してしまう。

 

 唯一の救いだったのは、脱走したルシフェルトの目撃情報が簡単に集まる事だ。

 容姿が整い過ぎた少女天使は非常に目立つ。

 何度も脱走を繰り返すうち、ルシフェルトは天界住人たちの間で『あれ例の子じゃね?』と噂されるようになっていた。

 寄せられた情報を頼りに捜索すると思いのほか早く見つかるのだ。

 

「ミカも一回やってみれば、楽しいよ?」

「遠慮しておきます。叔父さんに迷惑をかけたくないので」

「いい子ちゃんだなあ…ママに会いたくないの?」

「母さんは天界にいません。ルー、勢い任せのあなたでは、どうやっても母さんに会えませんよ?」

「むー、わからずや!」

「何とでも言いなさい。私は本の続きを読むので邪魔しないで…」

「……ブス天使」

「貼り倒すぞクソ天使が!!」

「怒ると口が悪くなるよねwww」

 

 ルシフェルトの力は強大だ。

 私はもちろん、従者たちも大人数が連携して対処しなければ、本気になった彼女には到底敵わない。

 向こうは遊びでも、こちらは恐怖の大魔王に挑んでいる心境だ。

 不甲斐ない大人たちを見かねたのか、ミカエリアスがルシフェルトの捜索と捕縛に協力してくれるようになった。

 

 双子というだけあって、ミカエリアスも相当強い。

 私の従者たちに的確な指示を出し、戦闘による被害を最小限に食い止める手腕も大したものだ。

 ミカエリアスのおかげで、私たちの負担はかなり軽減された。

 本当に彼女がいてくれて良かったと思う。

 

「何でいつも邪魔するのかな?」

「私の不利益になるからです。あなたがバカな行動をすると、私までバカだと思われる」

「そんなこと言って、本当は私が羨ましいんでしょ?」

「バカも休み休み言いいなさい、大バカ」

「バカバカ言い過ぎだよ!腹立つなぁ」

 

 頻発する脱走騒ぎのおかげか、私が双子の天使を、それも異様に強くて可愛い女の子を育てているという噂は、あっという間に広まってしまうのであった。

 

 ●

 

 双子の姉妹でも、しっかりとした違いがある。

 

 〖ミカエリアス〗は礼儀正しく生真面目で、見た目以上に大人びている子だ。

 少々融通の利かない性格ではあるが、秩序と平和を重んじる道徳心を備えている。

 姉上の誠実さと勤勉なところを引き継いだくれたに違いない。

 その真面目さ故に、奔放なルシフェルトとは意見が対立する事が多い。

 クールな性格なためか、もの凄く冷めた目で周りを見ているのが気になる。

 彼女が子供らしく目を輝かすのは母親に関する事だけだ。

 

 〖ルシフェルト〗は気分野で心の赴くままに行動する子だ。

 無邪気さからくる残酷な一面を持っていて少々…いや、かなり危なっかしい。

 この性格、兄上の若い頃にそっくりである。

 誰かが手綱を引いてやらないと、兄上のような数々の最凶伝説を生み出しかねない。

 愛想よく誰にでも気軽に話しかけるが、飽きっぽく興味を失うのも早い。

 母親を求める気持ちはとても強く、母以外はどうでもいいと思っている節がある。

 彼女を真の意味で律することができるのは、姉上だけなのかもしれない。

 

 双子ならではのシンパシーを感じることもあるが、性格的に合わないところも多く、よく口論をしている現場を見かける。

 一度、姪たちの些細なケンカが大乱闘に発展し、邸宅を半壊させる事件を起こした。

 安全第一で避難をしていた従者や使用人に被害はなかったが、ミカエリアスとルシフェルトはお互い満身創痍になるまで戦い続けた。

 連絡を受け慌てて帰宅した私が見たのは、ボロ雑巾になって倒れ伏す姪たちと、それを必死に治療する使用人たちの姿だった。

 驚異の回復力で翌日にはピンピンしていたから良かったものの…

 さすがにやりすぎなのでちゃんと叱ろう。

 

 後日、ケンカの原因が何だったのか聞き出したところ、どちらが姉でどちらが妹なのかで揉めたのが始まりだった。

 戦いは僅差でミカエリアスが勝利を収めたらしい。

 

「私が姉です。妹になったルーは姉である私に従いなさい」

「姉は妹に優しくするべきだと思うな。ねえ、お姉ちゃんちょっと焼きそばパン買って来てよ?五秒以内ね」

「お前が行って来いや愚妹!」

「パンのひとつも買って来れないダメ姉だねw」

 

 これはこれで仲がいいのか?

 またケンカを始めそうになったので『仲良くしないと姉上に会えない』と脅しておいた。

 効果てきめんだったようで、二人は渋々握手をして仲直りしていた。

 姉上に関係することなら、素直に言う事を聞くんだよなあ。

 

 ●

 

 姪たちの身の回りの世話をさせるため優秀な従者を選抜して付けていたが、そのひとりが半殺しにされた。

 

 犯人は意外にもミカエリアスである。

 真っ先に疑ってしまったルシフェルトもその場にいたが、彼女はただ傍観していただけだ。

 

 顔の形が変わるまでボコボコにされ、いろんな箇所の骨を折られた従者の男に話を聞くと、いきなり激昂したミカエリアスから暴行を受けたとのこと。

 自分は普段通りに接していただけで、暴行される理由に心当たりがないと言う。

 現場に居合わせた他の従者に話を聞いたところ真相が判明した。

 この男、無礼にも姉上を貶めるような発言をしていたのだ。

 

『お二人はベルゼクティオ様の高貴なる血を引いております。それは大変名誉なことなのですよ』

 

『母君が〖羽無し〗だったのは残念ですが…ご安心ください』

 

『〖羽無し〗の穢れた血など、天使の聖なる血潮が浄化してく……ぐげぇ!?!?』

 

 続く言葉はミカエリアスの放った拳により中断された。

 最初の一撃で錐もみ状に吹き飛んだ男は壁に激突して這いつくばったのだが、そこで終わらせず手加減しながら殴る蹴るを続けたらしい。

 

 〖羽無し〗とは有翼人種が翼をもたない種族を見下す言葉だ。

 まさか、我が家の従者にここまで愚かな差別をする奴がいるとは思わなかった。 

 これは雇い主である私の責任だ。

 

 姉上に会ったこともない奴が、思い込みだけで彼女を貶めるなど許せるはずがない!

 私の怒りを買ったことに気付いたボコボコ顔の男は、みっともなく弁解を始めたが、時すでに遅し。

 問答無用で即刻クビを言い渡してやった。二度とその面見せるなよ!

 

「すまなかったな、ミカエリアス。姉上を悪く言うような奴を雇用していた私のミスだ」

「ついカッとなって少々やり過ぎました。ごめんなさい」 

 

 君が謝る必要はないのだ。

 私だってその場にいたら奴を殴っていたはずだ。

 

「それにしても、ルシフェルトはよく我慢したな。偉いぞ」

「ん?別に我慢してないよ。頭を『パーンッ!』しようとしたらミカに邪魔されたの、先を越されちゃったなあ」

「私が殴らなかったら、あの人の頭部だった肉片が部屋中に飛び散ってましたよ。汚いのは嫌なので仕方なく私が手を出したのですが…」

「そ、そうか。よくやってくれた、ミカエリアス。ルシフェルトはやっぱり反省しなさい」 

「ぶー、悪いのはあいつなのに…」

 

 危なかった。

 もう少しで部屋の掃除が大事になるところだった。

 『パーンッ!』はせめて屋外でやるように言い聞かせようと思う。

 そもそもムカついても殺してはダメだと教えないといけない。

 

 従者と使用人には姉上に関する発言にくれぐれも注意することを徹底させた。

 自殺志願者でなければ言いつけを守ってくれるだろう。

 

 ●

 

 ミカエリアスとルシフェルトの存在は最早周知の事実となった。

 そうなると二人を利用しようとする連中が虫のように湧いて出た。

 連日、姪たちに会わせろという問い合わせが引っ切り無しで対応に追われる日々だ。

 わかっていた事だが非常に鬱陶しくて面倒くさい。

 

 ゼルフィード様を始めとする、味方になってくれる有力者たちと協力し、姪たちの身辺をきっちりガードしたのだが。

 それでも強行突破してくる奴らは後を絶たない。

 天魔王ベルゼクティオの力を受け継いだ遺児であり、愛らしい双子の少女天使、そのネームバリューは計り知れない価値があると思われている。

 そのせいで連中も中々諦めてはくれない。

 

「叔父さん、お茶会への招待状が届きました『女性天使の権利を守る会』からです」

「あー、出席しなくていいから、無視していいよ」

「お茶飲むだけ?楽しいの?」

「全然楽しくないからな。君たちを担ぎ上げて、碌でもないことを企んでるだけだから」

「なんかめんどくさそう」

「調べてみました…評判の悪い女尊男卑グループですね。関わりたくないです」

 

 招待状を無視していたら厚化粧の女性天使たちが邸宅に突撃して来た。

 豪華な装飾品でジャラジャラと身に着けていて、妙にけばけばしく香水臭い連中だ。

 姪たちも顔をしかめている。

 

「男の人と対等かそれ以上なりたいならさあ、男より仕事ができるって事を証明してからじゃないとね」

「守られるべきは私の母さんだけです。お引き取り下さい」

 

 厚化粧ズは姪たちを自陣に取り込もうと騒ぎ立てたが、弁が立つ二人に言い負かされてすごすご退散していった。

 

 また別の日。

 

「ガブおじー、なんか写真がいっぱい来たよ?」

「これ全部見合い写真ですね。釣書もあります」

 

 気の早いバカタレどもが姪たちに縁談を持ちかけて来た。

 ふざけんな!二人はまだ子供の姿をしているんだぞ。全員ロリコンかよ!

 

「ルー、どれか選んで嫁に行ってあげなさい」

「ヤダよ!私ママと結婚するんだもん」

「そんなおぞましいこと絶対にさせません」

「なんだよう。ママと結婚するのは悪い事なの?」

「倫理的にはアウトです」

 

 姪たちの会話が微笑ましい。

 それはそれとして、大事な姪に手を出そうとする奴は許さない。

 見合い写真を送って来た奴らは徹底的に調べ上げ、必ずや制裁を加えてやる。

 

「じゃあ、ママがミカと結婚してもいいって言ったらどうするの?」

「そ、それは……母さんが私を求めてくれるなら、その、やぶさかではないというか…////」

「近親相姦レズきめぇwww」

「お前もな!!」

 

 二人とも、本当に姉上のことが好きなのだな。

 早く再会できるようになればいいが…

 

 ●

 

 招かれざる来訪者たちを撃退し続け、少し状況が落ち着いて来た頃。

 ウリエノールとラファエナムがやって来た。

 姪たちの誕生に居合わせた二人は、こうして時折様子を見に来てくれるのだ。

 

「おうガキ共、元気にしてたかよ?」

「ウリエノール様。今日も稽古をつけてくれますか?」

「おう、いいぜ。徹底的にしごいてやる」

「よろしくお願いします……今日こそ()れそうな気がする…」

 

 ミカエリアスはウリエノールとよく一緒に訓練をする間柄になっていた。

 懐いているというよりは、相手から少しでも多く学ぼうという気概を感じる。

 

「あら~ミカちゃん取られちゃったわ。じゃあ、私はルーちゃんと遊ぼうかしら」

「オカマ先生!魔法教えて魔法!」

「いいわよ。勉強熱心で感心感心。どんな魔法を知りたいかリクエストはある?」

「えっとねえ…オカマを殺す魔法が知りたい!!」

「あらあら、この子ったらw誰に向かって使う気なのか詳しく聞きたいところね」

 

 ルシフェルトはラファエナムから魔法の手ほどきを受けている。

 こちらも、やる気十分といった感じだ。

 

 姪たちの瞳宿るのは純粋な好奇心と強者への敬意。

 そして…にじみ出る敵愾心と殺意。

 孵化したその日に敗北したことを、今も相当根に持っているらしい。

 

 訓練というにはいささか激しい模擬戦を終えた後、魔力を一気に消耗した姪たちは自室で眠ってしまった。

 残された私たちは近況報告も兼ねた食事会をすることにした。

 

「それで、ごちゃごちゃ言って来た奴らはどうなった?」

「大分数を減らしたが、まだしつこく食い下がって来るのがチラホラいる。あの様子だと100年ぐらいは平気で粘りそうだ」

「もういっそのこと、ガキ共の力を見せつけてやれよ。根性無しどもはどうせビビッて逃げていくぜ」

「余計執着する可能性もあるわよ。ベルちゃんの時だって、ねえ…」

「アレは酷かったな『俺たちのバックには天魔王様がいるんだぞぉ!』とかイキってるならず者メッチャいたわww」

 

 確かにいたな。兄上本人にそのセリフをほざいて、下界までぶん投げられた奴を見た事がある。

 自称、ベルゼクティオの一番弟子とか親友とか本当に多かったからなあ。

 兄上は放置していたけど、勝手に天魔王公認商品とか販売していた奴もいたし、本当にいい迷惑だった。

 そして今は姪たちが虎の威を借りる狐どもに狙われている。

 

「まあ地道に潰していくさ。あの子たちは誰にも利用させはしない」

「あんま気負うなよ。邪魔な奴がいたら俺に言え、すぐ片付けてやるからな」

「ウリちゃんのそういうところホント好きだわ~。何でモテないのかしら?」

「ほっとけや!俺について来れる男がいねーのが悪いんだよ!」

 

 ウリエとラファの二人は頼りになる友人だ。

 彼らが味方に付いてくれたことは本当に幸運だったと思う。

 

 くるっぽー!

 

『ワシもおるんじゃよ』

「うわっ!?どっから湧いて来た」

「ゼルフィード様!アポなし訪問は困りますよ」

「この鳩端末、本当に神出鬼没よねw」

 

 天界の統治者、聖王ゼルフィード様の意識を宿した端末である鳩が食事会に乱入した。

 何をしに来たのだろう?とりあえず、豆でも出しておけば食うかな?

 

『双子ちゃんの調子はどうかな?』

「元気ですよ。二人ともとても賢くて、いい子に育っています」

『それは良かった。精神面も落ち着いておるようじゃし、このまま行けば母親と再会できる日も近いぞい』

「ほ、本当ですか!それを聞けば姪たちも喜びます」

 

 やった!ゼルフィード様のお許しが出れば、姉上と姪たちを会わせてやれる。

 

「いいのかよ、ルーの奴まだ脱走してんだろ?三日に一回ぐらいのペースで」

「おま、余計なことを言うな!」

『ほっほっほ、元気があってよろしい。もう数ヶ月様子を見みてから判断しようかのう』

「あと数ヶ月…あの子たち我慢できるかしら?心配ね…」

 

 あとたった数ヶ月の辛抱だ。

 そう思う私とは違い、ラファは難しい顔をしていた。

 

 後日、その懸念は的中する事になる。

 母親を恋しく思う姪たちは、とっくの昔に限界だったのだ。

 

 ●

 

 姪たちと暮らすようになってから約半年…

 

 恒例となったルシフェルトの脱走が発生した。

 脱走もかれこれ数十回目なので、誰も慌てたりしない。

 慣れというのは恐ろしいモノだ。

 

「ガブリゼル様。ルシフェルト様がまた…」

「ミカエリアスが対応するだろう。彼女の邪魔にならないよう後方待機、街に被害に及ばないよう注意しておけ」

 

 この時、私もスッカリ油断していた。

 嫌な顔をしながらもミカエリアスは毎回妹を連れ帰ってくれるからだ。

 今回もそうなると思っていた。

 

 しばらくして…

 

「ガブリゼル様!大変です!一大事ですよ一大事!!」

 

 今度は何だ、まさかミカエリアスが敗けた?

 そうだとしたら非常にマズい!

 こうなったらウリエたちに招集をかけて…

 

「違います!ミカエリアス様とルシフェルト様が、一緒に逃げてしまいましたぁ!」

「なんじゃそりゃぁぁぁ!?!?」

 

 ミカエリアスは今まで一度も脱走を企てた事はなかった。

 私の言いつけはちゃんと守る、聞き分けの良い子だと思っていたのに、どうしてしまったのだ?

 本心では脱走してみたかったとか?

 

 混乱している私を置いて、状況はさらに悪化する。

 ガタガタと邸宅が震えたのだ。

 いや、我が家だけでなく陸地そのものが震動していた。

 今のは何だ?地震…だと?

 待て待て待て、天界の陸地は大なり小なり全てが浮遊島なんだぞ。

 空に浮かぶ大地が震えるなど、余程の異常事態が起こったに違いない。

 

 くるっぽー!

 

『こりゃちとマズい事になったのう』

 

 出たな鳩!じゃなかった。

 

「ゼルフィード様!何か知っているのですか?」

『うむ。結界層に穴を空けられてしもうたわ。こんなこと数百年ぶりじゃて』

「えらいことじゃないですか!?」

 

 天界と下界を隔てる結界層はゼルフィード様の管理する、超強力な攻勢防壁だ。

 並みの攻撃ではビクともせず、無理に通過しようとする者の命を奪う。

 兄上は単身で平然と突破していたが…まさか…

 

『お察しの通り、やったのは双子ちゃんじゃよ。結界層の綻びを見つけて一点集中攻撃、やるもんじゃなあ』

「感心している場合ですか!ふ、二人とも何ということを…」

 

 結界層を穴を空けたということは、二人は下界へ行ってしまったのだろう。

 目的はひとつしかない、姉上だ。

 母親に会いたい、それだけをひたすらに願い、ついに行動を起こした。

 もう!こういう時だけ仲良く協力するんだから。

 

「すぐに追わなければ!行きますよゼルフィード様!」

『え?ワシも下界へ行くの?結界層の修理とか仕事が立て込んでおるんじゃが…』

 

 知った事か!姉上に一緒に怒られると約束したでしょーが。

 聖王なら仕事のマルチタスクぐらいやってみせろ!

 

「姉上にも連絡しないと、ああどうしよう。絶対怒られる…」

 

 半年前に卵が孵化していたことを知れば、如何に温厚な姉上でも激怒するだろう。

 胃がキリキリするのを感じながら、私は通信機を起動させるのだった。

 

 くるっぽー!

 

 あ、コラ鳩!野生に帰るフリして逃げんな!

 

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