女体化して母親になったよ!天使な子供たちとファンタジー世界で幸せになります   作:きさまち

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処刑人

 光あるころに影あり。

 長らく平和な時代が続いている世界もそれは例外ではない。

 人々が穏やかな日常を営んでいる一方で、非合法な活動に従事する者たちも当然のように蔓延っていた。 

 

 世界中で暗躍する秘密結社【殉教団(マルティール)】

 

 『真なる神の再臨』という胡乱な名目を掲げ、各地で犯罪行為を繰り返す一大勢力。

 その悪名は裏社会のみならず、世間一般の警察機構や治安維持部隊にも要注意団体として広く周知されていた。

 多数の構成員を率いる殉教団は今日も何処かで悪事を働いている。

 

 そんな彼らの拠点のひとつ、地下に設けられた大広間にて教団の定例会が開かれていた。

 教団のトップである〖教祖〗の命により、定期的な報告会や会議をするよう義務づけられているからだ。

 

 殉教団の階級は〖教祖〗を筆頭に、教団の方針や計画を決める幹部の〖大司教〗

 数十名からなる部隊のまとめ役である〖司教〗そして一般構成員の〖信徒〗という序列になっている。

 

 広間の中央に設けられた円卓、そこに座しているのは〖教祖〗と呼ばれる人物だけだ。

 他に着席している者の姿は見えない。

 その代わり空中に光る長方形の枠が浮かび、その中に定例会参加者たちの顔が表示されていた。

 最先端の魔導技術によるリアルタイムでの遠隔通信、浮かんでいるのは表示枠と呼ばれるディスプレイだ。

 いわゆるリモート会議を彼らは行っているのである。

 

 (ハァ…つまらないわね)

 

 教団幹部のひとり【祝福の聖女】リリアナは心の中で盛大なため息をついた。

 退屈していることなどおくびも出さない、完璧な笑顔を貼り付けたまま、リリアナは会議に参加している。

 因みに、教団での彼女の階級は〖大司教〗である。

 

 次々にあがる報告に短い返答をする教祖、時折リリアナにも意見を求められるが、正直『勝手にすれば?』と思ってしまう。

 本当にクソつまらない。

 リリアナにとって他の幹部連中がどう手柄を立てたかとか、教団の目的にまた一歩近づいたとか、全く以って興味がない。

 自分が殉教団に所属しているのは利用価値があるからであって、教団そのものがどうなろうと知った事ではない。

 利用価値が無くなれば即サヨナラする腹積もりである。

 

 (他の幹部も同じ考え…大丈夫かしらこの組織?)

 

 殉教団の中で純粋に〖教祖〗を慕い忠誠を誓っている者が果たして何人いるのか、大いに疑問である。

 幹部である自分たち〖大司教〗ですら己の利益を優先して動いているのだから、一般構成員である〖信徒〗などはただ長い物には巻かれろの精神で入団したような連中が殆どだと思う。

 寛容なのか馬鹿なのか知らないが、教祖はこちらのそういった不遜な考えを見抜いた上で自由にさせている気がする。

 

 (利用しているのはお互い様ということね。食えない御方ですこと)

 

 〖真なる神〗とやらがどういう存在であるのか、リリアナは未だに教えられていない。

 それを知っているのは教祖の側近である数名だけらしいが…そんな側近に会ったことがない。

 ミステリアスな秘密主義も結構だが、自分を信用していないと暗に言われているようで腹立たしい。

 

 (『その刻が来ればわかる』なんて言われても困るわ…)

 

 自称〖真なる神の代弁者〗である教祖はただの男だ。

 種族を尋ねた事はないが、翼もケモ耳も尻尾もないことから平凡な人間だと思う。

 どこにでもいるような、普通過ぎて逆に顔を覚えにくい特徴の薄い男。

 年齢は恐らく中年に差し掛かる頃だろうが詳細は不明。

 

 『なんでこんな奴が?』と最初は誰もが疑問に思う。

 しかし、この凡庸を絵に描いたような男が巨額の資金と腕利きの人員を調達しており、教団設立当初から実権を握っているのも事実だ。

 不信感を抱きつつも教団幹部から末端の構成員に至るまで、気付けば男の指示に従っている。

 きっと自分を含めた大多数の者が教祖に対して、何らかの畏怖を感じているのだ。

 

 (気味が悪い。いっそのこと誰か暗殺とかしてくれないかしら?)

 

 教祖に取って代わろうとする者がいるのなら喜ばしい。

 得体の知れない男よりも、権力に飢えた俗物の方が制御しやすいと思う。

 現教祖より利用価値が上であるならば、リリアナとしては協力は惜しまないつもりなのだが…

 今のところ謀反の兆候を見せる奴はいない。

 これも一種のカリスマ性なのか?と、リリアナは詮なきことを考えた。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 今日の会議、仮病で欠席すればよかった。

 リリアナは欠伸を噛み殺しながら幹部たちの報告を上の空で聞いていた。

 

 この退屈極まりない時間を無為に過ごすより、外国へ留学中の息子たちに手紙のひとつでも書けばよかったと思う。

 自分の産んだ子供はとても優秀で、その外見も文句なしの美形である。

 両親、特に母親である私の血を引いているのだらから、それも当然の結果だ。

 欲を言えば男の子よりも女の子を望んでいたのだが、まあ良しとする。

 夫と同様に私の人生を彩るトロフィーとなってくれた息子たち、今後もどうか私の欲を満たすために頑張ってほしい。

 

 そう言えば、息子たちは今ちょうど青春を謳歌している多感な時期だ。

 変な女に引っ掛からないよう釘を刺しておいた方がいいかもしれない。

 恋愛禁止とまでは言わないが、どうせなら家柄が良く権力も資産も十二分にある家の娘と付き合うべきだ。

 釣り合うのは、帝国にいる姫ぐらいか?

 いやでも魔族はなぁ……個人的にあの角と翼が趣味ではない。

 義理の娘となる存在は私の好みであることが大前提、それ以外は断固として却下だ。

 

 (…天使だったら諸手を挙げて歓迎するのに)

 

 女の天使なんて希少な存在が早々いるわけもなく。

 仮にいたとして、成人した姿で生まれて来るらしい天使が10代半ばの息子とお付き合いに発展するだろうか?

 年上好きならいけるか?無理か?姉さん女房はダメ?

 

 (可愛くて年若い女の子の天使、どこかにいないのかしら?できれば二人欲しい!)

 

 最上級種族と名高い天使と結婚する息子たち、そして私は更なる名声を得るって寸法よ。

 義理の娘が天使、そして生まれて来る孫が天使なら…これ以上ない最高のトロフィーになるわね。

 聖女も聖母も超えて、女神と呼んでもいいのよ?

 

 まあ今のは冗談だ。さすがにあり得ない願望だと自覚している。

 とりあえず今度息子たちに、どんな女がタイプか聞いてみよう。

 

 あまりの退屈さに馬鹿げた思考に走ってしまった。

 ちょうど議題が移るところらしいので、そろそろ真面目に耳を傾けようと思う。

 

 『それで、奴の正体は判明したのか?』

 『誰のことを言っている?』

 『アイツだよアイツ!仲間が何人もやられただろうが!忘れたとは言わせねぇぞ!』

 『……処刑人か』

 『そう!そいつだよ!あの野郎、見つけたらただじゃおかねぇ。俺様直々にぶっ殺してやらぁ』

 『ぷぷっ…やめときなよ。キミ程度じゃ返り討ちに会うの関の山さ』

 『なんだとてめぇ、先にお前から殺してやろうか?』

 『あーもうウザいっての!ケンカなら余所でやってよね』

 

 〖処刑人〗という名称が出てから一気に騒がしくなった。

 それも仕方がないことだ、何せ処刑人とは殉教団にとって不倶戴天の敵なのだから。

 

 事の起こりは数年前、共和国にある拠点のひとつが一夜にして壊滅したという報告が入った。

 拠点施設は完膚なきまでに破壊し尽くされており生存者は皆無。

 貴重な魔道具や実験データも諸共に消失した。

 残されたのは原型を留めていない残骸と、人であったはずの何かだけだった。

 

 三大国の有する軍隊が動いたという話は聞かない、上級冒険者チームによる掃討作戦が発令されたという訳でもない。

 拠点での内輪揉めが凄惨な殺し合いにまで発展したのか?

 それとも、災害級モンスターの群れにでも遭遇してしまったのか?

 

 様々な憶測が飛び交ったが犯人の正体は分からず仕舞、その目的も不明なまま時だけが過ぎた。

 教団内に何とも言えない不穏な空気が漂う中、同様の事件が立て続けに起こってしまう。

 場所も時間もやり口もバラバラ、計画的というより偶然見つけてしまったから、片手間に潰したとでも言うような犯行。

 唯一共通しているのは容赦のない徹底的な破壊という点のみ。

 これにより、犯人は殉教団に対して激しい恨みを持つ人物だと推測された。

 

 潰された拠点が二桁に達した頃、ついに犯人の手がかりとなる情報がもたらされた。

 襲撃され阿鼻叫喚の地獄と化した拠点から、命からがら逃げ出すことに成功した信徒がいたのだ。

 

 『見た…見たんだ。軍隊でもモンスターの群れでもない、ひとりだ』

 『たった一人で全部壊していく。剣も魔法も全然効かない、誰にも止められなかった。人間技じゃない』

 『それで、司教様が奴を相手に、俺はそれを見てることしか…ああ、人があんなにあっけなく』

 『もう終わりだ。きっと俺たちは皆殺しにされる。教団になんか入るんじゃなかった…』

 

 虚ろな目をした信徒が半狂乱になりながら犯人と遭遇した時のこと語った。

 信徒の話を信じるならば、一連の犯行は驚くべきことに全て単独で行われたらしい。

 もう少し詳しい情報を聞き出したかったが、愚かにもこの信徒は教団を辞めると宣言して脱走を図った故に現行犯で粛清されてしまった。

 

 これ以降も教団への攻撃は執拗に行われ、いつしか犯人には〖処刑人〗という名称で呼ばれるようになる。

 教団関係者やその関連施設を不定期かつ手当たり次第に襲う処刑人。

 悪の組織であるはずの殉教団はその存在に恐怖し震え上がった。

 

 更に災難は続く。

 処刑人の蛮行に感化されたかのように、各国の警察機構や冒険者組合が殉教団の徹底排除を決定。

 垣根を越えて連携した善良な人々により、一斉摘発が行われたのだ。

 いくつもの拠点が暴かれ、多くの信徒たちが逮捕された。

 

 教団始まって以来の未曽有の事態。

 いよいよをもって処刑人の存在を看過できなくなった教団は、腕利きの殺し屋や傭兵をかき集めて雇い入れ、彼らを各拠点に配備して処刑人を待ち受けることにした。

 しかし、吉報が届くことはなかった。

 処刑人と接触したとされる者は誰一人として帰還しなかったのだから…

 全滅したのは火を見るよりも明らかだった。

 

 以上が処刑人が初めて確認されてから数年の間に起こった出来事である。

 たった数年で教団の勢力は著しく低下したというのに、こちらは処刑人の正体すら未だ知り得ていない。

 処刑人に見つかることを恐れるあまり、新たな拠点の建設や各種実験計画も頓挫してしまった。

 かつてのように大っぴらな犯罪行為が出来にくい不自由を強いられているのが現状だ。 

 

 (まさに泥船ね。でも、意外と沈まないから驚いた)

 

 かなりの勢力を削がれたとはいえ殉教団は瓦解するまでには至っていない。

 長期にわたり世界で暗躍し続けた経験と地盤は伊達ではなく、隠れて悪だくみをする程度の力は残っている。

 教団という泥船が沈むのは別に構わない、大事なのは自分が船と運命を共にしないように立ち回ることだ。

 リリアナはもちろん、今日の会議に参加している幹部も船を降りるタイミングを計っていることだろう。

 もっとも目障りな処刑人を排除することが出来たのなら、そんな事をしなくてもよいのだが。

 

 『ふっふっふっ…処刑人など恐るるに足らず』

 『なんだあ?インテリクソ野郎が大口叩くじゃねーか』

 『何度も言わさないでくれ。私のことは博士もしくはドクターと呼びたまえ!』

 『ウゼェんだよガリ勉』

 『ひっこめ自称天才』

 『ぐぬぬ、これだから低能共は困る』

 

 教団一の頭脳を誇ると自称する大司教が皆から叩かれている。

 普段から頭の良さを鼻にかけている奴なので仕方ない。

 不敵な笑いから察するに、何か策があるようだが?

 

 『そこまでにして。ドク?処刑人に対抗できる何かがあるのでしょう?』

 『おお!さすが聖女だな。聞いてくれたまえ、こんなこともあろうかと天才たる私が心血を注ぎ完成させた素晴らしき…』

 『手短にお願い』

 『魔導ゴーレムが完成した。いつでも実戦投入出来る』

 

 ゴーレムとは魔法で仮初の命を吹き込まれた、自立行動型の人形である。

 土くれや岩石を材料にするのが一般的で術者の指示した簡単な命令を実行可能だ。

 ドクターの言う魔導ゴーレムはそれを更に発展改良させた兵器であり、ムール帝国でも盛んに研究されている代物であったはず。

 それをドクターがいち早く完成させたのだと言う。

 

 『帝国式の玩具と一緒にされては困るな。私のゴーレムはスペシャルなのだよ!従来のゴーレムとは比較にならないパワーとスピードを誇り燃費もそれなりに良好、更には全身を対魔法処理の施された特殊装甲で覆われ防御性能もバツグン。テストの結果A級冒険者程度なら問題なく鎮圧できる事も証明済みだ』

 

 結局長々と力説するドクターに辟易する。

 しかし、いくら強力でも一体の兵器であの処刑人を止められるのだろうか?

 

 『誰が一体だけだと言ったかね?私のゴーレムは量産を前提に開発したものだよ。現在、帝国領の前線基地に500体が配備済みだ』

 『『『500だと!?』』』

 

 A級冒険者を圧倒するゴーレムが500体、いつの間にそんなものを造っていたのか?

 それに帝国領の前線基地というのは、まだ人員の派遣すら出来ていないドクター個人所有の武器生産工場のことだろうに…

 いずれ対帝国作戦用の重要拠点になるとは噂に聞いていたが、新型ゴーレムの量産化を行っていたとは、ドクターのことを少し評価してやってもいいだろう。

 

 『ドクターのこと見直したわ』

 『500ってのはやり過ぎだが、それなら処刑人も始末できらぁ』

 『やるじゃんガリ勉』

 『バカと天才ってのは紙一重なのだな』

 『君たちぃ、素直に称賛してくれたまえよ?』

 

 先程までドクターを叩いていた幹部たちも、思わぬ朗報に気を良くして手の平を返した。

 

 「見事だドクター、先見の明を持つお前を誇りに思う」

 『勿体ないお言葉です』

 

 教祖さえも珍しくドクターを褒めたことで場の空気が和み弛緩していく。

 この場に集った全員、肩の荷が降りた気分になったのは言うまでもない。

 

 目の上のたん瘤であった処刑人への対策はこれで十分だろう。

 次に奴が現れたときは新型ゴーレム部隊がその実力と物量を持って勝利を収めるはずだ。

 処刑人を討った暁には、三大国を裏から支配する傀儡計画の始動も夢ではない。

 今、殉教団に追い風が吹いている。

 泥船と思ってしまったことは訂正しよう。

 

 もうしばらくは甘い汁が吸えそうだなとリリアナがほくそ笑んだとき、教祖のいる広間にけたたましい警報音が鳴り響いた。

 画面越しなのでハッキリしないが、これは緊急事態を告げるアラートではなかったか?

 突然の事態に動じることなく教祖は慣れた手つきで盤上の魔法陣を操作、通信用の表示枠を新たに呼び出した。

 慌てた様子の男が表示枠に映し出される。

 身に着けているローブから、彼が教団の司教だとわかった。

 

 『きょ、教祖様!緊急事態です!おちおちおち、落ち着いて聞いて下さりなはれや!!』

 「お前が落ち着け。何事か簡潔丁寧に説明せよ」

 

 テンパりすぎて言葉がおかしくなった男を一喝する教祖。

 一体何があったのだろうか?

 

 『申し上げます!大司教ドクター様所有の生産工場が消滅しましたぁ!』

 

 は?消滅って何?

 ドクターの工場って、新型ゴーレムの量産化をしたところなのでは?

 

 「理解し難い情報が聞こえたような?すまないが、もう一度言ってくれるか?」

 『だから!ドクターが大事にしていた工場が跡形もなく消し飛んだのですよ!綺麗サッパリ何もかも残っておりません!』

 「……わかった」

 

 余程焦っているのか、教祖に対し強い口調でまくし立てる司教。

 あの教祖がちょっと引いてしまうぐらいの剣幕だ。 

 遅ればせながら、リリアナたち大司教にも報告された言葉の意味が理解できた。 

 そしてやはり、一番強い反応を示したのはドクターである。

 

 『はぁぁぁぁ?どどどど、どういうことだってばよ!?笑えない冗談はやめないか!」

 

 ドクターは画面から出て来そうな勢いで喚き散らした。

 まあそうなるな。

 私もお気に入りの宝石やドレスが消えたら、同じようになる自信がある。

 

 『冗談ならどれだけいいか…今、使い魔が撮った映像を送ります』

 

 司教が証拠の映像を提出した。

 魔導通信でデータを受け取った教祖は全員に映像を共有する。

 

 『場所は帝国領北西部の大渓谷、これが工場の跡地です』

 

 映像には土と岩だけの荒涼とした大地が映し出された。

 何もない不毛なだけの土地だが?ここに工場があったというのか?

 映像のアングルが変わると、映っていた土地の正体が明らかになる。

 何かしらの力で円形に窪んでしまった地形。

 巨大クレーターとでも言うべきモノがそこにあった。

 

 『何が…何があった?一体これは何なんだぁぁぁぁぁ!?』

 『わかりません。本当にわからないんです。工場からの通信が途絶えてすぐ確認したら、もうこの状態で』

 『ゴーレムは!私のゴーレムたちはどうなった?』

 『クレーターの大きさを見て下さい。何も残っていない。つまり、そういうことです』

 『一機も残っていないだと!500体だぞ!500体全部が?』

 『施設ごと全て消えたとしか』

 『ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁァァァ!!』

 

 驚愕の事実にドクターが発狂した。

 

 『幸いにも工場は無人でしたので、人的損害はなかったのですが』

 『人的損害など知った事か!私のゴーレムたちがぁぁぁぁ!!』

 『報告は以上になります。こちらは別命あるまで待機しておりますので、また後ほど』

 

 血管が切れそうな勢いで喚き散らす自称天才。

 これ以上は面倒だと思ったのか、報告をした司教は逃げるように通信を切断した。

 叫び終わると同時にヘナヘナと崩れ落ちるドクター。

 リモート越しでも伝わる絶望して燃え尽きた姿、申し訳ないが少し笑える。

 

 『そんな、私が一体どれだけ苦労して…何故だ、なぜなのですか神よ』

 『うわー悲惨』

 『哀れな』

 『こりゃもうダメだね』

 『まあ、その、元気出せよ』

 

 撃沈したドクターを憐れむ大司教たち、さすがに可哀想になって来たが、今はそれよりも気にすべき事がある。

 ドクターの工場を消し飛ばす大事件、これをやったのが誰かということだ。

 

 『機械の故障で運悪く爆発した、とか?』

 『あり得ん!工場内の安全対策に抜かりはなかった。万が一トラブルが起こってもクレーターが出来るほどの大爆発にはならない』

 『じゃあ、やっぱり外部からの破壊活動』

 

 外部からの攻撃されたとすると、思い浮かぶのはやはり一人しかいない。

 

 『また処刑人か?』

 『さすがにそれはないんじゃない?ひとりでこれは無理でしょ』

 『単独でないとしたら、どうだ?』

 『おいおい、まさか処刑人が複数いるなんてことは…ないよな?な?』

 『どちらにせよ、これで処刑人への対抗策は白紙に戻ったわね』

 『おのれ処刑人!この屈辱忘れはせんぞ!』

 

 追い風が吹いたと思ったらこの始末。

 殉教団は再び危機的状況に陥ってしまった。

 

 (やっぱり泥船じゃない)

 

 教団から逃げ出す準備は早めにした方がいい気がする。

 リリアナは肩を落としてため息をつくのだった。

 

 ●

 

 沈痛なムードを払拭できないまま、本日の定例会は終了となった。

 悲しみを復讐の怒りへと変えたドクターは、新たなゴーレム開発に躍起になり、他の大司教も処刑人への対抗策を考えるため早々に通信を終了した。

 残されたのは教祖と、通信を繋いだままのリリアナだけだ。

 

 『会議は終了した。聖女の役割に戻るがいい』

 『そのつもりです。その前に教祖様に聞きたいことがあります』

 『何だ?』

 『教祖様は処刑人の正体に心当たりがあるのでは?』

 『…ふふっ』

 

 笑った?

 滅多に表情を崩さない教祖が今普通に笑った。

 何だかバカにされたような気がして、リリアナは気分を害した。

 

 『何がおかしいのですか?』

 『お前がそれを言うのかと思ってな』

 『どういう意味でしょう?』

 『分からなければいい、私はこれで失礼する』

 

 教祖は再び無表情になり大広間から退出して行った。

 確実に何かを知っていそうだが、答える気は無いらしい。

 まあ今はいい。

 いつの日か、全てを白日の下に晒す機会もあるだろう。

 その時が来るまで、私は私の欲を満たしていればいいのだ。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 リモート会議を終えたリリアナは脱力するようにベッドに倒れ込んだ。

 小一時間ほどだったが、予想以上に疲れてしまった。

 暗い話題が多かったせいだろう。

 次の定例会ではもっと明るい話で盛り上がりたいと思う。

 

 レシアン王国の王宮内に設けられた自室、第二王子と結婚してから自分はここで生活している。

 何不自由ない暮らし、扱いやすくて従順な夫、子育てもひと段落して息子たちは海外留学中、聖女と大司教のダブルワークはキツイ事もあるが、見返りが大きいので働きがいがある。

 私の人生は順風満帆、これからもずっとイージーモードでありたいものだ。

 

 そのための準備は怠らない。

 幸せになるには努力が必要なのだ。

 今までそうして来たように、私の栄光に影を落とす存在は早めに摘み取らなければならない。

 

「処刑人…一体何者なの?」

 

 目下のところ、脅威となるのは処刑人だ。

 教祖のあの態度から察するに、正体は私が知っている人物なのだろうか?

 

 教団、そして私に恨みがある人物…

 候補が多過ぎてわからないわ!!

 

 リリアナという女は幼少期から息をするように邪魔者を排除して来た。

 殉教団と接触してからは、その数も膨大となり全員の顔と名前は全く覚えていない。

 蹴り飛ばした路傍の石の色や形を記憶しないように、リリアナは被害者たちの情報をすぐ忘れるようになっていた。

 

 妙な胸騒ぎがする。

 確か半年ぐらい前にも似たような事があった。

 お小遣い稼ぎに手を組んでいた、とある村の村長が無残な姿で発見された事件。

 尻に大根が刺さった状態で見つかった村長は心を病んで入院中だ。

 精神崩壊した村長から私の名前は出なかったので安堵したが、あの事件の犯人は今も捕まっていない。

 その事がずっと引っ掛かっている。

 

 村長が経営していた薬品工場、最初に企画立案したのは私だが…もう一人誰かいなかったか?

 薬…そうだ、薬のレシピを考えた人がいたような。

 その人に私は近づいて、それで……うーん、あと少しで何か思い出せそうなのだけど。

 

「タロウ?じゃなくてゴロウ?でもなくて、何だったかしら??」

 

 やっぱりわからないわね!

 頭が痛くなって来たのでリリアナは考えるのを止めた。

 

 信じられない事にリリアナは自分が陥れた『薬売りの青年』の顔はおろか、その名前すら覚えていなかった。

 事業資金横領の罪を着せ社会的に抹殺した上に、聖遺物を使った実験で性転換させ、邪神の供物にまでした人間のことを、この悪女は忘れているのである。

 彼女にとってそれはよくある日常の一コマに過ぎない、心底どうでもいい事だったからだ。

 

 やった方は忘れるが、やられた方は覚えている。

 十数年前の被害者がその姿と名を変えて立ちはだかることを誰が想像出来ただろう?

 

 殉教団を壊滅に追い込む最凶最悪の怨敵〖処刑人〗

 リリアナがその正体と因縁を知るのは、まだ先の話……

 




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