リリアナ様からディナーに誘われ夢のようなひとときを過ごした。
そして最後に乾杯をしたところまでは覚えている。
あれから…何が、どうなった?
「こいつか…ただの平民に見えるが?」
「同感だ。しかし、あの御方が直々に持ち込まれた被験者、何かあるのかもしれぬ」
「貴重な聖遺物を使うだけの価値があればいいが」
人の気配がする、それも複数人。
ぼんやりしていた意識がゆっくりと覚醒していく。
あれ?何だかおかしい、体が動かせない。
目を開くとそこは見知らぬ部屋だった。
天井に設置されている魔力照明の光が痛いほどに眩しく感じる。
ここは一体どこだろう?
いやマジでどこだよ!?
は?え?ちょっと待って、何で拘束されてんの?
体が動かないのも当然だ。
なんと、俺の体は医療用の寝台に括りつけらていた。
手足はもとより、胴体や頭すら動かせないように頑丈な器具で固定されている。
「むー!?むむー!?~~!!」
おまけに口にはさるぐつわまで装着されていて唸る事しかできない。
お前らなにしてんだ!外せ!今すぐこれ外せ!
ちくしょう!なんだってこんな目に。
目覚めた俺に気付いた奴らが寝台に集まって来た。
なんだてめぇら?ジロジロ見てんじゃねーぞ。
ローブ姿の如何にも怪しい連中は、どいつもこいつも青白い顔をしており不健康そう。
どうにかして拘束を解こうと藻掻く俺を見る目はどんよりと濁っており不快極まりない。
すごく嫌な感じだ。なんというか、人間を見る目ではない気がする。
怒鳴りつける代わりに精一杯睨みつけても奴らは無反応だ。
「早いな、もう起きたのか」
「こいつは付与魔法を使う薬売りらしい、薬品に対する抵抗力があるんだろうさ。検査の結果は?」
「問題なし。健康状態良好、魔力量も基準値をクリア」
検査ってなんだ?
俺の体に許可なく何をしやがった?
「これより聖遺物の投与を開始する」
連中の中で一番偉そうな奴が指示を出し、俺の傍らに立っていた男がさるぐつわを外した。
思いつく限りの罵詈雑言を叫んでやろうとしたが、思うように声が出ない。
眠っている間に魔法か薬で身体機能をマヒさせられていたらしい
文句のひとつも言えないとは情けない。
ローブ姿の男は俺を睥睨しながら、小さな瓶を掲げて見せた。
余程大事な物なのか、瓶を持った男は若干緊張したような顔をしている。
小瓶の中身は銀色の液体だった。
ドロリとした粘性があり、怪しい輝きを放つ奇妙な液体。
それが視界に入った瞬間、俺の全身は総毛立った。
怖い。すごく怖い。
アレは危険だ。アレは普通じゃない。
俺のような、ちっぽけな存在が関わってはいけないモノだと本能が警報を鳴らしている。
気付けば俺の体は小刻みに震えていた。
そんな俺を無視して連中は俺の体を押さえつけ、口を無理やり開けさせた。
おい、まさか・・・それを俺に飲ませる気か???
「嘆く必要はない、ただ静かに祈るがいい。お前は新生する機会に恵まれたのだから」
バカヤロウが!
さっきから訳の分からない事ばかり抜かしやがって!
やめろ!その変なのを近づけるな!
い、嫌だ。終わってしまう。
あんなものを飲んでしまったら、俺という存在は決定的に終わってしまう。
そう思わせるような、得体の知れない恐怖をあの液体から感じるのだ。
「…ぁ……が…!?!?」
大した抵抗も出来ず、傾けられた瓶から銀の液体が垂らされ口内へと落ちた。
液体は無味無臭だったが、生温かく粘り気があって気持ち悪いことこの上ない。
その液体がズルズルと、意思を持っているかのように、喉奥へ這いずり体内へと侵入を果たした。
ぐぐぇ…き、気持ち悪ぃ。
「真なる神の祝福あれ」
「「「「真なる神の祝福あれ!!」」」」
バカ共が意味不明なことを言っている。
たまらない不快感に襲われた俺は寝台の上で呻く事しか出来なかった。
●
謎の液体を飲まされた後、俺は鉄格子付きの部屋に放り込まれた。
どう見ても牢屋である。
液体の正体は不明だが、絶対にろくでもない代物だ。
アレを飲まされてからずっと気分が悪くて妙に熱っぽい。
喉に指を突っ込んで吐き出そうとしたけど、銀色のゲロは出なかった。
アレが俺にどう作用するのか不安に思いつつ、俺は現状を把握しようと努める。
思い返せば、リリアナ様と乾杯をした時の急激な眠気は明らかに異常だった。
まさか、あの時グラスに注がれた飲み物に薬物が混入されていた?
一体誰が何の目的で?
そうだ、リリアナ様!
あの後、リリアナ様はどうなった?
清らかで慈悲深いリリアナ様は多くの民から慕われ、絶大な人気を誇る聖女。
最近では国王様からの信頼も厚く、俺なんかとは人としての価値が違う要人だ。
そんなリリアナ様なら悪党に狙われてもおかしくはない。
身代金目的か?はたまた政治的策略か?
彼女ほどの美人なら体目的ということも十分考えられる。
そんなこと絶対に許されていいはずがない!
護衛の奴らは一体何をやっていたんだ?
彼女の身辺は常に訓練された護衛が張り付いていたはず。
ディナー中も客や給仕に紛れているの俺は確認している。
そいつらの目を掻い潜りリリアナ様を害することなど可能なのか?
護衛たちの不甲斐なさを嘆くのは後回しだ。
リリアナ様の安否を確認しなければ。
「おい!誰か!誰かいないのか、ここから出せ……ぅ……」
鉄格子を揺らしながら大声を出す。
まだ体に力が入らないばかりか、油断すると吐き気がこみ上げて来た。
体がひどく重いように感じる。
しばらく鉄格子を揺らしてみたが、何の反応も返って来ない。
無駄に疲れた俺は苛立ちのまま弱々しい蹴りを鉄格子に入れたが、当然ビクともしなかった。
こうしている間にも、リリアナ様の身に危険が迫っているかもしれないのに。
何もできない自分がひどく情けない。
彼女も捕まっているのだとすれば、どんなに心細いことだろう。
クソッ!どこのどいつか知らないが黒幕は許さん!
落ち着け俺、クールになれ。
こういう非常事態こそ冷静になるんだ。
わざわざ牢屋に監禁したということは、奴らはまだ俺を殺す気はない。
俺に何かしらの利用価値を見出していると思っていい。
待っていれば、いずれ向こうから接触してくるはずだ。
このまま餓死させるのが目的だった場合は想定したくない。
無駄に体力を消耗するのは良くない。
俺はその場に座り込みゆっくりと目を閉じた。
自分の先行きはかなり不安だが、それよりもリリアナ様の安否の方が気になる。
信心深い方ではないが、今は彼女の無事を祈らずにはいられなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
俺の症状は悪化の一途を辿った。
異常なほどの高熱と脳髄に響くような頭痛にうなされ、立ち上がる事すらできない。
全身の筋肉や骨すらも悲鳴を上げているのでは?
そう錯覚してもおかしくない程の激痛が絶え間なく襲って来る。
そういう状態なので、まともに眠る事すら出来ていない。
牢屋の中でずっと倒れ伏したままか、痛みにのたうち回ってばかりだ。
壮絶な痛みと不快感に襲われ、電源の切れた機械のように気絶するだけの日々が続いた。
時々、様子を見に来たローブ連中が食事を置いていくのだが、干からびたパンの欠片と濁った水ぐらいしか提供されていない。
掠れた声で何度も助けを求めたが、無視された。
リリアナ様についても、あの液体の正体も同様に教えてはくれなかった。
俺はローブの奴らが何者なのかすら知らない。
多くの疑問を抱えたまま、俺は死んでしまうのだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・
あれから何日経ったのだろうか?
もう時間の感覚も曖昧だ。
奴らに抵抗する気力は既に残っていなかった。
日々の苦痛が少しでも和らいでくれるよう、じっとしているだけの毎日だ。
最近では、全身の皮膚を剥いでしまいたくなるような激しい痒みも追加された。
頭を掻きむしっていると、髪の毛と一緒に頭皮がズルリと床に落ちる。
きっと頭だけではなく、体中が酷いことになっているはずだ。
ここに鏡がなくて良かったと思う。
いつになったら俺は解放されるのだろう?
いつになったら、俺は楽になれる?
・・・・・・・・・・・・・・
どうしてこうなった。
最近ずっとそればかり考えている。
俺が一体何をしたというのだろう。
子供の頃に軽い悪戯ぐらいはやったりしたさ。
だけど、生まれてこの方、法に触れるような大罪は犯してない。
自分なりに一生懸命、真面目に生きて来たつもりだ。
それなのに、どうして?
本当にどうしてこうなった。
何度も自問自答を繰り返すが未だ答えは出ない。
「…リリアナ様………」
こんな状態の俺がまだ生きているのは、リリアナ様の存在があるからだ。
もう一度彼女に会いたい。
その思いだけで辛うじて正気を保っていた。
自分がもう助からないのは理解したよ。
でも、せめて彼女は…あの人だけは助かっていてほしい。
頼む、どうか無事でいてくれ。
畏れ多くも俺はリリアナ様に異性として好意を抱いてしまっていた。
こんなことなら、身分も体裁も気にせず気持ちを伝えておけばよかったと思う。
もし来世があるなら『好きだ』と素直に言えるような人間になりたい。
ダメか…だって今が二度目の人生だもんなあ。
三度目があるとか、さすがに虫が良すぎる…
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うげぇ…ゲホッ!ゴフッッ!……うぁ……ぁ…」
大量の血を吐いた。
この量は致命的だ。
やっとかよ…
吐血後、強い虚脱感に襲われ血だまりの中に倒れ伏す。
よく頑張ったがとうとう終わりの時が来たようだな。
俺にしては本当に頑張ったと思う。
自分の口から出た赤い血だまりに沈みながら、諦観と少しだけ安堵の感情を覚えた。
吐き出した血の中に銀色がないか目線だけで探してみたけど、見当たらない。
あの銀の液体は俺の体内に混ざり浸透してしまったようだ。
最期だからなのか、あれほど悩まされた痛みも痒みも今は感じない。
ただ体がとにかく熱い。
体が燃えて、いや、溶けてしまいそうなぐらい熱い。
視界に入った自らの腕、僅かに残った皮と肉がジュウジュウと溶けていく。
幻覚だろうか?もう、どうでもいいか…
下手に死体が残るより、このまま溶けて消えてしまった方がいい。
これが俺の終わり……まったく嫌な死に方だ。
父さん、母さん、村長、ごめん。
今そっちに行く。
ロック、セリス、悪いな。
約束守れそうにないや。
結局、あれからリリアナ様には会えなかった。
とても残念だ。
リリアナ…さ…ま……どうか…ご無事…で……
〇
バシャーン!!
「ぶびゃぁぁーー!?!?」
突然の衝撃で叩き起こされた。
まるでバケツの水をぶっかけられたような感覚!
一体全体何事じゃい!
「ぶへっ!ちょ、やめ!もういい!もういいから、やべで!!」
俺に水をぶっかけたのは、あの憎たらしいローブ連中だった。
いつもは牢屋の中まで入って来ないくせに、今日は俺を取り囲むように数人がやって来ていた。
そして水魔法で生成した水を俺にぶつけまくって来やがる。
威力は落としてあるようだが、大量の水を浴びせかけられてこっちはもうパニックよ。
何の嫌がらせだ!やめろ!やめろって言ってんだろ!
バカか?お前たちなりの水責めのつもりか?
それよりもだ…
俺、まだ生きてるじゃん!!
あれだけの血を吐いたと言うのに、自分のしぶとさに感心してしまう。
あーでも、またあの苦痛極まりない日々が続くの嫌だなぁ。
「おお、これぞ神の奇跡だ」
「まさか…この様な…」
「あの御方は正しかった!さっそくご報告せねば」
「素晴らしい、さすが聖遺物の力だ…」
ローブ連中が何やら酷く興奮している様子。
何かいい事でもあったのだろうか?
奴らの濁りきった目がキラキラしているのは気のせいではない。
それは途方もない歓喜を宿した瞳だった。
きめぇ!!
「あのー、とりあえず何か体を拭くものくれます?」
ダメ元で聞いてみたら、バスタオルを投げ渡された。
ありゃ?
俺の言葉など聞いた試しの無い奴らが珍しい。
初めてこちらの要望が通ったことに、ちょっと感動してしまう俺だった。
まあいい、これはありがたく使わせてもらおう。
濡れた体を拭いてタオルで体を包む。
俺が着ていた衣服はかなり前から使い物にならなくなっていた。
ずっと全裸生活だったからね。
タオル一枚でも嬉しいよ。
「念のため、これも着けておく」
ローブ連中は俺の首に首輪を嵌めた。
見世物小屋にいるモンスター用の枷みたいに無骨な首輪だ。
恐らくこれも、ろくでもないアイテムなのだろう。
牢屋から場所を移すということで、俺は別室に移動することになった。
道中、俺が囚われていた牢屋と似たような部屋をいくつも見かけた。
そこには人がいた形跡が見受けられる。
きっと俺のように酷い目にあわされた人たちがいたのだ。
牢屋の数を見ただけでも、犠牲者がひとりふたりではないのがわかる。
こいつら、今までどれだけの人を苦しめて来たんだ。
怒りではらわたが煮えくり返りそうになったが、今は我慢だ。
ここを出たら必ず報いを受けさせてやる。
連行されたのは鉄格子のない部屋だった。
窓はなくドアにはしっかりと鍵がかかっているが、椅子とテーブルとクローゼットにベッドまである!
更にトイレまで完備しているだとぉ!
俺のテンションは一気に上がった。
「ちゃんとした部屋だ…うぁ…ヤベ、泣きそう」
生活レベルが向上したことに感涙する。
あんな奴らに感謝などしたくはないが、これは素直に嬉しかった。
しかし、なぜ急に待遇が良くなったのだろう?
死にかけた俺があまりに不憫だったから優しくなった、とか?
うん、それはないな!あいつら外道だもん。
なんだっていい今は体力を回復して、ここから脱出する機会を窺おう。
不思議だ。
失くしたはずの活力が戻って来ている。
体も何だが軽いし、爛れていた皮膚もすっかり治っていた。
髪の毛だってサラサラの…ちょっと待てや。
俺の髪ってこんなに長かったか?
いや、それ以前に、あるはずのモノが無いと言うか…
ないはずのモノがあるというか!
具体的に言えば、胸のと股間にすごく違和感がある!
もしかして…俺は……
待って待って!
落ち着こう、本当にマジで落ち着こう!
そんなことあるわけないじゃないか。
極限状態に陥った俺が幻覚を見ているだけか、既に俺は死んでいて、天国で都合のいい夢を見ている最中なのでは?
確認を、確認をしないと。
ちょうどクローゼットの扉に姿見が付いているじゃない。
あの鏡なら俺の全身をバッチリ確認できるはずだ。
覚悟はいいか俺、両眼を開いてしっかり見届けろよ。
せーのっ!
「ウ…ウソだろ。こ…こんなことが、こんなことが許されていいのか」
女がいた。
大変見目麗しい女性が驚愕の表情をしていた。
女になってしまった、俺だった。
鏡に映る女は、長い金髪と青い瞳が印象的な可愛い系の美女だ。
この女…絶対モテる。
元々俺は金髪碧眼だったけど…性別が違うだけでこんなにも…
やべぇ、俺超可愛い////
やべぇ、おっぱいがある////
やべぇ、アレが無い!!!!
男の象徴とも言える例のアレはきれいさっぱり消失していた。
何度確認しても無いものは無い!!
途方もない寂寥感に思わず膝をついてしまう。
大事なものって、失くしてから気付くよね……orz
トランスセクシュアル、通称TSという単語が脳裏をチラつく。
認めたくないが、どうやら俺は女体化してしまったらしい。
前世の創作物で、そういう特殊状況に陥った物語を見た気がするが、あれはあくまでお話だ。
ありえない話だからこそ、笑っていられるのであって、実際になってしまったら全然笑えない。
「ふざけやがって!マジで何なんだよォ!!」
原因は奴らに飲まされた銀色の液体、そうとしか考えられない。
まさか男を女に変える薬があったとは、師匠からも聞いた事がなかったぞ。
本当に何がしたいんだ?
あいつらの目的がサッパリわからない。
長期に渡る苦痛の日々、一向に解消されない疑問、そしてトドメの女体化。
ここに来て俺のストレスはピークに達していた。
勘弁してくれよ、頭がどうにかなりそうだ。
「とりあえず、寝る!!」
思考を放棄した俺はベッドでふて寝することにした。
薄っぺらく簡素な寝具だが、牢屋の床で気絶するだけだった頃に比べたら天国だ。
●
爽やかな目覚め、とはいかなかったが久しぶりにグッスリと眠れた。
ずっとバスタオルを巻いているのも変なので、クローゼットを漁ってみる。
適当な布の服を発見したのでそれを着る事にした。
服まであるとは至れり尽くせりだな。
いつの間にかテーブルには食事が用意されている。
相変わらず水とパンの欠片だ。この際、食事の改善も訴えたいところである。
味気の無いパンを水で流し込んでいると、唯一の出入り口である重厚な扉から鍵を開ける音が聞こえた。
誰かが入って来る?そう思って警戒したのだが、次に聞こえて来たのはトントンという扉を叩く音だった。
ノックだと?
これまで俺の人権をガン無視していた奴らがノック?
今更ばかじゃねぇの!
「入ってもよろしいかしら?」
この声……まさか!?
「リ、リリアナ様!!リリアナ様なのですか?」
「ええそうよ。クロウ」
居ても立っても居られなくなった俺は扉を開け放った。
そこにいたのは、ずっと俺が会いたいと願っていた人物。
見間違えるはずがない・・・
【祝福の聖女】リリアナ様がいつもの柔和な笑みを浮かべて立っていた。
今更だがクロウというのは俺の名前だ。
『薬売りのクロウ』と言えば俺のことを指すと思ってくれていい。
「無事、だったんですね……よかった、本当に良かった…」
「あらあら泣かないで、私はこの通りピンピンしているわ」
俺の目から涙が零れる。
もう会えないと思っていた彼女に再び会えた。
そのことで胸がいっぱいになる。
みっともないと分かっていても、涙は止まる事がない。
ああ、どうか夢なら覚めないでくれ。
「夢ではないわ。現実よ現実」
「リリアナ様…」
彼女の手を取り泣き崩れる俺の頭をリリアナ様は優しく撫でてくれた。
心が満たされていく。
いろいろあったが、もう大丈夫だ。
この人が無事ならば、それでいい。
俺が受けた苦痛や女体化など些細な事だったのだ。
本当に良かった、生きていて良かった。
涙を拭い俺は気持ちを切り替える。
リリアナ様と再会した俺は無敵だ。
もう何も怖くない!
ローブ連中など蹴散らしてくれるわ。
「聞いていた以上の成果ね。うんうん、これなら全く問題ないわ」
「ちょ、リリアナ様?何を?」
リリアナ様が俺の全身をなめ回すように観察し満足気に頷いた。
そして彼女は俺の体のあちこちをボディタッチし始めたのだ。
あの、際どい所は勘弁してください。
「素敵よクロウ!私の見立ては間違いなかったわね!」
「は、はぁ。それはどうも?」
今にも飛び跳ねんばかりのリリアナ様。
彼女がこんなに喜んだのはいつ以来か?
何かがおかしい。
リリアナ様と俺の間に何か齟齬が生じている。
彼女はどうしてこんなに落ち着いている?
普通、知り合いの男が女になったら、もっと驚くのでは?
それに初見で俺がクロウだと確信したのは何故?
俺がここでされたことを全部知っているとでも言うのか。
「間に合ってくれて良かったわ、本当にギリギリだったのよ。最悪、親戚筋の聖女候補を何人か連れていく事も考えたのだけどね、そうすると事後処理が面倒じゃない?」
「あの、リリアナ様?」
「今、最高に気分がいいわ!全財産を賭けたギャンブルに勝った気分とでも言えばいいかしら!あ~思い通りに行く人生ってやめられないわ」
リリアナ様は自分の両頬に手を当て恍惚の表情を浮かべている。
熱に浮かされたように上気する頬に爛々と輝く瞳、聖女である彼女がこんな顔をするだなんて初めて知った。
この人は本当にリリアナ様なのだろうか?
浮かんだ疑問を今は打ち消す。
ここはまだ敵地なのだから、こんなことをしている場合ではないのだ。
リリアナ様を連れて一刻も早く、ここから逃げ出さなくてはならない。
「リリアナ様はどのようにしてこちらに?もしかして、王国騎士団の方々が救援に来てくれたのですか?」
聖女がいくら優れた魔法の使い手だとしても、単身で敵地に乗り込んだりはしないはずだ。
きっと、彼女の護衛や王国騎士団たちを引き連れてやって来ている。
ロラン王国の精鋭たちで構成された騎士団たちならば、あのローブ連中などひとたまりもないだろう。
さすがリリアナ様だ。マジでリスペクトします。
「ヤだわ、騎士団なんか連れて来るわけないじゃないww」
「え?で、では、おひとりで?」
「聖遺物を使った実験が成功したと聞いてね、急いで駆けつけたのよ。正直、あなたのことは諦めていたのだけどやってみるものよね。今まで犠牲になった人たちも、これで浮かばれること間違いなしよ。ありがとうクロウ!」
実験?成功?犠牲?
何を言っているんだ?
それではまるで、リリアナ様が奴ら外道連中の仲間みたいじゃないか。
そんなはずない。そんなはずがあってはならない!
「もう、まだ理解できないの?あなたって思ったより愚鈍だったのねw」
「リリアナ様…」
嘘、ですよね?
あなたほどの人が、あなたのような優しい人が…
俺が惚れてしまったあなたが、こんな悪逆非道をするだなんて、信じられない。
「ちゃんと現実を見て、クロウ」
「あなたを見つけたのも私、あなたに好かれるために良好な関係を築いたのも私」
「あなたを眠らせてここへ送ったのも私、聖遺物を投与させたのも私、苦しむあなたの経過報告を楽しみにしていたのも私」
「あなたが女になってしまったのも、これから起こる事も、全部全部全部全部全部!!」
彼女はもう俺の知っている聖女ではなかった。
いや、最初から…この女は聖女などではなかったのだ。
「この私【祝福の聖女】リリアナがやったのよ…素敵でしょ♪」
嗚呼、どうか夢なら覚めてくれ。