俺は生き残るべきではなかったのかもしれない。
殉教団の実験が失敗して俺が死んでいれば、リリアナたちは邪神の制裁を受け全滅していたはずだ。
その方が世界のゴミが減って有意義だったのではないかと思う。
俺が女になってしまったせいで、外道連中が世にのさばるのは本当に笑えない。
リリアナから真実を聞いた後、牢屋にいた頃とは打って変わって丁重に扱われるようになった。
日に何度か身体検査と魔力測定をされるだけで、あとは自由にしていいのだとよ。
殉教団の中では、実験唯一の成功例である俺を邪神に渡さず、もっと研究を進めるべきという意見も上がったが、リリアナの鶴の一声によりそれは断念されたらしい。
俺に余計なストレスを与える事をリリアナは嫌がったのだ。
邪神の花嫁というか、生贄である俺の鮮度が落ちるのを気にしているのだろう。
心配しなくても、お前が生きている時点で俺のストレスは最高潮だよ。
栄養価の高い食事を提供され、風呂に入ってもいいと言われた。
久々のまともな食事とあったかい風呂は涙が出そうになったが、これも奴らからの施しだと思うと素直に喜べない。
監禁部屋に備えられた魔導カメラにより24時間体制で見張られている上に、別室へ移動する際は常に監視の目が付いて回る。
『隷属の首輪』で自傷行為や連中に対する暴力も封じられてしまった。
脱出も自害も不可能、俺は仕方なくダラダラと監禁生活を送った。
そうして数日が経過した後、
聖女改め、クソ女のリリアナがまたしてもやって来た。
それだけでテンションが下がって鬱になりそう。
ゴキブリの方がまだ可愛げあるな。
今更このクソに女に対する礼儀など持ち合わせていない。
ベッドに寝転がったままの俺は人型のクソを半眼で睨みながら尻を掻いた。
「いよいよこの日が来たわ。準備はいい、クロウ?」
何がだよ?
お前の命日とかだったら大喜びしてやる。
リリアナはひとりではなかった、狭い室内にゾロゾロと従者らしき女共が入って来る。
メイド?なんでメイドがここに?
「さあ、手筈通りやってちょうだい」
リリアナが号令をかけると、メイドたちが俺を取り囲み、あっと言う間に服を引っぺがされた。
ぎゃー!何してんだてめぇら!
こちとら女になって日が浅いんだぞ!同じ女だからって無茶苦茶すんなや!
全裸になった俺を見たメイドたちから『…ゴクリッ』という音が聞こえた。
何で生唾飲みこんだの?
俺の体って、やはり女としては不完全なのだろうか?
そういえば、検査中の殉教団たちも妙な反応を見せていたっけ。
若そうな男が前屈みになっていた。アレはなんだったのだろうか?
「はいはい。時間がないから急いでね」
リリアナが手をパンパンと叩くと、呆けていたメイドたちが我に返った。
意外にもパワフルだったメイドたちは俺を担ぎ上げると風呂場まで連行、強制的な入浴で体中を隅から隅まで徹底的に洗われた。
あ、今の絶対ワザとだろ!変な所触ってんじゃねーよ!
入浴後は香油を使ったハンドマッサージが施された。
いわゆるエステとかいうヤツだ。
正直コレは気持ち良かったけど、施術中にリリアナが話しかけて来てウザかった。
当然、全部無視した。
悪党と話す舌など持たぬ!
丁寧に髪を乾かしてもらい、高そうな下着も身に着けた。
下着までメイドさんが着させてくれるのは、なんだか恥ずかしかった。
しかもこれ、女物の下着…
ショーツにブラジャー…はははは、はぁ~~~。
ため息は虚しく響き渡った。
お次は何だと構えていたら、メイドたちが純白の衣装を持って参上。
おいコレってまさか…
「ウェディングドレスよ。気に入ってくれたかしら?」
ばっっっかじゃね~の?
気に入るわけねーだろ。
カレー食ってシミだらけしてやろうか?
あれよあれよと言う間に、ウェディングドレスが俺の体に装着されていった。
ひとりだったら絶対着られない自信がある。
きっとこのドレスも目玉が飛び出るような値段なのだろう。
採寸はバッチリだったようで純白のドレスはピッタリだった。
姿見の前に立たされる。
そこには、滅茶苦茶可愛い花嫁さんがいた。
艶やかな長い金髪、サファイアの如きブルーの瞳。
色白で華奢な体は見る者の庇護欲と劣情を揺り動かす。
ウェディングドレスが異様なほど似合っていた。
似合い過ぎて怖いぐらいだ。
鏡の中の彼女に『結婚しよ』と言いかけて思い留まる。
だってこいつ、俺だもん!!
なんで俺なんだよ!!
本当にばかじゃねぇの!!
メイドたちから感嘆の声が漏れる。
満足気に頷くリリアナは、今すぐ死んでくれないだろうか?
椅子に座らされ化粧が施されていくのを俺は仏頂面のまま耐えた。
『素材がいいからナチュラルメイクで…』心底どうでもいいことを、リリアナがほざいていてウザい。
髪の毛の仕上げはリリアナが買って出た。
こいつには髪の毛一本ですら触ってほしくないのだが『隷属の首輪』がある限り俺は無抵抗だ。
俺の金髪を櫛でとかしながら、リリアナはご機嫌で鼻歌を歌う。
農硫酸の池に落ちたらいいのに。
「本当に綺麗よクロウ。この私が嫉妬しちゃうぐらいだから、自信持ってね」
余計なお世話だバカヤロウ。
まあ確かに、中身がヘドロ以下の汚物なお前より、俺の方が数万倍美人で可愛いからな!
鏡に映った自分を見たとき素直に『勝った!』と思ったからね。
お前は中身のドロドロ加減が外見に滲み出てるんだよ。
汚ったねぇなぁ。
もういいから、ウンコの分際で俺の髪にさわんな!
お前は未来永劫、下水処理場で浄化でもされてろ。
というかさぁ…
リリアナなんか臭くない?
女体化後に会った時からずっと思ってたけど、こいつメッチャ臭うんだわ。
それこそウンコというか、腐乱死体にゲロぶっかけて汚いオッサンの汗で煮詰めたみたいな…
何言ってるかわからないと思うが、マジで吐きそうなぐらい悪臭だ。
体がボロボロだったときの俺よりキツイ臭いが背後から漂って来る。
うぉぇぷっ!
本人もメイドたちも気付いていない様子をみるに、俺だけがこの激臭を感知しているのだろう。
男だったときは『ふぁ~いい匂いだぁ』とか思っていたんだけどなあ。
女体化した弊害で俺の脳がバグってしまい、幻臭を感じるようになってしまったのか?
鼻が曲がりそうになる後遺症とか本当に勘弁してほしい。
クッサ!!本気でクッッッサッ!!
汚物にヘアメイクされるという最低な体験をしつつ、俺のドレスアップは完了した。
●
殉教団の秘密基地は地下にあったようだ。
外に出た俺は久しぶりに新鮮な空気を吸えて感動する。
横に臭すぎる汚物がいなければ、もっと空気を味わっていたかった。
景色から、ここが王都近くの山間部だと推測できる。
故郷の村からは大分離れてしまっているな。
クソ村長のムカつく顔をもう見れないのが、嬉しいやら残念やら。
ここからは馬車で現地に向かうそうだ。
貴族が乗るような装飾華美で立派な馬車が待機している。
俺は素直に馬車へと乗り込んだ。
ここまで来たら、自分の行く末はもう投げやりっスわ。
汝一切の望みを捨てよ!
リリアナも同じ馬車に乗って来る、臭せぇから遠慮してほしかった。
目的地までこんな臭い奴と一緒とか、拷問だろコレ?
最期の時ぐらい心穏やかに過ごしたいのに、臭せぇ!という感情しか湧いてこないの辛すぎる。
俺は泣きたくなった、臭すぎて。
「まあ、クロウ。せっかくの晴れ舞台なのだから、そんな顔をしてちゃだめよ」
うるせぇ!ウンコが喋るな。
男だった俺はこの女のどこに魅力を感じたのか、今となっては本気でわからない。
見た目も服装も言動も一挙手一投足に至るまで、全てが不快要素で構成されている最悪の生命体だぞ。
何をどう暗黒進化させたら、こんなクソの極みが誕生するんだよ。
神様のイタズラにしても酷すぎる。
俺が全くの無反応でもリリアナは勝手にひとりで喋っていた。
友達が少なそうなので、独り言は得意なのかもな。
俺たちは今、新郎(邪神)が待つ場所へと向かっている。
現地で俺は馬車から降ろされ、あとは夫婦二人でご勝手にということらしい。
新郎がどんな奴か、まるで知らんのだが?
邪神というからには恐ろしい見た目なのかな?
「従順にしてさえいれば、いい人よ。あ、人ではなかったわねw」
お前はウンコだけどな。
・・・・・・・・・・・・・・
程なくして目的地へと到着した。
狭苦しくて臭すぎる馬車から急いで飛び降り何度も深呼吸をする。
危ない、もう少しで吐くところだった。
王都からかなり遠くまで来たと思うが、ここがどこだかサッパリわからん。
元々は神殿でも建っていたのか、周囲には瓦礫と化した柱や何かを模った石像が無造作に転がっている。
石造りの祭壇らしき物の近くに何者かが佇んでいるのを発見。
なんかタキシード着てるんですけど!?
あれが新郎?
人の形はしているのだが、遠目に見ても何かおかしい。
手足が異様に長いのだ。身長も軽く2メートル半を超えている気がする。
顔は細長く耳は尖っており、一見すると魔族のように見える。
帝国出身の魔族には他の亜人種にはない特徴があるとは聞いたが、それとは違う奇妙な違和感。
まるで、人の形を理解できていない奴が無理やり化けているかのよう…
うん、不気味だ。
「さあ、新郎がお待ちかねよ。行ってあげて」
異臭のする女が馬車から降りずに指示を飛ばして来た。
やはりあのスレンダーマンが、邪神さんらしい。
やれやれ困ったねぇ。
楽に死ねればいいが…
「簡単には死なないわよ。少なくとも、邪神の子を産むまでは生かされると思うわ、たぶんね」
俺の心読んだかのような発言をする汚物。
ウンコは本当にろくな事を言わない。
まあウンコだから仕方がない。頼むから死んでくれ。
覚悟を決め、俺は歩みを進める。
ああもう、本当に何をやっているのやら。
今の俺を幼馴染たちが見たら『女体化ってアホか!』と総ツッコミされること必至。
アホでもなんでも、俺は地獄へ向かうしかないのよ。
アハハハハ、マジで最低っ!
「ねえクロウ。きっと、これでお別れよ。最後に何か言いたい事はない?」
あるに決まってんだろ。
溜めに溜め込んだ恨みつらみの数々をぶちまけてやりたい。
でも、こいつは俺に何を言われても響かない気がする。
汚物と会話などしたくはないが、これで最後というのなら一つだけ言わせてもらおう。
振り返った俺はリリアナと目を合わせ、その顔を真っ直ぐに見つめる。
男だったときには胸が高鳴ったはずの美貌、それを今は微塵も感じない。
うげぇ…こいつブスだなぁ。
呼吸を整えてから一息で告げる。
「お前臭いぞ」
「……………………………え?」
よし!言ってやった。
もう用はないので俺は汚物に背を向ける。
さて、地獄へ行きますか。
それにしても『え?』だってよwww
今まで誰からも『臭い』なんて言われたことないんだろうな。
マヌケ面でポカンとした汚物の顔を見て少しだけ溜飲が下がった。
●
タキシードを着た新郎(邪神)の傍まで来た。
何と言うか、近くで見るとアカンわコレ。
顔のパーツ配置がかなりおかしい。
目とか口とかズレまくっているし、鼻は何故か逆さまだ。
前世にあった、福笑いとかいう遊びの失敗作みたい。
「どうも…」
「……ァ……ァ……」
正面に立って会釈してみてたけど、反応が薄い。
人モドキはユラユラと体を揺らしながら、か細く『…ァ』とだけ呟いている。
汚物どもはコレとどうやって意思疎通をしていたのか疑問だ。
とりあえず、何をすればいいのだろうか?
新郎はタキシード、俺はドレスを着ているので、やはり結婚式をやるべきか?
参列者の汚物は馬車から降りてこないけど、指輪の交換とかするのかな?
「あの、邪神様ですか?」
「……ァー……」
『ァー』って何?肯定したの?
もうわけがわからないよ。
俺が戸惑っていると邪神はググっと、顔らしき失敗作を近づけて来た。
うわぁキメェ!!
逆さまになった鼻でスンスンと匂いを嗅ぐ仕草をする邪神。
あっちの馬車に、この世の物とは思えないほど臭い奴がいますよ!
是非一度、嗅いでやってください。飛ぶぜ?
邪神は身を大きく振るわせたかと思うと、歪んだ口からノイズ混じりの奇声を上げた。
「ア…テア…ル…テ…アアアアアアアアアルルルルゥゥテェェェェアアアアアアアア」
だぁ!?急どうした!
うるさいうるさい。耳がキーンってなるわ!
「オンナオンナダ、ハナヨメ、オレノモノオレノノヨメメェェェ」
「ハンショクハンショク、フヤスフヤスフエル」
おっとぉ、カタコトだけど不吉な事を言ってるのはわかったぞ。
もう逃げてもいいかな?
ここでじっとしていたら絶対ろくな事にはならない。
ブチッ…ブチブチ…
「うぇ!?」
何かを裂くような音。
細長い人の形をしていた邪神の体、その表面が波打ち内側から何かが盛り上がって外に出て来る。
青白い皮を貫き、無数の赤黒い管のようなものが出現した。
管というよりもあれはタコ足みたいな…
アレってもしや、薄い本のジャンルによくある触手というヤツなのでは!?
触手の表面は謎の粘液でテカテカヌラヌラしておられるぞ!
数秒も待たずに、細長い人モドキは大量の触手が蠢く肉塊へと姿を変えた。
これは邪神ですわww
見たら発狂するタイプのビジュアルしてんなぁ!
女体化ショックで免疫が出来ていなければ危なかった。
「ァァ…ヨメ…タネツケ、タネツケサセロォォォォ」
イヤァァァぁぁぁッッ!!
この先の展開知ってるぅ!!
あの触手を使って俺にエロいことする気でしょう!
冗談じゃねぇ!!
ここは逃げるしかない。誰だってそうする。
「クロウ!動いてはダメよ」
隷属の首輪がリリアナの命令に反応し、逃げ出そうした俺の足を地に縫い留める。
汚物!てんめぇー!まだ居やがったのか!
汚物はわざわざ用意した、声を遠くへ届ける魔導機(メガホン)を使って俺に命令しやがったのだ。
嬉々とした汚物の声は続く。
「やったわね!花嫁として合格したみたいよ。あなたならやり遂げてくれると思ったわ」
全然嬉しくねえんだよボケ!
お前脳ミソにもウンコ詰まってんのか?
さすが全身クソまみれは格が違った。
「お邪魔虫はそろそろ退散するわ。あとは夫婦水入らずでごゆっくり」
「邪神様、約束は果たしましたよ。次はお子様が誕生した頃にでもお会い致しましょう」
「精々頑張ってね、クロウ…早めに壊れた方がマシかもよw」
「本当に最初から最後まで、あなたは滑稽だったわ。楽しませてくれてありがとうw」
「あはwははははははwwwあははははははははははははwww」
耳障りな笑い声を残し、汚物リリアナを乗せた馬車は何処かへと去って行った。
取り残されたのは俺と本性を現した邪神(触手)のみ。
クソッ!命令者が離れても首輪の強制力は有効なのかよ。
今すぐにでも脱兎の如く逃げ出したいのに、足が全く動かない。
動けぇ!動いて俺の足!
もう爪切りサボったりしないから、穴の開いた靴下を限界まで履き続けたりしないから!
だから、動いてよぉ!
願い虚しく、俺の足は不動を貫くのであった。
「ちょ、来るな!」
にじり寄って来た邪神が触手を伸ばし、俺の顔を値踏みするように撫で回した。
うぁー!なんかヌメヌメして気持ち悪いよぉ。
触手だらけの肉塊には顔など存在しないはずだが、俺の反応を見てニタニタ笑っている気がする。
怯える俺がそんなに面白いか、趣味悪いな。
「や、やめ、やめろぉー!いやホントマジでやめてぇぇーー!」
野太い触手がにゅるにゅる伸びて来て両手両足を拘束されてしまった。
触手の力は強く女の細腕ではどうでもならない、仮に男だったとしても振りほどけなかったと思う。
腐っても邪神、人間ひとりなど簡単にひねり潰せるってか?
そのまま俺は宙吊りの体勢にされ、更に数本の触手がドレスの裾を捲り上げた!?
あらヤダ、パンツ丸見えじゃん////
ドレスを破かなかっただと?
見かけによらずこの邪神は紳士だったりするの?
いや、冷静に考えろ。
紳士は女に触手を絡ませてパンツ丸出し刑を執行したりしない。
待て待て待て!パンツをずらそうとするな!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
何でもはしないけど、土下座ぐらいだったらいくらでもするから許して!
「ギャー!そんなもん近づけんなぁ!!」
数ある触手の中でも一際グロテスクな形状をしたモノが眼前に現れた。
見せつけるような仕草…これが邪神の生殖器?
ご立派ですね////じゃ、ねーんだわ!!
あんなもんで貫かれたら、内蔵の位置ずれるどころでは済まない。
「ムリムリムリムリ!絶対無理ッッ!」
まさに絶体絶命!なんてこったぁ!
俺はこのまま触手の慰み者になってしまうのか。
い…嫌じゃ…邪神の子など孕みとうない…本当に嫌なんですけどぉ!!
人としての尊厳を徹底的に破壊され、邪神の子を産み落とすだけの道具と化す。
そんな絶望しかない未来を想像して思考放棄したくなった。
あの女の言うように、壊れてしまった方が楽なのだろう。
……だがしかし、認められない!
こんなバッドエンド俺は認めない。認めてたまるか!
ちくしょう!ちくしょう!ちっくしょおおおおお!!!!
あいつだ、あいつのせいだ、あんな奴に関わってしまったせいで…絶対に許さない。
あの人の形をした汚物を、俺は死んでも許さない。
リリアナ…りりあな…リィィリィアナァァぁぁーー!
皮肉なことに、ピンチな状況で脳裏に浮かぶのはまたしてもリリアナだった。
前回は奴の無事を祈り、今回は奴が地獄に落ちることを切に願う。
ウンコを心の支えにしている俺はもうダメかもしれない。
「我魂魄百万回生まれ変わっても怨み晴らすからなァァァァアア!!」