地上から遠く離れた空の彼方は宙に浮かぶ大地が存在し、天使という美しい種族が暮らす世界があった。
その名は天界、数多の伝承やおとぎ話に登場する伝説の楽園である。
そんな場所に俺はやって来てしまった。
正確には天使の男にお姫様だっこ状態で連行された。
なんでこうなるの?
ここ最近、理不尽な出来事ばかりが降りかかって来て嫌になる。
それもこれも全部、リリアナとかいうクソ女が悪い。
天界が実在したことに驚愕しきりの俺は、天使にしがみついたまま落ち着きなく辺りを見回してしまう。
果てしなく広がる青い空と雲、浮かぶ島々には見慣れない建造物が確認できる。
道中やたらとでかい飛行型のモンスターを目撃した。
図鑑ですら見たことの無いモンスター、天界の固有種か?
ここは最早俺の知る世界ではない。
「もう少しで到着するぞ」
飛び続けた先で眼前に現れたのは巨大なお城だった。
うわーい!天空城だぁー!!(´▽`)ラピュタは本当にあったんだ!
ちょっとテンション上がるじゃないの。
「ふははは!子供のようにはしゃぎおってからに、愛い奴め」
別にいいだろ。こんなの見たら誰だって興奮するよ。
城をマイホームにするぐらいだから、この天使は身分の高い人なのか?
偉そうな言動の数々から推察するに王様だったりして。
城に近づくと少しだけ飛行速度が緩やかになった。
そろそろ到着かな?
なんて思っていると…天使は城には目もくれず通り過ぎた。
んん?あれれ?お城は?
城をスルーした天使はちょうどその陰に隠れていた、小さな浮遊島へ着地した。
あ…こっちだったのね。勘違いしていた自分が恥ずかしい。
「ここは俺が個人で所有する島だ。多少手狭だが、二人暮らしなら問題なかろう」
抱っこ状態を解除してもらい、ようやく自分の足で立つことができた。
天空城の広大な敷地に比べれば狭いのだろうが、この島だって十分すぎる広さがある。
自然な感じで俺の手を取りエスコートをしてくれる天使。
イケメンの癖に紳士とかズルいわー。
こういうのを普通にやってのける男になりたかった、元男です!
案内を兼ねたお散歩で島をぐるりと一周した。
で、デートなんかじゃないんだからね!
緑の草花が茂る原っぱと大きな樹木、どういう原理なのか小川まで存在し綺麗な水が流れていた。
心地よい風、何処からか聞こえる小鳥のさえずり、ヒラヒラと舞う見慣れない蝶々たち。
のんびりしていて、とても落ち着くなぁ。
この長閑な雰囲気、まだ前村長が生きていた頃の故郷に似ている。
「素敵な所ですね…」
「俺の物はお前の物だ。当然この島の全てがお前の物だぞ」
逆ジャイアニズム!?
浮遊島の権利をもらっても、どうしたらいいかわからないよ。
おや?天空城が先程までより小さく見えるぞ?
「あの城、ドンドン遠ざかっている?気のせいですか」
「気のせいではないぞ。あの廃城は彼是300年、天界の空を移動し続けている」
あれほど巨大に見えた天空城が今は豆粒サイズまで離れてしまった。
天界にはあのような移動型の廃墟がいくつか存在するらしい。
決まったルートを移動しているため、他の陸地と接触するような事故は基本的に起こらないのだとか。
「あれは天界の数少ない観光スポットだ。年若い天使が城内で迷子になるのが風物詩よ」
「へぇ、ちょっと興味あります」
機会があれば俺も城の中を探検してみたいと思う。
「着いたぞ、ここが俺たちのマイホームだ。存分に寛ぐがいい」
マイホームは島の中央に建っていた。
石造りの壁に木製の扉、青の三角屋根が特徴の素朴なファンタジー建築。
そうそう!こういうのでいいんだよ。
お城や貴族の住む大邸宅だったら気後れしていたはず、天使の感覚が庶民的でちょっと安心した。
「お、お邪魔しま~す」
「我が家に帰って来たのだ。ただいまでよいのだぞ?」
「それは、もうちょっと慣れてからで…」
天使のお宅訪問~。
少し緊張しながら家の中へ入る。
俺が暮らしをしていた家より断然広くて綺麗だ。
現村長に追い出された屋敷よりもグレードは高いように思う。
窓から見える景色もよく、日当たりも良好、掃除が行き届いているのも感心感心。
家具も使いやすいものが揃っており、魔力で動かす調理器具や保存庫まで完備している。
いいなぁ、この家とても俺好みだ。
適当に座って待つように言われたので、ダイニングテーブルの椅子に腰かける。
なんと天使自らお茶を淹れてくれた!?
しかも何だコレ、めっちゃ美味しい!
不思議な香りのするお茶を飲んでいると心が安らいでいく。
家事とか一切やらない系の男かと思ったのに、すごく意外だ!
お手伝いさんの一人や二人、待機しているものだとばかり思っていた。
「使用人などいるわけなかろう。この島に隠居して50年、俺はずっと一人暮らしだ」
「ごじゅ……あなた、一体何歳なのですか?」
「ははははは!天使に年齢を尋ねるのは無礼だと心得よ」
笑って誤魔化された。
俺よりかなり年上なのは確実だと思う。
状況に流されてここまで来てしまったが、天使の家で暮らすこと自体に不満は無い。
むしろ、こんないい住処を提供してもらえるなら幸運だ。
リリアナもまさか、俺が天界で生き延びているとは夢にも思うまい。
「家の中の物は自由に使っていい。使用方法がわからなければその都度聞いてくれ。こう見えて家事は得意なので俺に任せてくれていい」
「家事ぐらい俺がやりますよ。その他にも仕事があれば、お手伝いさせてください」
「ふむ、ならば家事は分担制にするとしよう。くふふ…お前は良妻賢母になるな」
「期待されても困るんですけど」
今後の生活について話し合い二人のルールを決めていく。
まるで新婚夫婦みたいなやり取りに、むず痒いモノを感じる。
いやいやいや、まだ結婚してないから!
これはただの同居だから!
男女がひとつ屋根の下で共同生活、何も起こらないはずもなく…
って、ちがーう!!!!
何を考えとるんだ俺は!!
女体化してから、乙女チックな心情になる瞬間が増えた。
肉体の変化に精神が引っ張られている。
そのうち心の在り方も女に染まって行くのか?
それはちょっと怖いな…
これから始まる同居は、俺の境遇を哀れに思った天使の気まぐれだ。
ずっと彼の優しさに甘えている訳にはいかない。
地上に戻り、どう生きるかを選択する時が必ず来る。
男に戻る方法を探すか、女としてひっそりと余生を送るか…。
その時まで、今は傷ついた心を休めよう。
・・・・・・・・・・・
話が一区切りついたところで、俺はとても重大なことをに気付いた。
俺たちまだ、お互いの名前も知らない!?
同居人の名前も知らないとか普通あり得ないだろ。
今まで自己紹介するタイミングは何度もあったのに、未知の体験が連続しすぎてスッカリ失念していた。
「天使様、あなたのことは、なんとお呼びすればよいでしょうか?」
「好きに呼ぶといい。ダーリンもしくは旦那様がおススメだ」
「そうじゃなくて、名前を教えてほしいのですが?」
「おお、そうであったな。俺としたことがワイフに名も告げずにいたとは迂闊であった」
ワイフ言うな。
この天使、当たり前のように妻認定して来るけど、夫婦になったつもりは毛頭ない。
俺が元男だと知ったらガッカリするんだろうな。
「しかと聞け!お前の夫になる男の名を魂に刻むがいい」
「俺の名はベルゼクティオ!天魔の王と謳われし最強無敵の熾天使だ!」
「大事なことだからもう一度言う。俺はベルゼクティオだ。覚えたか?覚えたよな?後でテストするぞ?」
何度も念押しをして来るので、コクコクと首を縦に振った。
恩人である天使の名前はベルゼクティオ。
うん、ちゃんと覚えたぞ。
最強無敵とか自分で言っちゃうのはアレだが、彼の強大な力はこの目で確認した。
ハッタリではなく、本当に天使の中でもトップクラスの実力者なのだろう。
【ベルゼクティオ】彼の名を永遠に忘れない。
「ベルゼクティオ様、いいお名前ですね」
「そうだろそうだろう。この名を聞けば、歴戦の勇者ですらガッタガタに震え上がったものよ。ふははははは!」
名前褒められて誇らしげな姿が、ちょっと微笑ましい。
彼の高笑いが収まるのを待ってから、今度は俺から自己紹介をする。
「俺はクロウ、商売柄【薬売りのクロウ】と呼ばれていました。ただの人間で平民です」
誇れるような肩書も血筋も持ち合わせていない、天使に比べたら矮小でつまらない存在だ。
こんな奴を伴侶にしたいとか、間違ってるよ。
「クロウ、屍肉を貪る黒き怪鳥の名か」
なんで厨二っぽく言ったの!?
そんな風に言われたの初めて、なんか新鮮だわ。
クロウ、聖女を騙して大金を横領し、逃亡の末に自殺した愚かな罪人の名前。
全てはリリアナが仕組んだ冤罪なのだが、世間ではそれが真実となってしまっている。
両親には申し訳ないが、この名前もう使わない方がいい気がする。
広く認知された罪人の名を口にすれば、俺の生存がリリアナたちに知られる可能性がある。
それだけは避けたいからな。
「新しき名を所望するか…よいぞ!ならば今この時より、お前はコルニクスと名乗るがよい」
「こるにくす…?」
「天界の古い言葉でな『カァー』と鳴く黒鳥をそう呼んでいたらしい」
それカラスですやん。
前世風に言うなら、英語がラテン語になっただけですやん。
まあいいか…せっかく考えてくれたのだから有難く使わせてもらおう。
今すぐ他の名前も思いつかないし、この世界でラテン語の区別がつく奴はいないなずだ。
「わかりました。今日から俺はコルニクスです」
「うむ。その名前、俺の魂に刻み込んだぞ」
自分で名乗ってみると妙にしっくり来た。
なじむ!実に!なじむぞ!
【薬売りのクロウ】はもういない。
【コルニクス】この名と共に、俺はこれからを生きていく。
●
互いの自己紹介も済み、お茶のおかわりも頂いた。
話し合いはまだ必要だが、今日のこの辺で切り上げ明日以降に改めて話をすることにした。
「そろそろ頃合いか」
不意にベルゼクティオが椅子から立ち上がった。
何だ?急ぎの仕事でもあったのか?
そうであれば、俺も何か力になりたいところである。
「今日中に済ませておきたい案件がある。コルニクスにも手を貸してもらいたい」
「俺にできることなら、精一杯頑張らせて頂きます」
「その意気やよし!お前にしか頼めぬことだ、行くぞ」
俺の手を引いて別室へ向かうベルゼクティオ。
なぜかスキップしながら移動している。
上機嫌になるほど楽しい仕事って何だ?
たどり着いたのは大きなベッドが置かれた部屋だった。
ここは寝室?
はて?こんな場所で何をすればよいのか、俺にはわからない。
「始めるぞ。覚悟はいいな?俺はもう出来ている」
「あの、俺は何をすれば?」
「まず服を脱ぐのだ」
「……………はぃ???」
何言ってんの?
急にストリップしろとか言われも意味不明なんですけど?
「む、着たままが良かったか。まあ俺はどちらでもかまわんが」
「えっと、何か嫌な予感がするのですが………ひゃっ!?」
混乱している俺の腰が掴まれてグイッと引き寄せられた。
え、ちょ、な、なに、何事???
端正なベルゼクティオの顔がすぐ近くにあり、見つめ合う状態になってしまう。
本日二度目の急接近!?
心臓の鼓動がおかしいぐらいに早くなり、頭に血が一気に登り詰める。
今の俺は茹で上がったタコのように赤くなっているはずだ。
女に免疫がない俺は、男にも免疫がないのであった。
「俺たちは夫婦になった、ならばやるべき事はひとつ!二人の愛を確かめ合うのだ」
それってつまり、アレか?アレですよね。
俺とそういう行為に及びたいということだよね。
今日が初対面なのに、さすがに性急が過ぎるぞ。
「今更何を恥ずかしがる。夫婦なら裸の付き合いも当然であろう?」
「何度も言いますが、俺は夫婦になった覚えはないです」
「触手の餌食になりかけたところを俺が救ったのだぞ、ならば俺の餌食になってもよくないか?」
「無茶苦茶な理論展開!」
強姦魔から女を奪って強姦すると言ってるようなもんだぞ。
俺からしてみれば触手邪神とやっている事が同じだ。
「あんなキモいのと一緒にするな。俺はただ純粋な気持ちでお前と愛を交わしたいと…」ゴニョゴニョ
「明瞭簡潔に本心をどうぞ?」
「ヤらせろ」
「バカヤロウですか!野生の猿でも、もうちょっとマシな誘い方しますよ!」
「はっはっは!惚れた女の前では、男は誰しも野獣になるものだ」
何が野獣だ!仮にも天使なら理性的になれ!
女になって初めてわかった。男ってこんなにもバカな生き物だったのか。
やれやれ元男として情けなくなって来るぜ。
「優しいお前の事だ、恩人の頼みを断ったりしないよな?」チラッ
おいやめろ。
情に訴えかけてくるのやめろ。
感謝はしているし、恩を返したい気持ちもあるよ。
でも、体を要求されるのはさすがに…
「いくらだ?」
「何がですか?」
「いくら払えば俺を受け入れるのか聞いておるのだ!言い値で買うから望みの金額を言うがいい」
「売春はしません!プライドないんですか?」
「プライドだけで女が抱けるかぁ!!」
「うわぁ…」
「ドン引くな。近う寄れ!」
売春を迫られた上に逆切れまでされた。
もうやめて!
ドンドン残念になっていく天使を見ていられない。
「ゴホッゴホッ…実は老い先短い身の上でな。残り少ない命、せめて惚れた女と濃密な時を過ごしたいのだ」チラッチラッ
なんでそんなバレバレの嘘つくの?
ついに泣き落としまで始めたベルゼクティオに呆れてしまう。
はぁ~…これ以上は時間の無駄だな。
引く素振り見せない天使に俺は真実を告げる覚悟を決めた。
真実を知ればさすがに諦めてくれるはずだ。
その代わり、怒り狂ったベルゼクティオに殺されてしまうかもしれなけど…
「ベルゼクティオ様、聞いてください」
「お、ヤらせてくれる気になったか?」
発情期ですかコノヤロウ。
大事な話するから、ちょっと黙ってて!
「今でこそ俺は女の姿をしていますが、実は……男だったんです」
「ほう…興味深いことを抜かしおる」
身振り手振りを交え自分が女体化した経緯を暴露した。
人型汚物の悪行もしっかりと伝えてやったぜ。
あーあ、言ってしまった。
ガッカリしたよな?
助けたことを後悔して、俺を心底気持ち悪いと思った事だろう。
騙されることの辛さを誰よりも知っていたはずなのに、恩人を騙してしまった。
そのことに胸が締め付けられる。
「そういう理由なので、ごめんなさい。俺、あなたとそういう関係にはなれません」
本当に黙っていてごめんなさい。
相手の目を見て心から頭を下げる。
今の俺には誠心誠意謝ることしか出来ない。
黙したまま俺の話に耳を傾けていたベルゼクティオは、カッと目を見開いた。
これは殴られるか…まあ、許されなくて当然だよな…
「俺は一向にかまわんッッ!」
いや、かまえよ。話聞いてたか?
落胆も怒りもなく、力強い声を発するベルゼクティオ。
「見くびるなよコルニクス。過去のお前が男だった程度で、今のお前を諦める理由にはならん」
「えぇ…」
「だから引くな。興奮するだろう…ハァハァ」
変態か!そして、なんてしつこいんだ。
俺が男だったと知っても全く引く気はないどころか、逆に火をつけてしまった様子。
この天使は俺のどこがそんなに気に入ったのか?
「ぶっちゃけ顔が超タイプだ。今すぐ抱きしめたいぞ」
本当にぶっちゃけたな!
自分で言うのもなんだが、鏡に映った俺の姿は確かに綺麗で可愛かった。
でも中身男ですけど?
「俺はお前の魂の輝きに惹かれたのだ。性別など些細なことよ」
これが天使の倫理観、なるほど理解できん。
外見ではなく内面を評価されたのは嬉しいけどさあ。
「すまん、ちょっと強がった…本当はお前が女じゃないと困るというか、かなり嫌だ」
この正直者め!
「そう考えると、人型汚物に感謝してやってもいいな。うむ!コルニクスを性転換させたこと大儀であるぞ!ふはははははは!」
あんな奴に感謝なんかするなぁー!
ウンコを褒めるような人とは暮らしていける自信がない。
残念だけど、同居を解消したくなって来た。
「待て待て、初日で同居解消は酷すぎるぞ」
「初日でヤラせろとかほざく男の方が酷いと思います」
その後もベルゼクティオは粘り強い交渉を続けて来た。
参ったな。この天使、諦めるということを知らない。
断る方も疲れることを察してほしい。
「くっ…この俺をここまで拒んだ女はお前が初めてだ。少し自信無くすぞ」
「そうですか。早く諦めた方が賢明ですよ」
「俺に敗北は無い!必ず口説き落としてやるから覚悟せよ、コルニクス」
「お腹が空いたのですが、食べる物ありますか?」
「空腹で会話をぶった切る、そんなお前も好きだぞ」
宣言通りベルゼクティオは俺に愛を囁き続け、根気強く肉体関係を迫って来た。
どれだけ必死になっても、彼の気持ちに応えることはできない。
強くて、カッコよくて、優しくて、俺を大事にしてくれる。
そういうところはすごく好感が持てるよ。
いい奴だと思うし、自称通りのイイ男なのだろう。
本人曰くお金は腐る程あるらしいし、個人で浮遊島と家を所有して、他にも数えきれない財産があるみたい。
断られてションボリしたり、めげずに一生懸命口説いて来る姿は、ちょっと可愛いと思う。
そして天使という生きる伝説的存なのも、神秘性があって魅力的だ。
世が違えば、女たちは高評価と『いいね!』を送りまくる事だろう。
ベルゼクティオってもしかしなくても、超優良物件なのでは?
いやいやいや、ないわー。
男を品定めする女目線の俺が一番ないわー。
俺は意図せず女体化した男なんだ。
心までメス堕ちするわけにはいかんのよ。
屈するな俺!ここが踏ん張りどころだぞ。
イケメン天使なんかに絶対負けたりしない!!
・・・・・・
天使には勝てなかったよ…(´Д`)