【クロウ】から【コルニクス】に名を改め、天界で暮らすようになった。
当初の予定では1ヶ月程で身の振り方を決め、地上に戻るつもりだった。
しかし、天界での暮らしは思った以上に快適で心地よかった。
『そばにいろ』と言ってくれる人も居たおかげで、私はズルズルと滞在期間を延ばして行った。
そんなこんなで、気付けば1年の時が経過していた。
・・・・・・・・・
「ふぅ……これでよし」
洗濯物を干した私は額の汗を拭う。
家の中には全自動で乾燥までやってくれる魔導機はあるが、やはり天気の良い日は外へ干すのがいい。
運動不足の解消にもなるし、これぐらいの家事はまだやれるって証明したい。
「今日も風が気持ちいい。そう思わない?」
返答はないが、私は話しかける。
こうやって自分の声を聞かせるのは良い事だと、なんとなく私はそう感じるのだ。
風の心地良さ、空の青さ、太陽の眩しさに、他にもたくさん教えてあげたい。
一緒に共有したい事が数えきれない程ある。
楽しみだな、早く会いたいな。
風に銀の髪をなびかせながら、私は自分のお腹を優しく擦った。
●
天界生活も1年を過ぎ、ここでの暮らしに順応してから久しい。
その間に私に起こったアレコレを紹介しよう。
えーっと、ですね。
なんと言いますか、その、旦那様と致しちゃいましてね////
何の事かわからない?
察してくださいよ。恥ずかしいなぁ////
ヤりました。
ヤったんですよ。何回も!
その結果がこれなんです。これ以上、何をどう言えっていうんです!
旦那様との情事を詳細に説明しろって言うんですか!?
あれだけ拒否ってたのにメス堕ちしてんじゃーねか!
と、思った人。本当に申し訳ない。
誉は空で死にました。
最初は手を握るぐらいの簡単なスキンシップだったのよ。
それがだんだんとエスカレートして『キスぐらい挨拶だよね』と思い始めた。
そうなってからは早かった。
体に触るのを許し、お風呂は一緒、布団はひとつ枕は二つ…
で、旦那様が毎晩土下座をするのようになったから、根負けしたって訳。
童貞を卒業することもなく、処女を失った稀有な存在ですが何か?
因みに式も指輪の交換もしていないけど、旦那様…ベルゼクティオとは正式な夫婦になった。
ええ、体を許す条件としてちゃんと責任を取ってもらいましたとも。
旦那様は自分で豪語するだけあって、あっちの方は上手だった。
ハッキリ言って滅茶苦茶気持ち良かったですね!
慣れてからは、私の方から攻めたりもして、旦那様をヒイヒイ言わせましたw
体の相性が良かった私たち、そりゃあもう盛りましたよ。
猿がドン引きするぐらい、四六時中致していた気がする。
手を変え品を変え、散々爛れた夫婦生活を送りました。
旦那様は衣装に拘りがあったらしく、私がコスプレをすると非常に喜んでくれた。
男女が結構な頻度でそういう行為をしていたら、どうなるかお分かりですよね?
そう、なんと私、妊娠してしまったのです!!
お腹の中には新しい命が宿っています。
妊娠が判明した時は本当にビックリした。
なんなら私より旦那様の方がビックリしていた。
ビックリし過ぎて家の壁を突き破り、浮遊島の端から落っこちたからねw
『飛べるの忘れた』とか言って戻って来た旦那様は服がボロボロだった。
地上まで落ちていたのかもしれない。
話しによると、天使はかなり子供のできにくい体質の種族だった。
避妊してくれなかったのは、できる可能性が極端に低いと思ってたから…
それを大当たりさせた旦那様はさすがである。
私たちがそれだけヤリまくったという結果でもある。
きっとこの子は、私がバニーガールの格好をしていた時にできた子だと思う。
あの時の旦那様の食いつきっぷりときたら、マジで野獣でした////
元男としてかなり焦ったのは一瞬だった。
それよりも子供ができて嬉しいという感情の方が勝ったのだ。
こうなる前から女であることを受け入れてしまっていたが、妊娠したことで私は完全に女にである自分を肯定できたと思う。
『女でもいいか』から『女になってよかった』と思えるように成長したのよ。
旦那様は猛烈に歓喜して私を抱きしめたままグルグル大回転した。
また家の壁が壊れた。
大事な体なので手加減してください。
『殺す気か!』と説教しても旦那様は終始ニコニコしていた。
まったく仕方のない人だ…
お腹が大きくなるにつれ、他にも肉体に変化が生じた。
私の髪から金の輝きが消失し、銀髪に変わってしまったのだ。
旦那様が『銀髪もいいな』と言ってくれたので問題はない。
「この子の名前を考えないといけませんね」
「俺に任せておけ……トンヌラというのはどうだろう?」
「却下!」
パパスですかアンタは!
旦那様のネーミングセンスには期待しないでおこう。
「まだ性別もわからないのに、トンヌラって…」
「天使の男女比は8:2だぞ。男だろうな」
初耳だ。天使とは男が多い種族だったのか。
希少な女性天使は優遇されて当たり前だと調子に乗っているらしく、それが社会問題にも発展しているらしい。
天使が少ない理由はそういう事情もあるんだろうなと察した。
「旦那様に似た、元気な男の子になってくれると嬉しいです」
「照れるではないか。俺は母に似て芯の強い子になってほしいと願う」
「ふふ、楽しみですね」
「トンヌラ、パパですよ~」
「それはやめろ!」
私のお腹に耳を当てたり、話しかけたりする旦那様が可愛い。
最初はどうなる事かと思ったが、この人と夫婦になれて幸せだ。
新たな命、家族が増える喜びは何ものにも代えがたい。
男のまま地上にいたら、知らなかった幸せを私は嚙み締めていた。
人型汚物のことなど、最早どうでもよくなった。
「コルニクス、俺たちの子を頼んだぞ」
「当然です。旦那様も一緒に子育て頑張りましょうね」
「…ああ…そうだな…」
幸せ過ぎたから、私は…
旦那様が何を考えていたか、気付けなかった。
●
身重の私を気遣うようになった旦那様は、前にもまして過保護になった。
激しい運動は禁じられたし、夫婦生活もすっかりご無沙汰だ。
私が家事をすると、いい顔はしない。
じっとしているのはかえって体に良くないから、少しは動かないといけないのにね。
自称、全知全能を自称する旦那様でも出産と育児は門外漢らしい。
最近の彼は書斎に籠って調べものをすることが多くなった。
以前は何処かへ出かけて2、3日帰って来ないこともザラだったが、今はずっと家に居て下さる。
心配してくれるのは嬉しいけど、私だってまだ全然動けるし平気だよ。
洗濯物を干し終えた私は、ペガサス便から荷物を受け取っていた。
空を駆ける翼を持つ馬、ベガサスを使った物流サービスは天界で広く普及している。
人を乗せていない鞍には魔法の荷袋が括りつけられており、宛先を確認した後、受取人の目の前に荷物が自動排出されるシステムだ。
無人のまま運用できる賢いペガサスと高度な魔法具、最初に見た時は驚いたが今では当たり前のように利用している。
「いつもありがとう。よかったら、これ食べていって」
家庭菜園で採れたニンジンと水桶に入った綺麗な水を提供する。
ぶるるっとひと鳴きしたペガサスは嬉しそうにニンジンを頬張ってくれた。
よしよし、ゆっくりお食べ。
旦那様が天界通販のヘビーユーザーなので、このペガサスとは顔見知りだ。
私の普段着からコスプレ衣装まで、全部この子が運んで来てくれたよ。
補給を終えたペガサスが空へ舞い上がって行く。
働き者の天馬は次の配達先に向かうのだ。
道中気を付けるんだよ。
天使は大気中の魔力を取り込むことにより、頻繁に食事を取らなくても生きていける。
だけど、旦那様は人間の私に合わせて一緒に食事をすることを好む人だ。
今日は何か美味しいものでも作ってあげよう。
旦那様の好物であるカレーがいいかな?
幸いなことに妊娠しても私の食嗜好は変わらなかった、味が濃くて匂いがキツイ料理もガンガンいける。
お腹の子が美味いものを食えと言っているのだ。
「帰りましたよっと、旦那様~お荷物届いてますよ」
通販で届いた荷物を抱えて帰宅。
旦那様はリビングにはいない、また書斎かな。
「入りますよ。荷物が届いて……っ!?旦那様ッッ!!」
書斎のドアを開け目にしたのは床に倒れている旦那様の姿だった。
荷物を放り出し、すぐさま旦那様の下へ駈け寄る。
最強無敵の旦那様は私の声を聞けば、どんな状態からでも立ち上がってくれる人だ。
私が本気で驚いているのに、倒れたままなど有り得ない。
これは明らかに異常事態。旦那様に何か良くないことが起こっている。
「…ぅ…ああ、コルニクス。戻ったのか、はは、ちょっと寝不足でな…すぐに立…つ」
私の声に反応した旦那様が立ち上がろうとして、失敗する。
体が満足に動かせないの?
昨日まであんなに元気だったのに…
「旦那様!ご無理をなさらず、すぐベッドへ運びますから」
「すまない、コルニクス。その時が…来てしまったようだ…」
「喋らないで」
旦那様に肩を貸してベッドまで運び寝かせる。
おかしい、この人の体はこんなに弱々しかったか?
余計な考えは後回しだ。今は旦那様の治療が最優先。
必要な物を大急ぎで揃えた私は、旦那様にひとつの薬瓶を差し出す。
「さ、これを飲んでください。すぐ楽になるはずです」
「生命の秘薬エリクシルか…確かにこれなら万病を癒すだろうよ」
「わかっているなら早く飲んで」
「これはいざという時のために取っておけ、俺には…必要ない」
「何を言ってるんですか!今がその『いざ』でしょう!」
旦那様は薬を飲んでくれない。
まるで全て無駄だとでも言うように…
そんな事ない、そんなわけがない。
だって、旦那様は超強力な天使だ。
最強の天使だと自分で言っていたではないか。
「俺は病気でもケガをしたわけでもない。これはただの……寿命だ」
何を言われたのかわからなかった。
じゅみょう?だと…そんなの、聞いていな…はっ!?
肉体関係を迫っている最中、わざとらしい咳の後に何か…
「老い先短い命だと言っただろうw」
「冗談が過ぎます…笑えません。全然笑えませんよ」
アレが本当だったなんて思うか!
寿命だったとして、それをどうして今まで何も教えてくれなかった。
「自分の死期を悟った俺は何をするでもなく、ただ無為な時を消費していた…」
「ただの気まぐれだった。地上の景色を見たいと思った俺は、天から降り」
「そこでお前を見つけた。運命だと思ったぞ…」
最初から、私と会った時にはもう自分が死ぬとわかっていた。
それなに私と夫婦になったのか。
そんなの…
「酷いと思うか、俺もそう思う。遺していくとわかっていながら、お前が欲しいと願ったのだから…」
「言い出せなかった。お前との日々は、それほどまでに満たされていた」
「本当に…すまなかったな」
謝るな!謝らないでよ!
あなたがいなければ、私のきっとあそこで終わっていた。
私に未来をくれた人が、幸せをくれたあなたが、もういなくなるだなんて。
子供だって生まれて来るのに…
そんなの……ひどい…ひどいよ。
「泣かないでくれ、コルニクス。これは誰のせいでもない、最初から決まっていたことなのだ」
「無理です…むり…ですぅ…ぅぅ…」
無理だ。
旦那様がいなくなったら私はどうしたらいいかわからない。
天使とは違う、ただの弱い人間でしかない私には何もできない。
「バカを言うな…俺の妻が弱いわけあるか、お前なら大丈夫だ」
買い被り過ぎだ。
どうしてあなたはいつも私を過大評価するんだ。
私はあなたが思うほど、強くない。
女になった時も、触手に襲われた時も、今だって、ただみっともなく狼狽えて泣いているだけ。
ひとりぼっちになった私は、もう生きていけない…
「ひとりではないだろ…俺たちの子がいる。偉大なる天使とその妻の子は…決してお前をひとりにはしない」
あなたもいないとダメでしょう!
私を未亡人にする気か!
子供の顔を見る前に死ぬつもりか!
そんなの許さない。
私を妻にしておいて、こんなに早くサヨナラだなんて、そんなの納得できない!
「子供の名前、まだ決めてない!二人で一緒に育てるって、ずっと私の傍にいるって約束したのに!」
ボロボロと大粒の涙が零れる。
死に瀕した夫を労わるでもなく、自分の不満ばかりを言う私は酷い女だ。
伸ばされた手をしっかりと握りしめる。
冷たく力が全然入っていない手だ。
こんなになるまで私はこの人の状態に気付かなかった。
隠し事が得意で、変身魔法も得意な旦那様が今は恨めしい。
「長い、本当に長い時を生きた…」
「多くのモノを得て、それ以上に多くのモノを失った」
「死にぞこないの俺は何も遺せず、愚かなまま死んでいく、はずだった…」
「それを変えてくれたのは、お前だ、コルニクス」
「今ならわかる。俺はお前に出会うため生き長らえたのだ」
聞きたくない。
あなたが何であろうと、そんなことどうでもいい!
「嫌だ…死なないで、死なないでよ!ベルゼクティオ!」
「ふふ…お前の頼みなら…何でも聞いてやりたいが、な……すまない…」
だから謝るな!
最強なんでしょ?だったら寿命になんか負けないでよ。
「子供たちよ…母の言うことをよく聞いて…健やかに育つのだぞ」
「そして、願わくば…俺の代わりに…母を守ってやってくれ」
「コルニクス、子供たちを頼む」
旦那様の命の火が消えて行く。
待って、お願い、お願いだから待って…
「コルニクス、俺の生涯ただひとりの愛しき妻…」
いつもそうしてくれたように、彼の手が私の頬を撫でる。
「お前を、永遠に愛しているよ」
「私もです。ずっとあなたを愛してますよ、旦那様」
愛する人、私の旦那様はとびきりの笑顔を見せてくれた。
私の大好きな太陽みたいに明るい笑み。
この笑顔を見る度に、私も釣られて笑ったものだ。
それを最後に、天使ベルゼクティオは息を引き取った。
私は上手く笑えていましたか?
あなたが最後に見た私が泣き顔でなければいいと、心から思った。
数秒と待たず、旦那様の体は青い光の粒子となり消えて行く。
ああそうなんだ、天使とは死体も残さない種族なのか。
突然現れて、突然消えて、ああ…本当にあなたは勝手な人だ。
寝室にひとり取り残された私はズルズルと崩れ落ちる。
たった今起こったことは現実なのか?
わからない、解りたくない、認めたくない。
旦那様にもう会えないだなんて…
ぽっかりと心に大きな穴が空いてしまった。
この穴は大きすぎる。
埋めようのない喪失感から私は放心状態になる。
そして、次に湧き上がるのは耐え難いほどの深い悲しみだった。
「あ…ああ、旦那様…ぅ…ぁ…」
「う、うああぁぁぁぁぁーー!旦那様、旦那様、旦那様ぁァァァ!」
悲しむ必要はない。
俺はただ世界に還っただけだ。
これからも、ずっとお前を見守っている。
だから、そんなに泣いてくれるな。
前を向け、コルニクス。
お前には俺と、子供たちがついているぞ。
今のはきっと幻聴だ。
悲しみに暮れる私の脳が生み出した都合のよい幻聴。
だけど、あの人ならそういってくれると確信を持って言える。
「ベルゼクティオ!私はずっと、あなたの妻ですからぁぁ!!」
ごめんなさい。今だけ…
今だけは泣かせてください。
●
泣くだけ泣いた。
弱音も愚痴も散々吐いた。
もういいだろう、さあ立ち上がれ。
私は、あの人の、偉大なる最強の天使ベルゼクティオの妻だ。
このままずっと止まっているわけにはいかない。
私には彼の遺してくれた、大事な子供がいるのだから。
「驚かせてごめん。もう大丈夫だよ、私にはあなたがいるからね」
大きくなったお腹を撫でる。
自分の中に宿る命が、私に力をくれる。
安心していいよ。お母さん、頑張るからね。
やってやる!と気合を入れた時、それは起こった。
「…う゛…あれ、何コレ、痛たっ!いたた!いだだだだだっ!」
突然の腹痛が私を襲う。
何だコレ、今まで感じた事のない痛み。
脂汗を滲ませながら、私は可能な限り楽な姿勢を取った。
痛みが続く、これでは立つことすらままならない。
お腹が張っていてどうにかなりそう。
ヤバいな、痛みの感覚もだんだん短くなって来た。
間違いない、これは陣痛だ。
ちょっと待ってーー!?
生まれるの?今生まれるの?マジで!?
今日生まれちゃったら、旦那様の命日と子供の誕生日が一緒になってしまう。
悪いニュースといいニュースが同時に来ちゃったよ。
お悔み申し上げながらお祝いしたらいいの?
不謹慎かつ混乱するわ!
ごめんなさい旦那様、あなたの命日に誕生日ケーキを頂くことになりそうです!
「く…ぅぅ…あだだっ!マジかこれ…痛ったぁぁぁぁ!いぃぃぃぃぃ!」
これ大丈夫か?
某SFホラーみたいに、腹突き破って出て来そうなほど痛いよ!
お母さん、こういうの初めてだからもっとお手柔らかに頼む。
旦那様、どうか力を貸して。
「うわあああぁぁぁぁぁ…!!」
女の人ってすごいな。
こんな痛みに耐えて子供を産むんだ。
母は偉大だなぁ。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
「ぜぇ…はぁ…こ、これが…産みの苦しみ」
散々苦しんだ私は何とか無事に出産を終えた。
旦那様には聞かせられない、めっちゃ変な声で叫んでしまったよ。
産声は聞こえない。
それもそのはず、私が産んだのは赤ん坊ではなく。
大きな金色の卵だったのだから!?
卵だよ、た・ま・ご!
私はニワトリですか!
なぜ金色なんだ?売ったら高いのか?
私の大事な子だぞ!売ってたまるかぁ!
そもそも天使が卵生とか聞いてない!
天使と人間のハーフなのに、生態が天使寄りってアリなの?
私の体、よく適応したな。
金の卵メッチャでかいな。
こんなのが私の腹に入っていたとかマジか?
それによく産道を通過したな。
お腹は大丈夫だったけど、股関節ぶっ壊れたかと思ったわ。
卵に触れてみる。
ほのかに温かく、微かな生命の鼓動を感じる。
うわっ!今何か…吸われた、私の魔力を吸収した?
わかる、まだ欲しがってる。
この卵は私の魔力を食べたいと言っている。
いいよ、お食べなさいな。
なるほど、魔力が母乳代わりなのか。
いつまで経ってもおっぱいがイマイチ大きくならないから、おかしいと思っていたんだ。
授乳が必要ないからだったのね。
本当に天使の生態について何にも知らねぇな!
不勉強なお母さんでごめん。
卵にかなりの魔力を持っていかれてしまった。
急激に魔力を失ったため、頭痛と眩暈がする。
気力を振り絞り、床を這いずるようにして移動。
清潔なタオルと私の着替え、あと何か飲みたい…なんかいろいろ汚したのは後でまとめて掃除だ。
そうだアレがあった。
貴重な薬品だけど、今こそ飲むべきだよね。
・・・・・・・・・・・
どうにかこうにか体を洗浄し着替えも済ませた。
旦那様のために用意したエリクシル、それを少しだけ飲んで体力を回復できたおかげだ。
私の子、金の卵も綺麗に拭いてタオルで包む。
これで少しは落ち着けるな。
旦那様ロス、出産の激痛、そして魔力減少により、私の心身はボロボロになった。
薬で体力は回復しても、心の疲労は解消されていない。
休みたい、今すぐ眠ってしまいたい。
旦那様が寝ていたベッドを整え、金の卵をそっと置く。
卵のすぐ傍で私も寝転がった。
まだ旦那様の残り香がする。
こうなった今でも、彼がいなくなったことが信じられない。
「旦那様…ちゃんと生まれましたよ。子供たちはきっと元気に…」
子供たち?
そういえば、旦那様は『たち』と言っていた。
でも、私が産んだ卵はひとつだ。
まさか…
卵に顔を寄せ中を探るように魔力を流す。
我が子の命とその魂に宿る、途方もない魔力を感じる。
膨大な聖素を内包した魂、魔素をこれでもかと詰め込んだ魂…
二つだ。二人分の魔力を感じる!
この卵には二つの命が入っているのだ。
「双子…なの?」
私の問いかけに二つの魔力が明滅した気がする。
肯定と捉えていいの?
わかった、よろしくね二人とも。
「そっか、双子か…名前も二人分考えなきゃだね。何がいいかな…」
私は今日、大事な人を失った。
そして、大事な子供たちが生まれて来てくれた。
とっても悲しくて、とっても嬉しくて、心の中がぐしゃぐしゃだ。
でも大丈夫、だって私はひとりじゃないのだから。
温かな卵を抱きしめたまま、私は眠ることにした。
旦那様、どうか私たちを見守っていてね。