うちの子は天使です   作:きさまち

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正しい決断を

 全部夢だったらいいのに。

 優しくて頼もしい旦那様は健在で、私のお腹はまだ大きいまま。

 

『ふはははは!引っ掛かったな。死亡ドッキリというヤツだぞ』

 

『怒ったか?すまん…俺が悪かった!お腹の子に障るからあまり興奮しないでくれ』

 

 焦って平謝りする旦那様、私は苦笑しながら彼を許してあげる。

 そして今日も穏やかで平和な一日が始まるのだ。

 

『愛しているぞ、コルニクス』

 

 私も愛しています、ベルゼクティオ…ずっと一緒に……

 

 ・・・・・・・・・

 

「夢じゃなかった…」

 

 目覚めると金の卵が視界に入った。

 この卵こそ、私が産み落とした子供たちだ。

 卵の中には二つの命が息づいている。

 双子なのだ。

 

 ベッドの上には私と卵の他には誰もいない。

 いつも私を包み込んでくれた彼の温もりは感じられない。

 

 そうか、旦那様は本当に逝ってしまったのね…。

 

 ダメだなぁ、気を抜くとまた涙が零れそうになる。

 

 いい加減切り替えよう。

 いつまでもメソメソしていたら子供たちが心配する。

 私はもう母親になったのだ。

 子供たちのためにも強くならなければ。

 

「二人ともおはよう」

 

 金の卵に挨拶した後、大きく伸びをしてベッドから降りた。

 

「よーし、やりますか」

 

 顔を洗って着替えを済ませ、軽くストレッチを行う。

 凝り固まった筋肉を解すと同時に間接の動きも確かめる。

 大丈夫だ問題ない。体はちゃんと動いてくれる。

 まだ万全とまで行かないが、数日もすれば妊娠前の状態に戻れると思う。

 

 昨日のゴタゴタで散らかしたままの部屋を片付け掃除と洗濯も行う。

 旦那様に頼り切りだった家事も本日から再開だ。

 一つ一つ、やるべき事をこなしていけばいい。

 忙しく動き回っている間は悲しい気持ちも忘れていられた。

 

 ・・・・・・・・・

 

 愛する人が亡くなっても腹は減る。

 家事に一区切りつけから食事を頂くことにした。

 炊いたご飯の上に、旦那様特製の具沢山スープをぶっかけて適当雑炊の完成だ。

 少々お行儀は悪いけど許してね。

 今は手っ取り早くお腹を満たしたいのだよ。

 

「いただきます……むぐむぐ…おいしい」

 

 このスープは私のために旦那様が作っておいてくれたものだ。

 おいしいに決まっている。

 

「おいしい…おいしいですよ、旦那様……ぐすっ…」

 

 旦那様の手料理はこれで最後、そう思うとまた泣けて来た。

 涙を流しながら私は雑炊を完食する。

 全身に染み渡るような優しい味がした。

 

 ごちそうさまでした!

 よっしゃ!ご飯を食べて元気が出たぞ。

 

「先に食べちゃってごめんね。次はあなたたちの番だよ」

 

 次は子供たちに食べさせる番だ。

 金の卵にそっと触れ魔力を流す。

 待ってましたとばかりに、卵は貪欲に私の魔力を吸収していった。

 

 あびゃー!吸われる!メッチャ吸われるぅ!

 うちの子たち食欲旺盛でお母さん嬉しい!

 でもちょっと食べ過ぎじゃない?

 私の魔力そんなに美味しいの?

 

「……これは…体が持たない…かも…」

 

 卵が満足するまで魔力を吸わせてようやく食事が終わる。

 急激に魔力を失たった私はテーブルに突っ伏してヘロヘロになってしまった。

 一回の食事でこの有様だとこちらの身が持たん。

 

 無尽蔵とも思える魔力を有していた旦那様が恋しい。

 本来なら、彼と協力して卵に魔力供給をしていたはずだったのに…

 早くもシングルマザーの辛さが浮き彫りになった。

 だが負けるな私、過酷な育児も我が子のためを思えば乗り越えられると信じるのだ。

 

「お母さん頑張るからね」

 

 卵を撫でると双子の魔力が弾んだ気がした。

 

 ●

 

 ぶおぼ〜ぶおぶおぼ〜!

 

「うぇ…警報!?」

 

 保管庫で魔力回復ポーションの在庫チェックをしていると、家中に奇妙な音が響き渡った。

 この法螺貝チックな音は、浮遊島に『接近する大きな物体アリ』という知らせだ。

 よくすれ違う天空城には警報が反応しない設定を施しているし、定期巡回の行商船も今日はやって来る予定はない。

 以前この音が鳴った時は翼竜型モンスターの群れだったけど、そいつらは旦那様のひと睨みで退散していった。

 

「嫌だなぁ…怖いモンスターだったらどうしよう?」

 

 天界生活で私も新たな知識を得たり魔法を学んだりしたけれども、戦闘はほとんど経験していない。

 強すぎる旦那様がどんな外敵も瞬殺してくれるので、私は安心安全に暮らせていたのだ。

 

 旦那様がいなくても戦闘経験がなくとも、無理だなんて言っていられない。

 もし子供たちを害する奴が来たら戦う覚悟はある。

 何はともあれ、やって来たモノを確認せねば。

 

 左腕に装着している腕輪に魔力を流すと、腕輪は光の粒子となって解ける。

 光は私の手に集まり円盤状の鏡に姿を変えた。

 この鏡は結婚した記念に旦那様からプレゼントされた魔道具のひとつで〖ヤタ〗という変わった名前が付けられている。

 普段は腕輪の形で収納しているから持ち運びにも便利なんだよね。

 

「ヤタ、外の景色を見せて」

 

 私は両手に収まるサイズの鏡に命令する。

 すると、浮遊島全体を上から俯瞰した映像が表示された。

 一定範囲内の動態地図で確認することができ、更に拡大縮小から視点変更も思いのまま。

 グー〇ルマップも顔負けな便利機能を搭載した魔道具がこのヤタである。

 操作方法は前世で言う所のタブレットに近い。

 他にも写真を撮ったり、通信機としても使えたり、本が読めたりとその用途は幅広い。

 まんまタブレットだなコレ…

 

 島の西側に大型の飛行船が接岸していた。

 モンスターでなかったことに安心したが、まだ油断はできない。

 

「誰か来た?天空城と間違えた…わけないか」

 

 ヤタの表面をタップして俯瞰視点から船がよく見えるよう視点を切り替える。

 魔導機の金属パーツが組み込まれた見た事のない形状の船だ。

 見るからに強そうで、お値段も高そう。明らかに行商船ではない。

 天界の都市部に住む上位天使なら、ああいう船を所持していてもおかしくはない。

 

 私が暮らしている浮遊島は天界でもかなりの辺境に位置しており、ほとんど人は立ち寄らない秘境と呼ぶべき場所だ。

 衣食住が全てこの島で賄えるので、生活面で困ったことは特にない。

 島で手に入らないものはペガサス便の通販で買えばいいし、その気になれば町まで旦那様が連れて行ってくれた。

 この一年で町へと繰り出した経験は数えるほどしかない。

 地上でも天界でも私は田舎者のままである。

 

 船からゾロゾロと人が降りて来た。

 人種は様々で獣人や魔族の人たちも確認できる。

 観光に来ました、という雰囲気ではない。

 船に残る人員を餞別した後、数名が行動を開始したようだ。

 指示を出している人は…天使、あれがチームの代表ってことね。

 

 あらら、真っ直ぐ我が家に向かって来ているよ!?

 あ、天使が走り出した。

 彼の部下らしき人たちも慌てて追いかける。

 天使からは居ても立っても居られない必死さが伺える。

 トイレか?トイレ貸してほしのか?今にも漏れそうなのか?

 

 漏れそうな天使(仮)は我が家の玄関までたどり着くと切羽詰まった様子で扉を叩いた。

 

「兄上!兄上はおられますか?ここを開けてください、兄上!!」

 

 怖いって!ドンドン叩かないでよ。

 子供たちがビックリするだろう。

 

 開けても大丈夫だろうか?

 もし変質者や暴漢だったら、今の私で対処可能できる?

 最悪の場合は子供たちだけでも逃がさないと…

 金の卵を抱えたまま、私はどうするべきか思案中。

 その間にも、外の天使は扉を叩き続け『あにうえぇ』と叫び続けている。

 居留守使っていたら、このまま帰ってくれないかな?

 

「やむを得ん、ドアをぶち抜きますよ。いいですね、兄上!」

 

 よくないわボケ。

 我が家の玄関壊そうとするんじゃないよ。

 

「開けます!今開けますから、ちょっと待ってください」

「む?女の声…もしや」

 

 仕方ない開けるぞ。

 もしもの時は、旦那様からもらった魔道具を活用して切り抜ける。

 絶対に子供たちだけは守ってみせるんだから。

 覚悟を決めゆっくり扉を開けた。

 

「ど、どちら様ですか?」

「……」

「あの聞いてます?」

 

 扉を開けて顔を見せると、あれだけ騒いでいた天使は動きを止めて静かになった。

 彼の後ろに控えている数人の男女も同様に固まってしまっている。

 私はもしかして時を止める能力に目覚めた?

 そんなわけないな。

 

「強引なセールスや宗教の勧誘はお断りですよ?」

「………っ!ち、違います。我々は商人でも宗教団体でもなくて…ここに兄上が」

「アニウエなんて人はいません。お帰り下さい」

「いや、そんなはずは、ちょちょちょ!閉めないで!まだ話は終わってな」

 

 扉を閉めようとしたら、天使が翼を差し込んで来て邪魔をされた。

 よく見るとこの天使6枚翼じゃないか。

 旦那様以外で6枚の翼を持つ天使は初めて見たぞ。

 それにかなりのイケメンである。

 まあ、旦那様の方が何倍もカッコイイけどね!

 

「待って待って痛い!いたた!挟んでる!翼思いっ切り挟んでますって!コルニクス!あなたコルニクスですよね!」

「どうして私の名を?」

 

 天使が私の名前を呼んだので扉を再び開けた。

 折れ曲がりかけた翼を直した天使は、私に向き合い天界式の礼を取った。

 彼の従者たちもそれに続く。

 

「コルニクス、あなたのことはよく聞いておりますとも」

 

「私は熾天使ガブリゼル。兄上…ベルゼクティオの弟です」

 

 な、な、な、なんですってーー!?

 

 ●

 

 旦那様の弟〖ガブリゼル〗来襲。

 私は義理の弟天使を家の中に招き入れた。

 従者の人たちは外で待機するのでお構いなくらしい。

 お茶は、旦那様の好きなヤツでよかったかな?

 ササッと二人分の茶を淹れてからテーブ席に着いた。

 旦那様程ではないが、対面に座る天使(義弟)は絵になるほど美しい。

 

「突然押しかけて申し訳ない。私がここに来たのは…」

 

 何かを言いよどむ弟さん。

 未だ姿を見せない兄を探すこともなく、辛そうな表情を浮かべている。

 

「旦那様が亡くなったこと、ご存知なのですね?」

「ええ。最初は悪い冗談かと思いました。しかし、あなたを見て理解しましたよ…兄上は本当に逝ってしまわれたのですね…」

「昨日のことです。私もなんだか夢を見ているようで…」

 

 弟さんによると、旦那様は自分の死期が近いことを彼にだけは伝えていたらしい。

 そして、その時が来たら残された私と子供たちを頼むと言われていたのだ。

 

「わざわざ来てくれてありがとうございます。ガブリゼル様。私が至らないせいで旦那様がこのような目に…」

「何を仰います!兄上のことですから、どうせ最後の時まで秘密にされていたのでしょう。突然伴侶を失ったあなたの悲しみに比べれば、私など」

 

 私を慰めてくれる弟さんはいい人だ。

 もう、こんなできた弟がいるのなら紹介してくれたらいいのに。

 旦那様、私に男が近づくの滅茶苦茶嫌がったからなあ。

 町に出た時は道行く全ての男相手に威圧して回ったぐらいだ。

 まさか弟すらも警戒していたの?

 嫉妬深いところも可愛い人だったな。

 

「兄上が最高の伴侶を得たと自慢しておりましたよ。あなたに看取られて幸せだったことでしょう」

「そう…ですかね。そうだったら私も嬉しい、です」

 

 私はぎこちない笑みを浮かべた。

 今はまだ上手く笑えない。けれども弟さんは同調するように微笑んでくれた。

 

 さて、このまま旦那様の思い出を語り合いたいところだが、そうも言っていられない。

 ガブリゼルがここへ来たのは大事な話をするつもりのはずだ。

 

「すみません、姉上。大至急話さねばならぬ事があるのです」

「あね?……え?私に言ってます?」

「兄上の伴侶となられた方なら、私の姉も同然でしょう。これからは姉上と呼ばせて頂きます。私のことは下僕でも奴隷でも好きなようにお呼びください!」

「なんで!?」

 

 旦那様は一体弟にどう接していたのか?

 下僕だなんて呼べないよ。

 

「じゃ、じゃあ『ガブリゼルさん』でお願いします」

「くっ…私如きに『さん』付けなどと、なんとお優しい姉上か。一生リスペクトします!」

「大袈裟な」

 

 泣きながら喜ぶ程か?

 旦那様も変わった人だったけど、この人もちょっと変な人だ。

 

 ガブリゼルさん、初見時も思ったが大層な美青年である。

 短く切りそろえられた青い髪、知的な印象を与える銀縁の眼鏡が驚くほど良く似合っている。

 服装は身分の高い天使が好んで着るゆったりローブではなく、軍隊の正装らしき格好でビシッと決めている。

 優秀で仕事ができそうなメガネ男子が来ちゃったぞ!

 姫を守る守護騎士か執事として働いたら似合い過ぎる。

 

 そんなイケメンから姉上と呼ばれるのは、まあ悪い気はしない。

 旦那様一筋でなかったら胸キュン不可避だったよ。

 義理とは言え、素敵な弟ができて嬉しいな。

 何歳差かは考えたら負けです。

 

「姉上…そちらの卵が」

「そう、私と旦那様の子供たちですよ」

 

 話している間も大事に抱えていた金の卵。

 ずっとチラチラ見ていたけれど、やはり気になっていたようだ。

 ガブリゼルさんがよく見えるよう、タオルで包んだ卵をテーブルに置く。

 この卵、不思議なことに何故か自立するんだよね。

 コロコロと転がることもなく、安定感のある堂々とした立ち姿だ見せつける卵。

 さすが、私と旦那様の子供である。

 

「おお!この中に私の甥たちが…くぅぅ、なんと神々しい」

 

 ガブリゼルさんが金の卵を前に感動して悶えている。

 天使は中々子供が出来ない種族なので、身内が増えるのは純粋に嬉しいのだろう。

 

「初めまして、君たちの叔父だ。オッサンでもクソジジイでも好きに呼んでくれて構わんよ」

「ちょっとやめてください」

 

 この天使、人から蔑まれたい欲望でもあるのか?

 子供の教育に悪いので、珍妙な(へき)を見せないでほしい。

 

「姉上、至急話さなければならないのは、この子たちのことなのです」

 

 そうだろうと思ったよ。

 旦那様はとても強い力を持つ天使だった。

 その子どもたちもまた、父親の力を受け継いでいる可能性が高い。

 将来強力無比な天使に育つ我が子たち、それを天界のお偉いさんが放っておくと思えない。

 権力闘争に巻き込まれるとは勘弁して。

 

「お話が早くて助かります。元々天使は親だけで育児を行いません。天使の卵は天界の宝として大切に保護され〖揺り籠〗という神殿内で生まれる時を皆で待つのです」

 

 天界の育児事情初耳なんですけど!

 育児本とかあったら絶対熟読していたはずなのに存在しなかったんだよ。

 後世に伝えるべき大事なことは書物に残すなりしてほしかった。

 

 出産後の準備が全然足りていない。残念な母親それが私だ。

 本当に子育て甘く見過ぎていて、ごめん。

 正直に言うと、チートな旦那様が全部何とかしてくれると思ってました!

 ダメダメじゃないかぁ…

 

「つまり、その『揺り籠』という所に卵を持って行けばいいんですね」

「その通りです。そこでなら、大気中の魔力を集め卵に注ぐことができるのです」

「それは本当に助かります」

「卵が孵化するには大量の魔力が必要になり、金色ともなればその量は桁違いに多い。姉上ひとりでは到底賄えなかった事でしょう」

 

 私ひとりで育てる気満々だったけど、それだと子供たちが腹ペコで飢えちゃうところだった。

 危なかったぁ!

 ガブリゼルさんが来てくれて良かったよ。

 

「それで、子供たちいつ卵から出て来るんですかね?」

 

 急かしているつもりはないが、我が子の顔を早く拝みたい母親心なのよ。

 どんな子かなぁ。やっぱり旦那様似の双子イケメンかな。

 元気に生まれて来てくれたら何でもいいどね。

 

「平均ですと、孵化するのは20年後ぐらいですね」

 

 そっかぁ、20年か。

 ……………………は?

 

「はあぁぁぁあぁぁぁ!?に、に、にじゅう!20年って!長すぎでしょぉぉ!」

「いえ、普通です。兄上は孵化までに50年かかったと聞き及んでおりますが」

 

 天使の普通!私にとっては異常!

 てか、旦那様50年も卵のままだったの?聞いてないよ。

 天使は思ったより長命種だったのね!

 

「天使は頑丈な卵の中で育ち成体となってから生まれて来るのです。孵化してすぐ戦えますよ」

 

 何とだよ!

 生まれてすぐ戦闘状態になる状況がヤベェよ。

 天界ってそんなに危険な場所だったのか。

 

 成体で生まれるってことは、子供たちは大人になってる状態なんだよね。

 赤ちゃんからの成長過程が見れないの、ものすっっごく残念!!

 

「我々天使には神より賜った重大な使命が…まあ、これは後ほどでよいでしょう」

 

 良くないよ。

 うちの子たちに何させる気だよ。

 旦那様に託された大事な命を危険な目にあわせるなど許しませんよ!

 

「心得ております。この子たちは私にとっても大事な家族、必ず守り通します」

 

 なんて頼もしいガブリゼルさん。

 旦那様~、弟さんとっても素敵なイケメンですね。

 

「20年は想定外です。私…おばちゃんになっちゃう…」

「そんな事ありません!例えババアになろうとも、20年程度で姉上の美貌が崩れるはずはない」

 

 ババアとまでは言っとらん!

 あのさぁ、私ただの人間だよ。

 20年経ったら、立派なアラフォーですぞ。

 何百年も生きるような種族と一緒にしないでほしい。

 

 生まれて来た子供たちに『誰このババア?』とか言われたらむせび泣く。

 アンチエイジング今から始めようかな。

 

「姉上、本題はここからです」

 

「お察しの通り、兄上ベルゼクティオは天界では知らぬ者のいない有力者です」

 

「兄上が亡くなったこと、そして子供が生まれたことは、すぐにでも天界中に広まるでしょう」 

 

「そうなれば、子供たちを利用して良からぬことを企む輩が必ず出て来ます」

 

「不逞の輩が真っ先に狙うのは、間違いなく姉上の御身」

 

 つまり、子供たちだけでなく私も狙われる可能性があるということか。

 天界の政治や権力がどうなっているのか詳しくはないが、子供たちが利用されるのは御免被る。

 もちろん、私が人質となってしまい迷惑をかけるのも我慢ならない。

 私は子供たちの足枷にはなりたくない。

 

「姉上……私は大変心苦しい進言を申さねばなりません」

「続けてください」

 

 苦虫を嚙み潰したよう顔でガブリゼルさんは告げる。

 

「このまま天界に居ては危険です。すぐにでも地上にお戻りください」

 

 私の存在が天界に争いの火種を生む。

 まったく、生まれるのは愛し子供たちだけにしてほしい。

 地上に戻るのは構わない、けれど…

 

「この子たちを置いていけと…そう、言うのですね?」

「…………はい」

 

 卵に魔力を供給する『揺り籠』なる施設は天界にしかない。

 私が子供たちと一緒に地上に逃亡してしまったら、きっと…

 

 子供たちは死んでしまう。

 

 ダメだダメだダメだ!それだけはダメだ!

 私の、私と旦那様の大事な子供たちが卵のまま死んでしまうだなんて、そんなの悲しすぎる。

 それだけは許してはいけない。

 私は何があっても子供たちを守ると誓ったのだから。

 

「子供たちは我が命に代えても守り抜きます。ですから、どうか、ご決断を…」

 

 ガブリゼルは深く頭を下げた。

 彼の誠実な気持ちが伝わって来る。

 本当に命懸けで子供たちを守ってくれる人だ。

 そう信じられる。

 

 私はひとり地上に戻り、子供たちは天界で卵から生まれる時を待つ。

 成人してしまえば、子供たちは自らの力で敵を倒すことができるはず。

 それまで、私は待っていればいい。それだけだ…

 

 20年…天使からすればたった20年なのかもしれない。

 しかし、人間の私からすれば20年の月日はあまりにも長い。

 そんな長い期間、子供たちと離れ離れで私は耐えれるのだろうか?

 

「いやだ…いやぁ…この子たちと離れるなんて、そんなのひどい…」

「姉上…」

「旦那様がいなくなったばかりなのに、私やっぱりひとりになっちゃう…」

 

 顔が見えなくたっていい、ずっと傍で卵を見守っていたい。

 母として当然の幸せを私は奪われてしまう。

 本当にひどい話だ。

 私はただ、愛する者と一緒にいたいだけなのに…

 

 どうしてだろう?

 なぜ私は奪われてばかりなのか?

 そんなの決まっている。

 

 私が弱いからだ。

 

 私がただの弱い人間だから、いつも奪われる。

 旦那様がいてくれて安心しきっていた自分が恥ずかしい。

 このままだと一生奪われ続ける人生を繰り返してしまう。

 そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。

 子供たちは、あの子たちだけは、絶対に失いたくない。

 

 だったらどうする?

 このまま泣いているだけか?

 瀕死の旦那様を前にして、そうするだけだったみたいに…

 己の無力さに対する激しい憤りが胸中に渦巻く。

 

 弱いままの私で、情けない母親のままで、いいわけがない!

 自分のために、何より子供たちのために、私は強くならないといけない。

 

 だったら、やるべき事はわかっている。

 感情も身を切るような心の痛みも全部無視して、我が子にとっての最善策を選ぶのだ。

 嗚咽を漏らさぬよう唇を強く引き結んだ隙間から、止めどなく鉄錆の味が広がっていく。

 そして私は震える声で言葉を紡いだ。

 

「この子たちを…どうかよろしくお願いします」

 

 ガブリゼルよりも更に深く頭を下げる。

 声を出さないのが精一杯、目から涙が溢れるのを止められない。

 お願いしますだなんて、本当は言いたくなかった。言いたくなかったのだ。

 でも、弱い私が選べる最良の道はこれしかないのだ。

 私に子供を託した旦那様も、さぞや歯痒い思いをしたのだろうな。

 あの人だって子供たちに寄り添っていたかったに違いない。

 

「賢明なるご決断、兄上も誇りに思うことでしょう。もちろん弟である私もです」

 

 そう言ってくれると少しだけ気が楽になる。

 でも、涙は止まってくれない。

 

 私はどうして人間に生まれてしまったのだろう。

 強い力を持つ天使の女として生まれて旦那様と結ばれていれば、こんな決断をしなくて良かったはずだ。

 人間だったことをこんなに後悔する日が来るとは思わなかった。

 

「それは違います。種族など関係ありません。兄上はあなただからこそ愛したのです」

 

「あなたがいたから兄上は満たされたのです。その証拠がこの子たちですよ」

 

「顔を上げてください姉上。あなたは天魔王ベルゼクティオが認めた最高の妻であり、母親なのですから」

 

 ガブリゼルの言葉が身に沁みる。

 本当に旦那様と兄弟なんだな。

 彼がここにいたら、きっと同じようなことを言って元気づけてくれたと思う。

 

「私、母親失格ですぅ……うぅ…ああ」

「そんなことありません。どうかその様なこと…う…私までもらい泣きを…」

「うあぁぁぁぁぁぁぁ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、弱くてごめん、本当にごめんなさい…旦那様」

「くっ…兄上のバカヤロウ!こんなにいい人を遺して逝くなんて、天使の風上にも置けない本当に大バカヤロウですよあなたは!」 

 

 私はガブリゼルと抱き合って泣いた。

 心配した従者が様子を見に来ても、しばらく泣き続けた。

 昨日の今日で私の涙腺は完全にぶっ壊れている。

 今なら、リリアナとか言う人型汚物を見ても泣きそうだ。

 

 金色の卵はそんな私たちを静かに見守っていた。

 

 ●

 

 泣き腫らした目で私たちは今後について話し合った

 旦那様はもしもの時の遺言をガブリゼルに託していたようで、その辺りの話は割とスムーズに進んだ。

 従者の人たちも協力してくれて、天界の法に合わせた諸々の手続きも代行してくれる手筈だ。

 ありがてぇ!

 浮遊島と家、そこに存在する物品の全てが私の物になった。

 貴重な薬や魔道具もたくさんあるのだが、こられは私が地上に持っていっても構わないとのことだ。

 本当にありがてぇぇ!!

 管理できない島や家はガブリゼルにお任せする。

 私と旦那様の思い出が詰まった場所だけど、持っていけないのなら仕方ない。

 偶の休日に別荘として使ってくれたら御の字だ。

 

「それでは明日の朝迎えに上がります」

「何から何までありがとう、ガブリゼルさん」

「とんでもございません。弟として当然の務めをしたまでです」

「それでもありがとう。あなたが来てくれなかったら、何もわからずひとりで泣いていたわ」

「お力になれたようで幸いです。では、本日はゆっくりとお休みください」

 

 義理の弟は去り際も紳士だなあ。

 女性に優しいのは兄弟そっくりね。

 

 遺産相続も終え、今後の方針も決まった。

 私は地上に戻り子供たちは天界に残る。

 20年という長期間、私たち親子は離れて生きていく。

 辛いな…本当につらいよ。

 

 猶予は残り半日、半日で私はとても大事なことを決めなくてはならない。

 そう!子供たちの名前を付けるのだ。

 

 名前とは親から子への最初のプレゼント。

 間違ってもトンヌラなどと名付けてはいけない。

 旦那様みたいな、カッコいい名前を考えないとね。

 

 ・・・・・・・・・

 

 メッチャ悩んだ挙句、前世の偏った知識も動員して何とか決定した。

 一生懸命考えた子供たちの名前を発表するぞ。

 じゃんじゃじゃーん!

 

「魔力に大きな聖素を感じるあなたは、ミカエリアス」

 

「魔素たっぷりの魔力を持つあなたは、ルシフェルト」

 

 〖ミカエリアス〗と〖ルシフェルト〗

 強そうな名前でしょ?

 旦那様のベルゼクティオにも負けていないと思うんだよね。

 

「どう?気に入ってくれたかな?」

 

 金の卵を撫でながらお伺い立てると、双子の魔力が跳ねたのを感じる。

 良かった、喜んでくれたらしい。

 名前が決定したので、改めて名乗らせてもらおう。

 

「私はコルニクス、あなたたちのお母さんだよ」

 

「ミカエリアス、ルシフェルト、二人ともよろしくね」

 

 金の卵を抱きしめながら頬ずりする。

 どんな子に育つのだろう?今から楽しみで仕方がない。

 ふふ、想像するだけで頬が緩んでしまうぞ。

 我が子とはこんなにも愛おしい存在なのだとしみじみと思った。

 

「ずーっと大好きだからね」

 

 どんなに離れても、愛してるよ。

 

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「美少女に転生して男を揶揄ってみたい。」▼そんな願望を抱いていた男が何の因果か美少女に転生するも全然男を揶揄うことは出来ず、唯一関わりのある生意気な弟分の少年を可愛がる話。ただし少年の性癖は歪められているものとする。▼※小説家になろうにも掲載しています


総合評価:998/評価:8.53/短編:2話/更新日時:2026年03月13日(金) 00:10 小説情報


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