We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「どうだ、ここは」
「う、うん」
冒険者ギルドから少し離れた、都市の外縁部。
外壁にほど近い一角に、その家はあった。
家そのものはやや小ぶりだったが、二人で暮らすには十分な広さがある。
カリムを散々急かした末、彼が手頃な家を見つけてきたことに、アンティリーネは内心で少し誇らしさを覚えていた。
それでも、やる時はやる男なのね。
やっぱり、頼もしい男なのね。
「結構いいところを見つけたじゃない」
冒険者ギルドからも遠くなく、かといって街の中心から大きく外れているわけでもない。
そして何より、あの奇怪で巨大な彫像がここからは見えない。
それが一番安心できた。
初めてあれを目にした瞬間、全身が冷たく凍りつくような感覚を覚えた。
カリムがすぐに落ち着かせてくれたからよかったものの、そうでなければ、その場でまた醜態を晒していたかもしれない。
「うん。中も快適そうね」
アンティリーネの称賛に、内心気分を良くしたカリムは、扉を開けると、少し大げさな身振りで先に入るよう促した。
それを見たアンティリーネは、まるで女王にでもなったような気分になり、くすりと笑って中へ入った。
快適だ。
家の中を見て、最初に抱いた感想はそれだった。
特別に贅沢というわけではない。
かといって、どこか足りないような感じもしない。
長く空き家だった割には埃も少なく、家全体がよく整えられているように見えた。
「へえ」
一般的な家庭の家とは、こういうものなのだろうか。
人生の大半を聖殿の内部で過ごしてきた彼女にとって、この素朴な空気はとても久しぶりのものだった。
まるで、幼い頃の記憶が次々と蘇ってくるようだった。
嫌なこともたくさんあった。
それでも、良いことも確かにあった。
「ナズルおばさん」
アンティリーネは、懐かしい名前を静かに呟いた。
あの時は、まったく考えもしなかった。
もし、おばさんが今まで生きていたなら、どうなっていただろう。
一緒に幸せに過ごしながら、自分が今まで気づけなかったものに、もっと早く気づけただろうか。
それとも、結局は今と似たような人生を送ることになっていただろうか。
分からなかった。
そもそも、そんなことを考えたこと自体、ほとんどなかったのだから。
──だからだろうか。
アンティリーネは、昔の自分とナズルおばさんの姿を、目の前の家に重ねていた。
もし、そんな未来があったなら。
そう思いながら、静かに家の中を見つめ始めた。
少し成長した自分のために、丁寧に温かい食事を作ってくれるナズルおばさん。
それを幸せそうに、感謝しながら食べる自分。
誕生日を祝って贈り物をくれるナズルおばさん。
それを胸いっぱいの喜びで受け取る自分。
行動できる範囲は限られていたとしても、仲良く部屋の中で過ごす二人。
ナズルおばさんの仕事を手伝う自分。
もしかすると、それこそが、自分がずっと望んでいた未来だったのではないか。
恨めしかった母親と、忌まわしい血を受け継がせた父親に、本当は望んでいたものだったのではないか。
そうして、ふと思う。
もし、自分がまともな家庭で育っていたなら。
もし、自分にもまともな両親がいたなら。
「!」
どれくらいの時間が流れただろうか。
いつの間にか近づいていたカリムが、後ろから彼女を抱きしめていた。
突然の感触に少し戸惑った。
けれど、すぐに心が安らいでいくのを感じた。
「どうしてそんなに悲しい顔をしているんだ、アンティリーネ」
「そんな顔、してないわ」
彼に表情を見せたわけではない。
それなのに、すべて見透かされたのだろうか。
そう考えると、今の自分がどんな顔をしていたのか、おおよその見当はついた。
過去への切なさ。
そして、悲しみ。
その感情をそっと胸の奥へ畳み込み、アンティリーネは抱かれたまま静かに彼の胸へ寄りかかった。
「あの。これからも、ここにずっと住むのよね」
「ん? 急にどうしたんだ。最初からそう言ったじゃないか。まあ、いつか別の場所に引っ越すかもしれないけど、今のところはここだろう?」
間違いなくここが俺たちの家だ。
ここが新しい住処だ。
そう言ったにもかかわらず、彼女がもう一度尋ねてきたため、カリムは少し不思議に思った。
だが、家に入ってからの彼女の様子を思い返し、すぐに理解した。
以前、彼女が話してくれた過去の記憶。
おそらく、それに触れたのだろう。
そう思い至ると、カリムはさらに優しく彼女を抱きしめた。
──そうして二人は、新しい住処の中で何も言わず、互いの体温を感じながら、しばらくそのままでいた。
静かだった。
けれど、気まずくはなかった。
温かかった。
けれど、退屈ではなかった。
全身で平穏を感じながら、アンティリーネは小さく安堵の息をついた。
これからも、この平穏が続きますように。
いつも、こんな空気が保たれますように。
ようやく取り戻した幼い頃の欠片が、夢ではありませんように。
魔導国に敗れ、監獄に閉じ込められていた時のように、彼女は心の中で祈った。
そして、いつものように。
今回の祈りも、きっと彼が叶えてくれるのだろうと思った。
────────────
「新しい住処での初夜か」
時間は流れ、いつの間にか深夜になっていた。
余韻に浸ってしまい、きちんと片付けができなかったのは少し残念だった。
それでも二人は、ついに自分たちだけの家を手に入れたことに誇りを感じていた。
これからの時間はたくさんある。
片付けなど、ゆっくり進めていけばいい。
「ん?」
もう定住したのだから、冒険者登録をした後は、いよいよ本格的な異世界生活を楽しめばいいのだろうか。
そんなふうにこれからの未来について考えていた時、アンティリーネが彼の隣へ横になった。
その瞬間、カリムは息が止まりそうになった。
彼女が先に、こういう行動を取ったのは初めてだったからだ。
もちろん、恋人同士になってから、彼女の方から腕を組んできたり、胸や肩に寄りかかってきたりすることはあった。
しかし、今のように自分から隣へ来て横になるのは初めてだった。
数十年もの間、『漆黒聖典』の『絶死絶命』という仮面と、不幸な家庭環境の下で抑え込まれてきた孤独。
そして、人間らしい感情。
それらが、自分をありのまま受け入れ、時には道化を買って出てまで慰めてくれる彼に向かって、不器用な愛情表現として少しずつ表に出てきている。
そんな気がした。
「何。入っちゃ駄目なの?」
カリムがわずかに戸惑った気配を見せると、アンティリーネは何でもないことのように、今度は自分がしらばっくれて言った。
その姿に、カリムは少しだけ間を置いた後、そのまま彼女を抱き寄せた。
「ふっ。弱点って、本当みたいね」
俺の弱点は、アンティリーネ、お前だ。
約一ヶ月前、大きな手合わせが終わった後、彼女に言った言葉だった。
その言葉を覚えていたのか。
カリムは小さく微笑んだ。
「いやあ。綺麗で、強くて、その上、今見ると頭までいいんだな」
アンティリーネが、まるで今回は私の勝ちね、とでも言うような言葉を口にすると、カリムは少し意味を変えながらも、彼女の強さを素直に認めた。
その言葉を聞いたアンティリーネは内心で誇らしくなり、彼には見えない角度で勝利の微笑みを浮かべた。
そうして、体をもう少し彼へ密着させ、腕の中にすっぽりと収まる。
そんな彼女の行動に、カリムは彼女のうなじへ軽く口づけた。
「……あの。明日、冒険者登録しに行くんでしょ?」
「ん? ああ。先に済ませておかないとな」
首筋に軽い息遣いを感じ、アンティリーネは体を少し震わせながら言った。
バハルス帝国にいた頃からしていた約束。
新しい家も手に入れた。
次は職業を得なければならない。
そう。
冒険者登録だ。
もちろん、カリムのインベントリには大量の金貨が積まれている。
文字通り無限と言ってもいいほどで、少し誇張すれば、竜王国程度の国ならすぐに買えてしまうのではないかと思えるほどだった。
おかげで、一生働かなくても生活には困らない。
それはそれで面倒がなく、カリム自身も嫌いではない。
しかし、だからといって一生何の仕事もせずに過ごすのは、あまりにも退屈なのが目に見えていた。
何かをして過ごす方が、精神衛生上も良いだろう。
それに何より、もし将来子供が生まれた時、親に職業がある方が教育にも良い影響を与えるはずだ。
──そうして、カリムがしばらく未来について考えていると、いつの間にかアンティリーネは彼の方へ体を向け、少し眠そうな目で見つめていた。
「何をそんなに考えてるの?」
カリムがずっと自分を抱きしめたまま何も言わず、何かをする様子も見せない。
それが気になったアンティリーネは、重たそうなまぶたをしながらも、はっきりと彼を見つめて尋ねた。
どこかぼんやりしているようで、それでいて何かを慎重に考えているような眼差しだったからだ。
「え? ああ。ただ、子供ができたらどうすればいいか、みたいなことを考えていたんだ」
「子供? 子供って……な、何?」
カリムが何気なく恥ずかしい単語を口にした瞬間、アンティリーネの顔が一気に熱くなった。
以前、自分が言った言葉。
そして、初めて彼と結ばれた夜。
それらが重なって蘇る。
もし、万が一、本当にこの男の子供を宿すことになったら。
その時、自分はどんな気持ちになるのだろう。
そして、どうやって育てればいいのだろう。
少なくとも、私みたいにはなってほしくないけれど。
様々な思いが頭の中を巡り、アンティリーネはそのまま彼の胸元へ顔を埋めた。
「なんだ。どうしてまた耳がそんなに赤くなってるんだ」
カリムは少し悪戯っぽい声でそう言いながら、彼女の頭を優しく撫でた。
違うと言いたかった。
けれど、あまりにも恥ずかしくて、抱かれたまま小さくもごもごと呟くことしかできなかった。
その姿に、カリムは彼女の温かな体温と小さな息遣いを感じながら、さらに強く彼女を胸へ抱き寄せた。
アンティリーネもまた、そんな彼の行動に自分の体を完全に委ねた。
──そして二人は、前回と同じように互いへ惹かれるまま、互いの体温と存在を求め合い、再び結ばれた。
前回が、恋人になった記念の、不器用でぎこちない夜だったとすれば。
今回は、自分たちだけの住処を持った記念の、ほんの少しだけ慣れた夜だった。
夜は更けていき、やがて夜明けへ向かっていく。
その時間の中で、二人の距離はさらに近づいた。
新しい住処で。
まだ訪れていない、けれどいつか迎えるかもしれない未来の話をしながら。\
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。