We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「もっと見たかったんだけどな」
「……ふん」
一騒動が終わった後。
部屋に鍵をかけていたアンティリーネは、少し落ち着いたのか、ようやく扉を開けて出てきた。
当然、服はすでに着替えた後だった。
カリムはそんな彼女を見て、にやにやとからかうように笑う。
アンティリーネは、二度とあんな服は絶対に着ないと心に誓いながら、無言でカリムの尻を蹴り飛ばした。
「俺がどれだけ期待してたか」
「ワハハハ! 分かった、分かったって。次は本当に素敵なものをあげるから、もう一回────おっと!」
アンティリーネの攻撃が絶え間なく続くと、カリムは少し滑稽な体勢で彼女の蹴りを避けた。
「絶対に! 二度と! 着ないから!」
アンティリーネは、隠しきれない恥ずかしさを全身で表しながら言った。
もちろん、カリムはそんな彼女の感情を、にやにやとした顔で受け流すだけだった。
──そうして、和気あいあいとした平和な一日を過ごしていた頃。
家の周辺で、不吉な気配が捕捉された。
カリムとアンティリーネは、ほとんど同時にその気配を捉え、警戒するように扉の方を見つめた。
そして、その不吉な気配が、魔導国のあの怪物のような連中よりは比較的弱いものだと気づくと、アンティリーネの代わりにカリムが先に扉へ近づいた。
「──ああ、何の用だ」
まるでカリムが扉の前に立っていることを知っているかのように、ノックの音は規則正しく、しかし丁寧に響いていた。
彼は少し間を置いてから、扉を開ける。
訪ねてきたのは、魔導国から送られた使者だった。
見た目だけなら、下級アンデッドのようにも見える。
だが、感じ取れるレベルは八十前後。
到底、ただの下級アンデッドではなかった。
「ご機嫌よう、カリム殿。このように突然お訪ねした非礼をお許しください」
できる限り丁重に振る舞っているそのアンデッドは、不快なほど甘く、ねっとりとした口調で挨拶をした。
カリムは内心、今すぐ斬り捨ててやりたいと思った。
だが、そうしたところで得られる利益は一つもない。
そのため、ひとまずそのアンデッドの話を聞くことにした。
「ふむ。少し、外でお話しすることは可能でしょうか」
「いいだろう」
アンデッドの提案に、カリムはあっさりと応じた。
たとえ見た目が下級アンデッドであろうと、魔導国の者の顔をアンティリーネに見せるのは良くない。
それが彼の考えだった。
カリムは軽く、アンティリーネへ無言のメッセージを送る。
大丈夫だ。
大したことじゃない。
すぐに終わらせる。
それを感じ取ったアンティリーネは、軽く頷いた。
「さあ、早く終わらせようぜ」
外へ出たカリムは、少し面倒そうな表情で言った。
「ハーフエルフを引き取る際に交わした約束、覚えておいででしょうか」
「覚えてるとも。なんだ、大きな危機が迫ったら、先鋒として来いって話だろ? 当然覚えてるさ」
「今回は、その件ではありません。七大罪の魔王たちが、この世界へ渡ってきました」
「……何?」
危急の状況において、我々が呼べば先鋒として、尖兵として来い。
ナザリックの監獄からアンティリーネを連れ出したその瞬間から、何度も聞かされた内容だった。
最初、カリムはまたその話をしに来たのかと思った。
こいつらも懲りないな。
そう思い、適当に聞いて、適当に追い返すつもりでいた。
だが、アンデッドは軽く首を横に振った。
そして、カリムがまったく予想していなかった内容を口にした。
その言葉に、カリムは少し荒唐無稽なものを見るような表情で、アンデッドを睨みつけた。
「ワールドエネミーが、この世界に渡ってきただと?」
先ほどのアンデッドの言葉が事実であれば、とてつもなく衝撃的なことだ。
ワールドエネミー。
それは一体一体が世界滅亡を招きかねない存在であり、レベル百のギルドメンバーが複数集まっても、レイドに失敗しかねないような怪物たちだった。
それが一体どころか、複数渡ってきた。
非常事態という言葉ですら、まだ足りない。
「もちろん、通常であれば、ワールドエネミーたちがこちらへ渡ってくる可能性は極めて低いものでした。しかし、現実世界側のあるプレイヤーが人為的に『大崩壊』を引き起こしたことで、状況が変わったのです。その時に発生した『大崩壊』の影響により、一部のワールドエネミーたちが、この世界へ渡ってきたと考えられています」
「……何だと?」
アンデッドは続けて、さらに衝撃的な言葉を告げた。
その言葉から、カリムは強い違和感を覚えた。
ユグドラシルから異世界へ転移する現象。
それはまるで、何者かが対象を選別しているかのようにも聞こえる。
そして今回転移した存在は、他の存在とは違い、何らかの目的のために異世界転移の条件を知った上で来たような印象すらあった。
さらに、その影響で一部のワールドエネミーたちも一緒に渡ってきたという。
だとすれば、七大罪以外のワールドエネミーたちも、この世界へ渡ってきた可能性がある。
──もちろん、多くのワールドエネミーが神話や宗教に関わる名を持つ存在である以上、異世界の人々が上手く対処できれば、彼らがこの世界の神のような存在として、現地の者たちと交流する可能性もあるかもしれない。
だが、それはあまりにも楽観的すぎる考えだった。
「まあ、彼らが渡ってきたこと自体は事実のようですが、不幸中の幸いと申しましょうか。『大崩壊』の影響により、現在はこの世界のどこかで療養中です」
カリムが深刻な表情で考え込む中、そのアンデッドは彼の様子など気にすることなく言葉を続けた。
「どこかで、か。実に都合のいい話だな。位置は分からないのか? 療養中なら、今すぐ行って息の根を止めてやればいいだろうに」
続くアンデッドの言葉に、カリムは当然の疑問をぶつけた。
原因が何であれ、渡ってきた存在が療養中であるなら、位置を突き止めて今すぐ潰してしまえばいい。
それが一番早い。
「正論です。ですが、申し上げた通り、正確な位置は分かっておりません」
正確な位置が分からない。
その言葉に、カリムの表情は荒唐無稽なものを見る顔から、険しい顔へと変わった。
そうだ。
もしかすると、すべて嘘である可能性もある。
そう考えると、そんな表情になるのも無理はなかった。
「……それで、位置も分からないそいつらを、俺が直接探し出して、一体一体全部処断すればいいのか?」
そしてカリムは、魔導国を試すつもりで、あえてあり得ない提案を口にした。
「いいえ。そうして頂ければ、当然ながら大変助かります。しかし、そこまでして頂く必要はありません。位置はこちらで現在も追跡中です。カリム殿には、奴らの位置が判明した時、その状況に応じて対応して頂ければ結構です」
少し鋭く、神経質なカリムの返答に対し、アンデッドは今回も首を横に振った。
そして、相変わらず柔らかな口調で言葉を続ける。
「────分かった」
「では、私はこれで失礼いたします」
無言の圧力にも、アンデッドは自分の言うべきことだけを言った。
そして用件をすべて終えると、そのまま忽然と姿を消した。
その姿に、カリムは苛立ちに満ちた表情を浮かべる。
伝えることがあるなら、緊急の件として冒険者ギルドに招集された時に伝えれば済んだはずだ。
それなのに、自分たちの首都であるにもかかわらず、わざわざこんな陰気な形で訪ねてくる。
そのやり方が、カリムには妙に不快だった。
平和な雰囲気の中で、久しぶりに目の保養になる、とてもいいものを見物していたというのに。
それを邪魔するとは。
カリムは、いつか機会があれば、あの骸骨野郎にきっちり借りを返してやろうと固く誓った。
「……あいつら、帰ったの?」
「帰ったよ」
あのアンデッドが完全に消えたことを確認したカリムは、少し不快そうな表情のまま家の中へ戻った。
その姿を見て、アンティリーネはどこか不安げな様子で尋ねる。
もちろん、あのアンデッドに怯えたわけではない。
ただ、そのアンデッドが魔導国から来たという事実が、彼女の心をざわつかせていただけだった。
「急にどうして訪ねてきたの?」
監獄から出て以来、近寄りもしなかった者たちが、再び顔を見せ始めた。
そのことに、アンティリーネは少し不安そうな声で言った。
「……大したことじゃないよ。少なくともな」
カリムはそんな彼女を見ながら、できるだけ安心させるように話した。
少なくとも、君の話ではなかった。
少なくとも、スレイン法国に関する話でもなかった。
そう伝えるように、声を落ち着かせる。
「代わりに、七大罪の連中がこっちへ渡ってきたとかでな。位置が分かったら、俺に先鋒として立てと言い残して帰ったよ」
「七大罪?」
やや聞き慣れない単語がカリムの口から出ると、アンティリーネは首を傾げた。
その姿を見たカリムは、少し悩みながら、短い沈黙を置いた。
現時点で、彼女はまだポテンシャルをすべて開花させたわけではない。
そして、魔導国に対する恐怖心もまだ完全には消えていなかった。
そんな状況で、ワールドエネミーについて話しても大丈夫だろうか。
自分が傍にいるとはいえ、それでも大丈夫だと言い切れるだろうか。
「────それについては、もっと詳しいことを後で話すよ。今はまだ、その時じゃない」
まだ、その時ではない。
そう判断したカリムは、あのアンデッドとの会話の内容を、七大罪の魔王のことを、ワールドエネミーのことを、彼女には話さなかった。
「……分かった」
不快感と深刻さに満ちた彼の表情を見て、アンティリーネは少しだけがっかりした。
だが、カリムがそんな表情をするのは初めて見た。
何より、自分はまだ、カリムの攻撃を数合どうにか受け流すのが精一杯だ。
だからこそ、カリムの判断に黙って従うしかなかった。
「────」
黙って従いはした。
だが、その表情には失望と怒りが滲んでいた。
それを見たカリムは、静かに彼女を抱きしめた。
アンティリーネは、カリムが自分を抱きしめると、そのまま彼の胸に身を預けた。
腕の中で、失望と怒りを静かに和らげていく。
体はわずかに震えていた。
だが、声も涙もなかった。
ただ静かに、感情を消耗させているだけだった。
カリムもまた、静かに彼女の背中を軽く叩くだけだった。
「ごめん、アンティリーネ」
二人は何の言葉も交わさず、お互いの感情を確認し合うように、ただ体温を感じていた。
少しの時間が流れた後、カリムが先に沈黙を破った。
「ううん、大丈夫」
カリムの謝罪に、アンティリーネはまだ彼の胸に抱かれたまま答えた。
少しもごもごとした声だったが、先ほどよりは確実に落ち着いていた。
「……後で、ちゃんと教えてくれるわよね?」
「もちろん」
後で。
ここからさらに強くなったら。
今日あったことを、必ず教えてほしい。
そんな彼女の言葉に、カリムは軽く笑って答えた。
時間がもっと経てば。
そして、それに伴って彼女がさらに強くなれば。
必ず話す。
そう約束しながら、カリムは心の中で固く誓った。
たとえワールドエネミーが脅威をもたらすとしても、ユグドラシルでの記憶を呼び起こし、すべて叩き潰してやると。
時間はまだ、昼過ぎだった。
カリムは、まだ憂鬱な気分の残るアンティリーネを、できる限り元気づけるように慰めた。
そして彼女が一番好きな鍛錬をするために、二人は一緒にベースキャンプへと向かっていった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。