We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「────それでは、この老いぼれはこれにて失礼しよう。準備はしっかりとな、カリム殿」
ある日突然訪ねてきた客人は、翌日の昼前、二人と軽く挨拶を交わし、法国へ帰っていった。
マクシミリアンは、とてつもなく衝撃的な事実を聞かされた。
だが、その内容は誰にも話さないことで合意した。
番外席次に関する件については、法国の者たちもある程度は推測しているようだった。
しかし、魔導国との交渉内容については、知られたところで良いことなど何一つない。
それが三人の共通した判断だった。
「ああ。日取りが決まったら、その時に来てくれ」
軽く見送りを終えた二人は家の中へ戻った。
それからしばらくの間、室内には少し気まずい空気が流れていた。
特に、アンティリーネはなおさらだった。
昨日聞かされた交渉の内容が、彼女の想像を遥かに超えるものだったからだ。
この世界へ来て間もない時期に、自分とは何の関係もなかった法国の人々まで背負おうとした。
強さだけではない。
その度量さえも、普通の存在とは比較にならないほど大きかった。
アンティリーネには、その大きさを到底測りきれなかった。
本当に、神のようだった。
「暇だな。どうだ、アンティリーネ。手合わせでもするか?」
「あ……」
長い沈黙が続く中、先に口を開いたのはカリムだった。
「まだ日取りは決まってないが、本格的に準備が始まったら忙しくなるかもしれないからな。どうだ?」
「────うん。そうしましょう」
アンティリーネは、いつものようにカリムの提案を受け入れた。
暇でもあった。
それに、このまま気まずい空気の中にいるよりは、何かしている方がずっと良かった。
なかなか話すきっかけを掴めずにいたが、おかげで重苦しい雰囲気を少しだけ吹き飛ばすことができた。
アンティリーネは普段以上に気持ちを集中させ、ベースキャンプへ向かう準備を始めた。
───────────
「────それで、今日はどうだった?」
ベースキャンプへ上がった後。
アンティリーネは到着するやいなや、久しぶりにカリムへ奇襲を仕掛けた。
二人の手合わせは、そうして始まった。
カリムはある程度予想していたのか、すぐさまインベントリからアイテムを取り出して応戦した。
今回彼が取り出したのは、普段使用していた平凡なロングソードではない。
刀身全体が青い光を帯びた剣だった。
使用するアイテムの段階が上がった。
そう直感したアンティリーネは、武技へさらに力を込めた。
「────それで、どうだった、今日は」
「ああ。もうこの程度なら、そこそこ……いや、かなり良い感じだ」
カリムは速度を八割強まで引き上げていた。
力にはまだ相当な余裕を残していたが、それでも五割を超えている。
使用する武器も以前より上位のものに変えていた。
それにもかかわらず、アンティリーネは三十合まで彼の攻撃を受け流し、前回と同じく一度の有効打を与えることに成功した。
結果だけを見れば、前回と大きな違いはない。
だが、前回の有効打が偶然に近いものだったとすれば。
今回の有効打は、明確に彼女自身の実力によって生み出されたものだった。
そこには大きな違いがあった。
──レベルは、そうだな。九十三。あるいは九十四辺りか。
そして、純粋な戦闘技術だけを見るなら、すでにレベル八十台前半の領域を上回っている。
カリムはまだ、この世界のすべてを見て回ったわけではない。
それでも、現在のアンティリーネであれば、状況にもよるが、あの骸骨野郎のようなユグドラシル由来の存在を除けば、瞬殺されるようなことはまずないだろう。
さらに範囲をこの世界の原住民に限定するなら、肩を並べられる者は事実上ほとんどいない。
それほどの領域にまで到達していた。
「うん、そう? そこそこ、か。残念だわ。もう少し耐えられると思ったのに」
かなり疲労しているはずだった。
それにもかかわらず、アンティリーネはまだ多少の余裕を残しているように、元気よく身体を伸ばしながら言った。
「まあ、それでも毎回思うことだが、確実に凄いぜ、アンティリーネ。もう少し鍛えれば、ユグドラシルから来た存在を除いて、近接戦では敵無しになりそうだけどな」
声こそ明るかったものの、どこか残念そうな感情を見せるアンティリーネに、カリムは冗談めかしてそう告げた。
若干のリップサービスは含まれていた。
だが、嘘ではない。
総合的なレベルや能力を見れば、当然まだ惜しい部分は存在する。
しかし、純粋な近接戦闘だけに限定するなら、すでに最強と呼ぶにふさわしい領域へ近づいていることは確かだった。
「ふふっ。そう言われると、誇らしいわね」
最初の手合わせの頃と比べれば、とんでもない違いだった。
彼女自身にも、その変化ははっきりと実感できる。
今の自分が、当時の自分と戦えばどうなるか。
圧倒的な差で勝利できる。
そう確信できた。
これほど強い自信を抱いたのは、本当に久しぶりだった。
「うーん。じゃあ、あのダークエルフともう一度戦ったら、どうなるかしら」
アンティリーネは小さく呟いた。
答えが分からなくて尋ねたわけではない。
どのような言葉が返ってくるかは、ある程度予想していた。
ただ、カリムの客観的な見解を聞いてみたかった。
カリムもまた彼女の意図を理解し、率直な評価を返した。
「当然だろうが、最終的な結果は同じだろうな。だが、今のお前なら、以前のように一方的に力負けすることはないだろう。たとえ敗北しても、少なくとも逃げることはできそうに見える」
「そう?」
「ああ。何より、今のアンティリーネは、予想外のことが起きても取り乱すことがずいぶん減ったからな」
それは正論だった。
そして、カリムらしい極めて客観的な答えだった。
レベル差がかなり縮まったとはいえ、まだ先は長い。
だからといって、完全に否定的な評価というわけでもなかった。
もし、あの時の自分が今ほどの実力を持っていたなら。
あのダークエルフに敗北したとしても、必死に逃げることはできただろう。
そうであれば、少なくとも魔導国へ連行されることはなかったはずだ。
「そうなんだ」
カリムの言葉を聞き、アンティリーネは納得するように頷いた。
やはり、まだ奴らを相手にするには力不足ということか。
腹立たしくはあった。
だが、挫折するようなことはなかった。
あの時は突然の事態に慌て、どう対処すればいいのかさえ分からなかった。
しかし今は違う。
取り乱さず、どのように戦い、どう対応すべきなのかを判断できるようになっていた。
「まあ、俺が見るに、アンティリーネ。高レベル帯にいる割には、まだ引き出し切れていない伸びしろがかなり残っているぜ」
「どんな?」
「それは、これから手合わせを続けながら、自分で悟ることになるさ」
まだ自分の潜在能力が、すべて開花したわけではない。
その言葉を聞いたアンティリーネは、好奇心に満ちた瞳を輝かせた。
すでに、ほとんど引き出したと思っていた。
それなのに、まだ先が残っているという。
詳しく聞きたかった。
だが、カリムの言う通り、自分自身で手合わせを重ねながら気づくのも面白いだろう。
そう考え、彼女はそれ以上尋ねることなく、静かに微笑んだ。
好奇心に満ちた彼女の表情を見ながら、カリムは心の中で考える。
このまま進めば、レベル百へ到達することは難しいかもしれない。
それでも、レベル百に準ずる領域へ到達できる可能性はある。
そして、実戦能力だけなら、それ以上に到達できるかもしれない。
「さあ、それじゃあ。少し休憩して、二回戦の準備をしなきゃな」
時間はすでに昼を過ぎていた。
少し遅い気もしたが、そのまま何も食べずに過ごすわけにはいかない。
カリムはアンティリーネのために簡単な軽食を用意した。
そして、穏やかなフィードバックの時間と共に、二人はベースキャンプで遅い昼食を取った。
───────────
「ふぅ、あ────ぁっ! 疲れた」
いつものように、二人の手合わせは昼食後も続いた。
そして遅い午後になって、ようやくすべての日程が終わった。
夕暮れが近づく中、二人はベースキャンプを下り、家へ向かって歩き始めた。
家へ帰る道すがらも、二人は和気あいあいと語り合い、今日の手合わせについて話し続けた。
「今日はそれでも、二回くらいは成功すると思ったのに」
「ワハハハハ! まだ恋人に二発も殴られるわけにはいかないさ! それでも今日も凄かったぜ、アンティリーネ」
奇襲から始まった最初の手合わせで、アンティリーネは三十合まで耐え抜いた。
最後の手合わせでは、さらに一合増え、三十一合まで持ちこたえた。
以前であれば、手合わせの後にはひどく疲弊し、時には意識を失うこともあった。
回復魔法を受け、念入りなマッサージを施されても、長い休息が必要だった。
しかし、次第に身体が慣れてきた。
今では回復に必要な時間が、以前の半分近くまで短くなっている。
それに伴い、自然と一日に行える手合わせの回数も増えていた。
「誰かが聞いたら、誤解するわね」
豪快に冗談を言うカリムを見て、アンティリーネは少しつんとした表情で答えた。
「ただの冗談さ。まあ、それはそうと、そろそろアイテムも増えるかもしれないし、実戦向けの魔法もいくつか覚えなきゃな」
「え? 魔法を?」
「ああ、魔法を」
「面倒なんだけど」
カリムの提案に、アンティリーネは妙に視線を逸らしながら答えた。
今行っている手合わせと鍛錬だけでも、自分としては十分だと思っている。
何より、魔法の訓練というものは、少々面倒に感じていた。
「おいおい。それじゃあダメだろ」
「もう。あまりにもお爺さんみたいじゃない」
予想外の小言に、アンティリーネは唇を尖らせて不満を示した。
言い回しもそうだ。
色々な部分が、法国にいた老人たちのようだった。
だからこそ、ささやかな反撃としてそう言ったのだ。
その言葉を聞いたカリムは、もうその程度の悪口には慣れたと言わんばかりに、余裕のある表情で小言を続けた。
「マジックキャスターみたいに、この魔法、あの魔法と片っ端から身につけろって言ってるわけじゃない。本当に必要なものだけだ」
「必要なもの?」
「ああ。さっき使った小規模な空間魔法みたいな、戦闘で確実に役立つ魔法だけ覚えようってことさ。多くやる必要はない。二つ……いや、三つくらいか。空間魔法を含めても、二つか三つで十分だ」
いくら不満を言っても、カリムは泰然として微動だにしない。
アンティリーネはとうとう、負けを認めるような表情で白旗を上げた。
「分かった。分かったから」
このまま逃げ続ければ、これから一ヶ月ほど、毎日のように言われ続けることになるだろう。
アンティリーネはそれだけは絶対に避けたかった。
そのため、仕方なく承諾した。
「よし。それなら、次の手合わせからは魔法も一緒に試してみるか」
多少気のない返事をするアンティリーネを見て、カリムはすぐに次回から始めようと提案した。
それを聞いたアンティリーネは、初めてカリムとの手合わせが本格的に面倒になりそうだと感じた。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。