We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
SIDE - F | カリムとアンティリーネが結婚式の準備を進めていた頃。
ナザリック地下大墳墓の最深部。
豪奢な自身の執務室に座っていたアインズ・ウール・ゴウンは、部下から提出された定期報告書へ目を通していた。
表情の変わらない骸骨の顔でありながら、その内心では、ありありと眉間に皺を寄せるような思いを抱いていた。
報告書に記されていたのは、エ・ランテル近郊へ定住した、自分と同じくユグドラシルからこの世界へやって来た存在。
カリムに関する情報だった。
「……結婚の、準備だと?」
アインズは骨だけの指をこめかみへ添えながら、低い声で報告書の内容を反芻した。
予想外だった。
そして、非常に厄介な方向へ進み始めた知らせでもあった。
カリムが初めてナザリックへ侵入した時。
アインズは、自分以外のプレイヤーがこの世界に存在するという事実に、計り知れない脅威を感じていた。
だが、その後のカリムは、特に野心を露わにすることもなく、静かに暮らしていた。
理不尽とも言える条件を含んだ交渉にも、表立って不満を漏らすことはなかった。
それどころか、ナザリックから直接指名された依頼を何件も解決し、魔導国に対しても、それなりに協力的な姿勢を見せている。
ここまでは、良かった。
問題は、その先だった。
結婚。
それは、この世界へ一時的に滞在するのではなく、完全に根を下ろす意思の表れでもある。
だが、アインズにとって厄介なのは、カリムがこの世界へ定着すること自体ではなかった。
結婚という単語そのものが、現在アインズを最も激しく悩ませている問題と、真正面から結びついていたのだ。
アルベドとシャルティア。
ナザリックを代表する二人の守護者による、正妻の座を巡る愛情攻勢と水面下の争いは、日を追うごとに露骨さを増していた。
誰がアインズの正妻となるのか。
誰がナザリックの後継者を産む役目を担うのか。
その問題に関する二人の競争は、もはや見て見ぬふりをするにも限界が近づいていた。
その状況に耐えきれなくなったアインズは、以前、同じユグドラシル出身者であるカリムの知識や価値観を、それとなく参考にしたことがあった。
最初のうちは、それなりに効果があった。
しかし、次第にその試みは、二人の守護者の暴走をさらに激しくする結果へ繋がってしまった。
そして今。
その同郷人が、結婚という明確な先例を、彼女たちのすぐ目の前で作ろうとしている。
今後、アルベドとシャルティアから向けられる圧力と要求がどこまで強まるのか。
考えるまでもなく、火を見るより明らかだった。
想像するだけで、存在しないはずの胃が痛むような気さえした。
これまでは、
『私情へ割く時間などない』
『後継者問題は、ナザリックの未来に関わる重大事項だ。より慎重に、時間をかけて決定しなければならない』
そのような理由をつけて、どうにか判断を先延ばしにしてきた。
だが、その言い訳は、いつまで通用するのだろうか。
カリムのように。
自分もまた、いつかはこの問題に対して、何らかの決断を下さなければならない瞬間が来るのではないか。
仮に一人を正妻として選べば、もう一人をどのように扱えばよいのか。
側室という立場へ置くことになるのか。
いや、そもそも、そのような形で納得するのか。
正妻に選ばれなかった守護者が受けるであろう失望と傷は、計り知れない。
もちろん、彼女たちの忠誠心が簡単に揺らぐとは思えない。
だが、その後ナザリック内部へ及ぶ影響については、あえて想像することすら恐ろしかった。
「はぁ────」
アインズは深い溜息をついた。
そして、報告書の中に詳細に記されている、プレイヤーによる結婚準備の過程を、もう一度ゆっくりと読み返した。
この世界の結婚風習を知らず、周辺の商人や住民たちへ尋ねて回っている姿。
不器用ながらも、何かを熱心に企画し、準備している姿。
時折失敗しながらも、それを楽しむように前へ進んでいる様子。
アインズはしばらく報告書を見つめた後、努めて平静を装いながら、独り言のように呟いた。
「まあ……これも、良い機会になるかもしれないな」
同じユグドラシル出身者が、異世界の文化をどのように受け入れ、適応していくのか。
その一例として観察する。
そして、カリムが具体的にどのような準備を行い、どのような形で式を進行するのか。
それを記録し、今後の参考資料とする。
決して悪い判断ではない。
いや。
むしろ、ナザリックの未来を考えるなら、極めて有益な調査と言えるのではないか。
「そうだ。あくまで異世界文化への適応過程を調査するためだ。ナザリックの未来に備えた予習……そう、予習に過ぎない」
アインズは誰に聞かせるでもなく、力強く言い切った。
「私自身には、まだその時ではないのだからな!」
そう自分へ必死に言い聞かせながら、アインズは静かに部下へ命令を下す準備を始めた。
カリムの結婚準備について。
その過程を、可能な限り詳細に。
いかなる小さな出来事も見逃すことなく、継続して報告するように、と。
これは決して、個人的な好奇心によるものではない。
カリムが自然に伴侶を得たことへの羨望でもない。
ましてや、自分も同じような未来を得られるのではないかという期待など、あるはずもない。
ただ、ナザリックの未来へ備えるための研究活動。
その一環に過ぎないのだ。
アインズは、そう固く信じることにした。
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