We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
華やかでありながら、どこか奇妙でもあった結婚式が終わった翌朝。
二人が正式な夫婦となってから、初めて迎える朝だった。
アンティリーネは、自分を温かく抱きしめるカリムの腕の中で、静かに目を覚ました。
彼よりも先に目を覚ましたのは、これが初めてだった。
窓から差し込む柔らかな朝の陽光が、カーテンの隙間を縫うように部屋へ入り込み、薄暗い室内をほのかに照らしている。
すべてが平穏だった。
それゆえに、どこか現実ではないようにさえ感じられる朝だった。
アンティリーネはカリムの眠りを妨げないよう、慎重に身体の向きを変えた。
そして、まだ深い眠りの中にいる彼の顔を、じっと見つめる。
起きている時に見せる悪戯っぽさもない。
世界すら圧倒しそうな、あの力強さもない。
そこにあったのは、どこか無防備で、安らかな寝顔だった。
その姿を見つめるアンティリーネの瞳には、この上ない幸福が満ちていた。
「まだ、本当に……夢みたい」
アンティリーネは小さく呟いた。
少し前まで、こんな幸福がこの世に存在するとは思っていなかった。
一人の男の妻となり。
彼の腕の中で、このように平穏な朝を迎えることになるなど。
まったく想像もしていなかった。
「──もし、これが本当に夢なら。どうか、永遠に覚めませんように」
込み上げる感情に浸りながら、彼の顔をぼんやりと見つめる。
規則正しい寝息へ、静かに耳を傾ける。
その時だった。
突然、身体を強い力で引き寄せられた。
アンティリーネは、先ほどよりもさらに深く、カリムの胸元へ抱き込まれる。
「あっ!」
驚いて反射的に顔を上げると。
いつの間にか目を覚ましていたカリムが、にやにやと楽しそうな笑みを浮かべ、彼女を見下ろしていた。
どうやら彼は、とっくに目を覚ましていたらしい。
そして、アンティリーネが油断している隙に、腕の中へ強く引き寄せたのだ。
予想外の出来事に、アンティリーネは瞬間的に慌てた。
「おはよう、アンティリーネ」
カリムは、慌てる彼女の姿を可愛らしいものでも眺めるように、楽しげに言った。
「び、びっくりしたじゃない!」
「ハハ! 悪い悪い。あまりにも可愛かったからさ」
アンティリーネが驚いた声を上げると、カリムは相変わらず豪快に笑った。
「もう。朝から驚かせないでよ」
豪快に笑うカリムを見て、彼女は少し拗ねたように唇を尖らせる。
そんな姿さえ愛おしかったのか、カリムはもう一度アンティリーネを抱きしめた。
そして、先ほど彼女が口にしていた言葉を、そのまま返した。
「夢なら永遠に覚めないでほしい。俺も同じさ、アンティリーネ」
思いがけない言葉に、アンティリーネは少し呆然とした表情で彼を見上げた。
だが、すぐに恥ずかしさが押し寄せてくる。
アンティリーネは何も言わず、静かにカリムの胸へ顔を埋めた。
彼の腕に抱かれながら、身体の温もりと、規則正しく鳴る心臓の音を感じる。
この上ない幸福と安心感。
今の自分は、本当に。
何一つ疑う余地もなく、幸せなのだ。
そう実感できた。
幸福に浸っていると、ふと過去の記憶が脳裏をよぎった。
スレイン法国の冷たい秘密兵器として。
ただ強くなることだけを求められ。
他者と心を通わせることもなく、孤独に刃の上を歩き続けていた頃の自分。
もし時間を遡り、あの頃の自分と向き合うことができたなら。
こう伝えてやったら、どのような反応を見せるだろうか。
遠い未来。
世界の誰よりも強い男と出会い。
恋に落ち。
その男の妻になるのだと。
それまで得られなかった幸福を、心から味わうことになるのだと。
あの頃の自分は、どのような顔をするだろう。
鼻で笑い、くだらない戯言だと切り捨てるだろうか。
それとも、未来に訪れる運命を素直に受け入れるのだろうか。
あるいは、恋や結婚といった自分とは無縁だった言葉に戸惑い、慌てふためくだろうか。
それほどまでに。
カリムと出会い、共に過ごした時間は、アンティリーネの人生にとって天地が開けるほど大きな変化だった。
彼女の人生を根底から揺るがし。
まったく予想していなかった。
しかし、この上なく大切な方向へと導いた。
もちろん、彼と縁を結び、共に過ごしてきた時間そのものは、アンティリーネが生きてきた長い歳月に比べれば短い。
まだ一年が過ぎたばかりなのだから。
それでも、その短い時間の中で経験した変化と幸福は。
それ以前の数十年間に経験してきた、どの出来事よりも遥かに強烈で、意味のあるものだった。
「さあ、それじゃあ! 正式に夫婦になった記念に、手合わせでもしてみるか!」
「えー。このまま、もう少しこうしていたいのに」
「お? 意外だな。アンティリーネ、お前がそんなことを言うとは思わなかったぜ」
しばらく互いの温もりを確かめるように抱き合っていると、カリムが先に沈黙を破った。
結婚式の準備のため、長らくできなかった手合わせを再開しよう。
そう提案したのだ。
しかし、予想外の返事が返ってくると、カリムは驚いたように眉を上げた。
「やりたくないわけじゃないけど……うーん。もういいわ。とりあえず、もう少し寝る」
「ワハハハハ! 分かったよ! またやりたくなった時に言ってくれ」
どこか可愛らしいわがままを言う妻を見ながら、カリムは軽く彼女の頭を撫で、ベッドから起き上がった。
冒険者としては、すでに最高位であるアダマンタイト級へ到達している。
特に受けている依頼もない。
今日は手合わせをする予定もなくなった。
完全に暇な状態だった。
アンティリーネの隣へ戻り、そのままもう一度眠ろうか。
一瞬、そんな考えも浮かんだ。
だが、最近は結婚式の準備で、休む間もないほど忙しい日々を過ごしてきた。
たまには一人で静かに考えを整理するのも悪くない。
そう判断したカリムは居間へ出ると、それなりにこだわって選んだソファへ腰を下ろした。
「ふむ……」
ほとんど横たわるような姿勢で座りながら、静かにいくつかのことを考える。
まずは、長らく続けてきた課題。
賢者の石についてだった。
完成まで、本当にあとわずか。
早ければ、一ヶ月以内には最終段階へ到達できるだろう。
完全に完成したなら、カリムはアンティリーネへ賢者の石の存在を明かすつもりだった。
その成果を共に喜び、これからの未来について話す。
寿命の問題を解決することは、アンティリーネもまた望んでいることだったからだ。
次に考えたのは、昨日の結婚式が終わった後に正式に締結された、魔導国とスレイン法国の休戦協定だった。
あまりにも突然結ばれた協定だったため、当事国である魔導国と法国を除く各国は、かなり驚いていた。
しかし、少なくとも当分の間、この大陸で大規模な戦争は起こらない。
事実上、そう宣言するような協定でもあったため、各国は概ねその決定を歓迎していた。
もちろん、手放しで喜べる状況ではない。
魔導国からは、まだ新たな連絡は届いていなかった。
だが、この大陸だけではなく、世界全体を混沌と滅亡へ追い込みかねない、さらに大きな危険が迫っていたからだ。
「客か」
──そうして複数の問題について考え、回想に耽っていた頃。
家の周囲から強大な気配を感じた。
それとほぼ同時に、玄関の扉を叩く音が響く。
最初は魔導国の者かと思った。
だが、あの連中特有の不吉な気配は感じられない。
ひとまず警戒を少し緩めたカリムは、玄関へ向かい、扉を開いた。
「──竜に家の場所を教えた覚えはないんだがな。いや、それより、どうやってここまで来たんだ?」
扉の向こうに立っていた存在を確認し、カリムは低くため息をついた。
そこに立っていたのは。
白金の竜王、ツァインドルクス=ヴァイシオンだった。
「絶死絶命の外部活動を黙認する代わりに、法国からある程度の情報提供を受けていた」
ツァインドルクスは、カリムの不機嫌そうな態度にも特に反応せず、淡々と答えた。
「それに、君ほど圧倒的な気配を持つ存在であれば、所在を探ることもそれほど難しくはない。昨日からは臨時の休戦状態にも入った。少し立ち寄る程度ならば、問題はないと判断した」
「そういうものかね」
カリムは納得していない様子だったが、ひとまずツァインドルクスを家の中へ通した。
多少気まずい相手ではある。
それでも、昨日の結婚式へ祝いに訪れたことも事実だった。
少なくとも、魔導国の者たちよりは危険性の低い存在だと判断したのだ。
「それで、何の用だ?」
家へ入るやいなや、カリムは訪問の理由を尋ねた。
互いの存在と顔を知っている程度の関係だ。
わざわざ自宅まで訪ねてくるほど、親しい間柄ではない。
「最近になって、非常に不吉な気配が感知され始めた」
「────何?」
「魔導国を上回るほど、不吉な気配だ」
ツァインドルクスの言葉を聞いた瞬間、カリムの動きが止まった。
不吉な気配。
それも、魔導国以上だという。
それならば、七大罪の魔王たちか。
あるいは、別のワールドエネミーか。
どちらにせよ、状況が良いはずはない。
予想していたよりも遥かに早く、決戦の日が訪れる可能性があった。
「もっとも、現時点では気配を捉えただけだ。正確にどのような存在なのかまでは、まだ把握できていない」
「そうか」
まだ正体を特定できる段階ではない。
その言葉に、カリムは内心で安堵の息を吐いた。
気配を捉えただけで、本格的に動き始めていないのであれば。
少なくとも、今すぐ決戦になる可能性は低い。
まだ数ヶ月程度の猶予が残されているかもしれない。
それだけの時間があれば、賢者の石は確実に完成できる。
アンティリーネの鍛錬も、さらに進めることができるだろう。
「──それで、それを知らせるためだけに来たのか?」
「礼だ」
「礼?」
「戦争を防いでくれたことへのな」
「そうか」
カリムは少々素っ気なく答えた。
だが、ツァインドルクスも特に気にした様子はなく、無味乾燥な調子を崩さなかった。
「では、用件も済んだ。私はこれで戻るとしよう」
言うべきことをすべて伝え終えたツァインドルクスは、そのまま玄関へ向かった。
そして、扉を開ける直前。
ふと思い出したように振り返った。
「ところで、まだ君自身の名前を直接聞いていなかったように思うのだが」
「昨日、結婚式で全部聞いていただろ」
「それはそうなのだが」
「────はぁ。カリムだ。俺の名前は、カリム」
直接名乗らなければ、いつまでも面倒なことを言ってきそうだった。
カリムは仕方なく、自分の名前を改めて告げた。
その答えを聞いたツァインドルクスは、わずかに満足したような気配を見せる。
「そうか。では、また会おう。カリム」
そう言い残し、白金の竜王は帰っていった。
「ん? 誰か来てたの?」
閉じた扉をぼんやりと見つめながら考え込んでいると。
いつの間にか目を覚ましたアンティリーネが、寝室から居間へ出てきていた。
早朝から居間の中央にぽつんと立ち、玄関を見つめているカリムを見て、不思議そうに首を傾げる。
「いや。何でもない」
「そう? まあ、いいけど」
アンティリーネは適当に誤魔化すカリムを見て、少しおかしいとは感じた。
だが、それよりも重要なことがあった。
「もう寝たのか?」
「うん。だから、手合わせにでも行きましょう」
薄く微笑みながら告げるアンティリーネ。
それを見たカリムもまた、にやりと笑った。
「ワハハハハ! そうこなくちゃな!」
そうして二人はいつものように、並んでベースキャンプへ向かった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。