We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「そろそろ、次の段階へ進む頃合いだな」
「え? 何が?」
いつものように手合わせを終えた後。
カリムは、仕上げのストレッチをしているアンティリーネを眺めながら、唐突にそう言った。
その言葉の意味が分からず、アンティリーネは不思議そうに首を傾げる。
次の段階とは、一体何のことだろうか。
「アンティリーネ。お前に、新しいアイテムを渡す時期が来たってことさ」
カリムは真剣な表情で答えた。
アンティリーネは、また妙な衣装でも渡されるのではないかと一瞬だけ警戒するような表情を浮かべた。
しかし、彼が口にしたのが明確に『アイテム』という言葉だったため、すぐに表情を和らげ、続きを待った。
「今までと同じ形式の手合わせで引き出せる力は、おそらく限界に近づいている」
カリムはそう言いながら、自身のインベントリへ手を伸ばした。
「だからこれからは、手合わせの方式そのものを少し変えようと思ってな」
彼が取り出したのは、一対の剣だった。
二振りとも細身で、刀身全体が玲瓏とした緑色の光を帯びている。
美しい輝きでありながら、どこか幽玄で、この世ならざるものを思わせる奇妙な雰囲気もあった。
「前に習得した小型空間魔法を利用する」
カリムは二振りの剣をアンティリーネへ差し出した。
「状況に応じて装備を切り替え、必要なアイテムを必要な瞬間に使う。その方法を、これからの手合わせの中心にするんだ」
「ふーん」
今まで一度も本格的に考えたことのない戦闘方式だった。
アンティリーネは興味を示し、瞳を輝かせながらカリムの説明へ耳を傾けた。
双剣。
まったく考えたことがないわけではない。
それでも、いざ自分が両手に一本ずつ剣を持って戦う姿を想像すると、なぜか少し気恥ずかしく感じられた。
同時に、以前、魔法の習得を面倒くさがって怠けようとしていた自分をわずかに後悔した。
あの時、カリムがしつこく教えようとしなければ。
今になって、このような新しい戦い方へ進むこともできなかっただろう。
「当然、この双剣だけじゃない。これからは、もっと多くのアイテムをお前に渡すつもりだ、アンティリーネ」
先ほど行った手合わせで、アンティリーネは四十五合までカリムの攻撃を受け流していた。
有効打も三度成功させている。
カリムが速度を九割、力を六割まで引き上げていたにもかかわらず成し遂げた成果だった。
現在のアンティリーネをユグドラシルの基準で測れば、レベルは九十五前後。
実戦能力も、すでにレベル九十級の領域へ足を踏み入れようとしていた。
純粋なレベルについて言えば、アンティリーネが神人であったとしても、完全なユグドラシル由来の存在ではない。
そのため、レベル百へ到達することは少々難しいかもしれなかった。
ならば、実戦能力を伸ばせばいい。
基礎性能に多少の差があったとしても、技術、判断力、装備、そして経験によって、その差を覆すことは十分に可能だ。
もちろん、ワールドエネミーやワールドチャンピオンのように、基礎性能そのものが常識外れの存在を相手にするなら話は別だろう。
だが、そうした例外的な存在でない限り。
多少の性能差は、実力によって覆せる。
PvPとは、本来そういうものなのだから。
「これは?」
アンティリーネは、カリムから受け取った一対の剣を観察しながら尋ねた。
「『幽霊舞姫(ファントム・ダンサー)』」
カリムは少し誇らしそうに、その名を告げる。
「移動速度と攻撃速度を大幅に上昇させる双剣だ。クリティカル時の威力も強化される」
彼は淡い緑色の刀身を軽く指で示した。
「さらに、攻撃を命中させるたびに、一時的に移動速度が上がる。連続して攻撃を当てれば当てるほど、相手からすれば捕まえにくくなるってわけだ」
「私向け、ということ?」
「ああ。かなり相性が良いと思うぜ」
アンティリーネは会得した小型空間魔法を発動し、受け取った双剣を自身の小さな収納空間へしまった。
そして、カリムを見上げ、柔らかく微笑む。
「うん。ありがとう」
その笑みを見ながら、カリムは説明を続けた。
「──さっきも言ったが、これからの手合わせは今までとは違う形式にする」
「小型空間魔法を使って、戦闘中に装備を切り替える。相手や状況に応じて、最適なものを選ぶんだ」
そして、ここが最も重要だと言わんばかりに、少し声へ力を込めた。
「俺から見た限りでは、アンティリーネ。お前自身がどう考えているかは知らないが、お前はパワー型というより、明確にスピード型だ」
「つまり、これからは小型空間魔法による装備交換と、速度を活かした戦い方が中心になる」
「うーん。そうなのかしら」
パワーよりもスピード。
そう言われ、アンティリーネは少し首を傾げた。
自分がどちらの型なのかなど、今まで特に意識したことがなかった。
幼い頃から、与えられた力をそのまま使って戦ってきた。
カリムとの手合わせでも、力と速さを明確に区別して考えたことはない。
「今のお前は、自分が持っている速さをまだ完全には使いこなしていない」
「そうなの?」
「ああ」
カリムは迷いなく頷いた。
「潜在能力を完全に引き出せれば、純粋な速度だけなら、最終的には俺と互角近くまで行けるんじゃないか?」
「へえ。それは楽しみね」
あの怪物じみた、不条理とさえ思えるカリムの速度。
自分も、いつかその領域へ到達できるかもしれない。
そう考えると、アンティリーネの表情には、隠しきれない期待が浮かんだ。
「よし。それじゃあ、今日の手合わせはここで終了!」
カリムは浮き立った表情を見せるアンティリーネを眺めた後、何かを期待するように豪快な声を上げた。
「久しぶりに、酒でも飲みたい気分だな!」
「飲む? ああ……」
久しぶりに聞いた言葉に、アンティリーネは一瞬だけ意味を考えた。
しかし、すぐに思い出したように、カリムへ冷たい視線を向ける。
普段、彼が「飲みたい」と言って酒を飲み始めれば、決まって大量に飲み、最後には酔い潰れてしまう。
最近はある程度自制していたからよかったものの。
そうでなければ、バハルス帝国の時のように、完全に酔い潰れた彼を回収し、その後も延々と小言を聞かせることになっていただろう。
「うーん……そうね」
アンティリーネはしばらく考えた。
「今まで随分と我慢してくれたし。今日一日だけなら、いいわよ」
「本当か?! いやあ、さすがアンティリーネ!」
また酔い潰れた姿を見ることになるかもしれないと思えば、今から頭が痛くなる。
それでもカリムは、今まで自分の鍛錬を真剣に助けてくれた。
結婚式の準備をしていた時には、酒を一滴も口にしなかった。
彼なりの誠意と努力は、十分に伝わっていた。
そのためアンティリーネは、特別に今日一日だけ、飲酒を許可することにした。
我が家の内務大臣から正式な許可を得たカリムは、満面の笑みで親指を立て、精一杯アンティリーネを持ち上げた。
「ただし、家で飲んで」
アンティリーネはすぐに条件を付け加えた。
「私が最初から最後まで、全部監視するから」
「もちろん! それで十分だ!」
記念だからといって外で飲ませれば、翌日だけではなく、下手をすれば翌々日の予定にまで影響が出る可能性が高い。
だから、飲む場所は自宅に限定する。
カリムは、その決定にも豪快に頷いた。
彼にとって、場所など重要ではない。
酒を飲めるかどうか。
重要なのは、ただそれだけだった。
「それじゃあ、そろそろ下りるか」
時間は、まだ昼前だった。
だが、今日の手合わせはすでに終了した。
これまで苦労してきたカリムへ、たまには褒美を与えてもいいだろう。
アンティリーネは彼の提案に素直に応じた。
カリムが酒を飲むことになれば、最低でも二日ほど手合わせが中断されるかもしれない。
それは彼女にとって、少し残念なことだった。
それでも、努力してくれた夫へ何の報いも与えなければ、後になってその方が心残りになるだろう。
何より、一人で鍛錬を行うという選択肢も存在する。
多少退屈だとしても、いつか自分一人で戦わなければならない時に備えておく必要はあった。
カリムが単独で依頼へ向かうこともある。
そして本当に、ごく稀な可能性だろうが。
種族の違いによって、いつかカリムが自分より先に旅立つ日が来れば。
その後は、本当に一人で歩かなければならない。
──もちろん、そんな瞬間が来ないように、心から願っている。
けれど、もしその時が訪れるのなら。
せめて彼が何一つ後悔することなく。
今と同じように豪快に笑いながら旅立てるように。
その時までに、自分は必ず神の領域へ到達してみせる。
アンティリーネは、心の中で静かにそう誓った。
───────────
時間は、エ・ランテルの平穏な風景と同じように、静かに流れていった。
カリムに救い出されてから、およそ一年半。
エ・ランテルへ定住してから、十ヶ月余り。
そしてカリムと正式な夫婦になってから、いつの間にか二ヶ月が過ぎていた。
アンティリーネの人生は、数十年ぶりに真の幸福と安定を取り戻しつつあった。
「いやあ。もう、すっかり慣れたな」
カリムとの夫婦生活は穏やかで、甘く。
手合わせと鍛錬も、非常に順調に進んでいた。
今日もまた、手合わせを終えた二人は、その結果について意見を交わしていた。
「これくらい、もう基本よ」
カリムの称賛に、アンティリーネは、まるで普段の彼を真似するかのように、少し大げさな身振りで答えた。
その姿を見たカリムは豪快に笑う。
そして彼女の両頬を軽く掴み、そのまま優しく頭を左右へ揺らした。
「もう。どうして急に揺らすのよ」
「どうしてって、可愛いからさ」
「何よ、それ」
いつもと変わらない、能天気な言葉。
アンティリーネはくすりと笑うと、そのままカリムの腕の中へ身を預けた。
本当に、いつまで経っても変わらない。
けれど、その変わらなさが今では何よりも心地良かった。
「それで、結果はどう?」
「まあ、ほとんど予想通りだな」
柔らかな笑みを浮かべ、胸元へ寄り添うアンティリーネを抱きながら、カリムは彼女が求めていた評価を伝え始めた。
「ユグドラシルのレベルで表すなら、そうだな。もうレベル九十六前後だろう」
「残念ながら、レベル百そのものへ到達するのは、かなり難しそうだ」
「そう……」
アンティリーネの表情へ、わずかな失望が浮かぶ。
だが、カリムはすぐに続きを口にした。
「ただし、それはレベルという基礎性能だけの話だ」
「実戦能力は違う」
カリムは手合わせの内容を思い返しながら、冷静に分析した。
「お前の実戦能力も、すでにレベル九十台前半を越えて、中盤へ差しかかっている」
「本当に?」
「ああ」
今回、カリムは速度を完全に解放していた。
力も、以前の六割から七割へ引き上げている。
それにもかかわらず、アンティリーネは以前と同じ四十五合まで持ちこたえた。
さらに、有効打は三度から五度へ増加している。
同じ四十五合という結果であっても、その内容は以前とは比較にならない。
最初の頃と比べれば、まるで別人としか思えないほどの成長だった。
今の自分なら、あのダークエルフを相手にしても。
もしかすると、辛うじて引き分けへ持ち込めるかもしれない。
そんな期待さえ抱けるようになっていた。
「まあ、レベル。つまり基礎性能がすべてじゃないからな」
カリムは、少し落ち込んでいたアンティリーネを励ますように言った。
「もちろん、基礎性能を軽視しすぎるのも良くない。だが、アンティリーネ。今のお前が持っている基礎性能なら、十分すぎるほど合格点だ」
「一番重要なのは、そこからどこまで実力を伸ばせるかだ」
「基礎性能には明確な限界がある。だが、技術、判断力、経験、それに装備を含めた実戦能力は、それよりも遥かに広く伸ばせる」
「そうなのね」
カリムの希望に満ちた言葉を聞き、アンティリーネの失望は完全に消え去った。
代わりに、その胸は誇らしさで満たされる。
これ以上レベルそのものを上げることは、確かに非常に難しいのかもしれない。
だが、実戦能力の限界は、レベルの限界と同じではない。
つまり、自分の基礎性能を超える力を手に入れることができる。
カリムから見れば。
アンティリーネの実戦能力が到達できる天井は、レベル百級の領域にまで開かれている。
そういう意味でもあった。
以前、彼が語った通り。
基礎性能が足りないからといって、焦る必要はない。
限界へ到達したからといって、諦める必要もない。
不足する性能は、カリムが用意するアイテムで補えばいい。
それでも足りなければ。
かつて自分が身につけていた六大神の装備を取り戻せばいい。
──以前は、遥か遠くにあるようにしか思えなかった目標。
形すら、辛うじて見える程度だった目標。
それが今、少しずつ。
確かな輪郭を持ちながら、目の前へ近づいてきている。
そのことを実感したアンティリーネは、子供のように明るい笑みを浮かべた。
自分の潜在能力を、完全に開花させた姿。
カリムと肩を並べる領域へ上り。
今度は自分が、彼の背中を守る姿を想像しながら。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。