We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
平穏と幸福に包まれながら、時間は瞬く間に流れていった。
アンティリーネが子供を授かってから、いつの間にか三ヶ月が過ぎていた。
時が経つにつれ、アンティリーネの腹部には少しずつ明確な変化が現れ始めた。
それに伴い、彼女が子供を身籠っているという知らせも、エ・ランテルの住民たちの間へ自然に広まっていった。
身体に現れる当然の変化である以上、隠そうとしても完全に隠し通すことはできない。
そもそも、近所の住民たちへ無理に隠すつもりもなかった。
最初に気づいたのは、二人が頻繁に足を運んでいた果物屋や服屋の主人たちだった。
やがて、その知らせは冒険者ギルドへ伝わり。
そこから少しずつ、街全体へ広がっていった。
アダマンタイト級冒険者夫婦に、子供ができた。
滅多に聞くことのない。
いや、探してもそう簡単には見つからないほど珍しい知らせに、エ・ランテルの冒険者や住民たちは次々と二人を祝福した。
「本当におめでとうございます」
「奥様、お身体を大切になさってくださいね」
「父親もアダマンタイト級、母親もアダマンタイト級か。いやあ、一体どんな大物が生まれてくるんだろうな」
「女の子なら、お父さん似だと少し残念だけど、お母さん似なら将来が楽しみだな」
「おい、それはカリムさんに失礼だろ!」
「ワハハハハ! 俺もそう思うぜ!」
人々は、それぞれ異なる反応を見せた。
純粋に祝福し、身体を大切にするよう助言する者。
両親が共にアダマンタイト級冒険者であることから、どれほど凄まじい才能を持つ子供が生まれるのかと、好奇心を抱く者。
美しい母親に似れば、きっと将来は見目麗しい人物になるだろうと、今から期待する者もいた。
だが、そこに政治的な計算や、隠された目的などは存在しなかった。
ただ、新しい命が生まれることを喜ぶ。
純粋で温かな気持ちだけが込められていた。
アンティリーネは、降り注ぐ祝福と関心にどう反応すればいいのか分からず、毎回少し戸惑っていた。
それでも、はにかむような笑顔を浮かべながら、静かに感謝の言葉を返した。
過去の彼女であれば、想像することさえ難しかっただろう。
平凡な隣人たちと交わす、温かく、ささやかな会話。
そうした人々の祝福に包まれるたびに、アンティリーネは少しずつ実感していた。
自分はもう、漆黒聖典の番外席次。
絶死絶命という名の兵器ではない。
今の自分は、エ・ランテルで暮らす一人の住民。
ただのアンティリーネとして、周囲に受け入れられているのだと。
もちろん、エ・ランテルの一般住民たちは、彼女の本当の過去を知らない。
かつてスレイン法国の漆黒聖典に所属していたこと。
ただ強さだけを求めて生き、戦場では時に苛烈な振る舞いを見せていたこと。
そして、出生に関する悲劇的で複雑な秘密。
それらを知る者は、ごく限られていた。
「ここまで来ると、お二人がどこのご出身なのか、少し気になりますね」
時折、二人の過去に興味を示す者もいた。
それも無理はない。
漆黒のモモンほどではなかったとはいえ、二人は極めて短い期間でアダマンタイト級へ昇格した。
さらに結婚式には、様々な国から参列者が訪れた。
高位の官僚だけではない。
皇帝や、一国を代表する者と呼べる存在まで、何人も式場へ姿を現していた。
エ・ランテルが魔導国の首都である以上、魔導国の高位者が訪れること自体は、それほど不思議ではない。
だが、当時魔導国と交戦状態にあったスレイン法国からも多数の参列者が訪れたことは、住民たちにとって非常に大きな驚きだった。
「スレイン法国から人が来てたってことは、やっぱり法国出身なのか?」
「でも、奥さんの左右で色の違う瞳を見ると、どこか別の血が混ざってるんじゃないか?」
「もしかすると、エルフの血が入ってたりしてな」
もっともらしい憶測が、住民たちの間ではいくつも飛び交っていた。
スレイン法国から大勢の者が訪れたのだから、法国に縁のある人物なのだろう。
左右で色の異なる瞳を持っていることから、別種族の血が混ざっているのではないか。
もしかすると、エルフなのかもしれない。
アンティリーネは、今まで一般住民の前で耳を見せたことがなかったため、そのような推測まで出ていた。
もちろん、これはあくまでアンティリーネに関する話だった。
カリムについては、人々もほとんど推測することができなかった。
外見だけを見れば、特別目立つ特徴がなかったからだ。
彼がユグドラシルから来たプレイヤーであり。
スレイン法国の六大神や、かつて世界を支配した八欲王と同じ出自を持つ存在だと知れば。
住民たちは、きっと腰を抜かすほど驚くだろう。
だが、それが明かされるとしても、まだ遠い未来の話だった。
「まあ、どこから来たとしても、今さら関係ないじゃないですか」
それは、まったくの正論だった。
二人がどこから来たのか。
どの国の出身なのか。
今となっては、それほど重要な問題ではない。
二人は現在、エ・ランテルで生活している。
この街の一員だ。
それだけで十分だった。
多少正体不明な部分はあった。
しかし、外見だけなら周囲の人々とほとんど変わらない。
エ・ランテルへ来てから一度も、理由もなく問題を起こしたことはなかった。
むしろ、周囲へ気さくに接し。
通常の冒険者では解決困難な依頼も、瞬く間に処理してくれた。
その力もまた、凄まじいものだった。
以前には、街から少し離れた場所にあった山のような巨岩を、本当に持ち上げて動かしたことすらある。
その秘訣を尋ねられても、カリムが返す答えはいつも同じだった。
「秘訣? 特別なものなんてないさ。力は山を抜き、気は世を蓋う、ってやつだな!」
住民たちにとっては、初めて耳にする言葉だった。
そのため、何か特殊な武技かスキルの名称なのだろうと、勝手に納得していた。
このように、多少突拍子もない一面まで含めて。
二人はすでにエ・ランテルの住民たちから親しまれていた。
出身地が分からないというだけで、彼らを嫌ったり、遠ざけたりする理由などなかった。
「よお、アンティリーネ。身体は大丈夫か?」
「うん。大丈夫よ」
多くの人々から祝福されながら、二人の生活も少しずつ変化していった。
アンティリーネの腹部が大きくなるにつれ、激しい手合わせはもちろん、通常の鍛錬も完全に中断した。
冒険者としての依頼も、現在はカリムが一人で引き受けている。
無理をすれば、胎内の子供へ何らかの影響が及ぶかもしれない。
二人で話し合った結果、そのように判断したのだ。
ほとんど一生を戦士として生きてきたアンティリーネは、多少のもどかしさを感じていた。
それでも、子供の安全を考えれば、仕方のないことだった。
彼女はカリムの判断へ素直に従い、納得していた。
だからといって、自分だけが仲間外れにされたように感じたり、不満を抱いたりすることはなかった。
時折、住民たちと会話を交わしていた。
カリムとの散歩やデートも、以前と変わらず続いている。
「ただ、うん。少しずつ身体が重くなってきたような気はするわ」
アンティリーネは、自分の身体に起こる変化を、概ね肯定的に受け止めていた。
腹部が大きくなるにつれ、不便なことも増えた。
以前より身体の動きが鈍くなったように感じる時もある。
それでも。
カリムとの間に生まれた新しい命が、自分の中で育っている。
その事実は、アンティリーネへ限りない喜びと誇りを与えていた。
「そうか? それなら当分、家のことは全部俺がやらなきゃな!」
身体が重くなってきたとはいえ、アンティリーネの力そのものが失われたわけではない。
簡単な掃除や整理整頓程度なら、問題なく行うことができる。
それにもかかわらず、カリムは家事をすべて自分が行うと豪快に宣言した。
彼女の力を軽んじているわけではない。
ただ、妻と子供のために、少しでも負担を減らしたかっただけだった。
「ふーん。それなら、お願いするわね?」
堂々とカリムを働かせることができる。
その事実に気づいたアンティリーネは、少し楽しそうな表情を浮かべながら、家のことをすべて彼へ任せることにした。
躊躇する理由などない。
自分は子供を身籠っている。
何より、カリム自身が先にすべてやると宣言したのだ。
「よし! 残り半年ほど、全部任せておけって!」
あと半年ほど頑張ればいい。
そうすれば、二人の愛の結実が、この世界へ生まれてくる。
その事実だけで、二人は心から幸福だった。
───────────
「そうですか」
「そうだとも」
スレイン法国の中枢。
人目につかない一室で、闇の神官長マクシミリアンと第一席次は、密かに会談を行っていた。
議題は一つ。
番外席次、アンティリーネが子供を身籠ったという事実だった。
第一席次は、その知らせを聞いた瞬間、驚きを隠すことができなかった。
それと同時に、一つの疑問を抱いた。
間違いなく、極めて重大で異例な情報である。
それにもかかわらず。
なぜ、この事実を自分にだけ知らせたのだろうか。
「君が漆黒聖典の隊長であり、何より番外席次と同じ神人だからだ」
マクシミリアンは第一席次の疑問を察したように答えた。
「それに、君は神から直接指導を受けた弟子でもある」
意外なほど単純な説明だった。
同じ神人。
そして、カリムの弟子。
もちろん、理由はそれだけではないだろう。
「何より、他の者たち。特に他の神官長たちがこの事実を知れば、その子供を第二の番外席次へ仕立て上げようとするのは目に見えている」
マクシミリアンの表情が、僅かに険しくなった。
「政治的な道具として利用しようとする者も現れるだろう。そうなれば、神の怒りが再び法国へ向けられるかもしれない」
「それだけは、何としても防がねばならん」
極めて合理的な判断だった。
もし、この事実を最初に知った者が闇の神官長ではなく。
他の神官長や、法国の最高執行部に属する者たちだったなら。
複雑で危険な動きが、立て続けに起こっていた可能性が高い。
「もちろん、いつまでもこの事実を隠し通すことはできまい」
マクシミリアンは静かに続けた。
「時が経てば、番外席次の身体には誰の目にも分かる変化が現れる。そうなれば、どれほど鈍い者であっても、彼女が子供を身籠っていることに気づくだろう」
「それでは、どのように動くべきでしょうか」
「ひとまずは静観する」
マクシミリアンは即答した。
「本格的に動くのは、あの諦めの悪い間抜けどもが、この事実を知ってからだ」
彼の言う通り。
どれほど秘密にしていたとしても、この知らせはいずれ広まるだろう。
だが、ただ手をこまねいて待つつもりはなかった。
神の怒りを買うような愚行を防ぐため。
そして、子供を利用しようとする者たちを抑えるため。
闇の神官長と第一席次は、今後取るべき方針について議論を始めた。
話し合いの中には、第一席次すら思わず聞き返すほど異例な案も含まれていた。
彼は驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。
だが、その表情を目にしたのは闇の神官長ただ一人。
二人がどのような計画を立てたのか。
現時点で、それを知る者は他に誰もいなかった。
───────────
「服は、あらかじめ買っておいた方がいいかな?」
「まだ、男の子か女の子かも分からないじゃない」
「なら、両方買えばいいさ!」
闇の神官長と第一席次が深刻な会談を行っていた頃。
エ・ランテルで暮らす二人は、相変わらず、これから生まれてくる子供の話に夢中になっていた。
アンティリーネが予想していた通り。
カリムは子供の性別すら分かっていないにもかかわらず、必要になりそうなものをすべて先に買い揃えようとしていた。
アンティリーネは慌てて彼を止め、もう少し待ってから決めるよう説得した。
「そうするよ」
確かに、アンティリーネの言う通りだった。
浮かれるのは悪いことではない。
だが、必要になるかどうかも分からないものまで大量に買い込むのは、改めて考えれば賢明とは言い難かった。
少し残念そうな表情を見せながらも、カリムは子供服を買うことを後回しにした。
ただし。
将来、その子供が戦士や冒険者の道を望んだ時に備え。
子供用のアイテムをどのように作るかという構想だけは、決して止まることがなかった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。