We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「……あんた、結局徹夜したの?」
暗い夜が過ぎ、夜明けと共に太陽が少しずつ顔を出し始めた頃。
アンティリーネは目を覚ました。
もしかすると、これまでの出来事はすべて夢だったのではないか。
目眩がするほど疲弊していたせいで見た、ただの夢だったのではないか。
そんな不安が、ふと胸をよぎった。
あの怪物たちに尋問され、ありとあらゆる酷い目に遭わされ、全身を縛られたまま、牢獄の中で来るはずもない救いを待ち続ける。
そんな現実よりは、外で見張りをしている男と一緒にいる方が、遥かにましだったからだ。
まだ、彼を警戒している。
まだ、彼に心を開いたわけではない。
まだ、彼に寄りかかっているわけでもない。
それでも。
助け出してくれたことには、感謝している。
そう思いながらテントの外へ出ると、男は昨日とまったく同じ場所で見張りをしていた。
「よお、アンティリーネ。起きたか? 窮屈じゃなかったか?」
「……まあ、それなりに」
アンティリーネは昨日と同じように、少し離れた椅子に腰を下ろし、適当に相槌を打った。
「……名前はいつ教えてくれるわけ? 不便なのよ。こっちはあんたの名前を知らないんだから」
そうして昨日の出来事を思い出した彼女は、不満げに名前を教えるよう促した。
自分だけが名前を明かしたというのが、どうにも悔しかった。
それに、しばらくは一緒に行動しなければならないのに、相手の名前も知らないというのはおかしい。
何より、不便だった。
「またその話か? 後になれば全部教えてやるよ。今は、うーん……まだちょっと早いな」
「その『後』って、一体いつなのよ!」
今回も自分の名前を明かすことを先延ばしにされ、アンティリーネは少し寝ぼけた声で怒った。
一体いつまで名前を教えないつもりなのか。
そして、どんな理由があって教えないというのか。
「まあ、もう少し待ってくれって」
もちろん、男は彼女のそんな態度にも相変わらず笑みを崩さず、のらりくらりと答えた。
まるで子供をあしらうように。
その表情を見て、アンティリーネは呆れ果てた。
同時に、この男より力がないことが。
カロンの導きが今、自分の手元にないことが。
少しだけ悔しく思えた。
すると、男は突然気が変わったのか、彼女に一つの名前を告げた。
「……まあ、どうしても気になるなら。そうだな。とりあえずは『カリム』と呼んでくれ」
「とりあえずは? 偽名なの? それとも、私の絶死絶命みたいなコードネーム?」
「コードネームか。少し似てるかもな」
男の名を聞いたアンティリーネは、訝しげな表情で問い返した。
普通、名前を教えるならフルネームを教える。
それが嫌なら、姓か名のどちらかだけを教える。
それすら嫌なら、自分のようにコードネームのようなものを教える。
だが、目の前の男が口にしたものは、そのどれとも違う気がした。
何より、「とりあえずは」と言った。
それはつまり、適当に誤魔化した可能性もあるということだ。
「似てるって、何よそれ」
名前は聞けた。
だが、どうにも腑に落ちない。
アンティリーネは、必ず本当の名前を聞き出してみせるという一念で、さらに問い詰めた。
「うーん、これをどう説明したものかのう」
彼女の執拗な眼差しを受けても、カリムは相変わらず笑みを浮かべたままだった。
そして、わざとらしく老人のような口調を真似しながら言葉を続ける。
「魔導王の名前は知っているか?」
「アインズ・ウール・ゴウン」
「それじゃあ、六大神たちの名前は?」
「……六大神の名前。スルシャーナ……でも、それが何なの?」
自分は確かに、本当の名前を聞き出すために質問したはずだった。
それなのに、会話が進むにつれて、なぜか授業でも受けているような感覚になっていく。
これが一体、何の関係があるというのか。
アンティリーネは軽く眉をひそめ、首を傾げた。
「……ユグドラシル出身の奴らは、俺を含めてな。それが本当の名前ってわけじゃないんだ。そうだな。ある意味では、アンティリーネ、お前のコードネームである絶死絶命みたいなものだ」
「へえ」
初めてまともな説明が返ってきた。
そう感じたアンティリーネは、少し興味を覚えた様子でカリムの言葉に耳を傾ける。
──つまり、この男が教えてくれたカリムという名前は、私にとっての絶死絶命と同じようなもの。
そして、アインズ・ウール・ゴウンやスルシャーナも同じ概念で、本当の名前は別にあるということか。
「少し興味深いわね。なるほど、ある意味では当然なのかしら」
カリムの言葉について少し考え込んだ彼女は、今度は悪魔の例を思い浮かべた。
真名を知られると、悪魔にとっては大変なことになるのだとか、何とか。
だとすれば、神々にも似たようなものがあるのではないだろうか。
そう考えると、この男がずっと名前を明かさずに先延ばしにしていたのも、少しは理解できた。
──それでも、相変わらず少し腹立たしいことに変わりはなかったが。
「俺の本当の名前は、うーん。────いや、やっぱり後にしよう」
「……あっそ。お好きにどうぞ」
一度は決心がついたように見えた。
だが、カリムは本当の名前を告げようとして、結局また気が変わったらしい。
今回も教えなかった。
もちろん、アンティリーネは最初から期待などしていなかった。
どうせ今回も適当に誤魔化し、あれこれ理由を並べて逃げるのだろう。
まさに、その通りだった。
それでも、何の収穫もなかったわけではない。
コードネームとはいえ名前を聞くことはできた。
それに、神々について改めて考えるきっかけにもなった。
少しは。
本当に、ほんの少しは。
この男のことを、悪くないと思ってもいいのかもしれない。
「あ、そろそろ村の見物をしたいんだけど。美人な現地人さん! まだガイドする気はない?」
──やっぱり、とてつもなく腹の立つ男だ。
────────────
「ふぅ。結局、目的地も決められなかったな」
カリムはアンティリーネの隣のベッドに寝転がりながら、そうぼやいた。
現地人がガイドをするのが筋なのに。
美女が案内する異世界旅行が、出発早々きしみまくっている。
そんなよく分からないことばかり言いながら。
もちろん、アンティリーネもその言葉を聞くたびに、少し不快そうな素振りを見せながらぼやいた。
「……先にやろうって言ったのは、そっちだからね」
「ええい、そう言うなよ。俺はお前を牢獄から出してやったし、少し貧相だけど食い物もやった。寝る場所も用意してやったし、洗ってやったし」
「……誰かが聞いたら誤解するでしょ、本当に」
カリムの言ったことは、すべて事実ではあった。
牢獄から出してくれた。
衣食住のうち、衣服を除いた二つについては、彼のおかげで今すぐどうにかできる状態だった。
ただ、最後の一言だけは少し引っかかった。
確かに彼に助けられはした。
だが、あくまでボディソープやシャンプーといった、この世界では非常に珍しいものを借りただけだ。
体を洗ったのは、自分自身である。
「それでも、いい匂いだったけど」
アンティリーネは小さく呟いた。
──確かに、いい匂いだった。
普段彼女が使っているものと比べれば、間違いなく相当な高級品だろう。
「……あ、そういえば。見張りはしなくてもいいの?」
「結界を張っておいたから大丈夫だ。外からはこのテント自体が見えない」
「そう?」
──本当に、芸の多い男ね。
そういえば、見張りをしていたわけじゃなくて、やることがあると言っていた。
カリムの言葉を聞いたアンティリーネは、最初から大してしてはいなかった警戒をさらに緩め、眠りに落ちた。