We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
アンティリーネの懐妊が判明してから、さらに三ヶ月。
時間は変わらず平穏に、そして穏やかに流れていた。
月日が経つにつれ、アンティリーネの腹部は、誰が見ても子供を身籠っていると分かるほど大きく膨らんでいた。
「あっ。また動いたみたい」
一緒に街を散歩している時も。
食卓を囲んでいる時も。
二人の意識は、常にアンティリーネの胎内で育つ新しい命へ向けられていた。
最近のカリムは、愛情に満ちた眼差しでアンティリーネを見つめることが以前よりも多くなっていた。
普段の彼女も、十分すぎるほど美しい。
戦士として武器を振るう姿は、誰よりも勇ましく、凛々しかった。
だが、今の姿はそのどちらとも異なる。
新しい命をその身に宿し、穏やかな微笑みを浮かべるアンティリーネは。
カリムの目には、世界の誰よりも美しい女神のように映っていた。
「さあ。今日はもう帰ろう」
「あ……ありがとう」
二人の生活だけではなく、カリムの態度にも小さな変化が生じていた。
相変わらず悪戯好きであることに変わりはない。
それでも、以前のようにアンティリーネを意図的に驚かせるような悪戯は、ほとんどしなくなった。
身体へ負担がかかりそうな仕事があれば、自分から先に引き受ける。
アンティリーネが立ち上がる時や腰を下ろす時には、必ず慎重に手を差し伸べる。
彼女が何かを食べたいと言えば、昼夜を問わず手に入れてきた。
夜、眠りにつく時には、二人で腹部へそっと耳を澄ませ、子供の動きを感じようとする。
肩や腰に疲れが溜まっているようなら、すぐに優しく揉みほぐした。
カリムの一つ一つの行動から、細やかで偽りのない真心が伝わってくる。
そのたびにアンティリーネは、世界の誰よりも幸せそうな笑みを浮かべた。
「あっ、そういえば」
ある日、アンティリーネはふと重要なことに気づいた。
「私たち、まだ子供の名前を決めていなかったわね」
懐妊が分かってから、もうすぐ半年。
それにもかかわらず、二人は正式な名前はおろか、胎内の子供を呼ぶための仮の名前すら決めていなかった。
周囲の住民たちからも、特に名前について尋ねられたことがなかったため、二人とも完全に忘れていたのだ。
「しまった……!」
アンティリーネの言葉を聞いたカリムは、まるで取り返しのつかない失敗を犯したかのような表情を浮かべた。
子育てに関しては完全な初心者だ。
それでも、子供を呼ぶ名前すら考えていなかったとは。
今までずっと、
『俺たちの子』
『赤ん坊』
そのようにしか呼んでこなかったことが、急に申し訳なく思えてきた。
「別に、今から決めればいいでしょう?」
「そうなんだが……父親として、もう少し早く考えておくべきだった気がする」
アンティリーネは、必要以上に深刻そうな表情を浮かべるカリムを見て、少し呆れたように笑った。
「どんな名前が似合うかな」
カリムは腕を組み、今度は本当に真剣な表情で考え始めた。
男の子か、女の子か。
現時点では、まだ分からない。
それなら、中性的な名前がよいのだろうか。
あるいは、男の子だと想定して勇ましい名前を考えるべきか。
しかし、女の子が生まれた場合はどうすればいい。
考えれば考えるほど、思考は堂々巡りになっていった。
「────レオン」
長く悩み続けるカリムを見ながら、アンティリーネが静かに口を開いた。
「レオン、というのはどうかしら」
「レオン、か」
アンティリーネは、自分には名前をつける才能があまりないと思っていた。
だからこそ、何度も慎重に考えた。
レオン。
男の子であっても、女の子であっても。
勇気を持ち、自らの道を堂々と歩める者になってほしい。
そして、周囲の者たちを導けるような強さを持ってほしい。
そんな願いを込めた名前だった。
カリムはその名を何度か口の中で反芻した。
「レオン……」
響きも悪くない。
何より、アンティリーネが子供のことを想い、願いを込めて考えた名前だ。
「いい名前だな」
カリムは満足そうに頷いた。
「────姓は、そうだな」
彼は少しだけ考えた後、アンティリーネをまっすぐに見つめた。
「お前の姓を受け継がせるのがいい」
「私の?」
「ああ」
カリムは静かに答えた。
「俺には、カリムという名前以外に、この世界で堂々と名乗れる姓がないからな」
ユグドラシルで使用していた『カリム』という名前とは別に。
かつて現実の世界で使っていた、本当の名前は存在する。
だが、それを今さらこの世界で名乗ることに意味はなかった。
生まれてくる子供は、自分のかつての世界ではなく、この世界で生きていく。
それならば、この世界に存在する家族の名を受け継がせる方がいい。
そして何より。
長い間、自らの血と名前を否定し続けてきたアンティリーネにこそ。
新しい家族の始まりとなる名前を残してほしかった。
「レオン・フーシェ」
カリムはゆっくりと、その名を口にした。
「それがいい」
「……うん」
アンティリーネは短く、しかし心から幸せそうな声で答えた。
レオン・フーシェ。
自分が初めて授かった子供。
愛する男との間に生まれる、新しい命。
そして。
自分を生んだ者たちとはまったく異なる道の先に生まれる、自分自身の答え。
この血は、もう呪いではない。
誇りをもって、我が子へ受け継がせられるものなのだ。
それは、恐ろしく不幸だった過去を乗り越え。
アンティリーネが初めて、自らの血統を完全に受け入れた瞬間でもあった。
───────────
「最近の動向について、報告いたします」
「申せ」
「番外席次が、神の御子を身籠られたとのことです」
一方。
スレイン法国では魔導国との休戦後、民心の安定と領土の再整備へ全力を注いでいた。
その裏では、休戦協定によって生まれた僅かな余裕を利用し。
エ・ランテルで生活するカリムとアンティリーネの近況についても、定期的に調査を続けていた。
「何だと。それは確かなのか?」
数ヶ月の間、報告される内容は、平穏で代わり映えのしないものばかりだった。
だが、その日。
法国の中枢へ、極めて重大な知らせが届けられた。
番外席次が、カリムとの子供を身籠っている。
その報告を聞いた神官長たちと最高執行機関の者たちは、驚きと共に、それぞれ異なる期待を抱き始めた。
次代の神と。
神人である番外席次。
その二人の間に生まれる子供。
カリム本人は、自分を神と呼ぶことを強く否定していた。
だが、法国の者たちにとって、それは奇跡にも等しい出来事だった。
その子供は、番外席次を上回るほどの潜在能力を持っているのではないか。
他国に取り込まれる前に、法国が先に迎え入れるべきではないか。
そして、第二の番外席次として育て上げるべきではないか。
そのような考えが、彼らの頭の中で次々と膨らんでいった。
「これは……まずいことになったな」
周囲の者たちが、それぞれ身勝手な夢へ浸っている中。
闇の神官長マクシミリアンは、誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、深い溜息を吐いた。
もし神の怒りが法国へ向けられれば。
今度こそ、この国は二度と立ち直ることができない。
幸いにも、この場で周囲の熱狂へ同調していない者が、もう一人だけ存在した。
最高神官長である。
「神ご本人を法国へお迎えすることは難しいだろう。ならば、その御子を新たな番外席次として育て、法国の戦力とするべきではないか」
「ご両親の許可さえ得ていない段階で、そのようなことを決めてよいのか? それよりも、御子を次代の神として丁重に迎える方がよいのではないか」
「いっそのこと、ご家族全員を法国へお迎えするのはどうだろう。番外席次も共に戻ってくるのであれば────」
(この、間抜けどもが)
マクシミリアンは、彼らの会話を聞きながら、さらに深い溜息を吐いた。
最高神官長もまた、周囲の態度へ呆れたように、強く目を閉じる。
なぜ、ここまで愚かな判断ばかりを口にできるのか。
彼らの言葉には、理性も。
冷静な計算も。
その行動が招く結果への想像も存在しなかった。
「────皆、少しよいか」
最高神官長の低い声が、会議室へ響いた。
「先ほどから、我々にとって都合のよい話ばかりをしているようだが。肝心のご本人たちの意思について、誰か一人でも考えたのか?」
それまで口々に意見を述べていた者たちが、一斉に沈黙する。
「神はすでに、法国へ次代の神として迎えられることを拒否されている」
「それにもかかわらず、まだ生まれてさえいない御子を、今から法国の兵器として利用するつもりなのか?」
最高神官長の声には、抑えきれない苛立ちが混じっていた。
「その結果、神の怒りが魔導国ではなく、この法国へ向けられたならば。誰がその責任を負うつもりなのだ?」
「コホン……」
反論の余地がない正論だった。
その場にいた者たちは気まずそうに咳払いをし、僅かながら冷静さを取り戻した。
「現在の法国が追い詰められていることは、私も理解している」
最高神官長は、少し落ち着きを取り戻した彼らを見回しながら続けた。
「だからといって、このような醜態を晒してよい理由にはならない」
「魔導国との休戦協定は、無事に締結された」
「第一席次は神から直接教えを受け、事実上その弟子となった。残る漆黒聖典の隊員たちもまた、神の指導を受けている」
「我々は確かに苦しい状況にある。だが、一つずつ解決していけばよい」
「焦って強引に動けば、せっかく締結した休戦協定まで破綻しかねない」
「その上、泣き面に蜂とばかりに神の怒りまで法国へ向けられれば、今までの努力がすべて無意味となるのだぞ」
確かに、今すぐ焦る必要はなかった。
法国側にどのような意図があったとしても。
魔導国との休戦協定は成立している。
漆黒聖典の隊員たちはカリムから教えを受け。
第一席次は、ほぼ公然と彼の弟子として認識されていた。
現状でも、法国は十分すぎるほど大きな恩恵を受けている。
これ以上を一方的に求めれば、すべてを失う可能性がある。
神官長たちが僅かながら理性を取り戻したことを確認し、マクシミリアンは安堵の息を吐いた。
もし、先ほどの発言がさらに一線を越えていたなら。
取り返しのつかない結末を迎えていたかもしれない。
その場合、漆黒聖典の隊員と自分を除く法国の高位幹部たちは。
比喩ではなく、本当にこの世から姿を消すことになっていただろう。
本来自分と第一席次が行う予定だった役割を、最高神官長が自ら引き受けてくれた。
そのため、マクシミリアンがこの件について、さらに口を挟む必要はなかった。
「──それでは」
最高神官長は会議を仕切り直すように、静かに告げた。
「今後、我々が辛うじて取り戻した平和を、どのように維持していくべきか。改めて議論するとしよう」
───────────
「お疲れ様でした」
会議室から出てきたマクシミリアンへ、第一席次が先に近づき、丁寧に頭を下げた。
先ほどまでよりも多少晴れやかな表情をしている彼を見て、マクシミリアンも軽く微笑む。
「無事に、収まったのですか?」
「どうにかな。幸い、神の怒りを買うような事態だけは避けられた」
マクシミリアンは、会議室で交わされた内容を簡潔に説明した。
第一席次は話を聞きながら、僅かに安堵した表情を浮かべる。
「──それでは、いよいよ次の段階へ?」
「ああ。過程はどうあれ、ひとまず最悪の事態は避けられたからな」
マクシミリアンは軽く息を吐いた後、真剣な表情で第一席次を見た。
「今後、もし神と番外席次が許可されるのであれば」
第一席次は黙って、その言葉の続きを待った。
「生まれてくる御子の師、あるいは護衛となれるよう、今から準備を始めてもらいたい」
「私が……御子の師に?」
「もちろん、我々が勝手に決定できることではない。すべてはご両親と、御子本人の意思次第だ」
マクシミリアンは釘を刺すように付け加えた。
「だが、法国の者の中で、神から最も信頼を得ている者が君であることも事実だ」
「君は神人であり、神から直接教えを受けた弟子でもある」
「法国側の人間として、将来その役目を許される可能性があるとすれば、君以外には考えにくい」
第一席次は、しばらく何も答えなかった。
決して、軽く受け止めてよい役目ではない。
神と番外席次の間に生まれる子供。
その存在を守り。
もし望まれたならば、自分の持つすべてを伝える。
神人として。
法国の一員として。
そして、神から直接教えを受けた弟子として。
その期待に応えることが、自分の果たすべき責務なのかもしれない。
第一席次は胸の内にある複雑な感情を整理した。
そして、明確な決意を宿した表情で、マクシミリアンへ答えた。
「承知いたしました」
まだ、それが実現するかどうかは分からない。
両親から許可を得られる保証もない。
それでも、いつかその時が来た時。
自分の未熟さを理由に、大切な役目を果たせないことだけは避けなければならない。
第一席次は、その日のために。
今まで以上の鍛錬を重ねることを、静かに決意した。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。