We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
「おお。もう、すっかり大きくなったな」
「うん。少し怖くもあるけど、それ以上に楽しみだわ」
平穏で温かな日々の中、さらに二ヶ月が過ぎた。
以前よりも、アンティリーネの腹部は明らかに大きくなっていた。
もともと小柄な体格であることもあり、腹部の変化はより目立ち、日常の動作にも少しずつ不自由が増えている。
もちろん、アンティリーネはそのことに不満を抱いてはいなかった。
何より、常に傍には世界で最も頼もしい夫がいたのだから。
「アンティリーネ。少し休んでいくか?」
「うーん……そうね。そうしようかしら」
その日も、カリムとアンティリーネはいつものようにエ・ランテルの街を散歩していた。
すれ違う住民たちから温かな挨拶を受け。
市街地をゆっくりと歩きながら、変わりゆく街並みを眺める。
食事時になれば近くの食堂へ入り、他愛のない話をしながら、穏やかに食事を楽しんだ。
散歩の途中でアンティリーネが疲れた様子を見せれば、近くの椅子やベンチへ座って休む。
適当な場所が見当たらなければ、カリムが当然のようにインベントリから椅子を取り出した。
「いつも、ありがとう」
細やかな気遣いを受けながら、アンティリーネは静かに感謝を伝えた。
「何。これくらいは基本さ」
カリムは豪快に笑い、彼女の肩を軽く抱き寄せた。
夫から向けられる深い愛情を感じながら、アンティリーネはそよ風に髪を揺らし、幸せそうに目を閉じる。
「早く会いたいわね」
そして、自らの腹部を優しく撫でながら呟いた。
その声には、まだ知らない世界への恐れと。
新しい世界を迎える期待が、入り混じっていた。
カリムは何も言わず、アンティリーネを自分の胸へさらに強く抱き寄せた。
「その時も、傍にいてくれるわよね」
「もちろん」
腹部が大きくなるにつれ、アンティリーネにも直感的に分かっていた。
子供が生まれる日は、もうそれほど遠くない。
これまでにも、ずっと傍にいてほしいと何度も願ってきた。
だが、今の言葉には、それだけではない意味が込められていた。
子供が生まれる、その日。
その瞬間だけは、必ず傍にいてほしい。
カリムは、あまりにも当然のことを聞かれたように即答した。
どれほど重要な依頼が入ろうとも。
誰から呼び出されようとも。
その日だけは何よりもアンティリーネを優先し、必ず傍で支える。
彼は心の中で、固くそう誓った。
「俺たちの子供だからな」
自分の人生には、決して訪れないと思っていた祝福。
その祝福がこの世界へ生まれる瞬間を、見逃すことなどできない。
「ありがとう」
アンティリーネは、優しく温かな答えに安堵し、カリムの腕へ自らの腕を絡めた。
心の奥に残っていた僅かな恐れも、少しずつ消えていく。
自分へ苦しみしか残さなかった父親とは違う。
自分の存在を恥じるべきものだと感じさせた者たちとは違う。
カリムは、喜びも。
恐れも。
これから訪れるすべての瞬間も。
自分と共に受け止めてくれるだろう。
これから広がっていく新しい世界へ。
アンティリーネは安心して、カリムと共に歩き出すことができた。
───────────
それから、さらに二ヶ月。
この世界の暦で妊娠十ヶ月を迎えた頃。
ついに、その日は訪れた。
「アンティリーネ! もう少しだ! あと少しだけ耐えてくれ!」
「あっ……────あっ!」
深夜。
突然強い痛みが始まると、カリムはすぐにアンティリーネを抱き上げた。
二人は妊娠が判明した時から、出産に対応できる治療院について前もって調べていた。
カリムは最も近く、設備と人員の整った治療院へ、可能な限り急いで彼女を連れていった。
治療院へ到着すると、院長の指示の下、治療師や職員たちが慌ただしく準備を始めた。
カリムはアンティリーネの傍を離れず、その手を強く握り続ける。
「大丈夫だ。俺が傍にいる」
「あっ……うん……」
初めて経験する激しい痛み。
慌ただしく動き回る人々。
その中で、握り合った手から伝わってくる確かな温もり。
カリムの手を握りながら。
アンティリーネは、これまで自分が歩んできた人生を思い返していた。
痛みから意識を逸らすためだったのか。
ただ、自然に過去が浮かび上がってきただけなのか。
それとも。
すでに遠い過去となった、幼い頃の自分へ、今の姿を見せてやりたかったのか。
アンティリーネ自身にも、はっきりとは分からなかった。
ただ、最後の力を振り絞ろうとする中で。
これまでの様々な記憶が、次々と脳裏を通り過ぎていった。
本当に、色々なことがあった。
初めて自分という存在を意識した頃。
アンティリーネの心には、混乱ばかりが存在していた。
人間でもなく。
エルフでもない。
その中間に生まれた、ハーフエルフ。
自分をこの世へ生み出した母親は、一度として名前を呼んでくれなかった。
誕生日を祝われたこともない。
平凡な愛情を向けられたことさえ、ほとんどなかった。
鍛錬という名目で行われる、過酷な扱い。
それが、母親と呼ばれる者から与えられたものの大部分だった。
それでも、ナズルおばさんがいてくれた。
彼女が愛情を与え、間違った道へ進まないよう支えてくれたおかげで、アンティリーネは完全に心を失わずに済んだ。
だが、幼い頃に受けた傷が簡単に消えることはなかった。
父親と呼ばれる存在について、真実を聞かされた時。
自分は、なぜこの世に生まれてきたのだろう。
まだ幼い子供が抱くには、あまりにも重すぎる疑問を持つようになった。
父親の姿を直接目にしたのは、もう少し成長してからのことだった。
当初、父親そのものに対する感情は、母親へのものほど強くはなかった。
自分へ直接苛酷な仕打ちをしていたのは、父親ではなく母親だったからだ。
それでも。
自分の出生を知るほどに。
両親と呼ばれる者たちが、望みと愛情の下で自分を迎えたわけではないと理解するほどに。
心の中には、埋められない空白が生まれていった。
アンティリーネが望んでいたのは、ただ平凡な家庭だった。
幼い子供であれば、誰もが夢見るような。
あまりにも普通の願いだった。
他の家庭のように。
他の子供たちのように。
ただ平凡に、母と父を呼び。
両親から自分の名前を呼ばれ。
温かな家の中で安心して眠る。
誕生日になれば、豪華ではなくとも、愛情の込められた贈り物や言葉を受け取る。
その程度の、当たり前の幸福。
だが、自分には、そのほとんどが欠けていた。
ナズルおばさんのおかげで。
平凡な幸福がどのようなものなのか。
愛情とは何なのか。
僅かながら知ることはできた。
それでも、心の最も深い部分にある問題までは、完全には癒やされなかった。
やがてアンティリーネは、何もかもに意味を見いだせなくなった。
六大神と八欲王の血を受け継ぐ者。
その後裔。
神人。
そんなものに、一体何の価値があるというのか。
結婚も。
子供も。
自分には似合わない。
自分には永遠に関係のないものだ。
────そう思っていた。
『そうだな。ひとまず、カリムと呼んでくれ』
『やっぱり、飯を食ってる姿も可愛くて綺麗だな!』
『ワハハハハ! いやあ、母親からしか聞かなかった言葉なのに!』
『俺の弱点は、他でもないお前だよ。アンティリーネ』
『いやあ、やっぱり俺の眼力は正確だな! よく似合ってるぜ!』
『大丈夫だ、アンティリーネ』
『ありがとう。受け入れてくれて』
正直に言えば。
カリムへの第一印象は、決して良いものではなかった。
六大神と同じ世界から来た存在だという割には。
どこかへ常識を置き忘れてきたような男だった。
突拍子もなく。
気まぐれで。
何を考えているのか分からない。
正体も分からず。
名前すら知らなかった。
そのような存在を、どうして簡単に信じられるだろうか。
だが、それはあくまで最初の印象だった。
共に過ごす時間が増えるにつれて。
決して開くことはないと思っていた心の扉が、少しずつ開いていった。
六大神や八欲王の力については、伝承でしか知らない。
直接見たことがない以上、正確に比較することはできない。
それでも、カリムの力を目にするたびに。
もしかすると彼は、伝説の彼らさえ上回る存在なのではないか。
そう感じることが何度もあった。
大半のスキルを使用できない状態で。
六大神から受け継いだ装備を失っていたとはいえ。
自分を素手で。
それも、片手だけで制圧した。
あの時は、本当に困惑した。
戦士としての自尊心も、少なからず傷ついた。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
敗北から学び。
敗北を通じて強くなるという感覚を。
アンティリーネは、あの時初めて知ったのだから。
カリムは、彼女が人生の中で失っていたものを、少しずつ取り戻してくれた。
単に身体を救い出しただけではない。
心の中に取り残されていた、幼い頃のアンティリーネへも手を差し伸べてくれた。
長い間、心の奥へ残り続けていたしこりが、少しずつ解けていった。
自分の過去を、正面から振り返ることができるようになった。
かつて呪いだと思っていた血統についても。
もう一度考え。
少しずつ受け入れられるようになった。
そして最後には。
自分には許されていないと思っていた、未来と祝福まで与えてくれた。
結婚も。
子供を授かることも。
自分にとっては意味のないものだと思っていた。
だが、それは間違いだった。
自分には、その未来へ続く道が見えていなかっただけなのだ。
カリムは、自分を生んだ者たちと同じ道へ進まなくてもよいのだと教えてくれた。
不器用ながらも。
できる限りの力で。
自分と共に、最も幸福な道を作ろうとしてくれた。
アンティリーネは、ただ彼と共に。
その道を一歩ずつ歩けばよかった。
────そして今。
二人で歩いてきた道は。
最初の大きな到達点へ辿り着こうとしていた。
未知の世界へ踏み出す恐れ。
新しい命と出会える期待。
あらゆる感情を胸に抱きながら。
アンティリーネは、カリムの手を強く握った。
そして。
彼と共に、最初の大きな到達点へ辿り着いた。
「────!」
どれほどの時間が経過したのか。
短かったようにも。
途方もなく長かったようにも感じられた。
やがて、長く続いていた痛みが静かに遠ざかっていく。
それと同時に。
部屋いっぱいに、元気な赤ん坊の泣き声が響き渡った。
「おめでとうございます」
治療院の院長が、穏やかな笑顔を浮かべた。
「元気な男の子ですよ」
生まれた子供は、ほとんど完全な黒髪をしていた。
最初は固く目を閉じていたが。
一瞬だけ瞼を開いた時に見えた瞳は、アンティリーネのものとよく似ていた。
そして、最も目を引いたのは耳だった。
一般的なエルフのように長く尖っているわけではない。
しかし、人間とまったく同じ形でもなかった。
アンティリーネの耳とよく似た、二つの種族の特徴を受け継いだ形をしていた。
「よく頑張ったな、アンティリーネ」
「あ……」
カリムは、小さく息を荒らしながら横たわるアンティリーネの額を、優しく拭った。
その声にも。
手の動きにも。
心からの安堵と喜びが込められていた。
治療師から慎重に子供を受け取ると、カリムはその小さな身体を、アンティリーネの腕へそっと預けた。
アンティリーネは子供を受け取り、自らの胸元へ大切に抱き寄せた。
ただ見つめているだけで。
胸の奥から、言葉では表せないほどの愛おしさが込み上げてくる。
「私の……子供」
自分を生んだ者たちとは、まったく違う道だった。
そして、まったく違う結末だった。
カリムと出会い。
互いに心を通わせ。
愛を育て。
恋人となり。
正式な夫婦となった。
そして、二人が共に望み、互いを愛した末に。
この子は生まれてきた。
自分の出生とは違う。
愛情も意思も存在しない状況から生まれた自分とは、何もかもが異なっていた。
この子を、決して放置しない。
鍛錬という名目で傷つけることもしない。
自分とは違う運命を歩ませる。
初めての子供だ。
分からないことも、数え切れないほどあるだろう。
親として失敗することも、きっとある。
それでも。
そのたびに考え。
学び。
カリムと共に、この子のために最善を尽くす。
この子には、自分が得られなかった愛情を、惜しむことなく与える。
レオン・フーシェ。
自分たちの、最初の子供へ。
何一つ不足を感じさせないほどの愛を注ぐのだ。
「まずは、ゆっくり休め。アンティリーネ」
アンティリーネが幸福そうに子供を見つめていると、カリムは優しく微笑んだ。
そして、レオンを抱く彼女ごと、慎重に腕の中へ抱き寄せる。
夫と子供から伝わる温もりに。
アンティリーネの瞳から、幸福の涙が静かに零れ落ちた。
カリムは、その涙を指先で優しく拭った。
「ありがとう、カリム」
私が失っていた、すべてを取り戻してくれて。
自分を生んだ者たちとは違う道へ、導いてくれて。
そして。
私を、アンティリーネとして生きさせてくれて。
──かつて漆黒聖典の番外席次として身につけていた。
絶死絶命という仮面は。
この瞬間、完全に脱ぎ捨てられた。
これから彼女は。
絶死絶命ではなく。
一人の妻として。
一人の母親として。
何より、アンティリーネ・ヘラン・フーシェという一人の人間として。
新しい人生を歩んでいく。
そして、この瞬間は同時に。
後に『歴代最強の神人』と呼ばれることになる子供。
レオン・フーシェが、この世界へ誕生した瞬間でもあった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。