We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
レオンが生まれてから、いつの間にか三ヶ月の月日が流れていた。
それ以前から、二人の生活は信じられないほどの幸福に満ちていた。
だが、レオンが生まれてからは、その幸福の深さがまるで違っていた。
少しでも目を離せば、子供に何か起きるのではないか。
そんな心配から、アンティリーネは頻繁にレオンの様子を確認した。
一緒にじゃれ合い。
胸に抱きながら、互いの温もりを確かめるように触れ合った。
子供が笑えば、自分も一緒に笑った。
子供が泣けば心配そうな表情を浮かべ、できる限り優しくあやした。
この上なく安らかな顔で眠っていれば、その寝顔を眺めながら微笑んだ。
時には、レオンを胸へ抱いたまま、一緒に眠りへ落ちることもあった。
もちろん、いつも可愛らしい仕草ばかりを見せていたわけではない。
本当に時折ではあるが、夜明け前に突然目を覚まし、大きな声で泣き始めることもあった。
どれほどあやしても、なかなか泣き止まない時もある。
天使のような笑みを浮かべたまま、アンティリーネやカリムの髪を掴み、一生懸命に振り回すこともあった。
少しでも目を離せば、手に触れたものを何でも口へ入れようとする。
定期的に身体を洗い、服を着替えさせなければならなかった。
それでもアンティリーネは、不平や不満を並べることはなかった。
育児についての知識は、事実上何も持っていない。
当然、大変だと感じることもあった。
しかし、その分だけ新しい何かを学んでいるように感じられた。
むしろ、それさえも幸福だった。
レオンが見せるすべての行動が、アンティリーネにとっては神秘的なものに思えた。
「レオン」
その日もアンティリーネは、息子の名を優しく呼びながら、居間のソファに座って幸せな時間を過ごしていた。
どうして、これほどまでに自分と似ているのだろう。
どうして、こんなにも可愛いのだろう。
「何度見ても、不思議だわ」
レオンの容姿は、見れば見るほど不思議だった。
髪がほとんど黒色であることを除けば、自分と瓜二つと言ってもよいほど似ている。
確かに、カリムは普通の人間であるはずだった。
瞳や髪については、自分の特徴を強く受け継いだのだと考えられる。
だが、耳までアンティリーネとほとんど同じ大きさであることは、多少意外だった。
レオンは、自分と同じく人間とエルフの間に生まれた子供ではない。
人間であるカリムと、ハーフエルフである自分との間に生まれた子供だ。
それならば、耳は自分よりも少し短いか。
あるいは、カリムより僅かに長い程度になるのが自然ではないだろうか。
「うーん。どうしても分からないわね」
血統だけで考えれば、レオンは四分の一ほどエルフの血を受け継いでいるはずだった。
それにもかかわらず、外見から受ける印象は、アンティリーネと同じハーフエルフに近い。
『俺に似なくてよかったぜ』
もしかすると、カリムはこのことに気づいていたから、あのように言ったのだろうか。
「……関係ないわね」
良いものは良い。
結局、それだけのことだった。
自分とまったく同じハーフエルフのように育とうと。
少し異なるクォーターエルフとして育とうと。
正直なところ、何の問題もなかった。
レオンは、自分の子供だ。
そして、カリムの子供でもある。
それ以上に重要なことが、この世界のどこにあるというのだろう。
ただ、自分とは違うように。
そして、自分を生んだ者たちとは違うように。
今と同じく、愛情を注ぎながら育てればよい。
それだけで十分だった。
「よお、アンティリーネ」
「あっ。帰ってたの?」
レオンと、どれほど長く遊んでいたのだろうか。
いつの間にか、依頼を終えたカリムが家へ戻ってきていた。
家へ入るなり、レオンと楽しそうに遊んでいるアンティリーネの姿を見たカリムは、僅かに嫉妬したような表情を浮かべた。
「なんだ。レオンと遊んでたのか?」
カリムはそのまま大股で近づいてきた。
そして、レオンの頬────ではなく。
アンティリーネの両頬を掴み、少し強めに左右へ揺らした。
「な、何するのよ、もう!」
「アンティリーネ。お前だけレオンと遊んでた罰だぜ」
「ふん。自分の口で、十分だって言っていたくせに」
意地悪そうなカリムを見て、アンティリーネは思わず吹き出した。
彼女が笑うと、レオンもつられるように笑った。
楽しそうに笑う母子の姿を見て、カリムもまた、柔らかな笑みを浮かべた。
「ハハ! 少し意地悪してみただけさ」
隣へ腰を下ろしたカリムを見て、アンティリーネはレオンを彼へ手渡した。
レオンを受け取ったカリムは、その小さな身体を慎重に支えながら、頭上へ軽く持ち上げた。
そして、ほんの僅かに身体を揺らす。
突然の飛行を楽しむように、レオンは声を上げて笑った。
「よしよし。そうか!」
わんぱくな子供のような笑い声を上げるレオンを見て、カリムは今度は自分の胸へ抱き寄せた。
カリムの腕に抱かれたレオンは、今度は彼の胸元で一生懸命に手を動かしながら、楽しそうに笑った。
「ハハ! そうかそうか。俺とは違って、随分と活発だな!」
カリムの胸の中で幸せそうにじゃれつくレオンを見ながら、アンティリーネは息子の頭を優しく撫でた。
母と子の間だけではない。
父と子の間にも、確かな繋がりが生まれていた。
その光景を眺めていると、アンティリーネの中では、過去に受けた訓練の記憶が少しずつ遠ざかっていった。
代わりに、新しい考えが心を満たしていく。
どうすれば、自分が受けたものとは違う、より効率的な方法で教えられるのか。
どうすれば、この子が今のような幸せな笑顔を失わずに育つことができるのか。
すべての考えが、レオンのためのものへと変わっていった。
そうして、エ・ランテルにある一つの家庭は。
穏やかな幸福と、温かな笑い声に包まれながら、その日を終えた。
───────────
いつもと変わらない、幸福で平穏な一日を過ごした後。
家族全員が眠りへ落ちた深夜。
カリムだけが、まだ一人で目を覚ましていた。
眠れなかったわけではない。
眠りたくなかったわけでもない。
長い間、待ち望み続けてきた宿願が。
ついに、最後の段階へ到達しようとしていたのだ。
「ついに、か」
賢者の石を完成させる。
それによって、境地の果てへ到達し。
『永遠の生命』を得ることになるだろう。
「まったく、予想もしていなかったが」
未完成だった賢者の石が、徐々に完全な姿へ変わっていく。
その光景を眺めながら、カリムはここまで辿り着くために費やした長い時間と、数々の苦労を思い返した。
自由度が高い。
それは、最初から理解していた。
それでも、完全には信じていなかった。
賢者の石とは、それほど荒唐無稽な概念だったからだ。
現実には存在せず、人々の想像の中にしか登場しない。
あまりにも途方もない代物であるがゆえに、伝説としてのみ扱われてきた。
そのためなのだろう。
賢者の石が登場する作品ごとに、その目的は異なっていた。
製作方法も様々で。
完成によって得られる能力も、まるで統一されていなかった。
黄金を無限に生み出すという基本的な性質だけは、比較的共通していた。
だが、それ以外については何もかもが異なっていた。
そもそも、現実ではなく創作の中でしか成立し得ない概念だった。
ゲームに例えるならば。
存在するはずがなく。
同時に、存在してはならない。
そのようなバグアイテムと同格の存在だった。
ユグドラシルにおいても、事情は同じだった。
伝説にしか登場しない、バグのようなアイテム。
その実態を詳しく知る者など、いるはずもない。
現実に製作方法が存在するわけでもない。
そのため、ユグドラシルにおける賢者の石の製作方法も、他のゲームや創作物に登場するものとは異なっていた。
それでも、そこまでは理解できる範囲だった。
ユグドラシルは、比較的自由度の高いゲームだったからだ。
だが。
賢者の石へ独自に与えられた設定と能力は、あまりにも途方もなかった。
完成すれば、黄金を無限に生み出すことができる。
世界の理の多くを理解し。
対象の心を見抜く眼を得る。
さらに、あらゆる鍛冶職人が夢見るであろう。
自分が想像したものを、そのまま形にする能力まで手に入る。
それだけでも、十分すぎるほど常識外れだった。
だが、後になって判明した能力は。
それらをさらに上回るほど、途方もないものだった。
アポテオン。
賢者の石を完成させた者だけが習得できる、隠されたクラス。
最大である五レベルへ到達すると。
何の制約もなく、プレイヤーの最大レベル上限へ五十レベルが追加される。
さらに、その追加レベルに応じてステータスも上昇する。
鍛冶職関連のクラスが追加されるというだけならば、まだ理解できたかもしれない。
だが、何の制約もなくクラスレベルそのものを加算する。
つまり、賢者の石を完成させた者は。
レベル百のプレイヤーではなく。
レベル百五十のプレイヤーとなる。
バグ以外に、説明のしようがなかった。
それだけではない。
ステータス自体はさらに上昇しなかったものの。
もともと取得していたすべてのクラスレベルが、二倍に跳ね上がった。
最初にその異常を確認した時、カリムは慌ててログアウトし、再びログインした。
長時間ログイン状態を維持してみたこともある。
逆に、長い期間ゲームへ接続しなかったこともあった。
だが、何をしても意味はなかった。
一度発動した能力は、解除されなかった。
幸いにも、アポテオンクラスによって追加された五十レベルまで倍増したわけではない。
ステータスも、それ以上には上昇しなかった。
だが、根本的な問題が解決されたわけではなかった。
レベル二百五十のプレイヤー。
誰一人として到達できなかった境地。
アポテオンへ到達したプレイヤー。
これをバグと呼ばずして、一体何と呼べばよいのか。
その結果、カリムは他のプレイヤーの輪へ入ることも。
公式の競技や催しへ参加することもできなくなった。
カリムは何度も運営へ抗議した。
これは、そちらが作ったシステムではないのか。
自分は正当な方法で賢者の石を完成させ、その能力を得たのだと。
だが、そのたびに返ってくるのは。
誠意をまるで感じられない、定型文のような回答だけだった。
現在の状況については運営側も把握しており。
バグの解決へ向けて調査を続けている。
人間の心など一切込められていないような、同じ回答ばかりだった。
カリムは、その返答を見るたびに呆れ返った。
同時に、一つの疑問も抱いた。
これが本当に重大なバグなのであれば。
なぜ自分は、永久的な利用停止処分を受けないのか。
他の部分はともかく。
その一点だけは、運営側の対応と完全に矛盾していた。
それでもカリムは、いつか問題が解決されると信じた。
能力が正常化され。
再び大会のような催しへ参加できる日が来るのではないか。
そのような、空しい希望を抱いていた。
──だが、どれほど時間が経っても。
能力は解除されなかった。
参加禁止の措置も、変わることはなかった。
何一つ、変わらない。
そう理解した時。
カリムは、この能力を逆に悪用することを決意した。
そこまで大きな問題を起こせば。
さすがに運営も、本格的に対応するはずだと考えたのだ。
カリムは、すぐに行動へ移った。
アポテオンによって得た鍛冶職人としての能力を、存分に発揮した。
様々なアイテムを製作し。
本来であれば触れてはならない、禁断の領域へも踏み込んだ。
神器級アイテムを二つ製作し。
それらを一つへ合成するという暴挙に出た結果。
ゲームシステムには存在しない、新たなワールドアイテムを作り上げた。
システムへ登録されていない。
本来、存在してはならないアイテム。
そのため、秘められた力もまた、常識から大きく外れたものとなった。
そしてカリムは、その禁断のアイテムを手に。
ゲームシステムの範囲から逸脱した行動へ及んだ。
ワールドエネミー。
七つの大罪の一体。
憤怒の単独討伐。
他のプレイヤーが聞けば、あり得ないと鼻で笑うか。
あるいは、即座に運営へ通報しただろう。
彼が行ったことは、傍から見ればチートやバグの悪用と何ら変わらなかったからだ。
だが、不運なことに。
カリムがその行動へ出た時点で、ユグドラシルのサービス終了までは、残り三日しかなかった。
そのため、憤怒の単独討伐に成功したにもかかわらず。
その事実を知り、理解してくれる者は、誰一人としていなかった。
結局。
虚無感の中で機器と共に爆発し。
その結果、カリムは見たこともない世界で目を覚ますことになった。
そして。
何かに導かれるように、偶然アンティリーネを見つけ。
ここまで辿り着いたのだ。
「────最後の、最後だ」
アンティリーネを初めて見た瞬間。
どこからか、声が聞こえたような気がした。
彼女を救い出せ。
後に訪れる、恐ろしい悪へ備えよ。
賢者の石を完成させよ。
その声の正体は、今でも分からない。
自分自身の本能が、そう叫んだだけなのかもしれない。
何者かによる啓示だったのかもしれない。
あるいは、賢者の石そのものが伝えてきたのかもしれない。
その言葉を聞いた当時、カリムは荒唐無稽だと思った。
賢者の石は、すでに完成している。
それにもかかわらず。
ここでさらに何をしろというのか。
疑問は抱いた。
だが、当時のカリムは、すでに人生の目標を失っていた。
そのため、深く考えずに従った。
完成できれば、それでいい。
できなければ、仕方がない。
その程度の気持ちで始めた。
長い時間がかかった。
それでも、最後には。
果ての、そのさらに先へ辿り着いた。
「終わりだな」
好奇心から始まった行動は、やがて欲望へと変わった。
欲望に従い、果てを目指して進み続けた。
そして、その欲望はやがて宿願となった。
数え切れないほどの試みを重ね。
ついに、境地の果てへ到達した。
未完成だった賢者の石が、微かな金色の光を放った。
石は徐々に整った形を作り始める。
そして。
金色の光が消えかけた、その瞬間。
賢者の石は、カリムの心臓へと打ち込まれた。
凄まじい苦痛が、全身を駆け抜ける。
だが、それはあまりにも一瞬の出来事だった。
悲鳴を上げる暇さえなかった。
カリムにできたのは。
ただ、その苦痛と。
自ら辿り着いた果ての境地を、受け入れることだけだった。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。