We are Always Searching Happy Goal 作:Redemptor
最後の一撃が、カリムへ届くことはなかった。
確かに、命中したはずだった。
そう思った。
それなのに。
なぜ、通じなかったのか。
ここでも。
結局、自分は死ぬのか。
憤怒の魔王は虚ろな表情を浮かべながら、その巨体を倒した。
「────」
ビルにも匹敵するほどの巨大な身体が地面へ倒れ込んだ瞬間。
周囲一帯が激しく震えた。
続いて発生した強烈な地震によって、大地には亀裂が走り、地盤そのものが沈み込んでいく。
倒れてなお、自らの欲望と怒りを抑えきれないというのか。
カリムは倒れた憤怒を見つめながら。
その場へ崩れ落ちるように腰を下ろした。
荒い息を何度も吐きながら。
少しずつ状況を整理していく。
「────!」
身に纏っていた『栄光』を再びインベントリへ収納する。
同時に。
強力な回復効果を持つポーションを取り出し、一気に飲み干した。
その時だった。
倒れていた憤怒が。
ゆっくりと身体を起こし始めた。
その顔には虚無にも似た表情が浮かんでいた。
だが。
その奥には、何かを企んでいるような不可解な笑みも混じっていた。
「しぶといな」
体力は徐々に回復している。
だが、完全回復にはまだ程遠い。
さらに。
『神の試練』を再び発動できるようになるまでにも、多少の時間が必要だった。
カリムは一切警戒を解くことなく。
再び武器を憤怒へ向けた。
「虫けら、め……よくも……よくも、この我を……」
先ほど以上に異様な声を漏らしながら。
憤怒の魔王はゆっくりと立ち上がった。
そして。
何らかの行動へ移る。
その姿を見た瞬間。
カリムは再び集中し、最大限に警戒した。
次の攻撃か。
しかし。
憤怒の魔王が放ったのは攻撃ではなかった。
────ゲート。
「何……?」
プレイヤーや、プレイヤーによって創造されたNPCのように。
あまりにも自然にゲートを開く憤怒の姿を見て。
カリムは愕然とした。
ユグドラシルに存在していたワールドエネミーに。
あのような能力はなかった。
ならば。
この世界へ渡ってきたことで得た能力なのか。
もしそうなら。
これは非常にまずい。
別大陸で起きていることだからといって。
安心していられる状況ではない。
奴らは。
望む時に。
いつでも別の大陸へ侵攻できるということなのだから。
「ふん! 虫けらめ!」
憤怒が嘲るように叫ぶ。
「見たところ、貴様は魔法に関しては何一つ扱えぬ無能らしいな!」
「ならば!」
「そこから、貴様の住む土地が滅ぼされていく様でも眺めているがいい!」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間。
カリムは急いで態勢を整え、憤怒へ駆け出した。
だが。
すでに遅かった。
憤怒の身体はゲートの向こう側へ消え始めていた。
そして。
邪悪な笑い声を漏らしながら。
カリムへ、あまりにも衝撃的な言葉を投げつけた。
「くっ……くくく……」
「その間抜けな顔を見せてくれた礼に、一つだけ教えてやろう!」
「我らワールドエネミーが、この世界へ来た理由を!」
「カリム!」
「原因は、貴様が引き起こした、あの『大崩壊』だ!」
「貴様のおかげで!」
「無理やり世界に亀裂が生まれ!」
「我らワールドエネミーは、その裂け目を通って、この世界へ来ることができた!」
「そして!」
「九曜世界式までもが!」
「この世界へ来たのだ!」
「では、さらばだ! クハ、ハハハハハハ!」
「……何だと?」
全身を傷つけながらも荒々しく笑う憤怒を見て。
カリムは、頭を槌で殴られたような衝撃を受けた。
すべてを終わらせようとした、あの行動が。
『大崩壊』へ繋がった?
そして。
その大崩壊によって。
ワールドエネミーたちが。
さらには九曜世界式までもが。
この世界へ渡ってきた?
もし。
あの言葉が事実だとすれば。
この世界を滅亡寸前まで追い込んでいる原因は。
他の誰でもない。
自分自身ということになる。
これまで自分が行ってきたことが。
あまりにも矛盾しているように感じられ。
眩暈すら覚えた。
「待て────!」
激しい衝撃を受けながら。
カリムは憤怒を捕らえようとした。
だが。
すでにゲートは閉じられていた。
憤怒の姿も。
どこにもない。
すぐにでも追いかけたかった。
しかし。
自分がここへ来るために通ったゲートも、すでに閉じている。
あまりにもどうしようもない状況に。
カリムは呆然と虚空を見つめた。
現状。
ここから帰る手段がない。
誰かが迎えに来る予定もなかった。
完全に八方塞がりだった。
今できることといえば。
低く悪態を吐くことくらいしかない。
「くそっ」
もちろん。
ここは自分が暮らしている大陸の外ではあるものの。
歩き続け。
移動し続ければ。
いつかは辿り着くことができる。
結局。
ここも同じ世界の中なのだから。
だが。
今は、そんな悠長なことをしている場合ではなかった。
憤怒の力は現在、大幅に弱体化している。
しかし。
再び休眠状態へ入り。
力を回復されれば厄介なことになる。
何より。
現在の憤怒は。
すでに『傲慢』までも取り込んでいる。
このまま放置すれば。
自分が幸福に暮らしていた大陸そのものが。
奴の糧となりかねない。
「スクロールくらい……買っておくべきだったか」
失策だった。
それも。
あまりにも大きな失策。
久しぶりに犯した自分のミスに。
カリムはしばらくの間。
その場で虚しく笑うことしかできなかった。
────*────*────
「ぐっ……う……虫けら、め……!」
傲慢を取り込んでおいて、本当によかった。
そうでなければ。
とうの昔に死んでいたか。
あるいは。
身動きすらできず、地面へ倒れ伏していたことだろう。
「忌々しい……忌々しい……忌々しい……!」
「忌々しい虫けらめ!」
二度目の死は。
幸運にも免れた。
だが。
それだけだった。
傲慢を取り込んだことで得た。
自分と同種の力を持つ存在でなければ滅ぼされない────同種の力を持つ者にならば滅ぼされる────限定的な不死性。
それがあったからこそ、生き延びただけだ。
事実上。
自分は再びあの男に敗北した。
そして。
再び討伐されたも同然だった。
身体をまともに動かすことさえ難しい。
それでも。
込み上げ続ける怒りだけは、どうしても抑えることができなかった。
「ふん!」
「死んでいないのなら、次の機会がある!」
再び負けたことは。
耐え難いほど腹立たしい。
だが。
これで完全に終わったわけではない。
再び休眠し。
力を蓄えればいい。
機会は必ず再び訪れる。
そして。
次の機会が訪れたなら。
今度は、今回と同じ過ちは犯さない。
他の魔王たち。
そして、他のワールドエネミーたちを先に倒し。
その力を吸収する。
その後で。
あの男を殺す。
「ん?」
そう考えながら動き出そうとした時。
憤怒は。
前方に立っている存在へ気づいた。
不吉な気配を放つ。
一体のリッチ。
「ほう!」
憤怒は苛立つと同時に。
僅かな興味を覚えた。
「こんな出来損ないまで、この我に挑むというのか!」
どれほど体力を失っていようとも。
この程度の相手ならば。
弄びながら倒すことができる。
ちょうどいい。
怒りをぶつける相手として。
これ以上ないほど都合がいい。
「出来損ない、か」
リッチは。
憤怒の挑発を受けても。
まるで気にした様子を見せなかった。
「随分と久しぶりに聞く言葉だな」
そのリッチ。
アインズは。
軽く片手を上げた。
「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」
アインズは。
目の前の存在が何者なのか。
よく理解していた。
七大罪の一体。
ワールドエネミー。
『憤怒』。
本来であれば。
一人で討伐できるような存在ではない。
そして。
この程度の魔法が通用するはずもない。
しかし。
今は状況がまるで違っていた。
体力は。
ほとんどゼロに近い。
魔力も不安定に揺らいでいる。
さらに。
本来ワールドエネミーであれば当然備えているはずの。
数々の耐性すら失われていた。
────ロリコン野郎め。
本当にやり遂げるとはな。
やはり。
ワールドエネミー以上に厄介な奴だ。
「な……に────」
本来ならば。
通用するはずのない魔法だった。
この程度の魔法など。
鼻で笑いながら。
簡単に無効化できたはずだった。
しかし。
憤怒には。
それができなかった。
カリムとの死闘で。
すべての力を使い果たしたからなのか。
今の自分は。
あらゆる面において。
目の前のリッチより。
明確に『下』だった。
そして。
憤怒は本能的に悟った。
このリッチは。
自分と近しい種類の力を持つ。
似た存在なのだと。
魔法が通じた。
それでも。
すぐには倒れない憤怒を見て。
アインズは。
『計画』通り。
次の魔法を発動した。
「超位魔法────」
「〈失墜する天空(フォールン・ダウン)〉!」
「な、何────」
まるで。
太陽そのものが墜ちてきたかのようだった。
憤怒の存在していた場所へ。
凄まじい熱が爆発的に広がり。
そこに存在するすべてを焼き尽くしていく。
憤怒の魔王も。
例外ではなかった。
極限まで弱り切っていた彼は。
まともに抵抗することすらできず。
そのまま。
この世界から完全に消滅した。
本来であれば。
超位魔法であっても。
致命的な損傷を与えることは難しかっただろう。
しかし。
現在の憤怒は。
実質的には瀕死を通り越した状態だった。
だからこそ。
圧倒的なダメージを与え。
『討伐』することができた。
「良い『経験値』だ」
完全に消滅していく憤怒を見ながら。
アインズは。
その力を完全に吸収した。
そして同時に。
魔将たちにも何らかの影響が及んだことを感じ取った。
「ワールドエネミーには……ならなかったか」
ユグドラシル時代。
特定の条件を満たした状態でワールドエネミーを討伐すると。
討伐者自身がワールドエネミー化するという。
正気とは思えないほど強力な強化効果が存在していた。
だが。
残念ながら。
今回はそうならなかった。
特定条件そのものがユグドラシル時代とは異なっていたのか。
あるいは。
この世界へ転移したことで。
すでにユグドラシルの法則から外れてしまったのかもしれない。
それでも。
得られたものは極めて大きかった。
まず。
ユグドラシルの法則から完全に解放された影響によって。
アインズ自身のレベルは、およそ二倍にまで上昇していた。
さらに。
魔将たちのレベルもまた。
上昇していた。
────後に。
アインズは。
『憤怒と傲慢の魔王』と呼ばれることになる。
だが。
それはまだ。
遥か未来の話である。
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
明日もまたお越しいただけますと幸いです。